できないヤツがちょうどいい
- 2019年 7月 6日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤 豊
アメリカの産業用制御機器メーカの製品とマネージャ連中の信頼性の欠如に疲れはてていた。同業のシーメンスのキャッチフレーズが「German Engineering」、ポルシェは「Nothing comes close to Porsche」。この二つのイメージにころっとだまされて、ドイツの会社ならアメリカのようなずさんな仕事はないだろうと思って転職した。
ドイツの名門コングロマリットの一事業体だったサーボドライブのメーカ。行ってみれば、絵に描いたような「見ると聞くとは大違い」。上位下達の階層社会で、品質管理どころか品質の「ひ」の字すらない十九世紀にタイムスリップしたような会社だった。コンピュータの応用がすすむなか、数百年前と同じ製法を自慢できるビールやワインの業界でもあるまいしと、思うのだが、そんなことを思うのは本社にはいない。
とんでもないところで、どうしたものかと思っているところにヘッドハンターから電話がかかってきた。いっちゃいけいないとい言われていた画像処理メーカの日本支社のマーケティング・マネージャのポジションはどうだろうかという。
数年前に、かつて同僚だった営業マンが自分の上司の部長の首を切りたくて、営業部長の後任候補として引っ張り出されたことがあった。来てくれと言われれば、泥沼見たさの好奇心もあって、やぶさかではないが、こっちから話をまとめようという気はない。
ドイツのサーボドライブメーカに転職する前のことで、アメリカの産業用制御機器メーカの画像処理事業部としてその画像処理メーカと競合していた。自社の画像処理も持っている日本の大手エンジニアリング会社の引きで優良客の一社の乗っ取りを進めていた。面接で日本支社の社長とアメリカ本社のマーケティングディレクターに言いたいことを言った。かしこまった文体で文化的に合わないと不採用の通知をもらった。お互い様というより、あんたの文化なんかに合わせていられるかと思っていた。
世界を制覇した感のある画像処理メーカ、知らない会社ではない。度を過ぎた傲慢さで、長年懇意にしてきた顧客ですら、できれば縁を切りたいと思っている。もし知り合いから転職しようかと相談されたら、よほどのことでもないかぎり、止しておいた方がいいとアドバイスする。金融市場からみれば超のつく優良企業だが、従業員として、まして日本支社の従業員としては、いっちゃいけない会社だった。
ヘッドハンターに以前の面接についてざっと話して、候補として紹介すれば、ヘッドハンターの信頼性に傷をつけるのではないかと言った。どうも経緯を知っているだけではなく、内部からあいつを引っ張ってきて欲しいという依頼を受けているよう口ぶりだった。その画像処理メーカは、数年前にアメリカの産業用制御機器メーカの画像処理事業体を買収していた。買収によって、十年来の仕事仲間の何人もが画像処理メーカに転職していた。そこからあいつという名前がでたのだろう。
以前の面接で日本支社の社長と本社のマーケティングディレクターとそりが合わなかったのが、マイナスではなくプラスに評価されていた。なんのことかと話をきいてみれば、日本支社の社長が交代して、従来のバカげた営業体制を全面的に変えなければならないと思っていて、右腕になれる人材をと言われているという。
違う業界だし、狭い業界でもないはずなのに、ヘッドハンターから聞いた新任社長については、日本の重機械メーカの部長とアメリカのミニコンメーカの部長から聞いたことがあった。二人ともその社長を「剛腕」の切れ者と評価していた。
ドイツのメーカにはいたくないが、画像処理屋をやり直すといったところで何をどうしたいのかも分からない。何をしたいのか?「剛腕」と言われている人の話を聞いてみるのも悪くない。転職するかどうか?話をきいてからでもいいじゃなないと出かけた。
新任社長がニコニコしてでてきて、精神的にも高揚しているのだろう。いままでのやり方を百八十度変えなければならないと、話だけは熱っぽい。メインフレームのコンピュータ屋が長かった人で、業界知識がない。熱意はあるが、何をどうするという具体的な考えなどあるわけもない。一緒に仕事して三月もしないうちに見えてしまった。見るべきものはなにもない。聞いていた剛腕は張子の虎だった。
営業部長と面接して、たまげた。これほどの痴れ者が何をどうしているのか想像もできない。会うなり最初の言葉が、「なんだ外資ゴロか」。ああだのこうだの得意満面、言うに事欠いて、営業マンを野良犬よばわりしていた。「営業なんてのは野良犬みたいなもんだ。テリトリーをくれてやって、エサ(注文)取ってこいって尻をひっぱたいてりゃいい」
どうしようのないのにも散々会ってきたが、ここまでのはいない。入社して実情が分かれば分かるほど、仕事というだけでなく、ありとあらゆる点で、こうあっちゃいけないという欠陥人間の見本のような人だった。これほどまでのを雇う理由というのか目的に気がつくまでにはちょっと時間がかかった。
部長のゴタクを三十分ほど聞かされて、こんなところにゃいられない、馬鹿馬鹿しいからさっさとなかった話にして、他をあたってくれといって帰ろうと思っているところに、新任社長がまたニコニコしながら入ってきた。
「分かったろう、全部やりなおさなきゃならない。一日も早く来てくれ」
あんなヤツと一緒に仕事? 冗談じゃない。やり直すって? 何をと思いながら正直に受けてしまった。
「本当にやり直すんですか?」
「あの(営業部長)のままでやってゆけると思うか?」
「百八十度変えるんですね?」
「このままじゃ、ビジネスがもたない、そのくらい分かってるだろうが」
「本当にやるってんなら、金があったら、金払ってでもやらせてもらいます」
やるってんなら、やってやる。プロがプロとして受けてやる。
「給料は今のままで結構、一円たりとも上げなくていいです」
「二週間くらいください。整理してきます」
もうひと月いれば、もらえた一か月分の給料に相当する退職金を棒に振って画像処理屋にいった。仕事は金じゃない。面白いから、いい経験と勉強ができるのなら、給料下げてでも変わる。金は目的じゃない、そんなもの仕事をすれば結果としてついてくる。
入社してバタバタしているうちに米国本社の営業トップ、会社のNo.2の腹黒さが分かった。全世界の売上構成が、日本が五十%弱、ヨーロッパが二十%、北米市場が三十%だった。半導体の製造装置と検査装置向けが売り上げの九割がたを占めている。半導体業界がアメリカで立ち上がると同時に装置メーカも誕生したが、日本の半導体メーカが世界を席巻するまでになった二〇〇〇年頃には、装置メーカ市場も日本メーカに置き換わっていた。置き換わるに従って、北米の営業から日本の営業に売り上げが移動した。
日本支社の売上が全社の売上の半分を占めた状態で、日本支社の営業体制を今まで以上に強化する人材――豊富な業界知識に裏付けられた、できるマネージャを雇ったらどうなるか?
日本支社の売上が半分を超えるだけでなく、全社の営業体制の支配権が日本支社の社長に移行して、全世界の営業組織を握ってNo.2として君臨してきたフランス人は、北米市場の営業部隊のトップに格下げになる可能性がある。ヨーロッパでは画像処理業界に精通したプロのマーケティングマネージャがロンドン支社から指揮していた。
日本支社のマネージメント層には仕事のできない、はいはいとなんでも言うことを聞くだけの凡庸な、知識もない、知的レベルもそれなりの人しか雇いたくない。
どこにでもある話で、しばし買収した会社を支配するために、仕事の出来る人たちを真っ先に解雇する。某自動車メーカの買収でも仕事のできる人たちがレイオフされた。残ったイエスマンでは仕事にならない。解雇された人たちがエンジニアリング会社を設立して、かつての部下から頼まれるようなかたちで、外注として実質の仕事をしている。
「馬鹿と鋏は使いよう」ならまだしも、凡庸で阿る術しかないのがちょうどいい、できるヤツは困るという場合もある。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion8788:180706〕
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