現代版ジキルとハイド? - 素直に喜べない有給休暇 -
- 2019年 2月 23日
- 時代をみる
- 働き方改革労働杜 海樹
国主導の働き方改革により労働基準法が改正され、2019年4月から有給休暇の取得が一部義務化されることとなった。有休休暇の権利を行使できる人のうち、年10日以上の有給休暇の権利を得ている労働者に対しては、そのうちの5日分の有給休暇取得が義務となった。違反すると30万円以下の罰金が課せられる。この事態を受け、関係各所は対応に追われているという。
近年、日本の有給休暇の取得率は主要先進国の中では最低レベルが続いてきており、働き過ぎとの批判が続いてきた。日本の労働界、勤労者の間からも有給休暇の取得増は求められ続けてきた。そうした中、国主導とは言え、有給休暇の取得強化が図られたのであるから曲がりなりにも歓迎の声が聞こえてきても然るべきと思うところだ。しかし、実際には有給休暇の一部義務化で「嬉しい!」という声は全くと言っていいほど聞かれないのが現実だ。有給取得当事者の勤労者の側からも・・・だ。一体なぜであろうか?
そこで、独立行政法人労働政策研究・研修機構が実施している「年次有給休暇の取得に関する調査」の結果を見て見たい。この調査によると、直近の日本の有給休暇の取得率は51.6%、取得日数は8.1日となっている。日本の有給休暇が年間最大で20日まで取得できる(1年繰り越し分を含めれば年間最大40日まで取得できる)ことや、フランスやドイツなどが完全有給取得(30日)となっている実態を踏まえるとかなり低いことが見て取れる。そして、注目すべきは、有給休暇を取り残す理由として「病気や急な用事のために残しておく必要がある」が64.6%、「休むと職場の他の人の迷惑になる」が60.2%、「仕事量が多すぎて休んでいる余裕がない」が52.7%を占めたという結果が示されている点であろう。
昨今、過労死や長時間労働問題が喫緊の課題となり、製造業はもちろん、医療、介護、教育、運輸・・・とあらゆる業界で事態の改善が求められている。だが、日本の企業は99%が中小零細企業で占められており、企業体力にも一定の限界がある。そうした状況下で有給休暇が一部とは言え義務化されれば、どうなるかは結果を見るまでもない話なのかも知れない。
例えば、看護師が1名しかいない小さな病院で有給休暇が義務化されたら、その日の看護を誰がおこなうのか。例えば、ドライバーが5名しかいない運送会社でドライバーが1名欠けたら、その日の配送を誰がするのか?例えば、災害等で早期対応が求められているところが有給休暇など取得などできるか?等々となろう。
そうした時、会社等に余裕があれば、代わりの人間が勤める、臨時雇用で対処する等々の対応でやり繰りもできたであろう。事実、バブル時代の頃までは会社にはフリーで対応できる予備の人間が1人や2人いたものであった。しかし、今や余裕の余の字もない有様であり、仮に人手不足で求人したところで応募者もなく、やっと応募者が来ても免許も何もない・・・では休みなど取得できる訳もない。もはや日本社会全体が、倒れたら終わりの自転車操業状態なのであろう。そうした状況で有給休暇をあてがわれても、休んだ日の仕事は翌日にそっくり残されるだけであり、有給休暇の本来の狙いであるリフレッシュにはほど遠いと言わざるを得ないであろう。それどころか、休暇を取ってしまえば本人にとっても更なる労働強化が待ち受ける結果となり、恨みを買うだけといった惨状が待ち受けることにもなってしまうのであろうから。
また、有給休暇の一部義務化の少し前の時点でも実は同類の話があったのをご存じであろうか。それは、2017年に経済産業省などが主導して始まったプレミアムフライデーというキャンペーンだ。このキャンペーンは月末の金曜日くらいは余暇で寛ぎ個人消費の拡大に繋げてほしいと国から15時の退社が推奨されたものであったが、結果は笛吹けど全く踊らずというものであった。今でもキャンペーンとしては存続しているらしいが、数パーセントの限られた会社以外は見向きもしていないため何の話題にもなっていない。
話を少し戻すが、日本では「年次有給休暇の取得に関する調査」からも分かるように有給休暇が病欠のために使われることが非常に多かった。だが、有給休暇は本来は本人がリフレッシュするためのものであり、国際基準では有給を病欠にあてがうことは禁止されているのだ。日本はILO条約第132号「年次有給休暇に関する条約」を批准していないが、132号条約の第6条2項においては「疾病又は傷害に起因する労働不能の期間は、各国の権限のある機関により又は適当な機関を通じて決定される条件の下で、第三条3に定める最低年次有給休暇の一部として数えてはならない」と規定されており、病欠は有給休暇に使用してはならないのだ。病気を心配して有給休暇を取得できないというのは制度の主旨からして本末転倒の話なのだ。
日本はもはや国民自らの権利行使も喜べない社会に変質してしまっていると言わざるを得なくなってきているのかも知れない。厚生労働省は、医療現場の特例としながらも過労死ラインを遙かに超える年間2000時間までの残業時間を認めようと検討をはじめており、一方で有給休暇の一部義務化を推進すると言いながら、その一方で2000時間もの残業を公認しようとしている。これでは、まるで勤労者にジキル博士とハイド氏両方の役割を演じるよう強いるものではないか。日本は大変な時代に突入してしまったようだ。
<杜 海樹氏の経歴>もり・みき。栃木県出身、東京都在住。文学士(社会学専攻)。生活協同組合、運輸会社、研究機関などを経て現在は労働組合で機関紙の編集等に携わる。世界一周を経てフリーで文筆活動もおこなう。フルマラソンの選手でもありランナーズマイスター。その他、ダンス、温泉、食生活などの分野にも明るい。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4567:190223〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。