《日本バブル資金の「民主化した中国」への投入はありえたか》
- 2019年 7月 9日
- 評論・紹介・意見
- 内田 弘
[多様な中国評価] 現代世界の牽引者のひとつ・中国を評価することは非常にむずかしい。日本でも、現代の中国は「社会主義国」であるという「冷戦時代的な中国観」があるかと思えば、「電脳社会主義国」であるという興味深い見方もある。
中国全国に張り巡らされた監視カメラをジョージ・オーウェルの『1984年』の具体化であるという否定的な見方がある。他方、いや、それは「ビッグ・データ時代」に適応したシステムであるという肯定的な見方もある。
[天安門事件の死者数] 1989年6月4日のいわゆる天安門事件についても、その死者数をめぐって三百人程度であったという中国政府に見解に近い推計がある一方、いや、桁違いである、数千人であるという見解もある。
[岩田昌征氏の思考実験] 興味深いのは、「ちきゅう座」掲載論文「北京天安門8964とワルシャワ8964」(7月6日)で、岩田昌征氏がつぎのように推測していることである。
「たしかに、1989年、日本資本主義の絶頂期、金あまりのバブル経済の最中、天安門8964民主化革命が勝利して、ポーランド流の、東ヨーロッパ方式の経済改革・資本主義化の方向をとってくれたならば、ドイツ経済が東欧経済に君臨するように、当時の金満日本資本主義はこの天与の好機をのがさなかったであろう。そして今日、中国市場を席捲していることであろう」。
すなわち、もしも1989年6月4日の「天安門事件」で民主化要求が実現したとすれば、その実現は完全な私有財産制=資本主義化への道を開き、中国国有企業の財産などは、民間資本の財産になるであろう。当時日本経済はバブル資本が跋扈していたから、資本主義化された中国の企業などの資産を買い占め、中国経済をバブルに陥れていたであろう。こう予見しているのである。
この岩田予想は、中国人が聞いたら、悪夢を見るような事態であり、そんなこと絶対にありえなかったと反論するであろう(本稿では、海外資金による日本土地の買い占め問題には論及しない)。
[参照規準=ポーランド] むろん、これは岩田氏の思考実験である。その思考実験への参照規準は、天安門事件と同時代の1980年代末から1990年代初頭の東欧、とりわけ岩田氏が専門的に研究してきた国の一つ、ポーランドにおける意外な成り行きである。
あの「連帯」のワレサをリーダーとした、ポーランドの社会主義国からの脱出過程は意外な帰着とみる。民主化どころか、旧財産家が復活し、その復活にワレサが「連帯」するという、反対物への転化過程である。
[東欧市民革命の希望の星=ワレサの豹変] ポーランドに「連帯」が登場したころ、筆者は、東京はお茶の水の「連合会館」で、ワレサの演説を直接聴いたことがある。「東欧市民革命の導きの星」のような存在感のある人物であった。そのワレサがその後、旧財産家と手を組むように急変したのである。
[民主主義化と資本主義化] 当時も(そして今もなお)、日本の研究者も、厳密な理論的検討なしに、民主主義化は資本主義化と必ずしも同じではなく、両者は区別される道があるという希望的観測を抱いてきた。
[ハーバマスの現代EU批判] その点で、ユルゲン・ハーバマスの『デモクラシーか 資本主義か』(岩波現代文庫、2019年6月)は、EUの事例でこの問題を検討していて、参考になる。
ハーバマスは、西欧市民社会なる理念像を規準にして、ネオリベラリズム資本主義に加担する現代のEU幹部のEU運営を批判する。ハーバマスは、欧州市民社会なるものがリアリティのある概念であると信じる。
それを規準にそれを目指して、東西ヨーロッパの人々が自己を欧州市民社会に統合することが可能であると主張する。個々の国民国家の下に組織されてきた人々は国民の特性(ナショナリティ)から離脱可能であり、欧州市民に転身できると楽観している。
[ホロコーストとEU理念] そのハーバマスの楽観の根底には、当書で繰り返し用いられるドイツ国民のかつての「ホロコースト経験」という原罪がある。ハーバマスには、そこから根源的に離脱したいという願望が存在する。ハーバマスは、ナショナリティの歴史的な重さ・しぶとさを正確に認識していないのではなかろうか。
彼にとって、ドイツの過去のナショナルな悲劇的経験が、欧州市民社会形成へと急ぐ強迫観念になっている。しかし、各国民の歴史的文化的アイデンティティは、ハーバマスの掲げる抽象的な欧州市民社会論に結集し、それに解消するとは判断しがたいのではなかろうか。EU離脱でもたつくイギリスはユーロを受け入れず、大英帝国の栄光のなごり・ポンドに固執してきた。
[民主主義に適合する経済制度とは何か] 現代中国との関係でいえば、民主主義はいかなる経済制度に適合するのかという問題である。
もしかしたら、民主主義には多様な形態がありうるし、それに対応して多様な形態の経済制度があるかもしれない。そのような多様性を視野に、民主主義とそれに対応する経済制度とは何かという問題を考察することは、無意味であるとは即断できない。
[ゴルバチョフの登場] ソ連型の社会主義は、経済制度としても、民主主義との関係でも失敗作であった。ここから登場したのが、ペレストロイカ(構造改革)とグラスノスチ(情報公開)のゴルバチョフであった。しかし、彼の模索も失敗した。
[訪中ゴルバチョフと天安門事件] 奇しくも、ゴルバチョフは、1989年5月15日に、天安門事件の暴発を孕んでいる中国を訪れている。ソヴィエト・ロシアは、ゴルバチョフで大丈夫なのか。これが当時の鄧小平たち中国権力者の問題関心であったろう。
[趙紫陽=フリードマン会談] しかし、鄧小平たちの(実は工場労働者を中心とする)民主化要求に対する政治方針=武力弾圧はすでに決定していた。鄧小平の配下の中国共産党総書記・趙紫陽は、前年の1988年に2ヶ月も中国に滞在することになるシカゴ学派のミルトン・フリードマンと会談した。
フリードマンは、チリのピノチェトに教えたことを、趙紫陽を含め中国要人にも勧告した、と後の回顧録で指摘している(この点については、ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』岩波書店、上下二巻、特に上巻第9章を参照)。
つまり、天安門事件は、実質的には、中米合作の出来事である。そのアメリカがいまでは亡命中国人を受け入れ、中国批判を展開させている(この点は岩田氏も指摘している)。亡命中国人のアメリカに保護されての中国批判は、絶対視することなく、アメリカ国益のバイアスが掛かっている点に注意しなければならない(彼らは、すぐ後に指摘する「6割の法則」の担い手でもある)。
[開発独裁がお勧め] フリードマンは、経済開発=経済発展のためには政治独裁が最適な体制であり、「開発独裁(developmental dictatorship)」こそが、中米が共に容認すべきシステムであることを教えた。《非民主主義的な・資本主義的開発システム》こそが、後発国中国に適合するシステムであることを教えたのである。
開発独裁は、いざとなれば、武力行使も辞さない。開発独裁国・明治国家日本も「赤旗事件」・「大逆事件」、そして「15年戦争」を展開した。
民主主義と資本主義は中国では相容れない。これが、「民主主義と資本主義」問題への、改革開放体制の円滑な運営を目指す、フリードマン・鄧小平の解答である。
[弾圧の主なターゲットは労働者] 1989年6月3日の深夜から翌日にかけて、天安門などに結集した労働者・学生たちを鎮圧した。その死者が何人であったかは重要であるけれども、それ以上に重要なのは、人民解放軍が自国民を武力弾圧に踏み切ったとことである。
ナオミ・クラインによれば、弾圧の主な標的は、工場労働者であった。ここに中米合作の「改革開放体制」の堅持と「天安門事件」の内面的関連が存在する。これは、刮目すべき核心である。
[中米合作の天安門事件にバブル日本の関与は夢想] したがって、天安門事件は実は中米の合意の事件である。断固たる決意のもとに、沈着に実行された行為であるから、日本のバブル資本が中国の資産を買い付けて暴利を貪る可能性など、全くあり得なかったであろう。
[米日中の階級同盟] まもなく、アメリカそして日本も中国に、天安門事件を重大視しないというサインを送った。日本もアメリカに次いで、中国改革開放体制の支持者であった。すでに日本財界は、田中訪中まえに、中国経済支援の視察団を」送っている。
[バブルを仕掛けられた日本の崩落] しかも、その日本、バブルに沸き立った日本も、1985年のプラザ合意で仕組まれた罠にかかっていなかったのであろうか。1989年の天安門事件の僅か2年後の1991年、日本のバブルは崩落する。この点でも、岩田氏の《日本バブル資金の中国資本買い占めという思考実験》は、思考実験としても、あまりにも空想的である。
中国の天安門事件の1989年と日本のバブル崩壊の1991年とは、無関係であろうか。アメリカにとっての東アジアの主なパートナーは、この時期に日本から中国に移行する(自民党の第一のパートナーが、公明党から維新の会に移るかもしれないように)。
[バブル加担反省会の勧め] 《なぜ、負けるに決まっている、かつての対米戦争に突入したのか》について静かに語り合う「海軍反省会」が旧海軍関係者たちによって行われた。それに相当するような、現役時代にバブル仕掛に乗った現在70歳以上の者たちは、「バブル関与者反省会」とでもいうべき自己批判の書を刊行すべきではなかろうか。同窓会などで《昔はよかったなぁ》なぞと、夢うつつに浸っていて、良いのだろうか。
[企業不正の根はバブル] 報道されるメーカーの様々な企業不正の根は、「バブル」に手をつけたことにあろう。実業でなく空取引で巨額な利益を貪る「バブル取引」に転換したこと、実業軽視への変質が、いま病魔となって企業体をむしばみ、賃金を上げずに内部留保(=資本蓄積)の積み上げに汲々としているのではなかろうか。
新聞記事に、バブル関与と実業系企業不正との内面的関係を指摘する記事は見掛けない。『東京新聞』「こちら特捜部」欄などで、映画「新聞記者」の気迫をもって、その関係を詳細に分析した記事を読みたいものである。
[トゥキディデスの罠] アメリカの育てた国が大きくなってアメリカに刃向かってくる。この事態を「トゥキディデスの罠(Thucydides Trap)」(政治学者グレアム・アリソンの造語)という。その罠に嵌まった日本は、アメリカのバブル仕掛で倒壊する。アメリカは日本に変わって中国をアメリカに奉仕するように育てる。
[日本から中国へのシフト] そのために、米中接近の1970年代初頭から、アメリカは、「文革」で疲弊した中国の経済再建のプロジェクトをカーター元大統領たちが練る。その結果が、1978年からの「改革開放体制」である。
[飛び地的工業化戦略] それは、中国各省に一つの経済開発拠点を建設し、それを全土に波及させるというプロジェクトである。いわゆる「飛び地的(enclave) 工業化」とその「後方連関効果」である。この戦略は特に沿海部において基本的に成功した。
「飛び地的工業化」戦略は、今日、安倍政権が推進するモリカケ的な「特区」アイディアの原型である。この点で、安倍たちは、こっそり、中国の成功例を参考にしている。
[《6割の法則》と米中貿易戦争] トランプと習近平の貿易戦争は「トゥキディデスの罠」が、今度は、米中の間に発生したことをしめしている。大国アメリカは、自分のために育ててきた国が「アメリカの6割の力」を持つようになったと判断するときに、つぶしに掛かる。これが「6割の法則」といわれるものである。
[《日本つぶし》から《中国つぶし》へ]「日本つぶし」は1980年代から1990年代初めでバブル仕掛で成功し、それ以後、日本は長期不況(1991~2019年の28年間)である。その「6割の法則」がいまや中国に妥当するようになった、とアメリカ中枢は判断しているのである。
トランプと習近平の対立は、このような歴史的文脈に存在する。現代中国は、かつての米日の経済紛争から学びつつ、対米戦略を練っていることであろう(「トゥキュディスの罠」と「6割の法則」については、朱建榮氏の見解が参考になる)。
[代議制民主主義と資本主義の同型性] 民主主義、厳密に言えば、代議制民主主義は、構造的には商品経済が満面開花した資本主義の同型である。政治的代表が代議員であり、経済的代表が貨幣である。このことをマルクスは夙に1839年から1841年にかけて執筆した「学位論文」で解明し、のちに『経済学批判要綱』の貨幣章で明確に、このことを再確認している。『資本論』の価値形態=交換過程論は、代議制民主主義の経済学的な解明である。
[スピノザ・スミスからワレサへ] マルクス分析による、スピノザ『神学・政治論』研究(1841年頃)の核心は近代民主制であった。1843年秋からの『国富論』を中心とする経済学研究は、スピノザの力説する近代民主制の経済学的形態の解明である。各々の選挙民は、経済学では個々の商品所有者である。
ポーランド「連帯」のワレサは「旧所有者」と結託する。それを変身=変節したかのように見えるのは、近代民主主義と近代資本主義との同型性を知らないからではなかろうか。
[経済発展と民主主義成熟とは無関係か] しかし、中国は「民主主義抜きの独裁制資本主義」を建設している。この体制は、比較政治経済史的には、初期資本主義の開発独裁体制から生まれ出る近代民主主義が、旧体制の独裁によって抑圧されつづけている状態と規定できる。それとも、経済発展と政治的成熟とは、いつまでも分離可能であろうか。
[日本近代史は参照規準になるか] この中国の事例は、日本の明治末期から大正時代に興隆してきた民主主義が、昭和前期のファッシズム軍部・財閥体制で刈り取られ、ようやく「戦後改革」で、息を吹き返した歴史的経緯に照らすと、一時的なものに思える。それとも、経済発展は政治的民主化と切り離されたままにゆくのか。これこそ、政治経済学の今日的核心問題であろう。
[『要綱』の主題は1848年フランス革命批判である] マルクスの最初の本格的な『資本論草稿』である『経済学批判要綱』(1857-58年)は、1848年革命のスローガン「自由・平等・友愛」への批判である。その意味でマルクスの1848年革命経験は1850年代の『要綱』で自己批判的に総括されている(内田弘「『経済学批判要綱』とフランス革命」千葉大学、政経学部研究紀要を参照)。
[暴力を内包する近代民主主義] 天安門事件は開発独裁だから発生した。しかし、近代民主主義に適合的な近代資本主義では国家暴力の発動はないとはいえない。近代資本主義は自己の誕生を加速する。そのために暴力を行使する。これがいわゆる暴力原蓄である。資本主義の暴力性は、資本主義が確立したあとでも、必要があればいつでも発動する。
[成田空港から天安門へ] かつての日本の成田空港開設の経験がその本性を典型的に示している。千葉県成田のことはすっかり忘れ、中国の天安門事件のみを問題視し、批判する。このように、外部にのみ問題を観る独善的な一面性からは自由でありたいと願う。「東京空爆」は「重慶空爆」のあとに起こったのである。ドイツ映画「ゲッペルスと私」は上映されるけれども、中国映画「南京!南京!」はその存在すら日本では知られていない。(以上)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion8794:190709〕
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