「貫く棒」はいずこに
- 2018年 12月 31日
- 時代をみる
- 田畑光永
年末雑記(3)
いうまでもなく高浜虚子の「去年今年 貫く棒の如きもの」からの借用である。1950年の年末、虚子76歳のこの名句、あるいはすくなくともこの有名句には、さまざまな解釈と評価があることは、ネットをしばらく彷徨えば分かるが、ここでは「去年も今年をも丸抱えにして貫流する天地自然の理への思いをうたう」(大岡信)という解釈にしたがっておきたい。
さて、日本漢字能力検定協会が公募した「今年の漢字」の1位は「災」であったそうだ。この結果は説得力がある。ちょっとした台風がとんでもない大量の雨を降らせ、道も家も押し流すという災害が頻発した。日本には安心して住める場所などどこにもないのではないか、とさえ思えるほどであった。それは日本だけの現象でなく、世界中のテレビニュースが毎日のように各地の災害を報じた。災害はなにも水害だけでなく、干ばつもあれば、突発的な地震、津波もあったが、夏の熱帯低気圧が雨を降らすというきわめて日常的な気象現象が大災害をもたらすという事態は、考えようによれば突発的な災害より恐ろしい。
5~60年ほど前のことだが、農林省(当時)の西丸震也さんという技官(?)が温暖化の問題を指摘し、このまま気温が上がり続ければ梅雨末期に降る雨で大きな被害が出るようになると警告する文章を雑誌に載せた。それを読んで、私ははじめてこの問題を知り、ひどく驚いたことを今でも覚えている。その後、ローマ・クラブの「成長の限界」などが出て、経済成長と自然との関係に私も関心を持つようになったが、一方では、温暖化は人為によるものではなく、気候自体の長期的変動の範囲内だから心配いらないという説が唱えられたりして、対策が後手後手に回っているうちに今日の事態を迎えてしまった。これはもうわれわれの孫子の世代くらいでは到底元に戻すことはできないだろうから、人類は地上で暮らす場所を考え直さなければならなくなるのだろう。「貫流する天地自然の理」も人間はいつの間にかねじまげてしまったのかと嘆息するのみである。
「災」が今年の漢字とすれば、その英語版として「○○ファースト」はどうだろう。D.トランプ氏が一昨年の米大統領選のさなかにこの言葉を使い始めた時には、普通人なら人前では使うのをはばかるような言葉をわざと喚いて、注目を集めるような野卑な人間が大統領職をねらうのか、民主主義はそこまで寛容なのか、と驚いたものだ。
ところがこの人物はこの言葉を連呼しながら、当選を果たし、この言葉は今や多くの国の議会選挙や大統領選挙で大流行りである。皆が「おのれファースト」を唱え始めたら、最後は喧嘩になるしかないから、互いに考えを聞きあう忍耐心を持ち、最後は多数に従うという民主主義のルールがなんだか時代遅れになったような雰囲気さえある。
長い歴史の末にようやくたどり着いた、人は誰でも自分の運命について平等に発言権を持つというこのルールは国家関係にも準用されるべきものとして定着しているか見えたのに、それが野心家によって軽々と足蹴にされる時代がきてしまった。
東西対立が東側陣営の崩壊によって終息した前世紀末には、権力者による独裁政治は結局は民主主義に及ばない制度として世界に公認されたかに見えた。社会主義の故郷であったソ連邦は当時の大統領によって終焉を宣せられ、ロシアにもどって、大統領は選挙で選ばれることになった。ところが、現在そこに君臨するのはほとんど終身その地位にいるつもりではないかとさえ思える、かつての独裁者でさえ顔負けの大統領である。
アジアの社会主義大国であった中国では、建国20年もたたないうちに革命指導者に対する行き過ぎた個人崇拝から発し、後に「10年の災厄」と公式に総括された政治運動で国内は大きく混乱した。後継者たちは社会主義の旗を掲げたまま「改革・開放」政策を唱え、外資を積極的に導入して、市場経済を実施することによって経済を発展させることには成功した。しかし、やがて政治も改革されるはずという内外の期待には背を向けたまま、現在の「国家主席」は今年、自らの発意で「一期5年、2期まで」という憲法の規定を廃止させてしまった。国民が国家主席にやめてもらいたくとも、それを実現するための手続きはあの国にはない。
その中国でも共産党機関紙『人民日報』が主催して「今年の漢字」を公募する。そして今年の「今年の漢字」は「奮」と決まったと発表があった。この字は大きな鳥が田んぼから羽ばたいて飛び上がるさまをかたどったものとのことである。中国にも今年はいくつか台風が上陸したはずなのに、元気のいいことである。
68年前の年末に高浜虚子が感じ取った天地自然の理は、ちょうどわれわれが生きてきた間に「貫く棒の如きもの」からすっかり姿が変わってしまったのか、それともそれをも含めて「棒の如きもの」なのか。ともかく今年もまもなく去年になる。
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