テント日誌1月25日
- 2019年 1月 29日
- 交流の広場
- 経産省前テントひろば
- 表Ⅰ作成の参考資料(リスク係数):ゴフマン著『人間と放射線』(p.250~253)「年齢別.性別ガン線量」を用いて算定した。(初出「ちきゅう座」2019年1月26日)
経産省前テントひろば1807日後
そういえば季節は大寒に入っているのだ 1月21日(月)
今日、空は晴れ渡っていたが、大寒に入っているだけあって風は強かった。のぼり旗を立てたあとバナーを据え付けた途端、飛ばされそうになったので直ぐに各自所定の位置に座り込んで死守した。
12時半過ぎ、金曜担当のSさんが寄ってくれた。1時過ぎから教職員の裁判がありその傍聴に来たとのことだった。1時少し前に裁判所に行かれた。 私は私用があって1時過ぎにテントひろばを離れ4時半過ぎに戻ってきた。 そうしたらテントひろば前には7、8人もいて賑わっていたので嬉しかった。私がテントひろばを離れたときは4人だったから。現役労働者のS君、いつも金曜にお会いする御二人、教職員裁判に行かれたSさんなど。
また私が戻る少し前まで韓国のKBSテレビが来ていて30分ほど取材をしていったとのことだった。向こうでどのように放送されるのか楽しみである。 私のすぐ後にレジェンド・Sさんが国会前抗議行動を終えられて来られた。一人で来られたのにはビックリしたが、あとから来たKさんがレジェンド・Sさんの荷物を持ってこられたので納得。レジェンド・Sさんは疲れていたようだったがその後元気に食事を摂られていたので安心した。
私がテントひろばに戻ったときには風は穏やかになっていて楽に撤収することができました。明日も風が穏やかでありますように祈ります。以上。保
今日は各地から見えられた方が多く 1月22日(火)
内幸町の出口で、Iさんとバッタリと出会う、どうしたのですかと尋ねると、今日当番のOさんと交代で来たとの事でした(この責任感の強さを見習って欲しい人がいます!)二人で事務所まで同行して、早速座り込み用具のチェックをすませて出発。経産省前に到着すると、間もなく当番の人達も合流して6名となる。
Obさんが、美味しいチョコレートを差入れて下さり、皆で頂きました。
陽射しは暖かいのだが、北風が吹いて来ると肌寒い、これも1月中旬にしては、まだ良いほうか?今日は、各地から見えられた方が多くて、一時は11名にもなり座る椅子が足りなくほどでした。(Y・R)
この国はどうなってるんだいうのは誰もの感情 1月23日(水)
保っちゃんもTも早く事務所に着いたので、いつもより早く経産省前に行けた。天気予報では今日は暖かいということだったが、風が強く、バナーはバタバタと音を立てていた。風のため寒く感じた。今日は井戸川裁判が午前に、あらかぶ裁判が午後に行われた。井戸川裁判は終わってから衆院第二議員会館で報告集会があり、裁判には行かず報告集会に行くという人が立ち寄ってくれた。また、報告集会後に座り込みに来てくれた人もいた。亀屋さんもその一人で、亀屋さんは双葉町の人なのでいつも井戸川裁判には参加していて、亀屋さんは今日の報告集会で話したことを座り込みの場でもしゃべってくれた。
あらかぶ裁判は午後で、あらかぶ裁判の関係者が裁判のチラシを持ってきてくれた。裁判の傍聴に行く人が寄ってくれた。また、終ってから来てくれた。あらかぶ裁判も衆院第二議員会館で報告会があった。両裁判とも東京地裁の大法廷で開かれたが、傍聴者で埋め尽くされたそうでよかった。
座り込み中での話は、東京新聞に載っていた100mmシーベルト超の放射能を浴びた少女の記事のことや、辺野古の土砂投入のひどさや、県民投票に反対する5市の憲法違反の話や厚労省の「毎月勤労統計」のデタラメについて。それから、日ロ会談。安倍がどんなにペテン師で、2島が返還されるようなウソをついて国民を欺いているということがあらわになったことも話になった。
この国はどうなってるんだというのが誰も持つ感情。斉藤レジェンドは毎日座り込みに来られる。Tmさんも来られる。毎週水曜日には規制委員会抗議もあり、ここのところ右翼がくるということだったが今日は来なかったそうだ。 (T・E)
重石がないと椅子が倒れてしまう強い北風の中で 1月24日(木)
今朝のテレビ報道では本日晴、しかし北風が10メートルを超すという。
テントニュース編集を終えてから、今日は担当を乾さんに代わってもらったため急いで家を出発する。11時40分ころ経産省前に着くと、火曜も担当しているYさんが一人で椅子を並べている。風が強くて寒いが、重石代わりに座っていないとしばしば椅子がたおれてしまう。3本持ってきた幟は2本だけにし、直ぐに横断幕も撤去する。暫くして、重石替わりのようなHさんが薄着で現れて椅子に座る。重石にならないKさん、そして女性も数名やってきてにぎやかになる。
私は早めの昼を食べようと食堂を探すが、霞が関、虎ノ門の13時前ではどこも行列状態だ。13時半を過ぎて、三々五々に「鎮魂」月例祈祷会のメンバーがやってくる。彼ら日本祈祷団四十七士(JSK47)による今年初めての祈祷会。テント設立直後から毎月、彼らは経産省前に来て震災犠牲者の方々を悼む太鼓を打ち鳴らしている。来月の日程は未定とはいえ、なお続けるという。祈祷会が始まる3時前に事務所に戻って157号の印刷を終えたころ、Mさんから電話で催促があって1時間位約束から遅れてJ町に向かう。(O・E)
今日は風もなく穏やか 1月25日(金)
今日はかなり冷え込むとの話だったので、背中に3つお腹に1つホカロンをつけて事務所へ向かう。既に、MaさんやMiさんが到着していて荷物を降ろしている。金曜日は女性陣がしっかりしているので何も心配ない。荷作りを完了して、経産省へ向かう。
セッティングしているときはやや風が吹いていて、今日の風の具合はどうかと心配するが、その後は無風状態が続く。背中が温かく、しばし居眠りをしてしまった。
3時を過ぎて後半のKさんやHoさんがやってきてもあまり人が増えない。やはり、大寒が過ぎて一番寒い時期なのでと思ったりする。そんな中でもレジェンドSさんはやって来る。小さい身体のどこにその強い意志があるのだろうと感心してします。
4時を回ってから、私は文科省の金曜行動に参加した。先週から朝鮮大学校の学生も参加しているようで、文科省前は抗議の人で溢れている。日本を覆っている北朝鮮バッシング、韓国バッシングに対して、スピーチする学生の一人一人が堂々と朝鮮学校への無償化適用を訴える。本当に力強さを感じる。日本政府のみならず、行き交う日本人の多くが関心を示さないがこの闘いはきっと勝利する。勝利する日まであきらめないで闘おう(S・S)
もういい加減に経産省はエネルギー政策を変更せよ 1月25日(金)
経産省本館前でテントニュースと辺野古リーフのセットを配布したあと、文科省前に行くと多数の若者が抗議していた。抗議行動を開始して丁度6年になるという。戦後の歴史を振り返り、若者たちに本当に申し訳ないと思う。
5時からは経産省本館前の抗議行動。常連さんとともに、福永さん・西中さん・久保さん他が経産省の原発推進政策の転換を強く訴えた。(K.M)
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経産省・エネ庁は「今だけ、金だけ、自分だけ」の大嘘つき! その105
経産省は東京電力の原発ADR仲裁和解案拒否を容認するな!
~議決権ベースで東電株の50.11%を有する筆頭株主「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が東電に和解案を受け入れさせよ~
2019年1月24日 木村雅英(経産省前テントひろば)
東京電力が原発事故の損害賠償を巡り原子力損害賠償紛争解決センター(以下、ADRセンター)の和解案拒否が続いている。昨年から多くのメディアが報道しており、例えば今年に入って朝日新聞が1月15日に
<原発和解、打ち切り相次ぐ 東電の拒否続く ADRの賠償案>
<東電6回拒否「被害者置き去りだ」原発ADRへ和解申し立てた浪江町民>と報道した。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13849196.html?rm=150
実際に、文科省の「原子力損害賠償紛争解決センター」によれば、「和解成立に至らなかった事例」は8件あり、浪江町(申立人15000名)、飯館村蕨平(同100名)、飯館村前田・八和木(同38名)、飯館村比曽(同200名)、飯館村(同3000名)、伊達郡川俣町小網木(同566名)、福島市渡利・小倉寺・南向台の自主避難等対象区域(同3139名)、南相馬市原町区(同2名)と、多くの地域の多くの犠牲者が賠償されず、ADRセンターが手続きを打切り始めている。
(http://www.mext.go.jp/a_menu/genshi_baisho/jiko_baisho/detail/1329134.htm)
裁判になれば救済に時間も費用も労力もかかる。迅速な賠償のために国によって設けられたADRが機能せず、被害者が新たに裁判闘争を強いられるのはおかしい。それにしても、世紀の大事故を起こしながら「放射性物質は無主物であり東電が除染する責任はない」などとほざいた東電トップ。彼らが刑事告訴されており、廃炉への道も先が全く見えず、汚染水対策も嘘ばかり、未だに福島は終っていないにも拘らず、柏崎刈羽原発の再稼動を目論み、更に日本原電に資金支援して東海第二の運転延長まで進める東電をなぜ政府は止めないのか。
議決権ベースで東電の株の50.11%を有する筆頭株主は国「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」であり、もちろん同機構には経産省キャリアが理事になって入っており、東京電力は同機構を介して半国有化され日本国政府の管理下にある。それゆえ、東電が被害者を切り捨てるということは、国が被害者を切り捨てることに他ならない。
例えば「廃炉・汚染水対策福島評議会」では公明党の経産副大臣が福島の人たちに向かって「国が乗り出してしっかり対策する」と何度も話していたではないか。一方で、今年に入ってフランス政府が国営企業ルノーのトップ交代を進言しているではないか。経産省は、東電と一緒になって被害者切り捨てと原発推進することを直ちに止めるべきだ。
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原子力ロビーによる放射線被曝の押付けを拒否しよう! その7
ヨウ素被曝を隠して小児甲状腺がん多発を放射線の影響と認めない国と県
~放医研が隠した少女の被曝、線量測定はわずか1080人だけ~
2019年01月25日 木村雅英
東京新聞の1月21日(月)の「こちら特報部」の<「背信の果て」(1)消えた双葉町の「一〇〇ミリシーベルトの少女」>は見逃せない。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2019012102000136.html
<東京電力福島第一原発事故後、福島県は子どもの甲状腺がんを調べる検査を始めた。対象者は約四十万人。通常より多く見つかり、疑いを含め二百六人に上る。国や県は、がんの原因となり得る被ばくの線量が少ないことを主な理由にして事故の影響を否定する。しかし国が被ばく線量を測った子どもは千八十人のみ。今回判明した「一〇〇ミリシーベルトの少女」は漏れた公算が大きい。被害の全体像から目を背けた裏に何があったのか。情報開示請求で入手した文書で「背信」の数々を明らかにする。>
すぐに朝日新聞が「11歳100ミリシーベルト被曝の疑い 福島第一事故で」と追った。 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190121-00000083-asahi-soci
<東京電力福島第一原発事故直後に、11歳だった女児がのどにある甲状腺に100ミリシーベルト程度の内部被曝が推計されると報告されていたことが、放射線医学総合研究所(放医研)への取材でわかった。>と。
福島県の「県民健康調査」では、200人以上の小児甲状腺がん患者が出て150名以上が甲状腺切除手術を受けたにも拘らず、県は放射線被曝の影響を否定しながら、検討・解析を先延ばしし、発表を滞らせている。
一方で、イチエフ事故によるヨウ素汚染については、ヨウ素131の物理学的半減期が約8日と短い為に把握が難しい。記事によれば、当時1080人の被ばく線量を測っただけで、かつ放医研に「11歳の少女で100mSv」の推計結果があったのに隠されており、記録を突きつけられた当時の山田被ばく線量評価部長は「記憶にない」と逃げた。
放医研と言えば、2011年の3.11の半年程後の都内年次報告展示において、3.11イチエフ事故の報告が全く無かったことに驚いた。そう、放射線医学総合研究所は(国際)原子力ロビーなのだ。
なお、私は、イチエフ事故後のヨウ素分布を文科省が「放射線量等分布マップの作成等に係る検討会」で各メッシュ点の値を、統計の考え方に反する作為的計算をして、示威的に小さく推定した事実を傍聴して確認している(詳細は別項で)。
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/gijyutu/017/shiryo/1311431.htm)
原子力ロビーたちの「福島放射能汚染隠し」に騙されないよう、真実を追求し明らかにし報道させる、そんな姿勢を持ち続けたい。
子どもに過酷を強いる汚染地域の家族同居
=政府・自治体は避難家族の帰還を強制するな=
2019年1月 藏田計成(ゴフマン研究会 )
1 究極のしきい値論
福島原発事故から8年か経過しようとしている。この期に及んで「100ミリ㏜以下影響なし説」が公然と垂れ流されている。真っ赤なウソをちりばめた復興庁冊子『放射線のホント』、文科省副読本(改訂版)に対して、いま廃刊署名運動が起きている。そのウソは世界の常識もあきれ顔だろう。それは完全な臆説に過ぎないからである。別稿で全面的に論証することになるが、そのことを裏付ける論文をひとつだけあげておくことにしよう。その論文は日米共同研究機関・放影研(放射線影響研究所)「第14報」(2012年)である。広島・長崎の原爆資料を58年間(統計、1950~2003年)にわたる検証結果に基づいたものである。
その論文は「100ミリ㏜影響なし説」を全否定している。つまり、被曝影響の有無を表す境目となる「しきい値」に関しては、ひとつの結論に到達した。それは「ゼロ線量が最良のしきい値である」(1)という論理である。
これまでの世界の被曝防護機関の定説は「どんなに少ない線量でもリスクはゼロでない」(しきい値なし直線モデル)という考え方である。ところが、放影研第14報は「少ない線量」という表現を「ゼロ線量」におき代えた。被曝がもたらす危険性の出発点をゼロ線量としたのである。これは《究極のしきい値論》ともいえる。ただし、放影研第14報はその3ヶ月後に改訂され、日本語「要約」版だけが加筆された。しかし、正文の英文は改訂されていない。この事実が示しているように、意味内容はかわらない。(2)
放射性セシウムの減衰率は8年後には70%を超える。だが、放射性セシウム線量の半分を占めていたセシウム137の半減期は30年であり、その危険が去ったわけではない。福島県の山林は70%である。避難解除地域といえども、いまも放射線管理区域(年間5.2ミリ㏜)を超える被曝線量にさらされている居住区域は少なくない。空間線量による日常的な累積被曝を考えない被曝リスク論は、余りにも無謀というべきである。安全値「100ミリ㏜」という線量は仮説ともいえない。放射線審議会は100ミリ㏜に関して「(飲酒、喫煙、野菜不足などの)生活習慣等の放射線以外の要因によるがんの変動に紛れてしまう」(2018年1月)と言い切っている。果たしてそうか。安全値100ミリ㏜という線量は、事故前の自然空間線量率(単位時間当たりの線量だから「率」がつく)の、実に333倍である(100÷0.30、新宿百人町地上20m、事故前11日間、平均毎時0.034マイクロシーベルト、年間0.297ミリ㏜)。
これまで長い間、福島事故前の世界の被曝リスク論は「1ミリ㏜単位」をめぐる攻防の歴史であった。その結果、最小線量率「年間0.1ミリ㏜説」(欧州リスク委員会、2010年)にまでたどり着いた。ICRPも平常時線量率年間1ミリ㏜としている。この事実を葬り去ることはできない。「究極のしきい値論」をふくめて、人類がこれまで積み上げてきた被曝線量限度の低減結果を、事故を理由にして清算することはあり得ないからである。
2、無視できない子供と大人の被曝感受性の違い
リスクは被曝線量に比例して直線的に高くなる。しかも、汚染地域における被曝線量は累積する。問題はそれだけではない。汚染地域における家族同居は、家族全員が生活空間を共有しており、同じ線量を浴びることを意味する。そのために若い世代に対して深刻な被曝リスクを強いることになる。とくに、子どもの被曝感受性は高く、リスクは年齢に強く依存している。子どもは成長期の細胞分裂や生体の代謝が盛んであり、放射線による被曝影響は桁違いに高い。このように、子どもは大人や老人に比べて高い被曝リスクにさらされている。だから、汚染地域での家族同居に際しては、年齢別リスク(とくに子供の被曝感受性)を考慮しなければいけない。
では、年齢間のリスク倍率はどの位い違うか。まず、ICRP2007年勧告からみてみよう。勧告は「被ばく時年齢に関して、リスクに相当の差異が存在することを十分に認識している。付属書Aに、これらの差異に関するデータと計算を提示する」という(3)。その付属書Aでは、臓器別線量(等価線量)をもとにして、加重係数を用いた全身の実効線量評価方式によってリスクを推計している。さらに、子どものリスクについて次のようにいう。「防護を考えるうえで、複雑になりすぎるので、ルールを単純化する際、子どもは大人の2~3倍と考えるのが妥当だろうというのが、ICRPの見解です」(放医研広報からの本稿筆者への回答)という。ICRP2007年勧告も「子どもの被曝リスクは大人(集団全体)の2~3倍とした(4)。だが、これは著しい過小評価である。
これに対して、放影研・原爆生存者寿命調査第14報(2012年)は異なった見解を示している。「被爆時年齢が10歳若くなると、リスクは29%増加する」としている(5)。この増加率はゴフマンモデルでも同じである。0 歳の男女平均リスク係数は10歳の平均リスク係数の30.5%増(15.15対10.52、年齢が高くなるとその幅は縮小)である。このゴフマンモデルのリスク係数は同じ年齢集団1万人が平均1ミリ㏜被曝したときのリスク(固形ガン・白血病の生涯死亡率)である。
ジョン・W・ゴフマンは、アメリカの放射線医学研究者であり、被曝リスクの病理学的解明の責任者として国立研究所副所長に就任した。そのためにゴフマンは被曝リスクに関するあらゆる資料を利用しうる立場にいた。医療被曝、原爆実験・投下、ウラン採掘過程の災害、動物実験、アメリカ連邦政府資金による人体実験(30年間、年平均130件)の知見に至るまで、その資料は膨大であった。それを駆使して0~55歳までの年齢別・性別被曝リスク係数を世界で唯一算定した(6)。その内容に関しては別稿で詳述する。ここでは別な視点から論じておきたい。
3、家族同居のリスク倍率
次の表Ⅰは、家族が同居することの年齢別危険度係数の比較倍率一覧である。ゴフマンモデルのリスク係数をもとに、0歳~20歳までの5歳階級別リスク倍率を示した。対する比較基準は30歳、40歳、50歳のリスク係数である。
表Ⅰの数字は深刻な意味をもっている。成人に比べて子どもの被曝危険度(死亡率)は予想をはるかに超えている。とくに、汚染地域においては年齢差の大きい家族が同居することは重大な脅威である。3世代同居に至ってはありえない。また、この表Ⅰは汚染地域からの避難、移住、保養の必要性、国外移住を決意・実行した決断の妥当性について、貴重な判断基準になる。
0歳 | 5歳 | 10歳 | 15歳 | 20歳 | |
30歳基準 | 3.9倍 | 3.5倍 | 2.7倍 | 1.3倍 | 1.1倍 |
40歳基準 | 8.8倍 | 7.8倍 | 6.1倍 | 3.0倍 | 2.6倍 |
50歳基準 | 215倍 | 190倍 | 150倍 | 73倍 | 64倍 |
表Ⅰ 幼少世代(横列)の被曝リスク係数の倍率一覧。基準は成人世代(縦列)の被曝リスク係数と比較した。ゴフマンが算定した年齢別(男女平均)のリスク係数を用いた。1万人が平均1ミリ㏜被曝したとして、その集団の生涯リスク係数(死亡者数)である。 (7) 。
◇ 表1の見方: 1例をあげよう。横列A群の0歳集団のリスク係数は、縦列B群の30歳集団のリスク係数の3.9倍、 40歳の8.8倍、50歳の215倍になる。
このゴフマンモデルが発表されたのは1981年である。その論理体系は時代的な制約を受けているとはいえ、精密・膨大な資料をもとに作成された。これに関して、原発推進派は当初から黙殺で応えるほかなかった。その理由についても別稿で詳述する。また、別な研究者たちは、ゴフマンモデルの妥当性を論証した。とくに、チェルノブイリ事故に関するゴフマンの推計リスクは、年を追って明らかになる疫学的、人口統計学的実数に近似している。さらに、事故災害の現場検証にたずさわった研究者は高く評価している。このような明白な事実がゴフマンモデルに対する現代的評価にもつながっている。
参考文献
1 寿命調査(LSS)報告書シリーズ。LSS第14報(2012年)、「要約」、ファイルを開く。小笹晃太郎他8名「原爆被爆者の死亡率に関する研究」、要約、RR 4-11。
https://www.rerf.or.jp/library/list/scientific_pub/lss/
2 正文 http://www.rerf.or.jp/library/rr_e/rr1104.pdf
3 『ICRP2007年勧告』p.20、3.2.3 (81)「 がんと遺伝性影響に関する損害で調整された名目リスク係数」 www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
4 同『ICRP2007年勧告』p.152、A171、付属書A
5 放影研寿命調査報告書シリーズ、原爆寿命調査(LSS)第14報(2012年刊)、小笹晃太郎他8名「原爆被爆者の死亡率に関する研究」、要約、RR 4-11、12行目。
https://www.rerf.or.jp/library/list/scientific_pub/lss/
6 アメリカ放射線医学研究者ジョン・ゴフマンは、生体への被曝影響を調査・研究る責任者として、ローレンス・リバモア原子力研究所副所長に任命された。報告書は「リスク評価を20倍に高める必要性がある」との検証結果であった。アメリカ原子力委員会は撤回を求めたが拒否した。職を辞任して、大著『人間と放射線』を著した。『新装版 人間と放射線』訳者伊藤昭好、小林佳二、小出裕章、小出三千恵、今中哲二、海老沢徹、川野真治、瀬尾健、佐伯和則、他、2011年。
1月30日(水)美ら海の埋め立ては違法!「総務省ヒューマンチェーン」
場所:総務省前 16時30分~「國・地方係争処理委員会」への申し込み
18時30分~総務省前リレートーク 19時30分「ヒゅーマンチェーン」
2月1日(金)経産省前抗議行動 17時~18時
官邸前抗議行動(首都圏反原連)は18時30分~
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