「令和」を最後の元号にして、西暦に統一しよう
- 2019年 4月 3日
- 評論・紹介・意見
- 元号坂井定雄
誰もが感じているに違いないが、西暦と日本固有の元号の二つが併用されている不便、面倒さは、嫌になる。今日(2019年4月1日)、新元号の決定の過程の最終日を2時間余りNHKで見ていたが、最後に安倍首相の記者会見を見ながらつくづく感じたのは、「これを最後の元号にして、元号制度を廃止し、西暦一本に替えるべきだ」だった。
わたしは、日本国憲法を心から支持し、天皇制を含め憲法を擁護する努力、戦いとして、この護憲ブログ「リベラル21」でも執筆、編集に参加している。憲法は言うまでもなく、国家の最高法規だ。しかし、安倍首相の今日の発言でも、新元号作成過程にかかわった”有識者“の発言でも、憲法を尊重する片言節句もなかった。
NHKの報道では、やたらと昭和、平成そして「令和」を「時代」と呼んだ。じつは、日本史の図表では、旧石器時代から始まって、縄文時代、弥生時代…奈良時代、平安時代、鎌倉時代…江戸時代、明治時代、大正時代、昭和時代と続き、その歴史の流れがその次に平成、「令和」時代に続く。この歴史区分では、平安時代は約4百年、江戸時代は265年、明治時代は44年。昭和時代は63年、平成時代は30年。このような歴史区分が、昭和の天皇制時代19年間と天皇が政治権力を失い「象徴」になった44年間を、NHKの報道では一緒にしてしまったのだ。
世界には、立憲君主制の英国はじめ、形態はさまざまな君主制国家がたくさんある。しかし、その国の君主が替わると元号まで替えるのは日本だけだという。
日本国憲法では、元号をどう決定するかは規定していない。そのため、元号の法制化。について複雑な経過がある。最新のウイキペディアの記載をごく端折ると、1968年、明治百年を機に、政府内で国旗、国歌と共に元号法を定める機運が高まり、内閣法制局が一世一元とすることを骨子に検討が始めたが、元号を使っているのは日本だけであるとして西暦に統一すべしとの論も強かった。
1977年(昭和52年)、政府部内で①昭和以降も元号を存続させるか否か②内閣告示か法制化かーで論議がされ、1978年11月17日、法制化を閣議決定、総理府と内閣法制局が23日までに決定した。
その骨子は①皇位の継承があった時には、新たな元号を定める②元号は政令で定める⓷すでに用いられている「昭和」は、この法律に基づき定められた元号とする。
元号について、さまざまな、厄介な経過について書いたが、憲法では元号については触れていない。西暦のほうが多用されてはいるとはいえ、元号も使用されている実情は、日本だけの不都合ではないか。世界の中で生きている日本は、二重使用はやめ、西暦使用に統一する以外にない。「令和」もそれなりに使う場所はあるだろう。
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