“ローカリゼーション”広がる―― 「しあわせの経済」国際フォーラム報告<上> - 世界が注目する自然との共生型生活―沖縄・西表島の「紅露(クール)工房」 -
- 2019年 12月 3日
- 評論・紹介・意見
- ローカリゼーション伊藤三郎共生
世界を覆う「トランプの闇」の先を見据えて、ローカリゼーション(地方からの改革)のネットワークが広く静かに展開中 ― 先月の9,10両日、横浜市戸塚で開かれた『「しあわせの経済」国際フォーラム2019』(以下、「しあわせフォーラム」)に参加。パレスチナ、タイ、メキシコ、沖縄など世界の各地でそれぞれの改革に取り組む人々の活発な議論や報告に耳を傾けて、それでも世界は前進している、と確信した。
この集まりは、ローカリゼーションのリーダー、スウェーデン生まれの言語学者、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさん(メモ1)の呼び掛けに、NGO「ナマケモノ倶楽部」代表の文化人類学者、明治学院大学教員の辻信一さんがそのパートナーを務める国際的な運動。その年次集会である国際フォーラムは、日本では1昨年11月に始まり、今年は3回目。会場を過去2回の東京から辻さんのホームグランド、明学大の横浜キャンパスに移し、内外の経済学者、地球環境保護運動のリーダーや学生を中心に2日間で延べ約1700人が会場を埋め、熱心な論議や報告が繰り広げられた。
「われわれがビッグ・ピクチャー(大きな改革構想)を共有し、その目標に向かって協力を続ければ世界は変えられます」
昨年は「東京フォーラム」直前の急病で欠席し、今回2年ぶりに元気な姿を見せたヘレナは、意気軒高、ハリのある声で約30分の開会宣言を ―
「いま世界の貿易はとんでもないことに ― 米国では1年あたりの輸出入が、たとえば砂糖は輸入7万1000㌧ンに対して輸出8万3000㌧、牛肉同じく95万㌧対90万㌧、英国でも牛乳を11万4000㌧輸入する一方で11万9000㌧を輸出、パンは17万㌧対15万㌧・・・」
グローバル化、大企業中心、成長神話に基づく国際貿易は、いまこんな大きな無駄、矛盾を抱えていることを表す一覧表を提示して、ヘレナの熱弁が続く。
「その一方で、“地産地消”のローカル経済が国全体を動かす力にも。地域の手作り農業生産、地元食材を使った地元の店舗、地域のマルシェ(朝市など)、地域通貨などがローカル経済を活性化させ、大きな改革への希望を膨らませているのです」
「気候変動、多くの動植物の絶滅危機、生態系の破壊、失業、不平等、貧困、ストレス、うつ病の蔓延、原理主義、テロ、民主主義の腐敗、政党の極右化・・これらの問題が底流でつながっているということは、解決策も繋がっているということ。こうした底知れぬ難問に目を奪われるよりも、身の回りから少しずつでも経済の仕組みを変えていきましょう」
改革運動のパートナー、辻さんはヘレナが舞台に立つと「本当に表れてくれるのかひやひやしていた」と胸をなでおろし、彼女の話が終わると「この沢山の問題にはそれぞれ専門家が存在するが、全体として解決するには(学問の領域を超えた)大きな構想、彼女の言うビッグ・ピクチャーが不可欠。その大切なことをみなさんの一人一人が認識することが本当に大切なんです」とコメントして、舞台から去るヘレナを見送った。
ところで、私がこの「しあわせの経済」運動の着実な歩みに注目したのは昨年9月下旬からの2週間、英国イングランド西南部の小さな町、トットネスに逗留したのがそのきっかけ。「トランジション(transition)・タウン(town)・トットネス(Totness)」を略して“TTT”と呼ばれるこの町は、トランジション(改革途上)のシンボルとして知られる。
この美しい古都の住民約8000人が「Small is Beautiful (小さきことは美しい)」(メモ2)をモットーに「しあわせの経済」を探すいきいきとした生活ぶりを『「危機を好機に」 ― 英トットネス遠回り紀行』と題して本誌に連載(2018年10月23,24日号)。
それから1年余、今年の横浜「しあわせフォーラム」に世界の各地から集まった改革運動の指導者、専門家らの活発な議論と報告を聞き、私は記者OBら仲間内のブログ新聞に、世界は混乱の中にあるが「ローカリゼーション(地方からの改革)は着実に進んでいる」と書いた(「メディアウオッチ100」2019年11月13,15日連載『「しあわせの経済」国際フォーラム2019・報告』)。本稿はそれを手直しした、上記『「危機を好機に」 ― ・・』の続編である。
その中で、この「しあわせの経済」運動の元祖にしてシューマッハー・カレッジ創設以来の校長、インド人の思想家サティシュ・クマールさんが米トランプ大統領出現以来、折に触れて口にする「危機を好機に」という以下のような持論を紹介。
「危機は同時に好機でもあります。イギリスのEU(欧州連合)離脱やアメリカのトランプ政権の誕生なども、見方によってはナショナリズムの意味を改めて考える絶好の機会なのです。(中略)偏狭なナショナリズムは“小さな心と大きなエゴ”の産物。一方、ローカリズム(地域主義)とインターナショナリズム(国際主義)は補完関係にあり、それを合わせた“グローカリズム”とは“大きな心と小さなエゴ”の組み合わせを意味するのです」
拙稿のタイトルにした「危機を好機に」という逆転の発想は、「改革途上の町」トットネスの人々の日常生活を支え、この「しあわせフォーラム」の一貫したテーマであるローカリゼーションの推進力にも。そして、地球の危機を救うには経済の限りなき巨大化、グローバル化を止め、ローカル化、人と人、地域と地域のつながりと自然との共生を、というヘレナの教えを自ら体現している「しあわせ経済」のお手本のような女性が今度の「しあわせフォーラム」に招かれた。
沖縄・西表島に住む染色家、「紅露(クール)工房」主宰の石垣昭子さんがその人(メモ3)。
「地域文化の再生:江戸時代と先住民文化から学ぶ」という分科会(10日)で、尊敬する田中優子・法政大学長らと席をともにした石垣さんは、東京で生活していた自分が「西表島に戻ろう」と決めたのは、人間の幸福、地域の文化にとってその土地固有の布の力がいかに大切かを田中さんから教えられたから」と、その田中さんに謝意を伝えるように振り返った。
「紅露工房」は石垣昭子さんと夫・金星さんの生活の場であり、同時に芭蕉布を中心とする糸・布・染色の研究にとどまらず、世界中の布・染色の専門家やローカルの生活と経済を研究しようという辻先生の教え子たちの修行・研修の場ともなっている。
石垣さんは「西表島の歴史・伝統と美しい自然の恵みの中で私たちの芭蕉布作りや藍染めなどの染色の技術は守られ、再生されてきました。こうした自然との共生は年中行われるお祭りの祭事とも一体であり、自然から生きる力を与えられることを、世界中から集まる繊維の専門家や学生たちに伝えていくことが私たちの使命」と静かに語った。
西表島で開かれた国際交流ワークショップに参加したインド人のデザイナーが「ここはアーティストにとって楽園」とコメントした。その「紅露工房」が1980年に設立されたあと、どのように肉付けされてきたか、詳しくは『紅露工房シンフォニー』を読んでいただくしかないが、明治学院大・辻教室の卒業生の何人かはすでに西表島に住み着き、地元の人たちとともに「しあわせの経済」の実践に励んでいる。
こうした若者たちが地方に戻り、住み着く傾向は一時の流行にとどまらず、いまや世界史的な流れとなってきた、と辻さんは見ている。
(メモ1)ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ 1975年外国人入域が許可されたインドの高地、ラダック地区への最初の移住者の一人、言語学者。急速に進む開発とそれに伴うラダック文化と自然環境の破壊を憂い、地元の人々とともに「持続可能な発展」を目指す運動に取り組んだ。そのリポート『ラダック 懐かしい未来』は40ヵ国以上で翻訳されて世界中に大きな影響を与え、「しあわせの経済」フォーラムを世界各地で開き、国際ローカリゼーション運動の先端に立ち続ける。
(メモ2)「スモール イズ ビューティフル ― 人間中心の経済学」 ドイツ・ボンで生まれナチスの圧政からロンドンに逃れて、第二次大戦後英国に帰化した経済学者、E.F.シューマッハー(1911~77年)の処女作のタイトル。産業革命後の機械化、経済成長至上主義へのアンチテーゼとして再評価されつつある。その思想を伝える場として1991年トットネス近郊に大学院大学シューマッハー・カレッジが設立され、シューマッハーを信奉したインド人思想家のサティシュ・クマールさんがその初代校長に。
(メモ3)『西表島・紅露工房シンフォニー ― 自然共生型暮らし・文化再生の先行モデル」』(石垣昭子・山本真人 共著、地湧社)
<続く>
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