2019.ドイツ便り(2)<前口上―前回に関連させて>
- 2019年 6月 27日
- カルチャー
- 合澤 清
ここ1,2年、何人かの仲間と一緒に「ファシズム(ナチズム)」についての研究会をやっている。私自身、いくつかのレジュメを書き、拙い報告を何回かにわたってやらせていただいた。私のレジュメは、資料が中心だったので到底ちきゅう座に掲載して頂ける代物ではなかったのだが、研究会仲間の野上俊明さんは、ハイデガー論なども含めて何本かの立派なレジュメを書かれて、ちきゅう座に発表している。
われわれの共通な問題意識としては、ここにきて世界中が(どこか特定の国が例外だということもなく、日本も含めて)急速に保守化し、かなり危なくなっているという「危機意識」が基盤にあるかと思う。
勿論、この保守化をストレートに「戦前回帰」や「ファシズム(ナチズム)到来」などに結び付けようとは思わない。むしろそれは様々な条件の相違を捨象した、かなり強引な議論ではないかと疑っている。戦前・戦中の「天皇崇拝」や「国家神道」、西欧の「ファシズム(ナチズム)」をこの際の判定基準として定め、今日の社会がそれに近似しているかどうかを指標として現在を語るのではなく、彼我の違いを意識することで、逆に今日的な特殊性を照射したい(前回触れた高橋幸八郎=柴田三千雄の言う「比較史」的手法)というのがわれわれの考え方に近いのではないだろうか。
翻って考えるに、今日のドイツの保守化、いやドイツのみではなく、ヨーロッパ全域にわたる「保守化」の傾向は、私といえども大いに気がかりなところである。しかし、この問題に関しては、例えば、スペインにお住まいの童子丸開さんからのレポートや、ドイツ在住のグローガー理恵さん、T・K生さんたちの方が、私の様な付け焼刃の報告よりもはるかに正鵠を射ている。私のできうることは、こういう詳細かつ生活実感に基づいたレポートに基づいて、日本の自分たちの置かれている実情を考えること位である。
今回のドイツ旅行に際しても、いろんな仲間から注文が出された。「ドイツの政治状況、特に右翼の動向を調べて来てほしい」「EU問題、Brexitの問題の影響をドイツ人に聞いて来てもらいたい」「民族問題、移民政策についてドイツの現状を調べて来るように」「旧東ドイツまで足を延ばして現状を報告してもらいたい」「トルコ人街の現状を伝えてほしい」「緑の党が伸びていると言われるが、その実態はどうなのか」また、「CDUやSPDの現状について調べてほしい」等々。
いちいちごもっともな注文ではある。しかし、私の語学力の心細さは棚にあげるにしても、こういう報告は私ごときがやる前に、日本でもしかるべき専門家が既に多くの論文で報告している。私達は、それらを傍観者的(受動的)に受け取るだけではなく、繰り返すようだが、それらと自分たちの現状との違いを対自化することで、自分たちの置かれている状況をより鮮明に意識することに努めるべきではないだろうか。
「真理とは何か」という問いを大上段に振り被ってここで考えようとするのではないが、私の様なド素人の、しかも短期滞在者の見聞などたかがしれている。そんなものをあてにしない方がよいのではないかとも思う。こんなのはただの個人的体験に根差した印象であって、学問的な世界からはほど遠いものである。
しかるべき専門家のご意見の方がはるかに有益である。しかし、いかなる権威筋の見解であろうと、そこにはその方の立場(独自的なものの見方)がベースになっているのは確かであり、その限りでは、必ず一種の「偏見」が入りこんでいるとも言いうる。
それでは、日常生活に基礎を置いた圧倒的な大衆の意見はどうだろうか?歴史をひも解いてみればわかる通り、「大衆の意見」もその折々で絶えず変転している。まさに「共同主観性」である。固定化された実体意識ではない。
ここで私が言いたいことは、様々な意見(報告=「事実」)の間の違いに着目すること、歴史的事実(これは一応動かせない)の解読の相違、あるいは同じテーマ(例えば、イギリスの「ブルジョア革命」とフランスや日本のそれ)で語られる歴史的事実の比較、それらの間の異なり、を検討する中で、それぞれの特殊性が、従って今日われわれが置かれている状況の特殊性もが焙りだされてくるのではないだろうか、ということである。
理屈っぽい「前口上」はこの辺で切り上げたい。
<携帯電話を使えるようにしたいのだが、契約先を変えるべきか>
私が持っている携帯電話は、ドイツ国内専用のものだ(そうだ)。実は良くわからない。日本国内で、日本語で教えてもらっても良くわからないのだから、ましてやドイツで、当然ドイツ語で色々言われても判るはずがない。
去年まで10数年間使っていた古い携帯電話が、どういう訳か使えなくなり、電話屋の言うがままに、新しい器具を、それでも一番安いものを買った。ところが、その際にSIMカードとかいうものを、先方が古いままに装填していたため、上手く使えなかった。しかし滞在期日の関係で、そのまま帰国したのである。
もう一つ問題になったのは、プリペイド・カードの使用期間である。
私の滞在期間は毎年、せいぜい2ヵ月半程度である。6か月以上滞在しなければ、銀行口座は開設してもらえない。それ故、支払いは銀行預金からの引き落としはできない。
にもかかわらず、半年ずつ継続の支払いをしなければ、使えなくなるという。私の聞きちがいもありうるため、ドイツ人の友人を二度にわたって、それも別々の人に頼んでついて来てもらい確認した。
この件が一番のネックで、寄宿先の女主人の助言により、今年はこの電話会社との契約を取り消して、新しい会社に変えるつもりだった。
24日、友人のドイツ夫人にご一緒願って、件の電話屋に行った。去年と同じような複雑なやり取り(と私には思えたのであるが)をした結果、彼女はあっさりと引き上げることになった。またも私は何のことやらわからないまま、彼女に促されて外に出て、近くの喫茶店に入った。
彼女が言うには、「全く簡単なことだよ。Ganz einfach」「あんたの携帯の使用期間は、今年の8月23日まであるのよ」「その後は、私がどこかのスーパーで、10ユーロ程度のプリペイド・カードを買っておくから、来年もずっとそのままで使用可能なのよ」だそうだ。
残るはSIMカードの交換の問題だけである。
しかも私の携帯の中には、69ユーロもの預金が残されていたのである。一件落着。
言葉の不自由さと知識の欠如から来る悲哀をまたも味わった感じだ。
<親しい友人たちとの待ち合わせ>
ここ数日のドイツの暑さは猛烈だ。さすがにまだ42℃は経験していない(ここハーデクセンが田舎であるせいだろうか?)。因みに、グローガー理恵さんからの報せでは、フランスでは45℃という気温が予想されているとか。会う人は皆一様に「暑いね」というのが最初の挨拶になっている。ドイツの暑さはカラッとしているので、日中は窓を閉めて、黒い覆いを窓にかぶせていれば、室内にいる限りは全く問題にならない。一歩外に出ると、さすがに焼けつくような暑さではある。しかし、すぐ隣にある「保養地公園Kurpark」の緑陰に入れば、たちまち眠気が襲ってくるほどに涼しい。
私の場合では、この暑さを幸いにして、ひたすらビールを飲みまくっている。こんなに暑くては勉強など出来る訳ないだろう、というのが自分自身に対する十分な言い訳になるからだ。このところ、外(居酒屋など)で飲む時は、ドイツビールであるが、家の中で飲むのは専らチェコの「ブド・ヴァイザー」である。500ミリリットル入りの瓶で、0.95ユーロ(およそ100円程度か)。この銘酒を飲みながら、シンケン(生ハム)やチーズ、豊富な野菜などをつまむのは、まさに至福の時である。
連れ合い曰く、「ビールを飲んでいるというよりも、何という美味しい飲み物だろう、という気持ちになる」と。
そう言えば、つい先ごろ、何と「びわ」を食べたのである。こんなものがドイツにあるなんて知らなかった。大粒で、味も日本とそれほど違わない。輸入先はスペインだそうだ。
辞書で「びわ」のドイツ語を調べたら、ちゃんと「日本」に絡んでいた。japanishe Mispelというそうだ。「日本のカリン」とでもいうのだろうか?
ラオラ(マルクス家の娘の一人と同じ名前)とミミ(ミレラ)という姉妹(この家の女主人の孫)とも久しぶりに顔を合わせた。当然のことだが、彼女たちは毎年大きくなる。今年はラオラがついに私を越えた(まだ14歳なのだが)。また、小学校低学年のミミは連れ合いを超えていた。ラオラは体つきもすっかり大人の女性になってきていた。
先日一緒に携帯電話の件で動いてくれたドイツ夫人の孫は2歳半ぐらいの男の子である。名前は、北欧系の名前を付けたというのだが、「ヨンテ(Jonte)」という。それが、何度聞いてもわれわれには「よん太」という日本名にしか聞こえないから不思議だ。
ことほど左様に、良きにしろ悪しきにしろ習慣の力というものは怖いものだ。
今日、これから会うことになっている二人のドイツ人の友人(技術屋さんではなく、物理屋さんという方がよい)、毎年彼らとの初顔合わせの日が一番緊張する。彼らは、こちらのドイツ語力の薄弱さを毎年忘れ(多分)、いきなり早口(実際には普段通りの速さであろうが、外国語は全て早口に聞こえるものらしい)で喋りはじめる。
ドイツ人の物理屋さんといえば、なんだかお堅くて、とっつきづらい感じがするようだが、彼ら二人ともなかなかユーモラスのセンスがあり、しかも多趣味な人たちで、話が通じあっている限りでは大変面白い。旅行、登山、サイクリング、音楽、ダンスから飛行機の操縦やグライダーまでこなすから話題は尽きないほど豊富だ。
但し、こちらの方の語学力の不足はいかんともしがたく、前に、今日の会話は15%程度しか理解できなかったよ、と言った事があった。即座に否定された。「そんな程度だったら、会話は成立しないはずだから、君はおそらく50%以上は理解しているはずだ」というのである。良くて30%程度ではないかといまだに訝しく、ビビっているのだが。
今回の待ち合わせはメールで呼び掛けた。携帯が使えないからだ。
一人からの返信は、ユーモラスな片言の日本語で、「Ohio(おはようのつもり)Kiyoshi-san
O genki des-ka? Imma wa doitsu no kirei Sommer des.(お元気ですか、今はドイツの(は)きれい(な)夏です)」そして「Ja mata, (じゃあ、また)」と結んであった。
恐らく、私のドイツ語はもっとひどいものなのかもしれない。
もう一人は、郷里のハンブルクに帰っていたらしく、返事が遅くなったことを詫びた後、指定の時間に指定の場所に行くから、と返事してきた。くれぐれも慎重な運転を願いたい。彼は、猛スピードでベンツを飛ばしてアウトバーンを走るので有名だからだ。
これから毎週、彼らとの楽しい(時には自分の語学力の弱さにいらいらしながら)時間を過ごすことになる。
電話の利便性は、今更申すまでもないが、これが外国人との約束の電話ということになれば、これ以上ないほど緊張する。時間と場所をたがえれば、それで終わりかねないからだ。メールはその点だけは、はっきりしているのでよい。
私の携帯も、いっそのこと永久に壊れたままにしておいた方がよいのではなかろうか。
6月26日 記
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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