紛争を避けるために、紛争に対処するために ーー八ヶ岳山麓から(475)ーー
- 2024年 7月 16日
- 評論・紹介・意見
- 「リベラル21」中国日米安保と国境紛争阿部治平
フィリピンと中国が領有権を争う南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島の仁愛礁(アユンギン礁・セカンド・トーマス礁)では、中国海警船が座礁軍艦へ補給しようとするフィリピン船を妨害したり、フィリピン漁船に対し体当たりしたり放水銃を浴びせたりする事件がたびたび起きている。このため、フィリピン漁民のなかには、漁業をやめる人も出ているという。
6月17日にも仁愛礁に向かうフィリピン補給船団が中国側に妨害される事件が起きた。フィリピンのテオドロ国防相は、ただちに「軍は中国の危険で無謀な行動に抵抗する」と報復声明を発表した。7月2日、フィリピンと中国はマニラで外務次官級の協議を実施し、2国間の連絡体制を改善するための話し合いを継続することで一致した。
だが、フィリピン外務省は声明で「現状に対処するための実質的な進展があったが、依然として、意見に大きな隔たりがある」としている。まあ、いままでの経過からして誰が考えても、そううまくはいかないはずである。
日本とアメリカの外交当局は、6月17日事件発生直後、中国非難の声明を発表した。
一連の動きについて、中国の広西民族大学ASEAN学院副院長葛紅亮氏は、「フィリピン政府の南シナ海政策『激化』は自国民を傷つけ、周辺国を害する」と題して、概略次のように述べている(環球時報2024・06・27)。
――前任者(ドゥテルテ政権)とは異なり、マルコス政権は、南シナ海に関して中国に強硬な姿勢を示している。現在、アメリカはフィリピンで海軍、空軍、陸軍、海兵隊などが9つの軍事基地を使用することができ、南シナ海周辺の軍事プレゼンスを倍増させている。
また、フィリピンはアメリカの「インド太平洋戦略」の指導下で、自国を「日米比3国協力」に組み込み、日本やオーストラリアなどとの「訪問部隊協定」の協議・調印をおこなった。しかし南シナ海の「主張」や「利益」に関して、アメリカが本当にフィリピンのために戦うかどうかについては、マルコス自身が(確信を持たず)、言を左右にしている。
現在、中国はベトナムとは、戦略的意義のある運命共同体に関するコンセンサスを形成し、マレーシアとも両国の国交樹立50周年を機に、包括的戦略パートナーシップと運命共同体の構築を推進することで合意に達している。
しかし、マルコス政権による南シナ海政策の「急進化」は、大国間を競争激化のリスクに陥れるものであり、この地域の他国の安全保障と発展の利益、戦略的利益を無視した無責任な行動であることは明らかであるーー
以前にも触れたことがあるが、従来南シナ海で中国と鋭く対立してきたのはベトナム・マレーシア・フィリピンの3国であった。だが、葛紅亮論文にもあるように、その後ベトナムとマレーシアは経済優先外交に転じ、領土領海問題には触れないようにしている。いわば中国は、フィリピンを孤立させるのに成功したのである。
これに対してマルコス大統領は、フィリピンの民族感情を背景に、2016年の仲裁裁判所のフィリピン側主張を認めた判決を堅持し、1ミリたりとも領海を侵すことは許さないと発言し、アメリカの支援を求めて、米軍による軍事基地使用を拡大させてきた。
すでに日本政府は2018年に円借款により巡視艇10隻、2022年には大型巡視船2隻を供与しているが、さらに沿岸監視レーダーと大型巡視船5隻を追加することで合意したという。
しかも、7月4日の午前、中国東部 浙江省の沖合を航行していた海上自衛隊の護衛艦「すずつき」が一時、中国の領海内に入った。中国側はただちに「日本側に厳粛な申し入れを行い、再発防止を求めた」という。台湾海峡はバシー海峡とともに、日本にとって重要な海上交通路である。挑発と受け止められなければよいが。
7月8日の日比外相・防衛相会議(2+2)では、対中国 訓練円滑化協定(RAA)が署名された。朝日新聞は「日比、準同盟へ深化」という見出しでこれを伝えた(2024・07・09)。これによってフィリピンは、日本に補給任務が求められるという。日本は、アメリカとともにフィリピンに張り付いて中国に立ち向かおうとしているのである。こんなに中国に対して敵対し、中比対立に介入してよいものだろうか。
2012年以来、中国は尖閣諸島における日本の実効支配を打破するために、海警船を武装した大型船に変え、防空識別圏を設定した。台湾を封じ込める軍事演習をもう3回やり、ミサイルを日本のEEZに打ち込んだ。中国海警局は、7月2日夜大陸に近い台湾領の金門島周辺の海域で台湾の漁船を拿捕した。
最近でも7月2日には、中国海警船3隻が尖閣領海内に侵入し3日間居座った。中国国防大学教授・上級大佐劉明福氏は、すでに尖閣諸島の実効支配に成功したと発言している(『中国「軍事強国」の夢』)。もちろん中国世論はこれを歓迎している。このいきおいだと、尖閣諸島でも中国海警船による漁業妨害・漁船拿捕・巡視船と海警船の衝突などが発生する恐れがある。
沖縄県民は駐留アメリカ軍による被害や犯罪をなくしてほしいとは思っているものの、尖閣危機を痛いほど感じている。防衛力の必要性を認める人が増えて、日米安保条約を破棄すべきだと考える人は半数以下になっている。
沖縄県議選を見てごらんなさい。デニー知事与党の「オール沖縄」全体が議席を減らしている。なかでも共産党は現職7人中3人落選というゴロ負けではないか。「軍隊は住民を守らない」として、先島諸島の要塞化に反対するだけでは、沖縄県民の支持を得られなかった。県議選では、「オール沖縄」の立場から、沖縄を守るための防衛力のありかたと対中国外交をどう展開するかを明らかにする必要があったのである(八ヶ岳山麓から(473)。
習近平政権は、長期の展望として欧米主導の既存世界秩序の打破、新たな国際関係の樹立を望んでいる。これに関連して中国主導の上海協力機構はめざましく拡大強化されている。中国による、プーチン・ロシアへの公然たる援助はもとより、南シナ海における領土領海の拡大や、台湾に対する攻勢は、その一環と見ることができる。
そうだとすれば、日本の当面の課題は、フィリピンが仁愛礁で苦闘しているような事態が尖閣海域で起きないようにするためどうすべきか、また万が一紛争が激化したときこれにどう対処するかであろう。かつて、日本共産党の志位委員長(当時)は、侵略には連合政権は日米安保条約第5条(日米共同作戦)で対処すると発言したことがあるが、その後この件に関して共産党は沈黙して、今はもっぱら自衛隊の軍備増強反対を叫ぶばかりだ。
だが、事態が緊迫したとき慌てないために、いまから日本社会は、防衛力はどこまでを限度とし対中国外交をどう展開するか、討論だけでも起こす必要がある。こういうと、軍拡のために危機を煽る論調と同じだという非難がしばしば投げかけられる。だが、ことが悪化してからでは遅いと私は繰り返し強調したい。(2024・07・09)
初出:「リベラル21」2024.07.16より許可を得て転載
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