東アジアで最悪なのに、G7「モデル国」になった日本の不思議?[パンデミックの政治 8・小括]
- 2020年 6月 2日
- 時代をみる
- アベパンデミック加藤哲郎新型コロナウィルス
2020.6.1 東京郊外、国分寺の我が家にも、ようやく布製アベノマスクが届きました。近所のホームセンターには、すでに中国製のスマートな不織布マスクが一枚50円ほどで出回っていますから、不要です。一人あたり10万円の給付金申請用紙も、何もしていませんが、郵送で届きました。マイナンバーなど書く必要もなく、国分寺市はマイナンバー・オンライン申請を認めなかったので、かえって早く届いたようです。全国ではマイナンバーがらみのトラブル続出で、100万人以上の大都市のほとんどは6月給付で、5月末の支払いに間に合わない悲劇が膨大に生まれています。個人事業者への持続化支援金は、経産省・中小企業庁から手数料769億円で怪しげな竹中平蔵のパソナ系トンネル会社に丸投げされ、20億円中抜きされて、電通に749億円で仕事が任されました。申請手続きは杜撰で、トラブルが続き、遅れに遅れている間に、20億円がトンネル会社の利権になりました。竹中平蔵のパソナは、「新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金」でも申請窓口になっていました。「アベノマスク」の466億円、不良品検品経費8億円に似ています。危機につけこむ「コロナビジネス」と、政治家の影です。ようやく5月25日に、日本の緊急事態宣言が、解除されました。「余人をもって代えがたい」はずだった黒川検事長の新聞記者との「3密」賭け麻雀発覚、懲戒処分無しの辞職の問題を、うやむやのうちに収束させるために、「自粛」解除が急がれたかのようです。
安倍晋三首相は、緊急事態宣言を全国で解除する5月25日夕の記者会見で、新型コロナウイルスについて「日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で流行をほぼ収束させることができた。日本モデルの力を示した」「わが国では、人口当たりの感染者数や死亡者数をG7(先進7カ国)の中でも圧倒的に少なく押さえ込むことができています。これまでの私たちの取り組みは、確実に成果を上げており、世界の期待と注目を集めています」と誇らしげに述べました。東京都や北九州市を見ると、まだ本当に「第一波」が収束したかどうかも不確かですが、いまだにPCR検査をまともにできず、院内感染で医療崩壊寸前までゆき、感染対策は後手後手で、経済再開に前のめりです。それでも公式死亡者数が欧米に比すれば少なくて済んでいる現状を追認し、むしろそれを世界に誇るという、傲慢で奇妙な構図です。無論、その背景は、膨大な犠牲者を出しながら、欧米大国がロックダウンを緩和して経済社会再建に向かい、治療薬やワクチン開発のグローバル医療ビジネスの競争が始まったこと、何よりも、庶民の生活・文化の耐えうる限界を越え、ストレスが充満してきたことです。世界では、5月31日現在感染認定606万人、死者37万人で、ブラジル、ペルーほか中南米で猛威をふるい、アフリカの感染も、ある程度統計が信頼できるエジプト、南アフリカで2万人越えです。感染180万人・死者37万人の最大感染国アメリカでは、まだ毎日犠牲者が増えているのに、トランプ大統領は、秋の大統領選再選をにらみ経済再開を優先しました。このことが、ヨーロッパ大国とともに、世界的な「第一波」中間総括の流れを作り出しました。
下の「朝日新聞」5月26日記事「「不可解な謎」 欧米メディアが驚く、日本のコロナ対策」の図、より詳しい「ウェブ医事新報」の菅谷憲夫さん「日本の新型コロナ対策は成功したと言えるのか─日本の死亡者数はアジアで2番目に多い」の比較表が明快に示しているように、確かに欧米大国との比較では、桁違いに人口あたり死者数は少ないのですが、それは、発症地中国を含む東アジア・大洋州諸国全体の「第一波」の特徴であり、その「東アジア型」の中では、日本はむしろ、最悪の国、感染対策の劣等生になります。したがって感染対策としては、「日本モデル」ではなく、「東アジア型モデル」こそ、解明されなければなりません。日本人の国民性、「マスク文化」、補償がなくても「自粛」する同調圧力等は、むしろ「東アジア型モデルの中での日本の失敗」においてこそ、論じられるべきです。例えばマスクは、花粉症期の日本ばかりでなく、大気汚染の北京や、民主化運動の香港で、よく見られました。「欧米型」の最悪は、いうまでもなく「コロナ失政でパニック」のトランプのアメリカです。対中対決、WHO脱退は秋の再選向けパフォーマンスで、危ういロックダウン解除・経済再開を進め、その結果が、スラムに住む貧しいアフリカ系・ヒスパニック系の人々のなかでの感染爆発、人種問題の再燃です。6月末にG7をワシントンDCで開き第一波収束を世界にアピールしようとしましたが、真っ先に出席の手を挙げた日本の安倍首相はともかく、ドイツのメルケル首相は断り、結局、9月の国連総会時に延期になりました。ちょうど、安倍首相にとっての東京オリンピックのように、「正常化」を示威する政治的イベントの企みは、コロナの感染力に対しては無力です。
もう一つ、地球全体をおおいつくしたCOVID-19ウィルスへの民衆救済のプログラム、そのナショナルな対応にあたっては、政治のリーダーシップが問われます。民衆が恐怖と不安を抱くパンデミックの危機に当たっては、おおむね政府の民衆への強いアピールと国民の政府への信頼・救済願望から、政権への凝集力が生まれ、権力が強まるのが通例です。ここで は、ドイツのメルケル首相やニュージーランドのアーダーン首相、台湾の蔡英文総統ら女性指導者のアピールと指導力が高く評価されています。しかし日本の安倍首相は、国民に訴える力が弱く、思いつきの全国一斉休校やアベノマスク、くつろぎ動画などピント外れのパフォーマンスと、必要な感染防御策のサボタージュ、「専門家会議」への丸投げ、後手後手の医療関係者・病院支援、それに、改憲を狙った緊急事態権限行使と私利私欲の透ける検察介入、政策過程の議事録も残さないずさんな官邸政治で、すっかり国民の信頼を失いました。国際的には「支持率が下がったのは日本とブラジルだけ」、つまり最悪の政治指導者と評価されています。どうやらこの政治的指導の無策こそが、「東アジア型モデルの中での日本の失敗」を説明するようです。
もっとも新型ウィルスのパンデミック、欧米型感染爆発・高死亡率と日本の低死亡者数の対比については、山中伸弥教授の述べた「ファクターX」が、第一波を小括し、第二波・第三波に備えるうえでの、一つの焦点になります。それが、治療薬やワクチン開発のグローバル医薬ビジネスにも通じる可能性があるからです。「ファクターX」の候補として、山中教授は、「新型コロナウイルスへの対策としては、徹底的な検査に基づく感染者の同定と隔離、そして社会全体の活動縮小の2つがあります」、日本は「他の国と比べると緩やかでした。PCR検査数は少なく、中国や韓国のようにスマートフォンのGPS機能を用いた感染者の監視を行うこともなく、さらには社会全体の活動自粛も、ロックダウンを行った欧米諸国より緩やかでした。しかし、感染者や死亡者の数は、欧米より少なくて済んでいます。何故でしょうか? 私は、何か理由があるはずと考えており、それを「ファクターX」と呼んでいます。ファクターXを明らかにできれば、今後の対策戦略に活かすことが出来るはずです」として、「ファクターXの候補」を、①クラスター対策班や保健所職員等による献身的なクラスター対策、②マラソンなど大規模イベント休止、休校要請により国民が早期(2月後半)から危機感を共有、③マスク着用や毎日の入浴などの高い衛生意識、④ハグや握手、大声での会話などが少ない生活文化、⑤日本人の遺伝的要因、⑥BCG接種など、何らかの公衆衛生政策の影響、⑦2020年1月までの、何らかのウイルス感染の影響、⑧ウイルスの遺伝子変異の影響」などが考えられるといいます。
欧米から見れば「奇妙な成功」である「日本モデル」の謎は、山中教授の「ファクターX」で、ある程度推論可能です。しかし「東アジア大洋州モデル」の説明としては、③④などの文化的理由は必ずしも一般的ではなく、②の危機感と①の献身的医療努力はむしろ世界共通で、欧米型ロックダウンにも含まれています。むしろ、危機感の強弱による初動の素早さが、ポイントでしょう。中国沿岸部を含む「東アジア型」の説明には、やはり⑤⑥⑦⑧の医学的・遺伝学的検討が必要でしょう。すでに600万人以上の感染認定者の検査によって、COVID-19の変異を含む膨大な遺伝情報(ゲノム)がみつかって、5万本以上の論文が出ています。大きく中国型・欧州型・米国型(西海岸型・東部型)ともいわれます。ここは、世界的な医師・医学者たちの「中間総括」にまかせましょう。「日本モデル」との関係では、1月武漢での発症、クルーズ船対応以来の日本の感染症対策、政府・厚生労働省の対応、とりわけ内閣新型コロナウィルス感染症「対策本部」、新型コロナウイルス感染症対策「専門家会議」、それに緊急事態宣言を発し解除した「基本的対処方針等諮問委員会」の、それぞれの中間総括が必要とされます。
安倍首相の誇る「日本モデル」を実質的に動かしたのは、首相の記者会見にまで立ち会った「専門家会議」です。その科学的評価と政策評価が不可欠です。ところが、緊急事態宣言解除後の5月29日の専門家会議「状況分析・提言 」をみても、①感染状況、②医療提供体制(療養体制、病床確保等)、③検査体制、のそれぞれの従来からの方針の変化・修正点が述べられるのみで、「第一波」の全体を振り返る視点はみられません。従来のデータ・方針の延長上で、「次なる波に備えた安全・安心のためのビジョン」が策定されています。全国一斉休校や「アベノマスク」は、首相の思いつきであることがはっきりした「政治主導・官邸主導」ですが、クラスター対策優先のPCR検査抑制、「38度5分4日以上」のPCR検査受診「目安」や、緊急事態宣言発動・解除の根拠となった科学的判断、「新しい生活様式」等には、明らかに「専門家会議」が重要な役割を果たしたはずです。ところがその「専門家会議」は、首相の思いつきにヒントを与えた官邸「連絡会議」と同様に、公式政策決定に関わらないので「議事録」を出せない、というのです。これでは当面の中間総括はもとより、後世の歴史的検証にも、耐えられないものとなります。「専門家会議」が本当に「科学者の良心」を持つならば、「状況・提言」以前に、政治家・厚生労働省医系技官に対して、議事録を公表させるべきでしょう。そこで幾度も使われた「ここ1−2週間が瀬戸際」「接触8割削減」「対策ゼロなら40万人死亡」等の予測・提言についても、実際の感染ピークが「緊急事態宣言」以前の3月末から4月1日=「アベノマスク」が発表されたエープリルフールの頃であったことがわかった現時点で、当初の第二種感染症指定、学校一斉休校や緊急事態宣言そのものの有効性と共に、反省され検証さるべきでしょう。いずれ収束後には、第3者による本格的検証が必要になるのですから。
政治には、実行された政策結果の責任と共に、不作為責任もあります。2009年の新型インフルエンザ時パンデミックを経験していたにも関わらず、当時とそっくりの初動の遅れ、海外からの入国制限・隔離のみに偏した市中感染対策の欠如、マスク不足パニック、感染者への偏見と差別が見られました。それに学んだ当時の「専門家」の提言した感染症対策、パンデミックに備えた器材と人材の備蓄は、守られませんでした。医療機関もベッド数も保健所も削減され、国立感染症研究所の予算も人員も縮減されていました。新自由主義経済政策=アベノミクスの仕業です。学校休校中にオンデマンド授業を受けられた児童・生徒は数%にすぎず、機器はととのっていませんでした。きわめつけは、毎日WHOにも報告される感染者数のデータの信憑性です。PCR検査数も陽性率も発表されず不信に思っていたら、なんと、全国統計自体が整っておらず、保健所から都道府県に手書きのファックスで時間差で送られていたため、二重集計や発症日特定の間違いで、何度も訂正される始末でした。なによりも、年初の安倍内閣の政治日程の目玉であった、中国習近平主席の国賓としての来日・天皇会見の予定と中国渡航禁止・検疫の関係、夏に予定されていた東京オリンピック延期決定直後の安倍首相の突然の全国一斉休校「要請」、小池東京都知事の「都市封鎖」の脅迫が、当時の「専門家」の科学的助言ないし忖度、感染症研究所ー地方衛生研究所ー保健所ラインの感染統計作成・検査体制、医療現場の臨床体制・器材不足・人員配置・院内感染の程度、政府の感染防止財政投入、「補償なき自粛」とどのような関係があったのか、総じて安倍首相・官邸主導のコロナ危機認識、後手後手・無為無策、経済政策優先、私利私欲、社会的弱者へのまなざし等の諸側面が、顧みられる必要があります。そうした検討抜きの「日本モデル」礼賛は、いっそう世界から、データ隠しの疑惑と不信を、招くことになるでしょう。
本サイトは、本年1月から月一回の更新に改めると宣言しましたが、思わぬ新型コロナウイルスの出現とパンデミックにより、月二回更新で「パンデミックの政治」を連載し、これまで8回発信してきました。今回の「第一波」小括で一区切りをつけ、月一回更新に戻し、問題の学術的検討に専念したいと思います。次回更新は、7月1日とします。この間、深部で問われていたのは、人間と自然の関係、生態系・環境破壊と気候変動、人獣共通感染症の歴史と社会変動、都市型社会とリスク管理、グローバリズムとナショナリズム、人間の生と死の意味と宗教観、等々の文明史的問題でした。私自身は無神論者ですが、幸運にも生き残った皆様の生命・生活の維持と回復を、お祈りいたします。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
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〔eye4736:200602〕
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