東電『デブリ回収』に関する物理学者入口紀男氏の見解
- 2019年 9月 3日
- 評論・紹介・意見
- 山端伸英
1)デブリ回収について
毎日新聞デジタル版の2019年8月8日に、福島第一原発のデブリ回収計画についての報道があった。生活資金不足で予約購読者になれず全文は読めないのだが、書き出しは次のようである。
東京電力福島第1原発の廃炉作業を支援する原子力損害賠償・廃炉等支援機構は8日、2019年版の廃炉戦略プランの概要を発表した。炉心溶融(メルトダウン)した1~3号機で核燃料が溶けて構造物と混じり合った燃料デブリの取り出しについて、「初号機を2号機とするのが適切」と明記した。これを踏まえ政府・東電は今年度中に、廃炉に向けた工程表を「21年に2号機からデブリ取り出しを始める」と改定する。
これについて即刻、物理学者の入口紀男氏に問い合わせをすると次のような返信を受けた。
溶け落ちたデブリがどこにどうちらばっているかがわかっていません。取り出し方法もわかっていません。小さな塊でも、外に取り出すのは放射線が高すぎで誰も近づけないでしょう。微粉末の状態に削り取って水の中に懸濁した状態で少しずつ外に取り出すことなら可能でしょう(スリーマイル島原発は炉心貫通しませんでしたが、圧力容器に水を満たして、15メートルの遠隔ドリルでこれをやって数年かかりました)。福島第一では、なんとかそれに近いことができても、何十年、何百年かかるか分かりません。それも見える範囲しか取り出せないでしょう。ハイテクは使えず、ローテク、それも前近代的なローテクしか使えないでしょう。
この貴重な即答だけでデブリ回収が、汚染拡散などの危険を伴う非常な冒険であることはうかがえたのだが、そのあと8月12日に改めてFACEBOOK上に次の一文が入口氏自身によって掲載された。それを紹介する。
2号機の圧力容器に残ったデブリ回収も困難を極める (入口紀男氏)
福島第一原子力発電所では、2号機は 102トンの核燃料が溶け落ちています。地震と津波は突然襲ってきたのでその半量が未使用であったと推定されます。その未使用の 51トンの核燃料にはウラン235が 2トン含まれていると考えられます。広島原爆は 800グラムのウラン235が爆発しましたので、溶け落ちたデブリはこれから再臨界して広島原爆 2,500個分の熱と放射能を放出する可能性が残っています(めったに起こりませんが、アフリカ・ガボン共和国のオクロの天然原子炉は自然界のウラン鉱石が地下水中で再臨界したものであり、条件がそろえば起こり得ることです)。また、デブリには使用済みの核燃料も溶け合っていて、広島原爆 2,500個分の放射能をすでにもっています。
したがって、一刻も早く取り出して安全な場所に安全な方法で保管しなければなりませんが、現在のところ取り出す方法がありません。デブリは、ロボットなどのハイテク技術では集積回路(IC)も高い放射線で壊れるので、使えないことが分かっています。ローテク、それも遠隔ドリルや遠隔ペンチなどの前近代的な道具しか使えそうにありません。
2号機は、燃料デブリは圧力容器の底部に多く残っており、格納容器の底に漏れ落ちている量は少ないと考えられています。
米国スリーマイル島原発では、炉心貫通は起こらず、圧力容器は無事でした(それは米国民への神さまからの贈り物と考えられています)。スリーマイル島では 138トンの核燃料のうち 62トンがメルトダウン(溶融)し、そのうち 20トンが圧力容器の底にたまりました。そこで、先ず圧力容器に水を満たしました。デブリはすべて水中にありましたので圧力容器の上部に穴をあけてそこから遠隔カメラでのぞき込むことができました。15メートルの遠隔ペンチでデブリのかけらを少しずつ切り取りました。小容器を圧力容器の水の中に沈めて、遠隔ペンチで切り取ったデブリのかけらをその小容器の中に入れ、(中性子を遮断するため)水に沈めた状態で小容器のまま取り出しました。圧力容器の底にたまったデブリ 20トンは、水に沈めた状態で遠隔ドリルを用いて少しずつ削り、微細な粉末の懸濁液として 10年かけて取り出しました。
福島第一原子力発電所では、圧力容器の底に残ったデブリを取り出すには、1~3号機ともメルトスルー(炉心貫通)しており、圧力容器に水を満たすことができないので、遠隔ドリルや遠隔ペンチを上から挿入することが困難です。水を満たした小容器を送り込むことも困難です。圧力容器の底からデブリのかけらを格納容器の底に落とすと、水の中で底にたまっているデブリと接触し、そこで一瞬にして連鎖反応を引き起こす恐れもあるでしょう。
2)石棺建設の可能性
デブリ回収の発表以前から、私的に入口氏とやり取りしており、それは続いているのだが、ソビエト連邦が、国家を犠牲にしてまでもチュルノブイリ原発を囲い込む石棺建設を行なったことに絡めて、ヨーロッパの研究団体の専門家が100兆円をかけて石棺建設を行なう以外ないという言明をしていることの内容にも入口氏との話題は及んでいる。しかし、それはまさしく人的犠牲の値段なのである。ソビエト連邦がそれだけの費用を投入したかどうかは定かではないが、少なくとも地球大の危機を防ごうとし、それは半ば成功している。日本の政府はそれさえも払おうとはしないだろうというのが入口氏の、あるいは小生の見通しのない見通しなのである。しかも、既に知られているように、チェルノブイリの英雄たちの大半は、放射線被爆の知識もなく英雄として命をささげた人たちであった。
福島から発生する現時点までの汚染は過度的な汚染に過ぎなく、無謀なデブリ回収などでさらに汚染は拡大する可能性すらある。実際、現状の汚染状況に対する外国側の関心も次のTHE NATIONの記事に見られるように高まりつつある。https://www.thenation.com/article/is-fukushima-safe-for-the-olympic-games/?fbclid=IwAR2fqvOv8qElw7lt_ITNW-MEjLSAcur4DGnEmgNg6hI-jIQjfaNqdGUo_8Q
いま国内では福島、福島と言われて済んでいるが、実際の国内の汚染状況は、国内の日本人が考えている以上に深刻なのではないか。いま、実にまさしく、日本人自身が誇る日本人の英知と技術を結集して、日本の国土を守ることを正面にすえて生きるべき現在という時間が存在しているのではないだろうか。 いまどき、ここでナショナリズムの問題を開陳するよりも、日本という国が存在しているその島々の姿を、その歴史を、無為のままに棒に振ってしまうのが日本の知性だったとは思いたくないものだ。しかも、海洋汚染を含めて、日本が国際社会に果たすべき責任は日増しに拡大し続けていると言える。
日本では、この件の議論が統制されているような状況が見えるが、出版社『緑風出版』は『東京五輪のもたらす危険』(東京五輪の危険を訴える市民の会編)と題する本をこの9月11日という象徴的な日に出版する予定でいる。現在の日本における人間的な営みを感じる。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion8970:190903〕
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