コロナ・ウイルスの中南海への浸透度は?―新型肺炎と習近平政治
- 2020年 2月 20日
- 評論・紹介・意見
- 中国新型コロナウィルス田畑光永習近平
2月18日の中国政府の発表によれば、中国のコロナ・ウイルス肺炎の感染者は7万2436人、死者は1868人に達したということである。この後、その数字はさらに増えるのか、それともそろそろヤマを越えて終息に向かうのかが世界の関心であるが、同日、中国紙が伝えた国家呼吸系統疾病臨床医学研究センターの鐘南山主任の見立てでは、「このところ湖北以外では新感染者数が減っているとはいえ、病勢がヤマを越えたかどうかはなお数日、状況を見る必要があり、全国的に事態が収まるのはごく大雑把に言って、4月末ではなかろうか」、ということである。(2月18日『中国青年報』)
4月末とすれば、まだ2か月余も世界はこの病気に振り回されることになるわけで、その間に世界がどれほどの影響を受けるのか予想もつかない。
しかし、事態が発覚してからすでに2か月近く、ここへきて中国の政治面での影響が徐々に表面化しつつあるので、それを紹介しておく。
********
1つは、国家のトップである習近平に対する不信感がかなりの程度に広がっているらしいことである。勿論、国家指導者に対する批判がメディアに堂々と載る国柄ではないので、側面からの推測としてお読みいただきたい。
まず、習近平がいつからこの問題に関心をもって事態収拾の指揮を執り始めたか、という問題である。なぜそんなことが、と思われるかもしれないが、その日付がだんだん前倒しに早くなってくるから、かえって人目をひくのである。
普通に中国のメディアに目を通していた限りでは、この病気のことが大きく報道されたのは1月25日から26日にかけてであった。25日は中国で言う「初一」、つまり旧暦の元旦である。だれでも普通は新年を祝って休むはずのこの日、北京では中国共産党の中央政治局常務委員会、つまり習近平以下最高首脳たちの会議が開かれて、コロナ・ウイルス肺炎の蔓延についての対策が検討された。そして、党中央は元旦にもかかわらず、この問題に取り組んだということが強調されて報道された。
しかし、病気そのものは12月から広まり始めていたから、すこしでも早いほうが望ましいということか、その後、1月20日と22日にも、習近平は新型肺炎の蔓延防止について湖北省からの人間流出を抑えるなど、重要な指示を出したという活動が付け加えられた。ただ、特に会議などは開かれなかったためか、当時の報道には見当たらない。
そこで、それでは不十分と見たか、今度は1月7日に中央政治局常務委員会が開かれた際に、習近平は新型肺炎の防護策についての要求をしたと明らかにされ、この段階から習近平はこの問題に心を砕いていたと報道されるようになった。
当初の25日から大分、早まったわけだが、20日、22日は指示を出しただけだったのが、7日は最高首脳会議の席上でのことだから、当然、報道されていなければおかしい。ところが、1月8日の『人民日報』には常務委員会の記事は1面トップに大きく載っているが、そこには新型肺炎のことは全く触れられていない。年末(旧暦)の会議らしく、全人代、政府、裁判所、検察院などの活動報告が行われたということと、ほかには党の統一した指導を強化しようといった、習近平政権の決まり文句が並んでいるだけである。
ヘンだな、ウソだろう、誰しもそう思うような話である。するとそこでまた、ウソの上塗りのような報道が出てきた。2月15日発行の『求是』という共産党の理論誌に、「中央政治局常務委員会における新型コロナ・ウイルス肺炎の病状対策についての講話」という「2月3日」付けの習近平の文章が掲載されたのである。
この文章はかなり長文のものであるが、その冒頭には「武漢で新型コロナ・ウイルス肺炎が発生した後、私は1月7日に中央政治局常務委員会を招集した際、新型肺炎対策について私の要求を提出し、1月20日には・・・・・、1月22日には・・・・、元旦には・・・・・党中央に病状対策指導小組の設立を決定した」という、自分のアリバイ証明を書き連ねて(本人が書いた可能性は低いが)ある。
なぜこんなことまでして、いかに真剣にこの問題に取り組んでいるかということを印象付けようとするのか。言うまでもなく、国民の間に習近平に対する不信が高まっていることを自分でも知っているからであろう。それ以外に理由は考えられない。
*******
2つ目は、久しぶりに珍しい中国語を目にした、という話である。最近、知人から1枚の文章をもらった。タイトルは「言論自由 従今天開始」、字だけでお分かりだろうが、念のため日本語にすれば「言論の自由は今日から始まる」である。その「今日」の日付はないが、コロナ・ウイルス肺炎について医師として警鐘を鳴らしたために、警察から「訓戒」処分を受け、2月6日に自らこの病気で命を落とした武漢の李文亮氏を悼むと同時に言論の自由を訴える内容である。宛先は日本の国会にあたる全国人民代表大会とその常務委員会、末尾に28人の実名が並んでいる。中には言論の自由のためにあえて実名で活動している清華大学の許章潤教授の名前もある。
余計な解説はやめて、内容を以下に紹介するー
2020年2月6日、ラッパ手李文亮烈士は武漢において肺炎で死去し、言論の自由に対する圧制の犠牲者となった。その心情は人心を打ち、天地を悲しませた。
当局による言論と真実への圧制により新型ウイルスの病毒は嗜虐をほしいままにし、億万の中国人をもっとも喜ばしい伝統的な祝日のさなかに隔離と恐怖の中に陥れ、事実上の軟禁が社会と経済を停頓させている。これまでに少なくとも637人の同胞が命を落とし、数百万を数える武漢、湖北戸籍の人々が寒冷のなか、助けもなく流浪している。
この悲劇の始まりは、李文亮ら8人の医者が1月初めに警察による訓戒の処分を受け、医師の尊厳が警察の暴力による言論の自由に対する横暴の前で踏みにじられたことであった。
30年来、安全のために自由を譲り渡してきた中国人民は、その結果、さらに不安全な公共的衛生危機の中に陥ってしまった。人道主義に対する災難が間近に迫っている。世界の人々の中国に対する恐怖は病毒の伝染速度よりも速いスピードで、中国を前代未聞の地球的孤立に追い込んでしまった。
このすべては自由の放棄、言論への圧制の代価であり、中国モデルなるものは今まさに泡沫と化した。今日に至るまで当局は防疫を第一に口実に、最高法と行政機関に対して、憲法に優越する法律外の方式によって、開始の知らせもないままに緊急事態を実行し、不法に、言論の自由、移動の自由、私有財産の権利を含む憲法上の公民の権利を停止している。
これらはすべて終わらせなければならない。言論の自由なくして安全はない!公民の名によって、われわれは五大要求を提出する。
一、 われわれは要求する、2月6日を国家言論自由日(李文亮日)とすること。
二、 われわれは要求する、今日から中国人民は憲法35条によって賦与された言論の自由の権利を現実のものとすること。
三、 われわれは主張する、今日から中国人民はもはや言論を理由に、国家機関、政治組織によるいかなる脅迫委も受けず、結社および通信の自由などの権利はいかなる政治勢力、国家機関による侵害も受けないこと。
四、 われわれは希望する、武漢および湖北戸籍の公民は平等な公民の権利を得るべきであること、すべての武漢の肺炎患者は適時、妥当にして有効な医療救助を受けること、封鎖および隔離によって生活困難となった民衆に生活補助をあたえること。
五、 われわれは呼びかける、全国人民代表大会は直ちに緊急会議を招集し、いかなる政治勢力によるものにせよ今年の定例会議を不法に中止するのを避けること、あわせて直ちに公民の言論の自由を保障する問題を討議すること。言論の自由から、今日から、憲法を実行しよう!
あらゆる人々が署名に加わることを歓迎し、永く持続し、永久に名簿を開放する。
以下署名
******
余計な解説は不要であろう。ひさしぶりに中国人の肉声を聞いた感がする。最近も言論活動家や弁護士などが「行方不明」(当局による拘束)になったという話はつきない。それらについてはまた材料があつまったところで。 (200218)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion9469:200220〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。