海峡両岸論 第162号 2024・04・27発行 中ロ印の思惑錯綜するBRICSとは 米一極支配衰退で多極化の主導権競う
- 2024年 4月 29日
- スタディルーム
- BRICSインドロシア中国岡田 充
米一極支配と主要先進7カ国(G7)の役割が減衰する世界秩序の新たな多極間枠組みとして、2024年から加盟国が10カ国に拡大した「BRICS」の役割が比重を増している。中でも中国、ロシア、インドの3国は異なる思惑からBRICSの主導権を競っている。BRICSをまとめておく。
イラン、サウジなど5カ国加盟
BRICSとは、米金融大手「ゴールドマン・サックス」の経済学者ジム・オニール氏が、今世紀に入り著しい発展を遂げたBrazil, Russia, India, China, South Africa5カ国の頭文字をとった総称。オニール氏が2001年11月に発表したリポート[i]で初めて言及し広まった。
5カ国のうち南アフリカを除く4か国は2009年、非公式首脳会議を開催。ロシアは米欧主導の世界秩序への対抗軸の構築を提唱した。2011年からは南アが首脳会議に参加し、BRICSと総称されるようになった。
2023年の第15回首脳会議は、南アが議長国になりヨハネスブルクで8月22~24日に開催。シリル・ラマポーザ南ア大統領は24日、成果報告でアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)6カ国が、2024年1月1日からBRICSに新規加盟すると発表した。しかしアルゼンチンのミレイ大統領は非加盟を決めたため5カ国にとどまった。
拡大後も「BRICS」の名称は変わらないが、「拡大BRICS」など、5カ国時代と区別する新通称で呼ばれることになろう。
拡大は「習近平の勝利」
今回のサミットでは、中国とロシアがBRICS加盟国の拡大・強化を強く主張。その一方、インドとブラジルは消極的と伝えられたが、ふたを開ければ5カ国が一致して「拡大BRICS」に賛成した。
加盟国拡大について習近平・中国国家主席は「歴史的」と称賛「BRICS諸国はいずれも重要な影響力を持っており、世界の発展に対して重要な責任を担う」と意義を強調。拡大BRICSを、国際政治・経済の枠組みとして重視する姿勢を示したもので、米ニューヨークタイムズ紙(NYタイムズ紙)は「習近平の勝利」とコメントした。[ii]
拡大BRICSの経済規模について、ブラジルのルーラ・ダ・シルバ大統領は、「GDPは世界の37%、世界人口では46%まで増える」と指摘した。2022年段階のBRICS5カ国のGDP総額は26兆ドルと、米GDPの約25兆ドルをわずかに上回っていた。購買力平価ベースのGDPではG7を上回り、加盟国拡大によって世界経済での比重が高まるのは間違いない。
[iii]首脳会議では、キューバ、インドネシア、コモロ、カザフスタン、ボリビアなど40カ国超が加盟希望を表明した。BRICS5カ国首脳は、BRICSパートナー候補国のリストを、次回首脳会議までに整備するよう自国外相に指示したとされ、次回第16回サミット(24年10月 ロシア・カザン)以降の加盟国拡大[iv]は必至。
「米国際秩序への挑戦」と米紙
では西側は加盟国拡大をどう見ているのか。最も衝撃を与えたのは、原油埋蔵量世界1のサウジと第2位のイランの同時加盟だった。イスラム教内で対立するスンニ派とシーア派を代表する両国は2023年3月10日、中国の仲介で関係を正常化し米欧諸国を驚かせた。
米軍のアフガニスタン完全撤退(2021年)に象徴される米国の「中東離れ」の副次作用が、これほど早くしかもBRICSサミットで表れるとは、だれが想像しただろう。
NYタイムズ紙はムハンマド・ジャムシディ・イラン副大統領が、イランの加盟を「歴史的偉業であり戦略的勝利」と誇ったと紹介、イラン加盟を「BRICSと西側の地政学上の緊張を高める」とコメントした。
米国の安全保障面でのマイナスの影響についても、米同盟国のサウジと安保の後ろ盾であるUAEの加盟は「米が支配する国際秩序へのBRICS挑戦の重みが試される」と表現した。米既得権益が浸食されたという認識が滲む。
加盟国はすべて新興・途上国を意味する「グローバルサウス」(GS)に属すると自称。西側がその存在を強く意識し始めたのは、ロシアのウクライナ侵攻に対する対ロシア制裁に、GS諸国の多くが同調しなかったことが契機だった。それ以来、「欧米vs中ロ」の対立軸から国際政治をとらえてきた西側陣営は、GS諸国の取り込みをあわてて急いだ。
しかしG7の凋落と反比例するようなBRICS拡大を見れば、米一極支配が崩れ多極化する世界秩序の実相が浮かびあがる。「G7こそが世界を主導し専制主義の中ロを孤立させている」と一面的に見なす欧米や日本政府のフィルターを通してみる世界が、いかに歪んで実相を反映していないか、国際政治へのリテラシー(読解能力)は、毎日試されている。
中国の位置づけ
中国はBRICSをどのように認識しているのか、BRICSを外交の主軸にし始めた理由をサミットでの習演説から探ってみよう。BRICSは中国語では「レンガ」や「金の延べ板(インゴット)」を意味する「金砖(磚)」という単語に「国家」をつけ、「金砖国家」ないし「金砖国家集団」と呼ぶ。
習は8月23日のスピーチ[v]で、「世界は混乱と変化の新時代に入り、不確実で不安定で予測不可能な要因が増加している」と現状を論じ、BRICSの役割について①国際的な風景を形作る重要な力②独立した外交政策の提唱者で実践者③外圧に屈せず他国の属国でなない―と強調した。これが総論。要約すれば多極化する世界秩序の反映という意味だ。
次いでBRICSの役割について習は①経済、貿易、金融協力の深化・開発はあらゆる国の不可侵の権利であり、少数国の「特許」ではない②デカップリングとサプライチェーン(供給網)分断および経済的威圧に反対③政治・安全保障協力を拡大し平和と安寧を維持④BRICS外相会合や安保上級代表会合を活用し、核心的利益や主要な国際・地域課題での連携強化⑤AI研究グループの立ち上げ―を挙げた。これが各論。
結論で習は「BRICS諸国は真の多国間主義を実践し、国連を中核とする国際システムを守り、WTOを中核とする多角的貿易体制を支持・強化、『スモールグループ』(軍事同盟)の設立に反対」と、欧米の同盟強化に反対する「非同盟路線」支持を強調。「多くの国がBRICSファミリーに加わり、より公正で合理的な方向でグローバルガバナンスの発展を促進すべき」と、新たなグローバルガバナンスを促進する場としてBRICS拡大を主張するのである。
ロシア・インドの思惑と脱米ドル
拡大BRICSにサウジとイラン、UAEの主要産油国が加わったことは、西側の経済制裁下にあるロシアにとり意義は大きい。さらにウクライナ戦争に伴うエネルギー供給のひっ迫の中で、原油取引の米ドル決済を意味する「ペトロダラー体制」の変革につながる可能性も重要要因になった。
ロシア、ブラジルをはじめ拡大BRICS加盟国は、対外貿易決済を人民元および自国通貨決済に切り替える動きを加速しており、これらの国では脱米ドル化が進みつつある。一度は加盟国拡大に消極的だったインドだが、4月の総選挙を前に、ヒンズー・ナショナリズムを国造りの原点にし、イスラム教徒弾圧を進めるモディ政権に対し欧米からの批判が高まる。
それだけではない。23年のモルディブ大統領選挙で「インディア・アウト(インドは出ていけ)」を掲げて当選したムイズ氏は3月4日、中国と事援助協定を結ぶと発表。ネパール、スリランカ、バングラデッシュなどインド周辺でインド包囲網が出来つつある。欧米と米とGS諸国とのバランスをとる上で、「乗り遅れ」は利益にならないとの判断が働いたのだろう。
ある経済専門家[vi]は、「ペトロダラー体制」の変革の展望について「多極化した世界へと10年かけて進んでいくこと」になり、「恐らくドルとユーロ、中国人民元がそれぞれ米州と欧州、アジアで支配的な通貨となる世界」が到来すると予想する。
第2にインドを除く大半の加盟国が中国の「一帯一路」協力国であり、不動産不況やデフレ経済入りの危険性に直面する中国経済にとり、新たな需要喚起というメリットになる。そして第3に米国が仕掛ける対中経済デカップリングの中で、半導体生産や電池生産に必要な鉱物資源に恵まれたアフリカ・中南米諸国の加盟によって、中・長期的には半導体の自国生産体制強化の基礎になるだろう。
ここで強調したいのは、中国は拡大BRICSを欧米中心の国際秩序への対抗軸として意識しつつも、米国中心の現行経済システムの崩壊は望まず、その中でさらに高い地位を占めようとしている点だ。「アメリカン・スタンダード」を「チャイニーズ・スタンダード」に変えようとしているわけではない。米中の戦略争いを「覇権争い」ととらえるのは誤りだ。
ただリーマンショックを契機に一定の役割を果たしてきたG20はG7も入っているだけに、国連安保理同様機能不全を起こしており、その役割は減衰している。
共通項は「恨み」
GS諸国の影響力増大について、「彼らに共通の主張があるわけではない」という「上から目線」の評価があちこちで聞こえる。だが英フィナンシャルタイムズのジャナン・ガネッシュ記者[vii]は「多様なBRICSの国を結びつけている共通点があるとすれば、それは『恨み』だ」と読み解く。
国際政治を動かすモチベーションが、ネガティブな意味合いが強い「恨み」とすることに驚いてはいけない。拡大BRICS加盟国のすべてが、欧米日列強の植民地支配と侵略の被害体験を共有する。「反植民地主義」は決して古い主張ではない。GS諸国を団結させ、先進国への経済的依存を低減させる大きな効果すらある。
ガネッシュは続ける。
「過去の屈辱に対する鬱憤だ。そして、政治と人生を突き動かす力として、恨みはあまりにも過小評価されている」「ソ連時代から縮小した帝国となりルサンチマンを抱えていることを知らずして、現代ロシアは理解できない」 同感だ。
中国が列強の侵略と反植民地支配によって統一の契機を奪われ、台湾統一を核心的利益と主張することをあたかも時代錯誤とみなすのも傲慢というべきだ。
[ii] BRICS Invites More Countries to Join. Here’s What to Know. – The New York Times (nytimes.com)
[iii] BRICS拡大、6カ国の新規加盟に合意(インド、中国、アルゼンチン、ブラジル、ロシア、アラブ首長国連邦、イラン、サウジアラビア、エジプト、エチオピア、南アフリカ共和国) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース – ジェトロ (jetro.go.jp)
[iv] What is BRICS, which countries want to join and why? | Reuters
[v] 第15回BRICS首脳会議における習近平の演説(全文)中華人民共和国外交_Ministry (mfa.gov.cn)
[vi] 「ペトロダラー体制」に変化あるのか-中東の米同盟国が中ロに接近 – Bloomberg
[vii] [FT]BRICS、「恨み」が共通軸 権威に憧れや承認欲求も – 日本経済新聞 (nikkei.c)
(了)
初出:「岡田 充の海峡両岸論」より著者の許可を得て転載ホーム (weebly.com)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔study1293:240429〕
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