青山森人の東チモールだより…新しい連立勢力と大統領の警告
- 2020年 3月 3日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
- 第8次立憲政府の基礎となった「戦略的開発計画」を引き継ぐ。
- 地方住民の生活に目を向ける。
- 開発のために国を安定させる。
- インドネシアとの国境画定の交渉を継続する。
- 元戦士・高齢者・障碍者そして貧しい人々に目を向ける。
- インフラの整備。
- 国民に奉仕するため司法部門と協力する。
- 良き統治を促進する。
意見集約に励む大統領
前々号と前号の「東チモールだより」でお伝えしたとおり、1月17日(金)、タウル=マタン=ルアク首相が率いる第8次立憲政府が再提出した2020年度国家一般予算案は、与党連合AMP(進歩改革連盟)内の最大政党CNRT(東チモール再建国民会議)から19票もの棄権票が投じられたことによって否決され、そして1月20日(月)、タウル=マタン=ルアク首相はこのことをフランシスコ=グテレス=ルオロ大統領に報告しました。これをうけてルオロ大統領は憲法に沿って事実上の政権崩壊にたいする措置として、60日以内に現状の国会議員で新たな政権を発足させるか、あるいは国会を解散し再び「前倒し選挙」を実施するか、いずれかの判断を下すことになりました。
ルオロ大統領はまず判断材料を集める作業として、1月23日、各政党との話し合いから始め、その次に大統領は1月末ごろにかけて、識者や学者、市民団体、法律家などと面会を重ね各方面からの意見に耳を傾けました。以下、2月末までの東チモールの政局を観てみましょう。
望まれる歴史的指導者の対話
2月4日、CNJTL(東チモール青年国民評議会)という団体が新しい代表が選出された報告をかねてルオロ大統領と面会しました。大統領府での記者会見でCNJTL代表は、2023年で従来の指導者たちは政治舞台から降りても良いのではないかという趣旨の発言をしました。これは決して突拍子もない意見ではありません。解放闘争の指導者たちが独立後も引き続き長期間にわたって権力を維持する現状が、いわゆる政治的袋小路と呼ばれる閉塞状態にこの国を導いている原因ではないか、解放闘争時代からの指導者たちはそろそろ隠居されてもよろしいのではないか……このような意見は多くの若い世代が抱く感情を表しています。
上記の「2023年」とは、第8次立憲政府による5年任期の期限にあたる年です。もし話し合いによって、つまり選挙をしないで新政権が樹立された場合、第9次立憲政府の任期期限の年となります。
なお、そろそろ隠居されてもよろしいのではないかといわれる指導者たちと、解放闘争時代から高い名声を轟かせている指導者たちとは必ずしも一致はしませんが、一般に現在の東チモールで歴史な国民指導者といわれるのは、シャナナ=グズマン、ジョゼ=ラモス=オルタ、マリ=アルカテリ、タウル=マタン=ルアク、フランシスコ=グテレス=ルオロの五名です。
シャナナ、成熟した老獪な戦略家
第8次立憲政府の発足と同時に発生した閣僚未就任問題が引き起こす政治的袋小路は、五名の歴史的指導者が対話をして解決されるべきだという意見が各方面・各分野から寄せられました。しかしそれは実現されず、ついに政権が崩壊し国家予算が決まらないという国民生活に多大な悪影響を及ぼす事態に発展してしまったのです。
この期に及んではさすが五名の指導者たちは話し合いに応じるだろう思われました。そして2月10日、実現の運びとなりました。ところが、歴史的指導者の筆頭・第一人者であるシャナナ=グズマンは欠席しました。しかしその二日前の2月8日、シャナナCNRT党首はGMN(国民メディアグループ)のテレビのインタビュー番組に出演して、AMP政権崩壊後おそらく初めてだと思いますが、公の場に姿を現し発言をし、他の歴史的指導者にたいして先手を打ったのでした。このインタビュー番組に出演したシャナナの発言を簡単にみてみましょう。
わたしが一番シャナナ=グズマンCNRT党首に語ってほしかったのは、「CNRTの議員がAMPをつぶした」というタウル=マタン=ルアク首相の発言にたいするシャナナCNRT党首の感想です。当番組の司会役のインタビュアーはこう質問してくれました――タウル首相が「1月20日、大統領との会見後の記者会見で、1月17日にCNRTの議員がAMPをつぶし、そして20日にわたしはAMPを埋葬した」と発言したが、これにたいしCNRT党首としてどう思うか――。
この質問をされるとシャナナ党首は真剣な表情をして軽くプㇷ~と息を出すと、「わたしは驚いた」といいました。そのあと新聞二紙の記事を引き合いにだして、はぐらかすような発言を続けるなかで、「CNRTの議員がAMPをつぶしたのではない」とタウル首相に反論しました。シャナナCNRT党首はこの番組では、はぐらかすような応答に終始したような印象をわたしはうけました。
また、これも誰しもが知りたいことだと思いますが、インタビュアーは「あなたはなぜ指導者同士の対話をしないのですか」ときくと、シャナナは「わたしが、わたしがか、(対話とは)誰と?」と大きな表情をして、のらりくらりと蛇行するような応答をしました。たまらずインタビュアーが口を挟もうとすると、「だまって、だまって、いまわたしがしゃべっているんだ」「まあ、まあ、落ち着いて」などとインタビュアーを制し、番組の主導権を握り続けました。この質問にたいする回答と思われる部分をあえて抽出すると、「タウル首相はCNRTの犠牲者だという者がいる。もしそうならばわれわれが対話をしようとしたら相手がCNRTの犠牲者にはなりたくないときっという」という屁理屈を述べました。つまりシャナナCNRT党首は指導者同士の対話をするつもりはないようです。
新しい連立政権にかんしては、CNRTは新しい政府にはかかわらない、CNRTは閣僚に承認されないからだ、とシャナナ党首はルオロ大統領を皮肉ります。なお、「CNRTは新しい政府にはかかわらない」とは後日、本心ではないことがすぐに明らかになります。
野党第一党のフレテリン(東チモール独立革命戦線)との大連立については、「CNRTはAMPという車を燃やしてしまった。フレテリンと組むとフレテリンという車を燃やしてしまう」と応じました。これはタウル首相が1月20日、大統領との会見後の記者会見で、「仮に自動車があるとする、大統領が車輪をとった、首相が車内の座席を壊した、そして CNRTがガソリンで自動車を燃やした、誰が悪いか、自動車全体を破壊したのはCNRTだ、 CNRTの議員がAMPをつぶしたのだ」と語ったことたいする当てつけです(前号の東チモールだより を参照)。
そのほかシャナナCNRT党首は、自分は解放闘争でたいしたことをしていないから元解放闘争戦士(ベテラーノ)に登録しないといったり、自分は法律の専門家でもなんでもないのでよくわからないとか、ポルトガル語はよくわからないとか、自分を卑下する冗談をいい(悪い冗談だ)、歴史的指導者の会合があっても出席する資格がないといわんばかりでした。
自分の一挙手一投足が注目されることを自覚しながらテレビ番組に出演し、答えにくい質問をうまくかわしつつ応答し、それでいて司会者を笑わせることを忘れずに番組を盛り上げるシャナナ=グズマンはまさに古狸です。解放闘争の最高指導者だった人物は、いまも野望を実現するために情熱をたぎらせている政治家であり、70歳を越えた年齢に見合った成熟した老獪な戦略家であるといってよいと思います。五名の歴史的指導者のなかでもシャナナは突出しているといわざるを得ません(シャナナの目指す方向性にはわたしは賛同できませんが)。
歴史的指導者たちによる会合の結論
2月10日、ルオロ大統領はいわゆる歴史的指導者たちを集め、意見交換をしました。前述したようにシャナナ=グズマンはこの会合には参加しませんでした。参加者はルオロ大統領の他、ジョゼ=ラモス=オルタ、マリ=アルカテリ、タウル=マタン=ルアク、国防軍の将軍・レレ=アナン=チムール、大統領府勤務のロケ=ロドリゲスです。先述した五名のほか、レレ=アナン=チムールとロケ=ロドリゲスが加わりました。ロケ=ロドリゲスが”指導者”といえるだろうかという疑問がありますが、大統領府の有能な人物としてこの会合に参加したのではないでしょうか。
約6時間におよんだこの会合は三点の結論に達しました。
・国会に議席をもつ政党は話し合いのもとで政権を担う新たな連立を樹立する。
・「前倒し選挙」はあくまでも最後の手段とする。
・新政権が樹立されるまでタウル=マタン=ルアクが首相を務める。
新たな連立勢力の結成
ルオロ大統領が各方面・各団体の代表者と一通りの面会をし、仕上げとして歴史的指導者たち(シャナナ抜きではあるが)の会合を2月10日にもったことから、これ以降、各政党は連立の模索を活発ににし始めました。このときに、ジョゼ=ラモス=オルタ元大統領は、シャナナCNRT党首を含めて政党指導者たちと会い、各政党間の話し合いの仲介役をルオロ大統領のために務めました。
2月17日、ラモス=オルタ元大統領はフレテリンのマリ=アルカテリ書記長と会い、この機に乗じて権力につきたくない、権力奪取は2023年の総選挙で、とアルカテリ書記長が語ったとラモス=オルタ元大統領はいいました。
2月18日、マリ=アルカテリ書記長自身が発言しました。フレテリンはCNRTがまだ大統領との問題を解決できないとなると、フレテリンがCNRTと連立を組むのは自殺行為である、シャナナCNRT党首とルオロ大統領は対話をすべきだと述べました。。その一方でフレテリンから連立を組みたいという打診があったと民主党幹部が話しています。当然のことながら、各政党はさまざまな可能性を考慮しながら建前を語っているようです。
2月19日、与党PLPと野党の民主党が会合をもちました。会合あと、PLPの幹部はCNRTには背をむけられてしまった、CNRTとまた連立について話し合う気にはなれないと心境を語りました。民主党は大連立政権を望む姿勢を示します。民主党は、PLPと話し合うまえに、フレテリン・CNRT・与党KHUNTO(チモール国民統一強化)と話し合っています。そしてCNRTは民主党と組んだ新政権をつくる用意のあることを発表しました。おそらくこの時点から新連立勢力の形成に加速がついたと思われます。
2月20日ごろになると、民主党とKHUNTOはシャナナ=グズマンについていく、CNRTと連立を組みたいという明確な姿勢を示しました。これでほぼ決まりです。1議席をもつPUDD(民主開発統一党)とUDT(チモール民主同盟)そしてFM(改革戦線)はかねてから大連立政権を望んでおり、大連立政権を望む政党とは、フレテリン(マリ=アルカテリ)とCNRT(シャナン=グズマン)、どちらかを選ぶとしたらCNRTを選ぶことを意味するからです。
かくして2月22日(土)、シャナナ=グズマンCNRT党首は党本部で、KHUNTO・民主党・PUDD・UDT・FMの党首たちと一緒に机につき、6政党による連立勢力の結成の調印式を行いました。シャナナCNRT党首は各党首に国会議員の数を確認します……(君のところは)何議席、1議席、そっちは…、2、これで2議席、(KHUNTO 党首を指差して)5、これで7議席、(民主党を指差して)5、これで12議席、(最後に…)1、これで13議席、これにCNRTの21議席で…とシャナナCNRT党首がいうと会場の者たちが「(合計)34議席だ」と応じました。シャナナCNRT党首はこれで安定多数を確保できたと強調しました。
整理すると、CNRTの21議席、KHUNTOの5議席、民主党の5議席、PUDDとUDTとFMの各1議席ずつ、全部足して34議席です。国会の定員は65議席(一院制)ですから、この連立勢力は過半数をもつことになります。
そしてこの新連立勢力(名前はまだない)は八つの公約を掲げました。
なお、首相は誰になるのか、その発表はありませんでした。
タウル首相、辞表を提出
2月25日、タウル=マタン=ルアク首相は正式に辞表をルオロ大統領に提出しました。過半数に達する連立勢力の結成をみて、自分の立場を明確にしたかったのか、よくわかりませんが、辞表提出は憲法に沿った行動だと報じられています。いずれにしても新政権が樹立されるまでタウル首相は現政府を率いることに変わりはありません。
大統領の警告
過半数に達する連立勢力の結成、そしてタウル首相の辞表提出をみて、2月26日、オーストラリアABC局はこれでようやく東チモールの政治的混乱が収まるような論調の報道をしましたが、果たしてそうでしょうか。
2月24日、ルオロ大統領は新しい連立勢力が結成されたことを歓迎しましたが、まだ正式に新連立勢力から書簡が届いていないとも語りました。そして大統領はこの連立勢力にたいして、閣僚名簿を慎重に作成して提出するように求め、さらに、9人の閣僚候補者のために全国民のための予算案が否決された、CNRTはこの9人をまた閣僚名簿の載せるのかどうかよく考えてほしいと、シャナナCNRT党首にたいして挑発的な警告を発したのです。
第8次立憲政府が発足した2018年6月から今日までCNRTはルオロ大統領が認めない閣僚候補を頑として変更しない理由として政党としての尊厳を主張してきました。CNRTの閣僚候補が汚職に関わっているというのがルオロ大統領の言い分ですが、これにたいしてあくまでも推定無罪が原則、閣僚候補を認めない理由は大統領にないというのがCNRT側の主張です。もし新しい連立勢力が提出する閣僚名簿に2018年から認められなかった候補の名前が再び記載された場合、ルオロ大統領は売られた喧嘩を買うことでしょう。そうなれば新しい連立勢力の結成は政治的袋小路の解決とはなりません。
6政党による新連立勢力を率いるのは、首相や閣僚になってもならなくてもシャナナCNRT党首です。この連立勢力が再びルオロ大統領が承認したくない閣僚名簿を提出すれば、「シャナナvs.ルオロ」の“荒野の決闘”という様相を帯びてしまいます。
やはり歴史的指導者たちによる対話にシャナナ=グズマンが参加しなければ現状打破はできないのかもしれません。わたしが考えるに、政治的袋小路の解決のために必要なのは、ルオロとシャナナの寛容ある譲歩です。
青山森人の東チモールだより 第410号(2020年03月02日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion9502:200303〕
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