大学改革-何が目標なのか - 「スーパーグローバル大学」のその後 -
- 2019年 10月 3日
- 評論・紹介・意見
- 大学小川 洋
この6月上旬、筆者はフランス、ノルマンジーの小さな町のホテルに宿泊した。そこで魅力的な若いカップルと一緒になり、いろいろと話が弾んだ。ウクライナで学業を終えて仕事に就き、その後、デンマークに移り、現在はユトレヒトに住んでいるという。初夏のフランスで週末を過ごすために車でやってきたカップルは、「イタリアは住むには魅力的だが、仕事を見つけるのが難しく、あっても給与水準が下がるので、敬遠せざるをえない」という。今後も、より良い条件の仕事や生活を求めてEU内を移動していくのだろう。母語とロシア語、英語、デンマーク語を操り、現在、オランダ語の習得に努めているという。
彼らと話していて、2014年、政府・文科省の鳴り物入りで始められた「スーパーグローバル大学事業」を思い出した。日本の大学のグローバル化とグローバル人材の育成を目標に掲げ、「世界レベルの教育研究を求められる大学(Aタイプ)」14校、「日本社会のグローバル化を牽引する大学(Bタイプ)」24校が選定された。前者は東大、京大を始めとする主要国立11校と早慶の2校、後者は国立10校、公立2校、私立12校であった。
選定当時は、「国がエリート大学を認定した」など、当該大学はもちろん受験業界などは興奮気味だったが、6年が経過した現在、話題となることも少なく、事業は尻つぼみの感がある。理由としては、10年間予定されている補助金の額が年を追って削減されるなど、国自身の熱意が冷めていること、また一部の大学では、下に紹介したように、過大な目標を掲げて息切れしている様子があること、などが考えられる。
さて、ヨーロッパ最古のボローニャ大学をあげるまでもなく、古来、大学は国家や言語の違いを超えて、新しい知識を求める人々が集まる教育の場だった。現代では、ますます世界中の大学が教育研究の優秀さを競い、より多くの優れた学生を集めようと競い合っている。Aタイプに選ばれた東大の大学院は現在、12,800人中3,000人が留学生人である。同じく東工大では5,400人中1,200人が留学生であり、国籍は80カ国に及ぶ。Aタイプ大学に対して示された課題は、教育研究のいっそうの充実によって、「世界大学ランキング」の100位以内に入ることである。20年版では、東大、京大、東工大、東北大、大阪大の5校がトップ100にランクインしている。
しかし皮肉なことに、これらの大学がポイントを稼いだのは研究活動によってであり、国際交流など、国際性の指標は後退さえしている。ランキングを発表しているイギリスの評価機関が設定する指標は、イギリスやアメリカの大学に有利になるように組まれていることは、つとに指摘されている。ランクを上げるためには、多少不本意でも、評価機関の示す指標に合わせた取り組みを増やすことが求められる。
これに対してBタイプの、とくに私大の取り組みは、だいぶ異なった様相を示している。次表は、各大学の掲げる主要な数値目標である(新潟にある大学院大学の国際大と、もともと国際性の強い国際基督教大と立命館アジア太平洋大の3校は省略した)。いずれの大学もそろって、海外大学との提携によって、海外留学生の呼び込みと日本人学生の海外留学(研修)の大幅な拡大をあげる他、主として英語による授業科目の拡大や英語を中心とした学生たちの語学力向上を目標に掲げている。
各大学HPページより作成。( )内は2013年時点、東洋大については2014年。
これらの大学が、多かれ少なかれ参考にしたはずの先行例がある。今回もタイプBに選ばれている秋田公立国際教養大である。ミネソタ州立大秋田校の跡地に04年に開設された。開設にあたっては東京外国語大学長だった中嶋嶺雄を招き、授業のすべてを英語で行い、在学中に1年間の海外留学を義務付けるなど、英語力と海外経験を強調する教育を展開した。19年現在、入学定員175人の小規模校でありながら、49カ国・地域の190校の提携校をもつ。
国際教養大から卒業生が送り出されると、大手企業からの求人が殺到するなど、大学は一気に評価を高めた。タイプBの大学の多くは、この大学に似たカリキュラムや学習環境の整備を目指しているようにみえる。では、それらの目標が達成されたとして、どのような人材が育つのだろうか。ウクライナの若者のように、より良い条件の仕事や生活を求めて生まれ育った国、あるいは教育を受けた国を離れ、国境を自由に越えて移動するような人材だろうか。そうではあるまい。
国際教養大の教育が評価されたのは、世界経済のグローバル化の波に翻弄される日本企業が求める人材の需要に応えたからだ。国際教養大の卒業生の進路の内容は意外と地味だ。17年度の卒業生183人中、大学院などへの進学者は10名程度、IT分野や教員の「専門的・技術的職業」も約10名に留まり、大半が大手企業の営業、事務部門である。大学自身も、「有名企業400社への実就職率全国3位」という、教育情報企業の出した情報を誇らしげに掲げている。
少子化が進行し、熾烈な競争環境に置かれている私大の多くは、以前からキャリア教育の充実など、学生の就職支援を熱心に行ってきた。保護者、受験生にとっても、卒業生の就職実績は最大の関心事である。Bタイプの私大が送り出そうとしている、一定以上の英語力と海外経験をもつ人材は、企業内教育の手間が省ける即戦力として、企業からは歓迎されるだろう。選定された私大は事業を最大限に利用して、卒業生を有力企業に送り出す。それが大学の生き残りに大いに資する、と考えるのもやむを得ない。また、「グローバル化の牽引」という事業の目標も、実際的にはその辺りにあるのだろう。
しかし筆者は、大学がそのような短期的な目標に合わせた人材育成に集中することに、疑問を感じざるをえない。長期的に見れば、今後、世界の政治経済の重心は、中国やインドさらには東南アジア地域に移動していくはずだ。日本人もその環境変化の波に飲み込まれざるを得ない。またEU圏内でナショナリズムの動きが強まっているように、世界的には反グローバリズムの流れも生まれている。
そのような環境では、「英語で仕事ができる」というだけでは通用しなくなる。今後、よりいっそう複雑化する国際社会への深い理解はもちろん、グローバルに移動するために、居住地の文化への理解や現地の言語能力も求められるようになるだろう。大学には、より一層の多言語・多文化の環境づくりを進め、即戦力に留まることのない人材を育てていくことを期待したい。
最後に筆者の期待をもうひとつ。フロリダのディズニーランドでのインターンシップを提供する明治大学が、女子受験生の間で人気となっているという。大学の努力を否定するわけではないが、女性の地位向上を考えるのであれば、もっと野心的なプログラムを考えられないか。例えば、女性の政治進出の著しい国の議会での長期間のインターンシップはどうだろう。経験した学生の中から将来、世界的な尊敬を集める女性首相が出現することが目標だ。教育とは、その程度の先を見て行われるべきものだ。
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