本年2月末日に行われた米朝首脳会談の決裂について
- 2019年 3月 16日
- 評論・紹介・意見
- 岡本磐男
2月28日に行われた米国側の代表トランプ氏と北朝鮮側の代表キム・ジョンウン氏とのベトナムのハノイで行われた二日目の会談において、トランプ氏は、突如キム氏との対談をうち切り、米国への帰国の途についた。これにより北朝鮮側が期待していた経済制裁の段階的解除もご破産となり、北朝鮮側は次第に窮地に陥るのではないかと懸念されている。
どうしてこんな事態が生じたのであろうか。日本でもテレビの民間放送において朝鮮半島情勢の専門家やアメリカ政治の専門家等を起用してこの問題に答えさせようとしているが必ずしも納得がいくような説得的解答は容易にはみつからない。
首脳会談における両首脳の態度はきわめて親密ぶりを発揮したもので、トランプ氏はキム・ジョンウン氏を羨望しているかの如くさえみえた。だがこのような状況下でもしトランプ氏側が、1発発射すれば100万人を殺戮できるような核兵器を北朝鮮にうちこめば、却ってトランプ氏は世界の人々から猛烈な非難を浴びるだろう。それをトランプ氏自身が恐れているのかもしれないと感じさせる程の思いをもった。北朝鮮の非核化がテーマではあるが、北朝鮮の核は体制を保証させる防衛的なものであり決して先制攻撃はありえないと思う反面、米国の核は防衛的とはいえそうにない(現にそれは第2次大戦中にヒロシマ・ナガサキで使用されたという実績をもつのでそのような先入観をもってしまう)。だがこうした思いはやはり妄想であり、トランプ氏の側近たるボルトン米大統領補佐官やポンペオ米国務長官らも言及していたように、米国内のトランプ氏のロシア疑惑をめぐっての悪評が激しくなってきたために、トランプ氏はこれに防戦するために帰国したとみる方が正しいであろう。
北朝鮮が非核化をすれば、北朝鮮の体制(社会主義体制)を保証してやろう、という、体制の保証に核兵器という軍事力の競争を媒介にするということ自体に私は疑問をもつ。それは今日の世界が核兵器という軍事力による支配を受けているという事実を無批判に肯定しているからである(ヒロシマ・ナガサキの精神とは反対の立場)。しかも非核化、非核化と唱えても自分の国の非核化については何もふれず、大量の核保有を続けていくだけだからである。ところでこの米朝首脳会談については、多くの国々でテレビ等のメディアを通じての人々の関心が強まったようであるが、それは単に非核化という問題だけではなく。経済システムとしての体制の問題が絡んでいたからであろう。この点は北朝鮮と親密度を高めつつある中国の地位とも関わってくる。14億人の人民大衆を支配している習近平は20年先には世界第1位の大国になることを目ざしているが、彼がマルクシズムに基づく社会主義体制の構築を考えているのは、19世紀半ばの阿片戦争以後、イギリス帝国主義によって植民地支配をされた経験をこの国はもつためである。北朝鮮も今から100年程前の1920年代から日本帝国主義によって植民地支配を受けた。こうした体験をもつ諸国は、決して米国に似通った資本主義体制を採用しようとしないのは、資本主義に対してはアレルギーをもっているためである。それ故、今日の世界の大衆は、社会主義という体制がどうなるかに重大な関心を抱いているといえるだろう。
米朝首脳会談の開催以後、数日たってメディアでいわれていることは、第1には北朝鮮が経済制裁としての輸出制限が行われる結果外貨やエネルギーの収入がへり、食糧不足に陥って大衆の生活を困窮させていくだろうということであり、第2には、首脳会談は再び早急に開かれるだろうとのことである。
まず、第1の問題からいえば、こうした見解に私は必ずしも賛同しない。私は第2次世界大戦が終結して2、3年後に生じた日本の食糧危機に遭遇したことがある。あの頃、日本の農学を専門としていた著名な大学教授が日本人の半分は、食糧不足によって栄養失調または餓死によって死ぬであろう、と警告したのである。それ程ひどい食糧事情だったから、多くの人々は食べられるものは何でも食べようとして食糧増産にはげんだ。中には雑草のようなものまで食べる人もいた。私の家でも200坪ほどあった庭を畑にして野菜や芋類を生産した記憶がある。こうした食糧増産への必死の努力によって、日本人は、例外を除けば殆ど餓死することはなく生きのびられたのである。
北朝鮮が農産物不足によって食糧危機に陥るとすれば人々が同様なことをして食糧増産にこれまで以上に注力することは当然であろう。否、彼等はそうした経験を既に積み重ねているであろう。それに北朝鮮は今や科学立国なのである。科学の力で野菜その他の農産物をふやしたり、魚貝類を増産したりする技術はこれまで以上に向上させられていく可能性があるであろう。それに外貨が少なくなるといっても、隣国の資本主義国などでは、商品の生産は過剰となっており価格は低下しているから、隣国から低価格での密貿易が行われることも皆無ではないであろう。さしあたり隣国の韓国などでは、北朝鮮の人々が食糧不足で困窮しているのに同じ民族であっても何も支援しないであろうか。そうではなく、やはり支援するのではないか。こう考えると北朝鮮の人々が困窮していくと考えるのは、単なる杞憂ではなかろうか。
次に第2の米朝首脳会談についていえば次回では米国側はこれまで以上にキム・ジョンウン氏に対して強硬な姿勢をとってキム氏に経済制裁を迫るだろうといわれている。だがキム氏はこれにすんなり応えるとはかぎらないだろう。言を左右にして時間かせぎをしているうちに、米国の大統領予備選挙ははじまってしまう。米国人にとっては国内情勢によって左右される大統領予備選挙の方がはるかに関心の強い問題である。首脳会談に出席する米国人(未だ定まっていない)は、大した成果をあげることなく帰国するのではあるまいか。
北朝鮮の隣国は、過剰生産の国であることに触れたが、米国にとってもこの規定から免れるものではない。米国は自由世界のチャンピオンの国といわれているが、自由と民主主義が尊重されているといわれるのは、単にその政治的則面にすぎない。経済的側面ではまぎれもなく資本主義社会である。資本主義社会は、誰もが知っているように資本家と労働者の対立を生産関係とする階級社会に外ならない。ここに矛盾がある。1789年にフランスで成立したフランス革命を提唱したイデオロギーの主唱者は、自由、平等、友愛を鼓吹したが、それはあくまでイデオロギーに止まり社会の実体(経済)にまで浸透しなかった。それは今日の米国では金持と貧困者との間の格差がますます顕著となり、大勢の貧困者大衆が青いきといきの生活を送っていることからも明らかではなかろうか。
米国社会が、白人、黒人、ヒスパニック等の人種の問題をはじめとして、教育費、学費の問題等を主要因とするさまざまな要因から社会的に対立、分断の圧力に大衆がさらされていることは、2016年の大統領選挙のさいに看取されたことであった。あのときトランプ以外に民主党からクリントン女史とサンダース氏のような社会民主主義者が立候補して選挙戦が闘かわれたが、大衆はサンダース候補に投票するかもしれないと思われた程米国社会の変化の激しさがかいまみえた。それ故次回の大統領選挙でもトランプ氏が優勢に立っているとは決していえないだろう。世界は激しく変わりつつあるのである。
米国だけの話ではない。日本やEUでも変化の兆しはある。日本は人手不足状態にあること以外はさして変り映えしないかにみえるが、財政上の膨大な借金がますます増えていく中で経済成長政策の実現は困難になりつつある。高齢化人口への支援もゆきづまりつつある。商品が売れないため、投資も行われず、投資需要が極端に低いため、市場の金利も極端に低く、零に近いゆえこれが資本主義の国かと思わせる程になっている。
EU諸国は、財政黒字、貿易黒字、経常収支黒字という黒字国たるドイツを除けば、概ね日本と同様な経済環境にあると考えて差支えなかろう。社会保障制度が重視されているため国家の失業手当の支出が多く、そのため国家財政の赤字が累積している国が大部分である。これによって成長率も低下している。10年程前のギリシャ危機があれ程騒がれたのも、自国がギリシャに近い国になっては大変だという危機感からであろう。その後難民問題が生ずるようになって、難民を排除しようとする人達が多くなったため、右派の政党が力を得るようになってきた。とはいえ、経済の環境は日本とそれ程変らないようにみえる。
最後にイギリス資本主義の環境にふれ、本稿を締めくくりたい。イギリスの経済社会では、現在はEU残留派とEU離脱派とに分断され、メイ首相が最も心配してきたのはこの課題であったのだが決着は引き延ばされた。だがこうした対立が激しくなったということ自体、イギリス資本主義の衰退を表わすものではなかろうか。産業革命以前の17世紀の頃から19世紀半ばにかけて、イギリスはオランダと並んで資本主義の先進国として工業生産も発達し七つの海を支配しているといわれる程だったのだが19世紀60年代の大不況に突入して以後は、工業生産の発達は停滞ぎみとなり、代って金融業に発展のいしずえを与えるようになる。そして20世紀半ば以後はロンドンの金融街としてのシティを発展の中心におくようになり、辛うじて経常収支の黒字を維持するようになったのである。製造業中心の資本家的生産は衰退するのである。
こうした観点から世界をみるとき、資本主義がいつまでも発展し永続性を保つとみることにも疑念が生ずるであろう。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion8486:190316〕
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