ジャパン・ハンドラーはいま ―「第4次アーミテージ・ナイ報告」紹介の紹介―
- 2019年 2月 22日
- 時代をみる
- 半澤健市日米関係
本稿は、「第4次アーミテージ・ナイ報告分析―さらなる日米一体化への要求」と題する論文の紹介である。著者は、日米外交に詳しい弁護士(日本、ニューヨーク)の猿田佐世(さるた・さよ、以下敬称略)氏。『世界』の2019年3月号に掲載された。その内容は、報告の客観的な紹介と併せて批判的な分析の要素を含んでいる。私(半澤)は、本論文の要点を忠実に再現することに努めることとした。
《「知日派」報告書の影響力》
著者猿田は、「ジャパン・ハンドラー」(日本を操る者たち)の語は使わず、「対日政策担当者やそこに影響をもつ研究者」を「知日派」と定義している。この報告は、2000年(第1次)、07年(第2次)、12年(第3次)と出されてきた。そして、2018年10月に発表されたものが、最新版の第4次報告である。四回の報告は、日本の経済・外交・防衛政策に関する、米国からの勧告を多く記述している。
第1次報告は、集団的自衛権禁止は同盟への制約と指摘し、東日本大震災(11年3月)翌年の第3次報告は、原発再稼働、秘密保護法、武器輸出三原則の撤廃を勧告していた。その冒頭に「日本は一級国に留まりたいか。二級国家でよいならこの報告書は必要ない」し記した。12年12月の総選挙で政権交代を実現した安倍首相は、13年2月にワシントンを訪問して、報告書の作成元のシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)で講演し、「日本は二級国家にはなりません」と応えている。
安倍政権は、13年12月に秘密保護法を成立させ、14年4月には武器輸出三原則を防衛装備移転三原則に変え、同年7月、集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、15年9月には安保法制を成立させた。その全てがアーミテージ・ナイ報告に勧告された内容である。
《2018年・第4次報告の特徴》
猿田によれば今回報告の特徴は次の二点である。
一つは、「対中国」の色彩を前面に出して、日米のさらなる一体化、同盟強化を求めていること。この「一体化」は米国戦略に日本が組み込まれていくことを意味する。
二つは、これまでと異なる外交政策を随所で語り、同盟を軽視するトランプ大統領に向けて、いかに日米同盟が重要であるかを訴えている点である。
猿田は、第4次報告書分析にあたって、トランプ政権にあっての「知日派」のポジションの変化を説明している。一言でいえば「知日派」が政権から離れたことによる変化である。
第4次報告書の執筆者は、ジョセフ・ナイ、リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーンら9名であり、かつて米政権内で日米外交に関わった者が含まれる。16年の米大統領選挙中、アーミテージやグリーンらはトランプへの不支持を表明したので、トランプ政権に入れなかった。それで今回報告書の執筆者は全員が民間の研究者である。
18年10年3日に、報告書発表のシンポジウムが開催された。そこでアーミテージはトランプ政権に「アジア専門家、いつもの顔ぶれ」が2人しかいないことに懸念を表明した。第4次報告書は、直接的に政権に影響を及ぼせない。そのために報告は、トランプ政権に読ませることを強く意識して書かれている。アーミテージはシンポで、もう報告書を出す考えはなかったが、トランプ政権の「保護主義的な方針」、基地展開や同盟に疑問を提示する「アメリカ第一」の姿勢をみて「日米同盟」が不明瞭(unclear)になったために出すことにしたと述べた。同じく、ナイも「在日米軍経費を四分の三も負担するような日本を同盟国にもつことはアメリカにとってかつてなく重要(More Important than Ever)」であると述べた。
《「日米関係」にとっての四つの課題と対策》
報告書には何が書いてあるのか
まず報告書の目的はこうである。「2030年までの野心的で達成可能なアジェンダを提示して米日同盟強化に役立てること」である。
日米の課題はつぎの四点であるとする。
第一に、日米が築いてきた国際秩序が危機に面している。 権威主義的資本主義が広がり米国のリーダーも、既存の国際秩序の価値に疑問を抱いている。
第二に、トランプ政権が同盟国へ商取引的な対応をして、人権や民主主義などの価値を米国が支えるという見方を危うくしている。
第三に、中国などが不公正な経済活動を行い、トランプ政権も保護主義を助長している。
第四に、中国などの競争国が米国と同盟国の軍事的優位性を脅かす存在になっている。
これらの課題に対応する「野心的なアジェンダ」として、報告書は四つの柱を挙げる。
さらに柱の下に10本の具体的な政策を提案している。
柱1 日米の経済的な結びつきの強化
① 開かれた貿易と投資に再び積極的に取り組め
柱2 日米軍事作戦の調整の深化
② 軍の運用を合同の基地で行え
③ 日米合同の統合任務部隊を創設せよ
④ 自衛隊に統合作戦司令部を作れ
⑤ 有事に向けた共同計画を作成せよ
柱3 防衛産業の共同技術開発の推進
⑥ 防衛装備を共同開発せよ
⑦ ハイテク分野における協力を拡大せよ
柱4 地域のパートナーとの協力拡大
⑧ 日米韓三カ国協力の再活性化
⑨ 地域インフラ基金を立ち上げよ
⑩ 広域の地域経済戦略を編み出せ
《報告書全体の批判的総括》
ここから筆者猿田佐世による報告書批判を要約する。
第一に、中国の扱いがこれまでの報告書から大きく変化しているとする。
「軍事力におけるアメリカの絶対的優位を脅かす存在」である中国に、経済でも安保でも正面から対抗せねばならないという意識が通底している。
米国は、2017年の国家安全保障戦略で、中露を「競争国」と位置づけ優位性を保つ戦略の展開を明確にした。報告書は、大国間の争いのなかで米国が「いかにして日本を使っていくか」という視点で書かれている。
第二に、日米両国の利益の違いについて述べている。
報告書は―日本の防衛大綱も同様だが―「米国の利益が日本の利益と同じ」である前提として書かれているが、両者の国益に差異があるのは当然だ。現実は米国の世界戦略のなかに日本が組み込まれている。我々は「専守防衛」の意味を立ち止まって考える必要がある。
第三に、防衛予算の増加に関する考察である。
報告書は、日本が防衛費をGDPの1%を超えて支出することを求めている。この報告書と、18年12月の防衛大綱・中期防は、共通点が多い。今回の中期防では、今後5年間の防衛費は27兆4700億円と過去最大を更新した。しかし実際に米中が戦火を交えることになると考えている人はほぼいないという現状に気づく。防衛予算をこれ以上増やす余裕が日本のどこにあるのか。
第四に、報告書は米国の利益のために書かれたという事実である。
猿田は、米国の大学院でマイケル・グリーンの「日本学」の授業を取ったことがある。彼が、日本をあまりに熱く語るので「どうしてですか」と聞いた。「愛国者だから」と彼は答えた。「日本の?」という猿田の問いに「そんなわけはない。アメリカだよ」と答えた。
《「静かな怒りと悲しみ」から何を読み取るか》
私(半澤)は、論文の大意を素直に伝えたいと思いここまで書いてきた。
以下は、猿田論文の最終部を、ほぼそのまま掲げるものである(■から■)。余計な説明を付記する必要を私は感じない。私は猿田の全文に「静かな怒りと悲しみ」を感じた。そして引用の全部と最後の一行に共感した。
■「アーミテージ・ナイ」報告は政府の発表物ではなく、一民間機関の報告書にすぎない。何故にこの報告書に書かれていることがここまで実現されてきたのか。その答えはいたって簡単である。
執筆陣は日本の外交・防衛当局者や政権与党の政治家と常日頃から交流の機会を持ち、彼らの次の狙いを深く理解している。彼らがどのような報告書を望むかということについても深く理解をしている。だからこそ、そもそも防衛大綱と重なる政策提言が多くなされるのである。また、日本政府が心の中では望んでいても、踏み込みすぎて国内で提案することは難しいような勧告を、ワシントンの対日政策コミュニティのイニシアティブとして代わりに提案するのである。日本政府関係者は、この報告書の日本での影響力を大変良く理解しており、常時この報告書の執筆陣が属するシンクタンクに資金を提供したり、日本の外交・防衛政策に関わるプロジェクトを様々委託したりしている。そして、このような報告書が出された際には、それを日本政府が実現していく、ということを繰り返してきた。
このサイクルは、日本政府や政権与党が自らの声を使って日本国内で拡散するシステムであり、私(猿田)はこれを「ワシントン拡声器」と呼んでいる。今回はさらに、トランプ政権に声が届かない知日派が、日本政府からトランプ氏に声を届けてもらおう、という「逆ワシントン拡声器=日本拡声器」としてもこの報告書は機能していると言えるだろう。
アーミテージ・ナイ報告書が出版され、防衛大綱・中期防が出て、日本の短中期的外交・防衛政策が明確になった。日本の私たちがどのような道を歩むべきなのか、この機会に冷静にみなで考えたい。■
(2019/02/20)
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