韓国で日本を想う―6日間の観光旅行を終えて (上)
- 2019年 9月 30日
- 評論・紹介・意見
- 小原 紘韓国
韓国通信NO614
9月8日、約1年ぶりに韓国へ向かった。5千円という格安のチケットにつられ、お粗末で理不尽な韓国批判に居たたまれなくなり、韓国の「風」に吹かれてみたいと思った。今年2月に亡くなった韓国語の先生(当時留学生)の墓参りもしたい。
<久しぶりのソウル>
6日間の長期のソウル滞在は留学時代を除けば初めての経験である。LCCイースター航空の飛行機代は5千円プラス燃料代を含めて1万3千円、私の韓国旅行では最安値の記録更新である。ありがたく、韓国がこんなに近く感じられたことはなかった。交通費が安い分、ホテルは少し奮発してソウルの中心街にあるコリアナホテルである。
ホテルに到着すると早速、歩いて数分のところにある光化門広場に足を運んだ。
鐘路の李舜臣の像から光化門へ向かう広場に「何かがある」と睨んでのことだが、案の定、小規模な文在寅大統領糾弾の集会が開かれていた。
彼らは2017年に弾劾され刑事被告人として獄中にある前大統領の釈放を求めていた。最近、反文在寅勢力を集めて注目されているが市民の目は冷ややか。彼らは2017年に発足したウリ共和党で、旧与党(セヌリ党)の流れをくむ極右政党。朴槿恵の救援活動を続けている。
文在寅大統領の対日政策、対北朝鮮政策、国内経済に不満を持つ市民たちに加えて、今回法務大臣に指名された曹国(チョグク)氏の評判が思わしくないせいか、少し勢いづいている。
現政権を「アカ」と決めつける極右集団について、普段は温厚な私の友人も、ガラパゴス化した集団と手厳しい。ビラをもらって読んでみたが、朴槿恵が何故濡れ衣を着せられ獄中にいるのか、何故、現政権が「左派独裁」なのか説得力に欠けるものだった。彼らは公園内にテント小屋を張っていたが、韓国の国旗と星条旗が並んでいた。
彼らは、2016年に朴槿恵政権と安倍政権が締結した軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄は日米韓の軍事同盟に対する裏切り行為だと強く反対する。GSOMIA破棄を通告した韓国政府を日本政府は批判し、日本のマスコミも同調するが、韓国の極右政党の主張によってGSOMIAの軍事同盟という本質が見えてきはしないだろうか。
北朝鮮との統一をめざす韓国にとって、GSOMIAはもはや無用のものとなった。国交回復を前提に「無条件に」北朝鮮と話し合うとする日本にとっても破棄提案は大騒ぎするほどのことではない。しかし、日本政府は韓国の協定破棄提案を「背信行為」と非難して北朝鮮との対決を望むウリ共和党と奇妙な一致点を見せる。それは従来の日米韓と北との対立構造の発想から日本政府が抜けだせない姿でしかない。日本政府と韓国の極右政党は「反文在寅」で一致する。
<それでも韓国へ、女性が社会を変える>
韓国は「反日」だと日本の新聞やテレビは騒ぎ立てる。中身の説明もなしに、もっぱら文在寅大統領の「反日姿勢」のせいにする。日本政府を批判することは「反日」なのか。米政府を批判したら「反米」という理屈がおかしいように、文在寅政権は決して反日ではない。
「反安倍」を主張する市民たち。「日本に行かない」「日本製品を買わない」キャンペーンは事実だ。しかし、日本人を敵視する「反日」ではない。日本の観光客が、報道に一抹の不安を感じながらもソウルにはたくさんいた。かつての無遠慮な姿はなく、静かに旅行を楽しむ姿はかえって好ましく感じられたほどだった。女性たちが多い。何人かの若い女性に声をかけてみた。「この時期にどうして韓国旅行を?」と。
彼女らの答えは「家族や友人言われて来た」だった。過去には、教科書問題で両国がもめた時期、食堂やタクシーで「日本人お断り」を経験した人がいた。今回出会った人たちは、「不安どころか韓国の人はとても親切だった」と話してくれた。ホテルでも食堂でも、気のせいか、むしろ日本人には気を使っているように感じた。
それにしても、韓国好きな日本人がこれほど多いとは! おいしい店、素敵なファッションの店のこともよく知っていた。東大門市場近くに屋台が並ぶ「広蔵(クワンジヤン)市場」にまで女性同士でやってきているのには驚いた。彼女たちは「K・POPSファン」、「食べ歩き」の話に屈託がなかった。
屋台で隣り合わせた女性に「どうして韓国と日本がこうなっちゃったの」と聞かれた。「安倍首相のせい」と答えると、彼女たちは微笑むだけで、反論はなかった。
2005年、詩人の金芝河氏が私たちに語った話を思いだす。彼は、理屈を語る頭でっかちの男性より女性たちに期待していた。日韓関係の将来を考えるうえでとても示唆に富むもので、忘れられないものとなった。以下は、当時書いた金芝河氏との会見記録の一部である。
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現在問題になっている独島(竹島)問題や歴史教科書問題にもかかわらず、<金芝河氏>は「韓日関係に絶望していない」と言う。何故なら、今の日本には観念的でない良心層と市民運動があるからだと言い切り、続けて鶴見俊輔、大江健三郎らとの対談のなかで、鶴見俊輔の「日本文化の担い手が女性だった」という主張を興味深げに紹介しながら、「韓流ブーム」が決して一過性のものではないと、出席している女性たちに同意をもとめるように語りかけた。ブームの担い手である女性たちが、これからの日韓交流の担い手として大きな力を発揮する可能性について楽しそうに語り、「男はダメ。これからは女性の時代だ」と、社会的な体面や仕事中心の男社会への批判はその場にいた私を含めた三人の男性の耳には厳しく、女性の出席者たちに感動を与えていた。平和憲法を変えろ! 独島(竹島)は日本固有の領土だと叫ぶ右翼の存在にもお構いなく韓国大好きという女性たちの出現は韓日関係のみならず、アジアも変えてしまう可能性を秘めている。「韓流・ヨンさまブーム」という文化現象に対して意外なことに強い関心を抱いていることが感じられ、その日の話は「女性の可能性」を中心に語られたといってもよい。
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『冬のソナタ』、『宮廷女官チャングム』が韓流ブームの火付け役となり、その後、数々のドラマ、映画が日本人の心をとらえた。多くの男性には韓流を軽視する傾向があったが、十数年たった今も多くの日本人女性たちは、真剣な「愛」「家族」「正義」をトコトン描く韓国作品に酔いしれている。加えて、最近の若い女性たちはKPOPに熱狂する。新大久保界隈の「コリアタウン」は中年女性と若い女性たちでますます賑わいを見せる。
ファンたちは安倍政権が煽りたてる反韓、嫌韓とは無縁である。彼女たちは政治とはあまりかかわりを持たない。「好きなものは好き」という感覚で受け止めている。歴史問題や歴史認識というややこしい話はあまり頭では考えないが、映画やドラマを通して不幸な過去の問題を肌で理解する。政治家が韓国は「許せない」といっても、韓国への関心は止むことはない。金芝河氏の日本女性への期待は現実になりつつある。
わが家では、関東地区地上波7チャンネルで朝8時15分から放映されている『ハムラビ法典』から目が離せないでいる。主人公の男女二人は裁判官。彼らが関わる裁判は「セクハラ」「パワハラ」「貧困問題」「麻薬」と多彩だ。法の壁にぶつかりながら、犯罪とは、裁判とは、若い判事が悩みながらドラマは展開する。法律では片付かない社会、国民は裁判に何を期待しているのか、示唆と説得力をもって進行する。新しい社会づくりを司法からどう進めていくべきかという提言が色濃くちりばめられている。「ローソク革命」がドラマの世界にも生きていることを感じさせる。人間が社会の主人公という主張を前面に押し出す。
<幻に終わったスピーチ>
毎週水曜日に日本大使館前で開かれる従軍慰安婦問題解決を求める集会に参加してスピーチをするつもりでいた。原稿まで用意した。韓国語を学んできた日本人として、従軍慰安婦問題に目を背けてきた日本政府に異議申し立てをしていること、心からの謝罪があってこそ再びおなじ過ちが起きない社会になると考えていることなどを、韓国の若者たちに話すつもりだった。が、11日の水曜日、忠清北道にある墓参りに行くことになり、残念ながら、スピーチは実現しなかった。
ソウルに到着した日、南山(ナムサン)にある従軍慰安婦の記念公園にでかけた。「私たちがもっとも恐れることは 私たちの辛い歴史を忘れること」と記された石碑には、慰安婦問題の歴史と、名乗り出た慰安婦全員の名前が刻まれていた。<次号に続く>
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〔opinion9040:190930〕
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