「緊急事態宣言」を発動させるな 新型コロナウイルス感染症対策で
- 2020年 3月 9日
- 時代をみる
- アベ岩垂 弘新型コロナウィルス緊急事態宣言
安倍政権は、まん延する新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐとして、新型インフルエンザ等対策特別措置法(インフル特措法)改正案を3月10日にも国会に提出し、13日に成立させる方針だが、改正案が成立すれば、内閣総理大臣は新型コロナウイルス対策で「緊急事態宣言」を発することができるようになる。いわば、内閣総理大臣は強制力をもつ極めて強い権限をもつことになるわけだが、「それでは憲法で保障された基本的人権が犯されかねない」と危惧する声が上がっている。
今や万人の目に明らかになったことだが、中国で発生した新型コロナウイルス感染症への対応では、安倍政権による「初動ミス」や「後手後手」、あるいは「行き当たりばったり」的な対策で、日本でも感染者が拡大する一方である。3月2日には、WHO(世界保健機関)が「新型コロナウイルス感染症拡大に関する最大の懸念は韓国、イタリア、イラン、日本の4カ国である」と指摘するに至った。国内で確認された感染者は3月8日現在、1157人、死者13人にのぼる。
あわてた安倍首相は感染症拡大を抑えようと2月26日にスポーツ・文化イベントの開催自粛を、翌27日には全国すべての小中高校の一斉休校を、それぞれ首相主導で要請したりして、全国各地に混乱と戸惑いと困惑を引き起こしている。
それでも新型コロナウイルス感染症の拡大は止まらないため、安倍政権は一層強力な感染拡大防止策を実施しようと躍起だ。そこで、思いついたのが「緊急事態宣言」である。これまで、同政権が打ってきた防止策は、いずれも関係団体への「要請」であって、拘束力がない。それゆえ、今度は国民や関係団体に対する強制力をもつ「緊急事態宣言」で強力な感染拡大防止策を実施し、事態の打開を図ろうというわけである。
出来れば新型コロナウイルス感染症の拡大防止のための「緊急事態宣言」を可能にする法律をつくりたい。が、それには、時間がかかり、危機打開に間に合わない。そこで、首相が思いついたのはインフル特置法の活用だ。
これは、新型インフルエンザ感染拡大を阻止するために民主党政権下の2012年4月27日に参院本会議で可決、成立した法律で、採決に際しては民主党、公明党が賛成、自民は棄権、共産党と社民党は反対した。
このインフル特置法は、新型コロナウイルス感染症を対象にしていないから、同感染症撲滅には使えない。そこで、安倍政権としては、インフル特置法を改正して同法が適用される感染症に新型コロナウイルス感染症を加えようというわけである。
インフル特置法に規定された「緊急事態宣言」はまだ一度も発動されていないが、同法には「政府対策本部長(内閣総理大臣)は、新型インフルエンザ等が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがある事態が発生したと認めるときは、緊急事態宣言をし、並びにその旨を国会に報告するものとする」とある。そして、緊急事態宣言が発せられれば、内閣総理大臣や都道府県知事がインフルエンザまん延防止のためのさまざまな措置を講ずることができるとしている。その中には強制力を伴うものも含まれる。
インフル特置法がつくられるにあたっては、日本弁護士連合会、日本ペンクラブ、日本消費者連盟などが反対あるいは抗議の声明を表明したという経緯がある。
とくに日弁連のそれは、傾聴に値するものだった。2012年3月22日に宇都宮健児会長名で発表された反対声明は、「本法案には、検疫のための病院・宿泊施設等の強制使用、臨時医療施設開設のための土地の強制使用、特定物資の収用・保管命令、医療関係者に対する医療等を行うべきことの指示、多数の者が利用する施設の使用制限等の指示、緊急物資等の運送・配送の指示という強制力や強い拘束力を伴う広範な人権制限が定められている」と指摘しているほか、「個別の人権制限規定にも多くの問題がある」として、「特に、多数の者が利用する施設の使用制限等は、集会の自由(憲法21条)を制限し得る規定である」と述べている。
首相が「緊急事態宣言」の実現に前のめりになれはなるほど、不安感に襲われる人が少なくないことも指摘しなくてはなるまい。
すでによく知られていることだが、安倍首相と自民党は、日本国憲法の改定にしゃかりきだ。自民党の改憲案は、改定すべき項目として4つを挙げている。①自衛隊の明記②緊急事態条項の新設③参院合区の解消④教育無償化の明記である。
ところが、新型コロナウイルス感染症の拡大が問題化しつつあった1月30日、自民党の伊吹文明元衆院議長が二階派の会合で、新型コロナウイルスの感染拡大について「緊急事態の1つの例。憲法改正の大きな実験台と考えた方がいいかもしれない」と話したのである。新型コロナウイルス禍を憲法改定につなげたらどうかと言わんばかりの発言に、「思わず自民党幹部の本音が出たのではないか」と受け止めた人も少なくなかった。
それだけに、安倍政権と自民党は、新型コロナウイルス対策に便乗して、憲法への緊急事態条項導入を一気に進めるのではないか、という警戒心を抱く市民が増えつつあるのだ。
政治家が緊急事態宣言をする権限を手に入れるということは、国家を運営する上での絶対的な権力、つまり全権を握るということである。
ナチス・ドイツのヒトラー政権は、「国会議事堂炎上事件」を利用して大統領に「国民と国家の防衛のための大統領緊急令」を出させる。それは「第三帝国の国家基本法」として猛威を振るい、ヒトラーはこれによって国家の全権を握る。民主的な憲法とされたワイマール共和国憲法の崩壊と、ヒトラー独裁政権の誕生であった。1933年のことである。
こうした故事を今こそ思い起こしたい。
国民も馬鹿ではないから、政府が新型コロナウイルス感染症に関する情報を全面的に公開し、防止策を遂行するにあたって国民の声や専門家の意見に耳を傾ければ、政府が打ち出す対策に国民は自ら進んで協力するだろう。だから、基本的人権を制限しなくても新型コロナウイルスを抑え込めるはずだ。そう思いたい。
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