宇野段階論とアメリカ資本主義/馬場宏二の所説をめぐって
- 2020年 1月 19日
- スタディルーム
- 宇野段階論小林襄治日本証券経済研究所客員研究員馬場宏二
- 主催 世界資本主義フォーラム
- 日時 2020年2月1日(土) 午後1時30分~5時 (受付開始 1時)
- 会場 本郷会館 東京都文京区2-21-7 電話 03-3817-6618
- 報告 小林襄治氏(日本証券経済研究所客員研究員)
- テーマ 宇野段階論とアメリカ資本主義
- 参考文献 小澤 健二, 小林 襄治, 工藤 章, 鈴木 直次著
- どなたも参加できます。資料代 500円
- 問合せ・連絡先 矢沢 yazawa@msg.biglobe.ne. jp 携帯090-6035-4686
- 伊藤 誠(東京大学名誉教授)
- テーマ 「21世紀型社会主義のために」(参考文献第6章による)
2020年2月1日 世界資本主義フォーラム
報告草案(1.15) 小林襄治
1.宇野理論の歴史化と新段階論の提唱
昨秋(2019年10月)、共著(小澤健二・小林襄治・工藤章・鈴木直次)『現代世界経済 ――馬場経済学の射程』(御茶の水書房)を出版した。「馬場経済学」といっても、おそらく初出であり、殆どの人は初めて聞く名前であろう。馬場の仕事については、次に詳しく紹介するが、最後の著書『宇野理論とアメリカ資本主義』(御茶ノ水書房2011年)で、「宇野理論の歴史化」とアメリカ資本主義を中心にみる「新段階論」を提唱した。
宇野理論ないし宇野経済学方法論とは経済学は「原理論―段階論―現状分析」という3段階に分けて展開される、というものである。この方法は、講座派と労農派の日本における資本主義の発展をいかにとらえるかを巡る対立(封建制を重視する前者と資本主義の発展を重視する後者)を止揚するものとして登場した。
宇野の仕事は、マルクス『資本論』を純化し「経済学原理論」ないし「経済原論」とするとともに、資本主義発展の歴史を、重商主義から自由主義、帝国主義への発展として解明し、これらから「段階論」の基本的規定を見出し、現状分析に原理論を媒介する基準とした。なかでも、現代に直接つながる現状分析には、「帝国主義論」が不可欠であり、この点はレーニン『帝国主義』を継承しつつ、『経済政策論』(1954年初版、弘文堂。なお、戦前に部分的に出版)において明らかにされた。
1950年代の宇野の旺盛な活躍もあって東大を中心に宇野派が形成されることになる。日本のマルクス経済学者の多数派というわけでないが、1960~70年代に一定の影響力を与えることになる。しかし、早くも1964年に岩田弘『世界資本主義』(未来社)が登場し、内部から「段階論」や「純粋資本主義」を否定する動きが始まり、宇野派は「段階論」派と「世界資本主義」派に分裂する。この分裂以降、しだいに宇野派と言っても、個々の学者の個性が強く出て、〇○派というより、人脈ないし個人的関係が外部からは宇野派とされる傾向が強いようである。この過程を整理する能力はない。興味のある人は、『経済学批判』(臨時増刊号1977年)の『宇野弘蔵追悼号』、櫻井毅・山口重克・柴垣和夫・伊藤誠編著『宇野理論の現在と論点』(社会評論社2010年)などを参照されたい。
なお、本稿とも直接に関連し(後に紹介・コメントする)、「段階論」にかかわる宇野派の議論を整理し、かつ独自の視点を提起しているのは、河村哲二「グローバル資本主義の段階論的解明――現代資本主義論の理論と方法」『季刊 経済理論』第53巻第1号2016.4
「宇野理論の歴史化」とは、宇野の理論形成の背後にある時代認識ないし歴史認識を抉り出し、問題点を指摘したことである。具体的には、とくに帝国主義段階以降というより、第一次大戦以降の資本主義を「社会主義に対立する資本主義」として、現状分析の対象としたことである。大内力「国家独占資本主義論」や東大社研グループの「福祉国家論」はこのような現状分析の試みともいえる。しかし、20世紀のアメリカを中心とする資本主義の展開を「社会主義に対立する」視角を軸に把握するには無理があるし、社会主義圏の動揺と崩壊、市場経済化の進む中では、とりわけ説得力に欠ける。また、これでは媒介規定としての「段階論」の意義ないし役割も不鮮明になってくる。
このため、さまざまは段階論の再構成の試みが展開されることになる。多様な試みがあるが、後述するように、馬場は変貌を重ねつつ、新段階論を提唱することになる。その特徴は、20世紀からの資本主義の発展を主導するアメリカ資本主義に注目し、原理論と段階論の改造を主張したことである。マルクス資本論や宇野原論においては、19世紀(あるいは産業革命後)のイギリスの資本主義の発展を背景に理論が形成されている。とくに宇野では、資本主義の純粋化傾向が強調される。ここから帝国主義段階における「不純化」や「固定資本の巨大化」が強調され、「段階論」が必要とされる一つの根拠となる。だが、アメリカ資本主義の発展過程をみると、先住民の排除・殲滅といった「原罪」があり、さらに労働節約的・資源浪費的大量生産、早くからの株式会社の存在や農民の土地取引に由来する投機性、といった特徴のもとで、高成長を遂げつつ、19世紀末以降には最高の生産力を誇るようになる。これらは、原理論にも取り込める要素であり、「段階論」においてもアメリカ的要素を軸に展開できるし、とくに20世紀以降にもなれば、アメリカが世界経済の中心国ないし主導国になっている。
2.馬場理論の形成、展開、深化・逍遥
馬場の主要な著作を5点あげておこう。
・『世界経済―基軸と周辺』東京大学出版会1973年。
・『現代資本主義の透視』東京大学出版会1981年。
・『富裕化と金融資本』ミネルヴァ書房1986年。
・『新資本主義論――視角転換の経済学』1997年。
・『宇野理論とアメリカ資本主義』御茶の水書房2011年。
『新資本主義論』を除いて、馬場の著書は論文集的性格が強く、多様な要素が含まれている。繰り返しや重複と思われるが、よく読むと修正があり、真意をつかみにくい点もある。ここに挙げていない著書や共著、編著にも参照すべき点が多いが、本稿では馬場が「段階論」や「世界経済論」の関わる主要論文を上げた。
研究生活に入った1950年代末から亡くなるまで50年以上あり、問題意識や考え方の変化があるが、筆者は3つに分けて、馬場の研究をまとめておきたい。
1)金融資本的蓄積の一般論
1980年頃までの馬場の研究では、戦間期のアメリカ農業と貿易、国際金本位制の成立と崩壊についての実証的(歴史)研究もある。しかし、筆者がここで取り上げる馬場の主張は、宇野原論を現代(第一次大戦以降の)資本主義に結ぶには多くの媒介が必要であるとして、原理論に資本の商品化の規定を加えて補正された金融資本論と、宇野『経済政策論』を補充した国家論を提起した(国家論とされているが、実体は、関税政策など通商政策を超える、財政・金融政策を含む国の経済政策一般の意味のようである)。「金融資本論」については、宇野『経済政策論』、大内力『農業恐慌』、岩田弘『世界資本主義』、戸原四郎『恐慌論』を検討した。宇野の曖昧さと難解さ、大内の独占=停滞説の一面性、岩田の国際的景気循環論の魅力と一面性(不均等発展の無視)、戸原のドイツ典型論の論理性と閉鎖性を指摘しつつ、各氏の議論を取り込みつつ、「金融資本的蓄積の一般論」を定式化する必要を訴えた。とはいえ、金融資本的蓄積を一律に定型化できないとも述べ、馬場自身がその後自ら実証することもなかったので問題提起に終わる。
学説史的整理ともいえるが、注目すべき点は「大型公共の可能性」を指摘し、独占的な金融資本の蓄積は、独占であるがゆえに停滞的で不況の長期化につながる、という説を批判し、商品市場、労働力市場、資金市場の制約が小さく、かつ産業連関の範囲も広い(多様な産業を取り込める)として、大型の好況や長期の持続的好況も示唆した。しかし、停滞局面もありうるとして、宇野や戸原の「外部的好況要因」も取り入れ、とくに大内の国家独占資本主義論に注目する。大内の命名を厳しく批判するが、これを現代資本主義と読み直す。そして、大内のインフレによる実質賃金切り下げ論を批判するが、金本位制放棄が財政金融政策の裁量化を可能とし、金融資本的蓄積と結びつく点に注目した。したがって、馬場にとって、停滞的長期不況の側面も、持続的好況の側面も生じ、且つ財政金融政策と結びついた金融資本的蓄積が、現代資本主義の特徴となる。だが、同時に、スタグフレーションで揺れる先進資本主義国の動向を眺めつつ、自身の研究を「崩壊期資本主義」の証明とも述べている。
2)「富裕化」、「会社主義」→『新資本主義論』
1980年代にもなると、自身が主催する「ブラウン研究会」の現状分析(『シリーズ 世界経済 Ⅰ~Ⅳ』御茶の水書房1986~89)や日本経済へのコメント等が増えてくる。論文というより、エッセイが増えたと揶揄できるかもしれないが、この過程で新たな視角を提起する。
一つは、「社会原則」(「『社会』主義的原理」ともいわれる)が強調される。資本主義的原理(経済法則)だけでは、社会は持続できない。常識的だが、家族、近隣・地域(共同体)関係、組合等の相互扶助、宗教団体・国家等の慈善・救済事業等が存在する。現代資本主義では資本主義的原理に限らず、社会原則も無視できず、福祉国家化はその現れと見る。また社会原則の浸透・拡大(民主化・労資同権化、所得再分配、失業救済等)が大衆の富裕化と資本主義的規律の弛緩をもたらすともいう。馬場流の「社会主義に対抗する資本主義」なのかもしれない。
いま一つは、日本マルクス主義の伝統的パラダイムの崩壊が進んでいる。すなわち、窮乏化論、日本後進国論、社会主義優越論の否定である。代わって、「富裕化論」と「会社主義」が登場する。前者は窮乏化論への反発であり、後者は日本先進国論でもある。
そして、宇野は生産関係を重視しすぎるとして、生産力重視の観点を強調し、とくに第一次大戦以降のアメリカの生産力に即した段階論の見直しを提起するようになる。
富裕化
生産力の累積的発展・大衆の富裕化願望
第二次大戦後の経済成長と福祉国家の共棲→富裕化・過剰富裕化
一部産油国・NICs等の追随
過剰富裕の「定義」:(『新資本主義論』で、1982年価格1人当たりGDP5000ドル、
エンゲル係数30%、2500カロリー、過半数世帯自動車保有
:窮乏化論への反発、常識的に言って成長・富裕化の実感
基礎的な衣食住の供給が満たされている状況
反面:社会(家族・共同体・教育等)や自然の崩壊
会社主義
日本資本主義の成長・強さの特徴の一つ:労働者の忠誠心確保
小池和男の研究の取り込み
日本的経営:企業別労働組合、年功序列賃金、終身雇用
長期相対取引、株式相互持合い、
→現場主義、カイゼン、カンバン、長時間労働等、会社への忠誠(帰属意識)
『新資本主義論――視角転換の経済学』ミネルヴァ書房1997年
Ⅰ部 基礎理論:異常に高い成長率、経済が目的となった社会、経済学原理論、
段階論としての資本主義の歴史:
発生期(重商主義時代)
確立期(18世紀末から19世紀末):第一次産業革命
爛熟期(19世紀末から20世紀末):第二次産業革命
産業連関の濃い構造、重工業、電力・電機、金属、機械・自動車
金融資本支配(大株式会社:資金調達、買収・合併、独占
合理的意志決定、経営者資本主義、テーラー主義)
ドイツ典型論の限界、アメリカの優位
Ⅱ部 現代資本主義概論:第一次大戦後の資本主義(ないし世界経済)発達史
戦間期、戦後史44年、世界的経済成長、スタグフレーション、大衆資本主義
地理的障壁の溶解、会社主義、過剰富裕化時代の往来
3)学史探索・逍遥と新段階論の提唱(『新資本主義論』以降)
「批判と好奇心」という副題がついた3つの本:『マルクス経済学の活き方』2003年、
『もう一つの経済学』2005年、『経済学古典探索』2008年(いずれもお茶の水書房)
・語源探索:資本・資本家、企業、会社、経済
・アダム・スミス批判:スチュアート、チュルゴ隠し等
→(『宇野理論とアメリカ資本主義』)→
・過剰富裕論の深化・徹底→アメリカ(資本主義)批判と近代思想批判、
・新段階論の提唱:生産力の発展からアメリカ中心、
「グローバル資本主義段階」(世界の資本主義化)
3.多様な「段階論」
1)宇野『経済政策論』の段階論
時期 発生期 確立期 爛熟期
支配的資本 商人資本 産業資本 金融資本
産業 英羊毛工業 英綿工業 独重工業・英資本輸出・米トラスト
経済政策 商人資本による 自由貿易 関税・植民地領有
原蓄促進 資本輸出
―→1次大戦後は、「社会主義に対抗する資本主義」の現状分析が課題
2)馬場段階論
馬場宏二・工藤章編著『現代世界の構図』ミネルヴァ書房2009年、
序章馬場論文より小林作成。
16~18世紀 19世紀 1870~1914 1918~1989 1990~
段階 重商主義 自由主義 帝国主義 大衆資本主義 グローバル
資本主義
基軸産業 羊毛 綿 鉄鋼 耐久諸費材 IT
支配資本 商人資本 産業資本 金融資本 経営者資本 株価資本
政策 保護主義 自由貿易 保護貿易 財金政策 市場原理
貿易独占 英海洋覇権 帝国主義 雇用・福祉 米単独覇権
3)加藤栄一「組織化資本主義」の段階論
「福祉国家と資本主義」工藤章編『20世紀資本主義Ⅱ 覇権の変容と福祉国家』東京大学出版会1995年。
P204 図―1 資本主義発展の概念図
<前期資本主義>
1770年代初 1820年代初 1870年代央
萌芽期 | 構造形成期 | 発展期 | 解体期
(重商主義段階) (産業革命期) (自由主義段階) (大不況期)
[純粋資本主義化傾向、自由主義国家、パクス・ブリタニカ]
<中期資本主義>
1890年代央 第1次大戦初 第2次大戦末 1970年代央
萌芽期 | 構造形成期 | 発展期 | 解体期
(帝国主義段階) (大戦・戦間期) (高度成長期) (スタグフレーション期)
[組織資本主義化傾向、福祉国家化、パクス・アメリカーナ]
<後期資本主義>
1980年代初
| 萌芽期
(構造調整期)
純粋資本主義化傾向→組織資本主義化傾向
・パクス・アメリカーナの衰退と世界システムの解体→福祉国家の解体・過渡期
4)柄谷行人段階論
『世界史の構造』岩波書店2010年、表1。
1750-1810 1810-1870 1870-1930 1930-1990 1990~
世界資本主義 重商主義 自由主義 帝国主義 後期資本主義 新自由主義
ヘゲモニー国家 イギリス アメリカ
経済政策 帝国主義的 自由主義的 帝国主義的 自由主義的 帝国主義的
資本 商人資本 産業資本 金融資本 国家独占資本 多国籍資本
世界商品 繊維産業 軽工業 重工業 耐久消費財 情報
国家 絶対主義王権 国民国家 帝国主義 福祉国家 地域主義
5)河村哲二段階論
「グローバル資本主義の段階論的解明――現代資本主義の理論と方法」
『季刊 経済理論』第53巻第1号 2016.4.
・大内力『国家独占資本主義論』(+「福祉国家論」)批判
資本主義が自立性喪失の段階、過渡期として財政金融政策重視、段階論の適用否定
国民経済モデル
・侘美光彦「景気循環論アプローチ」:批判と摂取
恐慌を含む景気循環過程が、資本と賃労働の価値関係の(=総需要・総供給の)
調整メカニズム――資本主義の自立性
1929年世界大恐慌:
国際金本位機構の衰退、独占の進展→資本主義の自立機構の喪失
現代資本主義:自立性の喪失、国家・政府が資本蓄積を支える「大恐慌回避体制」
*景気循環の変容(恐慌の形態変化)を規定する、世界編成を含む資本蓄積の構造と
メカニズムの解明に役立つ、「段階論」にもなる
・加藤栄一「組織資本主義論アプローチ」(福祉国家システム論)
ヒルファディング→コッカ 「組織された資本主義」
純粋資本主義→組織資本主義:①産業構造:棉・鉄→重化学工業
②産業組織:個人企業→寡占支配の市場組織化
③労使関係:単純労働化→団体主義的労使関係
自由主義国家→福祉国家:④政治機構:制限選挙(有産者独裁)→大衆民主主義
⑤国家の役割:小さな政府→大きな政府(通貨管理・財政政策・経済成長・景気調節、福祉国家化)
⑥社会理念:経済的自由主義→ケインズ的介入主義
⑦世界システム:パクス・ブリタニカ→パクス・アメリカーナ
*前期から中期の移行期を19世紀大不況期に:「純化」傾向の反転、「不純化」に
?→原論体系の原理像と現実資本主義、「純化・不純化」論批判
・原理論体系における資本主義の諸カテゴリーは、現実の資本主義ではそのまま
「純粋な」形では存在しない。現実の資本主義はすべて「不純」
宇野の議論にある、資本主義の歴史過程は多かれ少なかれ、「異質的なるものに対する支配を通して実現される発展である」。
原理論諸カテゴリーの生成の論理に内在する「制度生成」論
?段階論の構成方法と段階規定
「景気循環アプローチ」と「組織資本主義アプローチ」の統合
――資本の「現実態」としての「企業論」の重要性
侘美批判:戦後現代資本主義の景気循環の態様の変容を「自立機構」の欠如に見て
段階規定から外す
馬場の取り込み:生産力基準でみて、アメリカの中心性
企業の内部経営組織を重視した金融資本概念
*原理的根拠や意義は示さず、が、企業「概念」を軸に現実資本の資本蓄積の構造とメカニズムを捉え、政府・国家機能もその一部を構成
加藤の取り込み:7つの指標にしたがう、産業組織・政策。政府機能、諸制度など制度的・組織的発展が、戦後資本主義の「高度成長」をもたらすものとして分析
侘美と加藤の統合+アメリカの中心性(馬場)
段階規定:資本蓄積の総合的過程である景気循環の世界的統合機構である
国際通貨・金融システムの在り方の相違を最大の基準
「パクス・ブリタニカ」段階:生成局面――重商主義段階、
確立局面――自由主義段階
変質局面――帝国主義段階
「パクス・アメリカーナ・段階:確立期――1950/60年代
変質局面――1970年~グローバル資本主義
①戦後アメリカの産業編成の基幹を担う大企業・巨大企業を中心に確立した
「成熟した寡占体制」・「アメリカ型大量生産システム」・「戦後の伝統的労使関係」
による経済拡張の基本連関
②国家機能――「福祉国家」、「軍産複合構造」が副次的連関
③アメリカの圧倒的優位を背景とする、世界政治経済フレームワーク
――IMF=ドル体制、GATT自由貿易通商体制
東西冷戦体制としての世界的政治・軍事秩序
グローバル資本主義は変質局面
50・60年代の「持続的成長」をもたらした戦後資本蓄積体制が1960代末から衰退、「グローバル成長連関」も金融危機・経済危機に
**なぜ戦後アメリカにこだわる。衰退の根拠は?
アメリカ1強体制の衰退(日欧の復興・成長)、
スタグフレーション
6)レーニン『帝国主義』論の回顧
宇高基輔訳、岩波文庫版
副題:資本主義の最高の段階としての
7章:資本主義の特殊の段階としての帝国主義
7章は、それまでの総括:
資本主義からより高度の社会・経済制度への過度時代へ諸特徴が形成
5つの基本的特徴
・生産と資本の独占(1章―生産の集積と独占、2章-銀行とその新しい役割)
・銀行資本と産業資本との融合、金融寡頭制(3章-金融資本と金融寡頭制)
・資本輸出が重要な意義(4章―資本輸出)
・国際的資本家の独占団体の形成と世界分割(5章-資本家団体の間で世界分割)
・資本主義列強による地球の領土分割の完了(6章‐列強の間での世界分割)
→カウツキー批判
カルヴァー『世界経済入門』にしたがって、世界は5つの経済領域(含む植民地)
中央ヨーロッパ、イギリス、ロシア、東洋―アジア、アメリカ
面積・人口(植民地分も)、鉄道・商船、貿易、石炭、銑鉄、綿紡錘数
・発達した資本主義地域3つと世界を支配する3つの国
ドイツは領域も狭くて植民地がない、中央ヨーロッパは政治的分裂
イギリス・アメリカ地域の政治的集中、アメリカの植民地は小さい
経済的・政治的条件の多様性、発展速度の不均衡、帝国主義諸国家の競争
→力関係の変化、力による解決しかない
・鉄道の発達(過去30年の)→資本主義は植民地と海外諸国で急成長
新帝国主義国の出現(日本)、金融資本の植民地・海外企業からの貢物増加
・一方における生産力の発展・資本蓄積、他方の植民地や金融資本の
勢力範囲の分割都の不均衡→戦争
**段階論としての規定(産業・銀行の独占、金融資本・寡頭制・資本輸出)
と世界の分割(独占団体と列強):
不均等発展→戦争
段階論としても世界経済論(現状分析)としても読める
世界経済論は主要国の勢力図でもある。
4、段階の基準
段階論は、原理論と現状分析の媒介規定と言われる。が、「媒介」の意味は多様である。
原理論は資本主義の基本的諸カテゴリーを明らかにするものであり、具体的に特定産業を前提とはしない。国家も存在しない。しかし、現実の経済は具体的産業をつかむ現実資本の運動として展開され、また必ずしも資本の運動に包摂されない「周辺」が存在し、国家の存在と政策が介在する。「段階」が意味を持つのは、特定の産業ないし諸産業(商業・金融を含めて)を支配する資本が世界経済ないし世界史を動かす主因となるからである。この判定(特定産業)は歴史認識の問題であり、実証にかかわる。原理論が嫌いで苦手な者なので、原理論と段階論の関係について省くが、原理論への疑問だけ述べておく(別紙)
これまでに、何人かの論者の段階論を紹介してきたが、各氏の資本主義像(歴史認識と将来展望を含む)の相違を反映して、多様となる。
「段階論」を提起したのは、宇野であるが、第1次大戦以降を現状分析が課題とすることで、その後の「段階」を否定した。「社会主義優越論」に基づくようであり、「社会主義主に対抗する資本主義」段階になるのであろう。この議論は、「資本主義の自立性ないし自立的発展」の否定としても多くの論者に受け入れられ、ケインズ的財政政策や福祉国家に支えられた資本主義として、現状を分析することになる(大内力「国家独占資本主義」、侘美光彦「大恐慌回避体制」)。この要素を現代資本主義から否定することはできないが、国家の「介入」と言っても公有、「計画」、インフラ建設・産業育成、産業・銀行救済、景気調節等から、救貧事業、失業保険、保険、年金、普通選挙・労使同権化等、多様な面がある。反面国債の累増がもたらす問題(時期、国によって異なる)もある。これらをすべて、資本蓄積促進策と見るのには無理があろう。とくに、大規模な景気対策や公共事業が展開されたのは、限られた時期である。また、一国主義的分析となり、「世界経済」(諸国・地域の関係・対抗)が見にくい。
加藤の組織資本主義論は福祉国家論ともなるが、純粋→組織資本主義、自由主義→福祉国家、イギリス→アメリカのシェーマは分かりやすく、魅力的になる。しかし、誰が(産業・国)が推進しているのか分かり難く、および世界経済の構図を描きにくい。とくに現在を福祉国家の解体期・構造調整期、ないし後期資本主義(これも良くわからない)の萌芽期という「願望」でとらえる視点は疑問である。
河村は、侘美の景気循環アプローチを引き継ぎ、加藤の産業組織や国家の変貌にかかわる「組織化」の論点を取り込み、加えて馬場のアメリカ的生産力も取り込む。これによって、パクス・アメリカーナ段階として、1950・69年代に確立した「寡占体制」・「大量生産システム」・「労使関係」を基本的な成長の蓄積構造とみなす。そして、福祉国家体制やIMF/GATT体制がこれを補完としたとみなす。
河村の議論は多くの論点を取り込み、力強いのが魅力である。ただ、段階規定を景気循環の要としての国際通貨・金融システムの在り方に求めるため、「段階」が生きてこない。1970年以降のグローバル資本主義は「変質局面」とすることで、その意義が不明となる。また「確立期」が20年足らずと短いが、この大企業体制は、アメリカでは少なくとも19世紀末より、1930年代の「混乱」を経ても、進化してきたものである。70年以降を変質局面とする理解は分かりやすい(ニクソンショックや変動相場制)が、1960年代以降のアメリカの特徴の一面は、ドル危機と言われたが、その大きな要因の一つが、アメリカ大企業の直接投資の拡大である。また、ユーロダラー市場(実体は米系銀行のロンドン店でのドル取引)が拡大してくる。戦後のアメリカ大企業体制は「確立」と同時にグローバル化(昔は国際化と言われた)も始まったとみることができる。
なお、戦間期のアメリカをどうとらえるかも問題になるが、この点は思いつくまま、いくつかの点を指摘しておく。
自給的な経済構造(貿易依存度が低い。工業国かつ農業国という性格)、
脆弱な金融システム(小規模銀行の乱立、個人投資銀行の「支配」する証券市場
→30年代の改革:銀行と証券の分離、証券法(ディスクロジャー)、証券取引法(公正な証券取引、監督機関SEC)、1914年創立の中央銀行システムの威信なさ等)、
ヨーロッパ政治との希薄な関係(国連に加盟せず)、国内優位の政治
米英の世界での政治・経済的対抗関係
馬場の「グローバル資本主義段階」は筆者流の解釈では、2つの意味がある。1つは世界が資本主義化し、アメリカが1強になり(単独覇権)、世界のアメリカ化を目指しているという認識である。社会主義圏の市場経済化であり、多くの「新興国」の登場である。いま1つは、ITないし情報通信産業が基軸産業として、支配的資本を株価資本として描いていることである。宇野の発展段階論における、支配的資本や基軸産業を踏襲しているといえ、分かりやすい。だが、「覇権」の定義の問題は別にして、世界の勢力図の変遷を見る段階と、基軸産業や支配的資本の後退を見る段階、区別できるかもしれない。
大衆資本主義、株価資本と言った表現も感覚的には理解できても、曖昧な表現である。1918~1989年を一つの段階と見ることには、違和感も残る。
なお、コスタス・ラパヴィツァス(斉藤美彦訳『金融化資本主義』日本経済評論社2018年)や北原徹〈「ポスト・リーマンの米国金融」『立教経済学研究』71巻2号2017年10月〉などのように、1970年代以降の金融資産・負債の拡大、金融部門の利潤増大を捉え、金融資本主義の段階を主張する者もいる。これらの議論では、金融に消費者も巻き込まれるようになった段階を重視する見解でもある(住宅金融が大きな比重、年金を通じて家計も金融に関与)。さらに、株式市場の拡大傾向や国債の累積、金融システムの変貌を重視する見解もある。
話が拡散してしまったが、問題は段階規定が多様な基準でなされていることである。
・基軸通貨ないし国際金融システムの中核を重視するのが河村である。
・曖昧だが、覇権国ないし中心国を見つけようとする点は多くの論者に共通する。ただし、この場合には対抗関係をどう見るかに、相違がある。宇野は「金融資本の諸相」で「類型」を重視している、といえるが、戸原は典型を重視する。レーニンは類型をどこまで意識しているかは分からないが、主要国金融資本の競争を重視する。
・支配的資本と基軸産業の捉え方、伝統的には(自由主義段階や初期帝国主義段階)特定産業で支配的資本を確認できたといえるが、20世紀のアメリカともなると、産業構造が複雑化し、産業の特定は難しい。とはいえ、IT産業に注目すれば、伝統的(固定資本の巨大化に伴う)大企業と異なる蓄積様式であり、段階足り得ると考える(注目されているが、たいしたことはないとする見解もある)。
・この点は金融資本概念の再検討と結びつく。銀行による支配は別にしても、経営者支配論、最近のガバナンス論(株主主権、ステークホールダー論)、資金調達よりも自社株購入等の企業金融等、株式会社論を含めた再検討が必要である。
・段階規定に絡む、国家の政策の問題である。宇野では主に対外政策が問題とされた。その後では、馬場の「社会原則」や加藤の「労使関係」、福祉国家、そして多くの論者も意識する財政金融政策。これらが段階規定にどのように取り込めるのか。
・金融資産・負債の動向・水準、金融システムの変貌も段階規定にかかわるのか。レーニンは資本輸出を重視したが。
・段階としては、意識されていないが、馬場の富裕化論の背後にある思想は、資本蓄積の進展(経済成長)に伴う、自然(環境)や社会の破壊である。常識的には環境問題である。柄谷等でも意識されているが、この問題を取り込むことも、課題となろう。
総じて、事実認識では大きな相違はないが、何を重視するか(理論やイデオロギー的背景に基づくか?)で、段階規定やシェーマが異なるようである。
筆者としては、段階規定の確立を理論化するというより、世界史ないし世界経済史の展開過程を見るなかから、段階論=世界経済論となるようなシェーマないしイメージを作りたい。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔study1099:200119〕
——————————————————————————————————–
2月1日小林襄治「宇野段階論とアメリカ資本主義」・世界資本主義フォーラムのご案内
http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=10136
アクセス 地下鉄本郷三丁目から徒歩5分 (下の案内図参照)
◆東京メトロ丸ノ内線「本郷三丁目」より徒歩5分。
*丸ノ内線「本郷3丁目」駅からの行き方:「春日通り方面」出口から出て左へ。大横町通りに出たら右折し、100メートル行くと三菱UFJ銀行のATMがあります。ここを左折すると三河稲荷神社。その隣です。
◆都営大江戸線「本郷三丁目」3番出口より徒歩6分
1942年生。元専修大学経営学部教授。著作:国際銀行史研究会編『金融の世界史』(悠書館2012)(第1章イギリス)、国際銀行史研究会編『金融の世界現代史』(一色出版2018)(第2章イギリス)ほか金融関係多数。翻訳:スーザン・ストレンジ『カジノ資本主義』
――馬場宏二の所説をめぐって
『現代世界経済 馬場経済学の射程』御茶ノ水書房2019.10
―――――――――――――――――――――――――――――――――
2020年3月 以降の世界資本主義フォーラムの予定
■2020年3月7日(土)13時30分~17時 本郷会館(予定)
●参考文献 伊藤誠『マルクスの思想と理論』(青土社 2020.1刊行予定)
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。