果たして「間抜けな女スパイ」なのだろうか―― 米中新冷戦のはざまからこぼれた「?」
- 2019年 4月 16日
- 評論・紹介・意見
- アメリカ中国田畑光永
奇妙な話である。3月の30日(土曜日)の午後、1人の中国人女性が米フロリダ州パームビーチにあるトランプ大統領の別荘「マールアラーゴ」に不法に侵入したかどでつかまったというニュースがあった。これが日本に伝えられたのは4月3日だったが、その時はすでに米連邦検察によって訴追されたということであった。
3日は中国の劉鶴副首相がワシントンで米側のライトハイザー通商代表、ムニューシン財務長官と通商、知財保護など、いわゆる両国間の「新冷戦」をめぐる、予定表に載っているものとしては最後の2日間の交渉を始めた日であったから、微妙な時に奇妙な事件が起きたものと誰しも驚いたはずだ。
報道によればこの女性は張玉婧(チョウギョクセイ)という名で32歳。自分は別荘内のホテル(この別荘は会員制のリゾートホテルでもある)のプールの会員だと称して中に入り、さらに「国連在米中国人協会」の会合に出席するという理由で建物に入ろうとしたが、そういう会合は予定されていなかったために、怪しまれ、身柄を拘束されたという。
奇妙なのはここからである。張は拘束されたとき2通のパスポート、携帯電話、カメラなどを所持していたが、ホテルの部屋からはさらにノートパソコン、携帯電話4つ、USBメモリー、ディスクなどが発見され、中には外部からコンピュータを操る「マルウエア」(不正プログラム)が入ったUSBメモリーもあったというのだ。
そして張の言うことには、チャールズという米国人の友人に誘われて上海から米に来た。会議に出席し、できればトランプ大統領と中米関係について話したいと思ったのだそうである。
米当局はチャールズなる人物を探したが、勿論、見つからなかった。
この件について、中国外交部の陸慷(リクコウ)報道官は9日の記者会見で、「現地の中国領事館がすでに当事者と連絡をとって、必要な援助を与えている。米側にも法に基づいて、公正、妥当な処理により、中国公民の合法的権益を保証するよう要求している」と当り障りのないコメントをしているだけだ。
さて、奇妙というのはほかでもない。当人がいかにもスパイらしい所持品やらつじつまの合わない話やらで、わざと自分をスパイのごとく見せかけているからである。うそを言って、白昼、警戒厳重な場所(大統領は当時は不在であったが、ここに滞在中であった)に入ろうとしたり、ホテルの部屋にいかにも怪しげなものを大量に置いたままにしたりと、本物のスパイがこんなバカなことをするはずがない。この話にはなにか裏がなければおかしい。
その裏を見通すために、まずこの件はいったい誰の利益になる(可能性がある)かを吟味してみよう。先述したように、米中両国間の通商(だけとは言えないが)をめぐる交渉の最終段階が迫っている時期のことだから、それと関連付けで考えてみると、まず米はどうか。
米としては中国がスパイまで使って、交渉を有利に進めるための材料を集めていたと自国民、はたまた世界を信じ込ませることができれば、世論を味方につけることができるかもしれない。しかし、米にとってそんな小細工が必要な交渉とも思えないし、一方の中国はこの茶番に身に覚えがなければ、交渉態度に変化があるとは考えられない。
結局、米がこんなバカな真似をすることはない、と見て間違いないであろう。それでは中国側か。
今度の交渉の難問の1つは、中国の官民いずれにしろ、米の技術を盗んでいるかどうか、盗んでいたとすれば、それを今後どう防ぐか、である。もとより中国側は「中国は技術を盗むようなことはしない。盗んだこともない」という態度だから、わざわざ誰かに中國のスパイの真似事をさせるのは、中国自身には「百害あって一利もない」ことは誰の目にも明らかである。
となると、この件を仕組んだのは米でもなければ中国でもない第3者ということになる。しかし、こんな茶番を仕組む人間がどこにいるか、これだという答えはわいてこない。
そうこうするうちに4月13日、米のメディアが伝えたところでは、米の連邦検察が12日、張を不法侵入とウソの証言で起訴したということだから、いずれ公判廷で張自身も口を開くであろうし、検察の調査結果も明らかにされるであろう。
そこで真実が明かされるまでの頭の体操として、私なりの推測を聞いていただきたい。まず、張の行動が伝えられたからといって、すでに見たように米中どちらのプラスにもならないことははっきりしている。
では、どちらかのマイナスになるか。この設問にしいて答えるとすれば、中国のマイナスになる可能性はある。いくら見え透いた茶番とはいえ、「中国のスパイか」という活字や声が世界中で見えたり、聞こえたりすることは、交渉で「技術を盗むな」という指弾を受けている中国にとっては迷惑千万であるはずである。それで米国の世論が中国に対する警戒心を高め、米政府の交渉態度がよりきびしくなることも予想のうちには入ってくる。それがこの茶番の狙いではないか。
そんなことを誰が仕組んだか。もとより証拠はないが、中国内の習近平に反感をもつ勢力が頭に浮かぶ。というより、この奇妙なできごとはそう考える以外に、合理的な説明が見当たらない。さらに妄想を発展させれば、張が持っていて押収されたUSBメモリーの中には、ひょっとしたら習近平のアキレス腱ともなりうる中国の国家機密がひそませてあったりしたのでは・・・となる。
繰り返すが、なんの証拠もない推測である。しかし、アンテナを思い切り広角度にして、今後の両政府当局者の一挙手一投足に目を凝らしていれば、ハタと膝を叩くようなことがあるかもしれない。(190413)
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