断食と減量と健康
- 2024年 4月 30日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
子供のころは痩せの大食いで、いくら食っても太らない体質なんだと思っていた。中学では当時流行っていた城卓也の『骨まで愛して』が流行っていたこともあって、口の悪い仲間から骨とかガラと呼ばれていた。後年分かったことだが、それは甲状腺ホルモンが多かったからだった。ホルモンの分泌が多いまでならよかったが、ニューヨークに駐在していた七十八年には許容範囲をはるかに超えて、これ以上は食えないというところまで食っても体重がどんどん落ちていった。ひどいときは一週間で五キロも落ちて、ポケットに手を入れて抑えていないとベルトレスのズボンがずり下がるまでになった。バセドウ病(甲状腺ホルモン過多)で手術しなければならなくなって、三年でニューヨーク駐在を切り上げて帰国した。
病室の空きを待つこと三ヵ月、お盆の前にやっと入院できた。基礎代謝の検査に二週間もかけて、肥大した甲状腺を切って小さくした。手術後一週間、ろくにメシも食ってないのに、退院しようとしたら太ってしまってズボンが腿でひっかって上ってこなかった。甲状腺ホルモンが激減して、ガリガリだったのが人並みに肉がついた。ワイシャツのボタンも閉まらない。締まらない話でパジャマのまま原宿の病院から田無の実家まで電車を乗り継いで帰った。
甲状腺の機能は回復したが、分泌は標準を下回っていたようで中肉中背から年を経るにしたがって太り気味に傾いていった。客先での現場作業が多かったニューヨーク時代と違って、朝晩の通勤電車にもまれるのが唯一の運動のような生活になったのもよくなかった。運動不足で減る筋肉を体脂肪が補っていた、と気が付いたのは四十も半ばも過ぎたころだった。
ほとんどの社員が帰宅した事務所で八時過ぎから、販売試料の作成やらなんやら雑務を片付けるのが習慣になっていた。いくら昼飯をしっかり食っても、そんな時間になれば腹も減る。毎晩のように二階のコンビニにいってはかりんとうとペットボトルのお茶を買ってきていた。健康診断をめんどくさがっていたら総務に叱られて、半日潰れるのを気にしながら出かけていった。翌月、総務から呼び出された。血糖値が高すぎるから再検査に行ってこいと職務命令のような口調で言われた。
精密検査(経口ブドウ糖負荷試験)といわれて、シロップを飲まされて三十分後、六十分後、百二十分後の計四回採血された。還暦近くになるまで食いたい物を食いたいだけ食ってきたが、ついに食事制限をしなければならなくなった。 身長は一七〇センチなのに、体重は七十二、三キロでメタボの見本のような体型だった。爾来三回体重を減らす日々を送ることになった。血糖値が安全圏内に入ってほっとしてはリバウンドして、数年後にはまた許容値を越えてを繰り返してきた。もう十五年近くそんなことを続けていて、この半年ほどは体重六〇キロ前後を推移している。あと一キロも落として五九キロを割れば、葛切りに黒蜜をしっかりつけて食べられるのにと思うのだが、なかなかうまくいかない。年もとってあちこちガタがきてはいるが、食い意地だけは変らない。趣味もなく、飲むわけでもない。好きなもの食べたいだけ食べることぐらいしか楽しみがないのに、あと一キロ、たかが一キロ、されど一キロがどうにもならない。
巷にはあやしいものまで含めて痩せ薬が氾濫している。そこにイーライリリーやノボ・ノルディスクなどの欧米大手製薬会社が本腰を入れて新薬を開発してきた。世界の製薬業界の大手だけに、対症療法から得られた経験知からではなく、しっかりした生理学的解析から開発されたものだろうと想像している。それを裏図けるかのようなニュースがIFL Scienceからでてきた。
あと一キロをどうしてやろうかと思っていただけに、三日間の断食かーと気になってしょうがない。
「This Is What Happens To The Body After Seven Days Without Food」
表題を機械翻訳すると下記になる。
「7日間食事をとらなかったら、体はどうなるのか?」
https://www.iflscience.com/this-is-what-happens-to-the-body-after-seven-days-without-food-73208?utm_source=Live+Audience&utm_campaign=266f294882-briefing-dy-20240305&utm_medium=email&utm_term=0_b27a691814-266f294882-50777512
さすがNatureに掲載されただけのことはある。巷で見聞きするダイエットの類とは違う。主要個所を機械翻訳してみた。
「長期間のカロリー制限が生物学的にどのような意味を持つのか、これまでほとんど理解されていなかった。このたび、研究者らは適切なデータに飢えていたため、長期間食事を摂らない間に複数の臓器で起こる全身的な変化を分析し、健康へのプラスとマイナスの両方の影響を明らかにした」
「研究チームは12人の健康なボランティアを集め、7日間の断食に参加させた。参加者はこの期間中、綿密にモニターされ、研究者たちは毎日約3000種類の血液中のタンパク質の変化を測定した」
「断食開始後数日で、参加者の体はエネルギー源を切り替え、グルコースではなく、蓄積脂肪を燃焼し始めたという。その結果、参加者は1週間で平均5.7kg(12.6ポンド)体重が減少し、再び食事を摂り始めた後もこの体重を維持した」
「驚くべきことに、研究者たちは断食の最初の数日間、血中タンパク質濃度に大きな変化はないと指摘した。しかし、3日目以降は劇的に変化し、健康に大きな影響を与える数百種類の化合物が乱高下し始めた」
「今回初めて、絶食時に体全体の分子レベルで何が起こっているかを見ることができました。私たちの結果は、減量以外にも断食が健康に良いことを示す証拠となりますが、それが目に見えるようになったのは、3日間の完全カロリー制限の後でした」
五キロ以上体重を落として、その後のリバウンドもない。健康にもいい。巷のダイエットなんとかという食い物や飲み物を買う必要もない。三日分の食費も浮く。手軽で健康への害もない減量法。これ以上のものはないじゃないかと思いつつも、晩飯一回抜くのすら辛いのに、やり通す自信がない。家にいて日常生活そのままにしてでは難しい。
どこかの病院で三日間の断食コースなんてのお手頃な費用でやってくれるところないかなと思ってしまう。
食いたいものを食いたいだけ食べられる生活が懐かしい。
2024/3/17 初稿
2024/4/24 改版
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion13687:240430〕
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