21世紀の「人民戦線」
- 2020年 1月 17日
- 時代をみる
- 21世紀の「人民戦線」スペイン情勢童子丸開
バルセロナの童子丸開です。新しい記事『21世紀の「人民戦線」』を書きあげましたのでお知らせします。スペインでは左翼連立政権が去る1月7日に誕生しました。しかし新政権誕生の過程やそれを取り巻く深刻で複雑な状況については知られていないでしょう。前回の記事『欧州による「スペイン解体」が本格化』と併せて読んでいただければと思います。
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http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-4/2020-01-Poeples_Front_of_21th_century.html
21世紀の「人民戦線」
前回の記事『欧州による「スペイン解体」が本格化』の続きで、2019年の年末から2020年の年頭、ペドロ・サンチェス率いるPSOE(スペイン社会労働党)とパブロ・イグレシアスが先頭に立つUP(ウニダス・ポデモス)による左翼連立政権誕生の経過である。単に「新政権ができました!」ではなく、カタルーニャ独立派勢力、スペイン司法当局、EU機関などとの関係を踏まえたうえで、詳しく記録しておきたいと思って今回の記事をまとめた。日本でうわべだけの報道にしか接していない人たちには想像を絶するようなことばかりかもしれないが、これはいずれ、欧州全体、そして世界に広がっていく巨大な波の起点の一つになることだろう。
2020年1月16日 バルセロナにて 童子丸開
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●小見出し一覧
《独立派、政府、司法機関、EUの間のバトルと駆け引き》
《罵声と怒号の下院総会首班指名投票》
《左翼連立政権の誕生》
《21世紀の「人民戦線」政府》
【写真:2020年1月7日、左翼連立政権が誕生し抱き合って喜ぶパブロ・イグレシアス(右)とペドロ・サンチェス(左):エル・ペリオディコ】
《独立派、政府、司法機関、EUの間のバトルと駆け引き》
前回ではクリスマス以前、欧州司法裁判所から欧州議会議員として認められなければならないとの裁定(《スペイン国家と社会に向けたEUの「空爆」》参照)を受けた獄中のウリオル・ジュンケラス前カタルーニャ州政府副知事について、PSOE(社会労働党)とERC(カタルーニャ左翼共和党)の駆け引きが続く場面まで(《「社会労働党+ポデモス」連立政権は成立可能か?》参照)お伝えした。その続きである。PSOE(社会労働党)の暫定政府は12月26日に国家弁護局に対して1月2日までに結論を出すように念押しした。ところがここでしゃしゃり出たのが中央選挙管理委員会である。中央選管はすでに、カタルーニャ州政府のキム・トーラ知事(JxCAT:ジュンツ・パル・カタルーニャ)が昨年4月の総選挙公示期間中に「獄中の政治犯と亡命者を救え」と書かれた横断幕を、警告を無視して州政府庁舎に掲げ続けたことで、トーラの州議会議員と州知事の資格を停止する措置を発表していたが、12月27日にトーラとともにジュンケラスの欧州議員資格不承認を企て1月3日に決定を言い渡すと発表したのだ。
一方で欧州司法裁判所ににらまれて縮み上がっている最高裁は同じ27日、1月7日よりも前にジュンケラスについての判断を下すことはないと発表した。中央選管の判断を待ってその後押しを得るつもりなのだろう。また29日になると政府機関である国家弁護局は、ジュンケラスの欧州議員資格と釈放についての判断に他からの圧力や脅しは存在しないと語った。そして翌12月30日、国家弁護局はついに、最高裁に対してジュンケラスの欧州議会への出席を許可するように要請したのである。最高裁はその判断には時間がかかると煮え切らない態度を示したが、これでPSOEとERCとの溝が一気に埋まったのである。ERCはサンチェス政権成立を「棄権」という形で補助するか否かを1月2日に決定するだろうと発表。
同じ12月30日、連立政権誕生に確信を持ったPSOEとUP(ウニダス・ポデモス)は連立協定を発表した。そこには高所得者への高課税率や労働者の最低賃金の1200ユーロまでの引き上げ、また家賃の高騰抑制と最低生活保障の充実などが盛り込まれ、またUPには党首パブロ・イグレシアスの副首相に加え4つの閣僚の座が約束された。その一方でPSOEは1月6日より前に首班指名の下院総会を開くことができるようにERCの緊急合意を準備した。同時にERCと友好関係にあるバスク独立派EH Bilduは首班指名での棄権を党員に提案し投票にかけることを決めた。さらに社会労働党はPNV(バスク民族党)と合意を結んで「賛成」を確保した。
当然だがスペイン・ナショナリスト右派であるPP(国民党)、C’s(シウダダノス)とVOX(ボックス)は、PSOEとERCの合意をカタルーニャやバスクの独立住民投票を導くものとして厳しく非難した。その一方で逆にカタルーニャ独立派の間でも、州政府与党JxCAT(ジュンツ・パル・カタルーニャ)がERCに対してPSOEとの合意を独立運動に対して不誠実だと非難したほか、トーラ知事がERCに州政府の名での中央政府との交渉を許さないと発言、またJxCATの支持母体である独立派民族団体ANC(カタルーニャ民族会議)が、PSOEとERCの合意を独立運動にとって危険と非難した。しかしもう立ち止まるわけにはいかない。12月31日に政府は1月4、5、7日に首班指名の下院総会を開くことを決めた。
こうして迎えた2020年。1月2日にERCは党員の投票によってサンチェスへの協力(首班指名投票での「棄権」)を正式決定したのである。カタルーニャ州知事トーラはすぐさまERCとPSOEの合意を非難したが、まあこれは、カタルーニャ独立派にとってより有利な左翼連立政権成立の目途がほぼついたことで、安心して非難できたということだろう。同時にこの日にはベルギーの裁判所が、ベルギーに逃れているカルラス・プッチダモンとトニ・コミンへの欧州逮捕状を正式に拒否し、彼らの不逮捕特権に道を開いた。トーラはERCを睨みつけながら顔をほころばせていたはずだ。その一方でC’sの幹部イネス・アリマダスは、PSOEの古参幹部たちにサンチェスの新政権への拒否を要請したが、しょせんは落ち目の党のつぶやきに他ならなず(《VOXの爆発とシウダダノスの崩壊》参照)、「だったらお前らがPSOEに協力して政府を作ればどうだ」とからかわれあっさり断わられたのである。
翌3日には、予告通り中央選管がトーラに州知事の資格停止とジュンケラスの欧州議員就任の禁止を通告した。もちろんだがPP、C’s、VOXの右派勢力は選管を褒め称えたが、PSOEは「果たして中央選管にそんな権限があるのか」とトーラとジュンケラスに対する措置に疑義を表し、最高裁に対して早急にこの件に対する見解を出すように要請した。確かに選挙管理委員会には、ある選挙での選挙違反に対して「当選無効」を言い渡す権限はある。しかしすでに議員として登録されている現職の知事や、獄中にはいたが正当に議員として選出された人物に対して「無効、資格停止」を言い渡すのは、職権乱用の疑いが強い。スペインでは法の適用についての基準が極めていい加減であいまいなことが多々あるのだ。ブリュッセルにいるプッチダモンはこれを「上院抜きの155条だ」と激しく非難した。スペイン・ナショナリストにとって議会上院も最高裁もあてにならない今、どうやら中央選管は「第2の最高裁」として機能しているようである。
同じ1月3日にカタルーニャ州知事トーラは、自決権とカタルーニャ独立派政治犯の釈放が「保証」されている対話を求めたが、これはいくら何でも無茶だ。最初から「保障」されているなら対話など必要あるまい。要はERCに主導権を握られてイラついているだけだろう。これに対してPSOEはERCとの合意に自決権を求める住民投票は入っていないことを断言した。一方でポデモス系党派のカタルーニャ・アン・コムーは住民投票について中央と州の政府間で対話を進めるように要請した。またこの日にはもっと重要なことが起こった。バスク独立派のEH Bilduが党員の投票に基づいて、サンチェスへの首班指名で棄権することに同意すると決定した。これで新政権誕生の見通しが固まったのである。
それにしても、年末年始にEUと欧州諸国を巻き込んでここまで激しい政治的なバトルや駆け引きが続くなど、日本では到底考えられないだろう。またこんな詳細が伝えられることのない日本では、この2019年から20年の年末年始の緊迫した状況は、およそ想像もつかないことだと思う。しかし以上に書いたことが実際に起こっていたのだ。
《罵声と怒号の下院総会首班指名投票》
スペイン議会下院総会は1月4日から始まった。演壇に立ったPSOE(社会労働党)党首で首相候補のペドロ・サンチェスは、カタルーニャ問題からフェミニズム、さらに気候変動問題への対応、奨学金制度の見直し、労働改革、そしてカトリック教会の未登録資産の調査にいたるまで、幅広いPSOEとUP(ウニダス・ポデモス)の連立政権の方針を語った。特にカタルーニャについては「再出発」と「司法の力による解決は後回しにする」方針を提案したが、独立派のERC(カタルーニャ左翼共和党)とJxCAT(ジュンツ・パル・カタルーニャ)がこのサンチェスの方針の変化を高く評価したことは言うまでもない。これに対して反対派として演壇に立ったPP(国民党)党首パブロ・カサドは、サンチェスにカタルーニャから自治権を奪い取る憲法155条の即時適用を求め、また極右政党VOX(ボックス)のアバスカル党首はキム・トーラの逮捕を要求し、総会は最初から極めて険悪な空気の中で始まった。
この日には議会の外でも様々な動きがあった。まずカタルーニャ州政府のトーラ知事は中央選管に対して、資格停止の件について最高裁に提訴するのでまだ措置をとるなと要求し、州議会は、独立派とポデモス系のカタルーニャ・アン・コムーンの賛成によって、中央選管によるトーラの資格停止措置の拒絶を決議した。また法律専門家たちはトーラとジュンケラスの資格停止の件で中央選管にそんな権限があるのか疑問だと述べた。一方でスペインのカトリック司教会は新政権に対する警戒感を露わにした。教会はUPを「共産主義者」として嫌悪しているうえに、新政権が教会の未登録資産、つまり隠し財産を調べ上げ税金を追徴する予定だからである。
続く1月5日には、論戦の後で首班指名の第1回投票が行われた。この日の論戦はおそらくこの国の政治史上に残る激しい、というか、汚いものだった。特に、かつてのバスク独立派テロ組織ETAの合法政党だったアリバタスナ党の後身であるEH Bilduの議員メルチェ・アイップルアが行った「積極的棄権」を主張する演説で、議場は怒号と喧騒の渦になった。右派政党は議長の制止を無視して「人殺し!」「恥さらし!」「謝罪しろ!」「国王陛下万歳!」「出ていけ!」などの汚いヤジと無許可の発言で妨害を繰り返し、軍の介入を要請する危険な声すら上がった。またカタルーニャ独立過激派のCUPの議員ミレイア・ベイーが行った「反対」を主張する演説も同様に猛烈なヤジとブーイングに襲われた。逆に右派の少数政党フォロ・アストゥリアスの議員が「反対」の演説の中で、「スペイン万歳! 国王陛下万歳! 憲法万歳!」と叫んだ際には、PPとVOXの議員たちによる大絶賛の声が沸き起こった。
その後、夕刻過ぎて行われたサンチェスの首相就任に対する第1回投票では、総議席数350の絶対過半数176の賛成が必要なのだが、賛成166票、反対165票、棄権18票で、サンチェス新政権は拒否された。本来なら167の賛成があったはずだが、ポデモス系の議員一人が急病で議場に来ることができなかった。ただこの第1回投票で否決されることは最初から織り込み済みで、7日に行われる第2回投票では単純多数で良い。もしその一人が来ても来なくてもぎりぎりでサンチェスの首相就任が決まるだろう。この日の時点での「反対」165票は覆りようがない。最も気がかりな点は、第1回投票で「賛成」あるいは「棄権」した議員が第2回投票で「反対」に回ることだ。
棄権に回ったERCに対して前委員長のウリオル・ジュンケラスは獄中から棄権の態度を維持するように求める緊急声明を出した。またPSOE、UP(ウニダス・ポデモス)もタマヤッソ(「裏切り」の意味)防止のため党員の引き締めを図り、特にPSOEは6日から7日にかけてマドリードを離れないように党員に厳重に言い渡した。(「タマヤッソ」の語源については《タマヤッソ》を参照。)なおこの日、PSOE-UP連立政権にUPから閣僚入りする予定のメンバーが発表された。UP(ウニダス・ポデモス)を形作るポデモスからパブロ・イグレシアス(副首相が内定)ら4人と共闘する統一左翼党(旧共産党)からアルベルト・ガルソンの計5人である。
翌6日はスペインの祭日で下院総会が開かれなかったが、この日にも多くの動きがあった。まず、欧州議会がジュンケラスを欧州議員として承認する決議を挙げ、同時にEU委員会の報道官クリスティアン・ウィガンドはスペイン最高裁に対してジュンケラスが置かれている状況について緊急に明らかにするように要請した。一方で欧州議会は、ベルギーに「亡命中」である前カタルーニャ州政府のカルラス・プッチダモン知事とトニ・コミン委員を欧州議員として正式に登録すると決めた。これに対して極右政党VOXはEUがスペインの主権を無視していると非難し、さらに欧州議会が職権を乱用していると厳しく批判した。またC’s(シウダダノス)は欧州議会に対して決定を見直すように要求した。
こうしたスペイン国外での動きとともに、国内でもまた緊迫した激しい動きが起こっていた。まずERCが中央選管によるジュンケラスの資格停止の通告を最高裁に告訴した。同時に、PSOEが中央検察庁にある人物(女性)を送り込んで、カタルーニャ独立運動への対応の非裁判化を図ろうとしていることがコンフィデンシァル紙にすっぱ抜かれた。これについては後でまた触れたい。またサンチェスの首相指名に賛成している地方政党テルエル・エクシステ(1議席)が、右翼による数多くの脅迫や嫌がらせなどの「はなはだしい圧力」を受け続けていると告発し、同党のトマース・ギタルテ議員は「賛成」の態度を貫くことを明らかにした。さらに、ERCとともに「棄権」に回ったEH Bilduが、万一どこかの党で「賛成」から「棄権」または「反対」に変える裏切り者が出た場合に、自分たちが「賛成」に回るという「アンチ・タマヤッソ」計画を発表した。
こうして緊迫の度を増しながら第2回投票が行われる1月7日を迎えることになった。5日に欠席した1名が来たとしても、「賛成」と「反対」の差は2票しかない。一人が裏切ればそれで今までの努力がすべて水の泡になる。
《左翼連立政権の誕生》
1月7日も朝から国内外で激しい動きがあった。まず、先にカタルーニャ州知事キム・トーラの資格停止を決めた中央選挙管理委員会の13人の判事のうち、約半数の6人がトーラの資格を停止させる権限を州議会が持っている(つまり中央選管にその権限が無い)と認識していたという内幕が暴露された。これはもう法律論争ではなく単なる政治判断だ。何せスペインは、官僚組織を牛耳る勢力のその時々の都合によって法の適応の基準が変わるので有名な国である。次に、ブリュッセルでは欧州議会の会派である欧州緑グループ・欧州自由連盟が、ウリオル・ジュンケラス前カタルーニャ州副知事を同連盟の副代表に選出し、欧州議会に迎え入れる準備をしていると発表された。
一方、中央議会では、午前中に短く審議を行ったが、その際に「棄権」を決めていたERC(カタルーニャ左翼共和党)のモンツェ・バサ議員がその演説の中で、「個人的には」と断ったうえで「国家をどう統治するかなどどうでもよいことだ」と語って、5日の審議に比べて静かだった議場を騒がせた。その後、第2回投票が昼過ぎに行われたが、結果は、賛成167、反対165、棄権18と全くの「予定通り」、懸念された「タマヤッソ」は無く、サンチェスが首相に選出された。これで「PSOE(社会労働党)+UP(ウニダス・ポデモス)」連立政権が正式に発足することが決定されたのである。
投票が終わった後、晴れて与党となるPSOEとUPの議員たちが抱き合って喜んでいたが、その中で大粒の涙を流すポデモス党首パブロ・イグレシアスと平等化相の地位が予定されるイレネ・モンテロの姿がひときわ目を引いた。この二人は夫婦ではないが共同生活をし、その間に3人の子供がいる。ポデモスは2011年のスペイン大衆反乱15M(キンセ・デ・エメ:『シリーズ:515スペイン大衆反乱 15M』参照)を土台にして、その3年後、スペインの政治と社会の変革を目的に2014年1月に結党された左翼政党である(《ポデモスの台頭と新たな政治潮流》参照)。そのわずか6年後に、直接に国を動かして変革を導くことのできる立場にまで上り詰めたわけで、感無量だったのだろう。
新首相となったサンチェスは、1月9日に予定されていた閣僚の発表を来週に延ばすと発表した。その理由はのちに明らかになるだろう。しかしポデモスからの入閣メンバーはすでに決まっていた。イグレシアスが2030年計画(EUが定める環境基準を2030年に実現させる計画)および社会的人権担当の第2副首相、ヨランダ・ディアスが労働相、イレネ・モンテロが平等化相、統一左翼党首アルベルト・ガルソンが消費相、マヌエル・カステイュスが大学相である。また大臣ではないが大臣付きの書記官に二人、そしてイグレシアス付の政策チームの責任者に元スペイン軍参謀総長フリオ・ロドリゲスが就任する。
ただ、カスティーリャ・ラ・マンチャ州知事のエミリオ・ガルシア‐パゲ、アラゴン州知事のハビエル・ランバンなどPSOEの大物たちはこのサンチェス政権へのを支持をしていない。彼らは、2016年のサンチェス追い落とし(『社会労働党「クーデター」とラホイ政権の継続』参照)と翌年のPSOE全国党大会の際に、前アンダルシア州知事スサナ・ディアスと共に反サンチェス策謀の急先鋒だったのである。彼らにとって、サンチェスへの反感ニッ加え、蛇蝎のように忌み嫌うポデモスとの連立、さらにはカタルーニャやバスクの独立派の協力(反対ではなく棄権に回ったこと)を得て政権を成立させたことが、心底許しがたいことだったのだ。
翌1月8日、サンチェスは新政権の長となったことを国王フェリーペ6世に報告するために王宮を訪れた。その際、国王はサンチェスを祝福した後、「(新政権誕生は)実に素早く単純で苦痛もなかったですね。でも苦痛は今からやってきますよ。」と語った。これは、新政権が王政を否定する「共産主義者」との連立であることと少数民族独立派に歩み寄る可能性を持つことへの警戒もあっただろうが、国王自身が、今後のスペインが待ち受けるだろう「苦痛」を予想しているためかもしれない(《本格化する「スペイン解体」》参照)。
《21世紀の「人民戦線」政府》
右翼であれ左翼であれ、スペインに連立政権が生まれたのはフランコ政権終了後では初めて、というよりも、1936年1月の人民戦線(日本語版ウイキペディア参照)内閣成立以来のことなのだ。その時には、スターリンのソ連に後押しされたスペイン共産党とスペイン国内の社会主義政党を中心にする左翼勢力が結集した。そして今回成立した連立政権は、PSOE(社会労働党)を中心にしてUP(急進左翼ポデモスと旧共産党の統一左翼党の連合)が加わった政権となる。しかもその成立には、カタルーニャとバスクの分離独立派勢力が実質的に加わっている。
1936年の人民先生政府の「脅威」は、スペイン国内の体制の変革とそれによるソ連の欧州支配の可能性だったのだが、今回は少々様相を異にする。国民国家スペインの分裂・解体が主要な「脅威」であり、その主体と思われるのは、他ならぬサンチェス「PSOE+UP左翼連立政権」とともに、カタルーニャ独立運動を後押ししているように見えるEUなのだ。前回記事中の《Spexit(スペグジット)?》で書いたように、そのEUに対して最も激しく反応しているのが極右政党VOXなのだが、いまPP(国民党)の中の伝統的な中道右派政党を守りたい人たちの間で、若いPP党首パブロ・カサドのVOX化への懸念が広がっているという。それは、PSOEの中にいる中道を保ちたい人々が持つサンチェスのポデモス化(極左化)に対する恐れと似通っている。
旧来の中道左派政党PSOEに、旧共産党系の統一左翼党と新興急進左翼ポデモスが結びついたUP(ウニダス・ポデモス)がまとまって連合政権を組み、その一方で右派政党は極右のほうにまとまりつつある、といった状況だ。私は『生き続けるフランコ(2)』の中で次のことを書いた。
「(2018年)6月2日にペドロ・サンチェスの社会労働党新政権が正式に誕生した。その翌々日の6月4日、国民党の下院議員フアン・アントニオ・モラレスは、このサンチェス政権の誕生をスペイン内戦直前の人民戦線内閣の成立(1936年)と比較する発言を行った。」
このときのサンチェス政権誕生でも、PSOEが提出したマリアノ・ラホイPP政権に対する不信任案を、ウニドス・ポデモス(UPの当時の名称)とカタルーニャ独立派の応援を得て成立させた結果だった。
1936年には人民戦線政府成立のわずか半年後にフランシスコ・フランコ将軍を先頭にしたナショナリスト勢力による内戦が勃発することになった。いまはその当時とはスペインを取り巻く状況が大きく異なるので、さすがに内戦が起きることはないだろう(と願いたい)が、左翼勢力、右翼勢力、独立を目指す少数民族によって、この国がいろんな意味でバラバラになってしまうのかもしれない。(そうなるとやっぱり、EUにお願いして治めてもらうしかない、てことになるのかな?)
なお、サンチェスの左翼連合政権の閣僚メンバーが最終的に決まったのは1月10日の深夜になった。最後までもめたのは法務省についてだった。新しく法務大臣になったのは裁判所判事を長年務め、以前のサパテロPSOEでも法務省書記官を務めた経験のあるフアン・カルロス・カンポだが、問題は、前任者のドローレス・デルガドが新たな検事総長として中央検察庁を牛耳るべく選出されたことだ。これが、閣僚の発表が遅れていた理由である。間違いなくその根回しのために時間がかかったと思われるが、しかしこれはこの国の司法官僚に巣食う右派・保守派にとって悪夢に他ならない。
検事総長へのデルガドの選出は明らかに、カタルーニャ問題を司法の力によってではなく政治的な交渉によって解決しようとする新政権の方針に沿ったものであり、中央検察庁から始まって司法の最高機関である司法権委員会の大幅刷新を狙ったものなのだ。保守的な検察官や判事たちはこれに一斉に反発し、PPは即刻、「司法への政治介入である」として最高裁に告訴する方針を決め、司法権委員会はその選出を承認するかどうかの会議を開くことになった。もし彼女が正式に検事総長の座に就くなら、それが、今から始まる「21世紀のスペイン内戦」への導火線になるのかもしれない。もちろん軍を動かしての「内戦」ではないにせよ、この国で始まるだろう混乱と分裂が、英国離脱以降のEUの変化にもまた、決定的な働きをするのではないかと思われる。
次回には、もう少し展開を見定めて、スペインの司法の問題、カタルーニャ独立派の動きとEUのスペイン問題に対する対応について記録することにしたい。
【『21世紀の「人民戦線」』ここまで】
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〔eye4682:200117〕
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