井上元東北大総長の研究不正疑惑の解消を要望する会 新着情報 No. 38
- 2019年 4月 7日
- スタディルーム
- 井上合金事件大村泉東北大学
新着情報 No. 38 2019年4月7日
日本金属学会欧文誌編集委員会は2019年3月25日付で井上明久東北大学元総長の3報の論文撤回を公表した。その根拠となったのは、これらの論文に見出された「不適切行為」である。ここでいう「不適切行為」とは何か?この術語の意味・内容について、HP読者から質問があった。これは、現行の文部科学省改定ガイドライン(「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」、2014年8月26日、文部科学大臣決定)ではどの箇所に対応するのだろうか? 以下ではこのことを考えてみたい。この新着情報は関連連載記事の第3号である。
1.「不適切行為」という術語の出所
日本金属学会欧文誌編集委員会は2019年3月25日付で井上明久東北大学元総長の3報の論文撤回を公表した。公表文には、”improper for scientific paper”とあり、欧文誌編集委員会が、これらの論文に認められたerrors(諸々の過失)は「不適切行為」に相当すると認めたことが撤回根拠だと考えられる。
「不適切行為」という術語は、「公益財団法人日本金属学会 事業に係るミスコンダクト対応規程」に根拠規定がある(同規程第3条(2)が「不適切行為」である:https://jim.or.jp/PUBS/pdf/rule-009.pdf)。「Materials Transactions投稿規程」(https://jim.or.jp/OPEN/pdf/rule-014.pdf)等、同学会機関誌の「投稿規程」で投稿に関する禁止事項が言及される際使われている。
例えば、「Materials Transactions投稿規程」の(研究不適切行為の禁止と措置)を規定した第7条では「投稿者は、この法人の事業に関するミスコンダクト対応規程に定める不適切行為をしてはならない」とされ、その第2項では、「前項の不適切行為をした者は,この法人の事業に関するミスコンダクトに対する処分および措置規定により措置を受ける」,となっている。以下では上記「対応規程」と「投稿規程」を総称して「対応/投稿規程」と表記する。
日本金属学会の「事業に係るミスコンダクト対応規程」の制定年次は規則に明記されていない。しかし、上で引いた「Materials Transactions投稿規程」にこの禁止事項が盛り込まれたのは、2013年10月11日付の「一部改訂」であって(同日付の理事会決議に「review,不適切行為および多重投稿の追加など」がある)、公益社団法人の成立時期が2013年3月1日であることから、同学会の「事業に係るミスコンダクト対応規程」の制定時期は2013年3月1日以降、この「一部改訂」の時期までであったとみて良い。現行の文部科学省改定ガイドライン(「研究活動における不成功への対応等に関するガイドライン」、2014年8月26日、文部科学大臣決定:https://jim.or.jp/OPEN/pdf/rule-014.pdf)ではこの術語は使われていない。しかし両者間には驚くほど明瞭な対応関係を見て取ることができる。
2. 日本金属学元会長ら6氏による「申し入れ」
今回の井上元東北大総長らの論文撤回の出発点になったのは、日本金属学会元会長ら6氏による日本金属学会欧文誌編集委員会への「申し入れ」であった。この「申し入れ」の主眼は、「日本金属学会欧文誌 Materials Transaction JIM, Vol.40, No.12 (1999), pp.1382-1389. の『研究不正疑惑』について、学会として真に公正な調査を速やかに行い、それに基づく適切な対応(例:撤回措置)をとることで、欧文誌および学会の信頼回復の実現を、強く要請」するところにあった。では、なぜ、この「申し入れ」で上記の井上論文が問題にされたのか。この論文の不正疑惑が、「単なるミスや記述不備で済ますことができるものではなく、とくに文部科学大臣決定(2014 年 8 月 26 日付)として公表・指摘されている『研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったこと』による不正疑惑に相当すると判断できる」からであった。
実際、今回日本金属学会欧文誌編集委員会によって「不適切行為」と認定された上記論文の「不適切行為」には、例えば、上記99年論文では、同じ著者の96年論文(Mater. Trans., JIM 37 (1996) 99-108)で用いたNd基アモルファスの製作試料外観写真がZr基アモルファスの製作試料外観写真だと銘打って用いられているだけではなく、製作試料直径は両者において異なって表記されているのである。加えて決定的なことに、99年論文の当否/成否にかかわる製作試料がアモルファス単相であることや準結晶が析出したことを示す唯一の根拠であるX線回折図が、先行公表した別の97年論文(Mater. Trans., JIM 38 (1997) 749-755)からの無断流用なのだ。これらの不正疑惑に対して、井上元総長は「故意」=意図的ではない、あくまで「錯誤」だ、単純ミスだと言い張った。しかし井上元総長のこの言い分が仮に事実であったとしても、Nd基合金の写真とZr基合金の外観写真を取り違える、あるいは同一のX線回折図を使いながら先行論文との関係を明示しない、先行論文の実験条件を変更しながら、その事実を明示しない行為は、「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠った」結果とみなされることに異論はなかろう。
文科省ガイドラインでいう「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務」とは、学術会議報告で例示されているように、実験ノートを正確に後の検証に堪えるように詳しく書くこと、きちんと保存すること等の、研究者として当然守るべき「研究者の作法」のことである。しかしこれらは余りにも自明なことなので、例えば、「過去に報告された論文の図表を掲載しなければならないときには、図の説明文のところに引用したことを明記する」等は、実は論文投稿規程や論文投稿の手引き等に書かれていないことの方が多い。
東北大学元総長の3報の論文の場合も、研究者にとっては余りにも当然の「研究者の作法」を守っておれば、96年論文を書いて3年後、97年論文を書いて2年後に、このような99年論文が現れることはなかったであろう。ちなみに、今回の日本金属学会欧文誌編集委員会の「撤回公告」には、上記97年論文も含まれている。97年論文でも96年論文のNd基アモルファスの製作試料外観写真が、Zr基アモルファスの製作試料外観写真だと銘打って用いられているばかりか、製作試料直径が両者において異なって表記されているからである。
3. 日本金属学会の「対応/投稿規程」の「不適切行為」と文科省ガイドラインの重過失規定の親和性
公益財団法人日本金属学会の「対応/投稿規程」と文科省の「ガイドライン」との大きな違いは、文科省の「ガイドライン」は、故意性がある,つまり意図的な「捏造、改ざん、盗用」と共に、「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによるねつ造、改ざん、盗用」も特定不正行為と呼び、一括して研究不正を認定することになっている点である。
つまり文科省の「ガイドライン」は、重過失(文科省は、「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによるねつ造、改ざん、盗用」を「重過失」と呼んでいる)も、「特定研究不正行為」として認定する立場に立つ。しかし、日本金属学会の「事業に係るミスコンダクト対応規程」では、不正行為全般がミスコンダクトと総称され、「事業に係るミスコンダクトの種類における形態」を扱った第3条「(1)不正行為」では、①ねつ造、②改ざん、③盗用、④多重投稿が掲げられ、重過失は含まれない。しかし留意すべきは、「(2)不適切行為」に掲げられた8項目の①~③で明示されている「不適切行為」は、「①不適切なねつ造(故意によらない,極めて悪質ではないもの)」「②不適切な改ざん(故意によらない,極めて悪質ではないもの)」「③不適切な盗用(故意によらない,極めて悪質ではないもの)」である。問題は、この「故意によらない,極めて悪質ではない」捏造、改ざん、盗用をどのように理解すべきかである。「故意」の反意語は「過失」であるから、「故意によらない」というのは、「過失による」、ということになる。「極めて悪質ではない」というものの、過失の態様は捏造、改ざん、盗用であるから、結局それは、「重過失」とみるほかない。文科省ガイドラインがいう「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる捏造、改ざん、盗用」と同等と考えて良いであろう。
これはまさに、元日本金属学会長6氏らの申し入れがほぼそのまま日本金属学会欧文誌編集委員会の決定となったことを意味する。今回の日本金属学会欧文誌編集委員会の決定に「不正」認定の文字がないことから、井上論文が「不正」と認定されていないとみるのは正しくない。これがないのは、日本金属学会の「対応/投稿規程」が、文科省改定ガイドライン(2014年版)の前年(2013年)に制定されたものであり、依拠した文科省のガイドラインが、研究不正と認定する研究不正行為に捏造、改ざん、盗用のみを掲げていた改訂前のガイドライン(2006年制定)であったからだと言えるからである。日本金属学会の「事業に係るミスコンダクト対応規程」の第3条(2)「不適切行為」の上記①~③項は、事実上、文科省改定ガイドライン(2014年版)で付け加わった新規定、すなわち「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる、投稿論文など発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造、改ざん及び盗用である」を先取りしていたというべきである。
公益財団法人日本金属学会は、別途「事業に係るミスコンダクトに対する処分および措置規程」を定めている。学会のミスコンダクト規程の「不正行為」に該当すると判定された論文は、「処分および措置規程」では「キ 当該論文又は記事等の撤回」が明記されている。「不適切行為」と判定された論文については特に「撤回」が定められているわけではない。しかし、この「処分および措置規程」には「キ その他当該委員会の決議による措置」があり、今回の3論文の撤回はこの条項を適用してのことであったと推断される。この措置には今回の3論文に対する白井泰治京大特任教授ら日本金属学会欧文誌編集委員会メンバーの毅然とした立場/学術的評価が象徴的に示されているというべきだ。
初出:「東北フォーラムホームページ 井上[元]総長の研究不正疑惑の解消を要望する会」より許可を得て転載:https://sites.google.com/site/wwwforumtohoku3rd/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study1030:190407〕
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