トランプは習近平の救いの神?- 棚からぼた餅のサンドバッグ ――習近平の中国(9)
- 2019年 12月 5日
- 時代をみる
- ♠中国田畑光永香港
米議会上下両院がともに圧倒的多数で「香港人権・民主法案」を可決したのを受けて、その成立のための大統領署名を中国との貿易交渉を抱えているトランプ大統領がすんなりするかどうか、世界が注目する中、11月27日、トランプはあっさり署名して同法は成立した。
ご承知かと思うが、この法律の趣旨は、香港での人権や民主主義にもとる出来事の有無を米政府に監視させて、議会に報告させ、あった場合にはそれにかかわった香港政府の人間に対して米国への入国を制限したり、在米資産を差し押さえるなどの制裁を加える、というものである。
他国の領土における人権、民主状況についてこういう措置をとるのは異例ではあるが、その根拠は1997年に香港が英から中国に返還されるにあたり、中国政府がそれまでの英国統治時代の、つまり資本主義世界の諸制度を香港ではそのまま維持し、中国本土とは別の法体系の下に置く「一国二制度」を50年間続けると国際社会に約束したことにある。
とはいえ、実際にはその約束は徐々に影が薄くなり、本土化が進んでいることは周知の事実である。端的な例は香港の行政の責任者である行政長官は返還20年後には普通選挙で選ばれることになっていたのを、2014年に中國が間接選挙にしてしまったことである。今年5月以来の市民運動の発火点となった「逃亡犯条令」の改正案(香港に逃げ込んだ犯人を大陸に引き渡すことを可能にする改正)もまさに「一国二制度」の切り崩しの一例である。
米の新法はそれに歯止めをかけようとするものであるが、中国にしてみれば、内政に干渉する大きなお世話ということになる。だからここ数日、政府、メディアは口を極めて対米非難を繰り広げている。
その論点は新法成立直後の28日の中国外交部の記者会見における耿爽報道官の発言でほとんど尽きている。それはーーー
新法は、香港のことがらに関与しようとする内政干渉であり、国際法と国際関係の基本原則に反する、赤裸々な覇権行為であって、中国政府と中国人民は断固として反対する。
新法は、公然と暴れまわって、罪のない市民を傷つけ、法治を踏みにじり、社会秩序に危害を及ぼす犯罪分子を元気づけるきわめて悪質かつ悪意に満ちており、その根本目的は香港の繁栄と安定を破壊し、「一国二制度」の偉大な実践を破壊し、中華民族の偉大な復興の歴史的進展を破壊しようとするものである。
われわれは米国が独断専行をやめるよう勧告する。やめなければ中国は必ずや断固たる反撃を加え、そこから生ずるすべての結果は米側が責任を負わなければならない。
この趣旨を、28日「新華社」評論員『米は独断専行の悪果を自ら食せ』、同日「人民日報」評論員『いかなる脅しも中国人民には無益―内政干渉は成功せず』、同日「環球時報」社説『米の香港干渉法も香港が中国であることを変えられず』、30日「人民日報」評論員『米の覇道に断固反撃―強権をもてあそぶものは失敗する』、同日「人民日報・海外版」望海楼『強権陰謀はかならず破綻』、同日「環球時報」社説『ワシントンは香港と世界の連携を断ち切れず』・・・こんな調子で大合唱して(まだほかにもあるだろうが)、反米世論を盛り上げている。
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こういう衆を恃んでのキャンペーンは中国メディアの得意とするところで、したがって読むほうも慣れているから驚かないが、今度ばかりはトランプはなんと無邪気に中国に助け舟を出したのだろうと舌打ちしたい気分である。
というのはほかでもない。前回取り上げたようにトランプの署名の3日前、11月24日には香港区議会議員の選挙が行われた。総数452議席をめぐって、人口約700万人のうち294万人が投票し(投票率71.23%)、民主派が385議席(得票率57%)を得たのに対して、親中派は59議席(得票率41%)と惨敗した、というのがその結果である。
私はここにいくつかの数字を掲げたが、じつはこれらは邦字紙と地元のダウ・ニュースからの引用で、選管当局ないしは中国官制メディアからのものではない。どちらも外国にいる私が目にできるような形では選挙結果を報じていないからである。
都合の悪いことは頬被りをして素通りするという、メディアとしては許されない不道徳が中国ではまかり通るが、今回もそれである。しかし、今回の選挙はそれこそ「一国二制度」の香港、世界に開かれた香港での選挙である。それも中国共産党の傀儡である現体制を支持するか、しないかで半年近くも市民が街頭に出て、主張をぶつけ合ってきた中での選挙であった。
その結果を内外に知らせることは、責任ある大国としては当然の義務である。結果は中国の政権にとってはあるいは晴天の霹靂であったかもしれない。というのは、毎週のように激しい街頭行動が続いていたので、対立の火に油を注がないために、この選挙は延期されるのではないかという観測が広くおこなわれていた。ところが、選挙は実施された。おそらく、街頭闘争にうんざりした市民は民主派を勝たせることはないだろうというのが政権側の予測であったと思われる。「中央テレビ(CCTV)は投票日直前まで『投票に行って暴力を蹴散らそう』と選挙の大切さを訴える香港各界の様子を伝えていた」(11月29日・日本経済新聞)という。
香港市民は政権のそうした思惑どうりには投票しなかった。それでもその結果を国民に正直に知らせて、そこから何をくみ取ったかを明らかにするのは当然の義務であるはずだ。しかし、私の目の届く限りでは中国の公式メディアは結果を報じていないし、それへのコメントも一切報じない。選挙から目をそらせるためには、反トランプ、反米のキャンペーンまことに時宜を得た好材料である。トランプの行動が結果として、中国メディアに恰好のサンドバッグを棚からぼた餅のように届けたのである。
11月30日の「新華時評」『香港と国家の利益を売り渡す者は歴史の懲罰を受ける』は、香港の運動と米国を結び付けて、彼らを売国奴と糾弾している。選挙に現れた民意に古めかしい罪名を着せかけて、選挙結果をうやむやにしようという底意が見える。
表向きの激怒の裏側で習近平は「いい時にいいプレゼント」とトランプの署名の絶妙のタイミングに手を合わせているのではあるまいか。 (191201)
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