香港学生はアジアの宝である
- 2020年 6月 25日
- 時代をみる
- 寺沢邦彦
私は米国アイオワ州にあるリベラルアーツカレッジの准教授として、世界宗教、宗教間対話や東洋哲学を教えている。研究年(サバチカル)のため今年2020年春学期1月から5月末まで、香港恒生大学アジア学科の訪問教授として31名の学生たちに“アジアの宗教と社会”というテーマでクラスを教えた。コロナのためオンラインになったがディスカッションを心がけ、ある学生たちとは直接面談もした。私は緊迫した状況下にある香港学生と直接交流したなかから得た経験をお伝えしたい。また彼らの論文に感動する内容を数々発見した。それらを要約して香港学生の実態に迫ってみたい。
ガンジーの非暴力主義
ガンジーの非暴力主義についての討論では、学生の意見が分かれた。半数はいままでの平和的方法では限界で、“以武制暴“(武を以て警察の暴力を制す)が必要だという。確かに香港警察がこん棒で容赦なく叩きつけたり、スプレーを顔に直接かけたり、あげくは白シャツ隊といって現地のギャングを雇って学生たちを襲ったり、自殺と判定された学生の変死体が多く見つかったりする。また、黒装束で覆面をした連中が学生のふりをして銀行のATMや道路信号を壊したり、商店の窓ガラスを割ったりする。その中にピストルをポケットに隠しているのが学生たちによって発見された。学生たちにはピストルの購入など非合法で不可能だ。間違いなく中国か警察の工作員であり、学生の運動を暴力に仕立てあげ弾圧を正当化するためだという。
それでもある四年生の女子学生の論文では、学生と政府・警察の間の恐怖と憎しみの悪循環からくる暴力性を断つためにも、国際世論を味方にするためにも、香港民主化運動の最終的勝利のためには、ガンジーの憎しみを克服する愛の魂の訓練と自己制御が必要だという。彼女によると民主主義達成には時間がかかり、見解の相違に関わらず互いの真理を求める魂への尊敬心が不可欠であるという。学部生の論文だが、彼女に限らず彼らの英語力と論理性はアメリカの学生にも引けを取らない。体を張って戦っているだけに彼らの言葉は胸に響く。独立・批判・思考力を養うリベラルアーツ教育が中高・大学に徹底しているからだろう。その中にはグローバル倫理の科目があり、普遍性のある倫理観を養っている。中高生が政府のすすめる愛国教育に大反対した歴史もある。
クリスチャン学生
クリスチャンの学生が大勢民主化運動に参加している。香港750万人の15%、150万人近くがクリスチャンだ。優秀な中高校はキリスト教系で大きな影響力を持つ。リーダーのJoshua Wong (黄之鋒)もクリスチャンだ。昨年6月の大行進の際に’主に向かってハレルヤを歌おう’と大合唱して、警察は手が出せなかった。キリスト教的神の国の義とサマリヤ人の隣人に手を差し伸べる精神が、民主化運動と連鎖して信仰の次元にまで高まっている。クリスチャン学生に聞くと彼らは非暴力なので、最前線で警察とぶつかっている学生たちを背後で守り、捕まらないように連絡網をはっているという。
新しい儒教解釈―孫文と天命革命と王道
それでも香港は中国文化圏にあり、孔孟の儒教が深く根をおろしている。香港政府は孝行と調和と秩序の礼を重んずる儒教教育を強調するが、香港学生たちはこれに対して新しい解釈で応える。学生会が“光復香港・時代革命”の他に“承先賢之志 燃革命之火”(先賢の志を承け革命の火に燃える)と決議した。百年前、旧香港大学で学び清朝暴政を革命した孫文を師兄とする。“天滅中共”の文字があらゆるところに書かれている。民主化を支援する教会に参加している三年生のクリスチャン学生の論文によると、彼らは孟子が説く、義を礼の上に置く仁義礼智の四端思想と、天の声は民の声であり、それを無視する政権は天命により革命されることに共感する。周の文王に由来する天命革命論と王道思想の再発見だ。それらが彼らの中でキリスト教的神の国の義と渾然一体となっているのだという。
水の革命
水の革命とも学生たちはいう。ブルース・リーの‘水になれ’からきているが、老子の道徳経の上善如水に由来する柔軟性だ。中心的リーダーはおらず上下組織はなく、完全にボトムアップの運動だ。水のごとくあらゆるところにひたひたと浸透する。同時多発の運動を起こし警察力を分断する。学生しか入れないブログがあり、そこで合議し、水のごとく臨機応変に行動する。
イスラムとの連帯
香港にはインドネシアやマレーシアから移民したイスラム教徒が人口の4%、30万人いる。イスラム教徒の友達をもちモスクを時々訪れる学生の論文によると、九龍モスクの付近で警官とデモ隊が衝突し、警官が大量のブルースプレーをモスクにかけてしまった。イスラム協議会は抗議した。多くの学生がボランティアでモスクを洗いイスラム共同体を感動させた。学生たちはイスラム教徒に対するテロリストという偏見と戦い、イスラム教徒も香港人として対話と連帯を形成しつつある。
香港学生の苦悩
2020年2月の警察の報告では民主化運動の逮捕者7539名のうち、40.9%の3091名は学生たちで、大学生は1,774 名、中高生は 1,313 名だ。(香港経済日報2020年3月17日)現時点では6000名近くの学生が逮捕されているという。大学生のベテランの多くは逮捕され、いまや中高生が先頭を切っている。都市青年できゃしゃな彼らが警察のこん棒で容赦なく叩かれるのを見るのは痛ましい。しかも彼らの親たちは大陸移民が多く、香港のリベラル教育を受けていないので、子どもたちの民主化運動が理解できない。そのため家から追い出されてホームレスになっている学生もかなりいるという。そのうえ中国資本による不動産の買い占めで、香港は世界で一番不動産が高い。だから中産階級やそれ以下は狭いアパート暮らしだ。しかもコロナのための自宅待機で、自分の部屋も持てない学生が多い。その精神的苦痛の中で必死に頑張っている香港学生だ。国家安全法の導入によりもっと多くの逮捕者が出るだろう。三分の一は徹底抵抗、三分の一は移民、あとの三分の一は現実を仕方なく受け入れるしかないだろう。学生や卒業生は移民をするにもその条件のための資金がない。だからある期間だけでも、彼らの安全と将来のために、日本企業がインターンシップの機会を多くの香港学生や卒業生に与えてほしい。日本の大学も積極的に香港学生との交換留学をすすめ受け入れてほしい。日本政府も逮捕者であっても特別措置で受け入れてほしい。かつての天安門事件で多くの中国学生をアメリカ政府が受け入れたように。香港学生は英語の次に日本語を学んでいる。その次は韓国語だ。彼らは日本の文化が大好きで、一番人気の旅行先は日本だ。だから日本は彼らを失望させずに希望を与えてほしい。
香港学生の文明史的意義
香港学生は具体的な民主化の戦いの中で、東洋と西洋の最良のものを彼らの心と体の全身で体現している。だから香港学生はアジアの、いや世界の宝なのだ。キリスト教、西洋リベラリズム、儒教、道教、仏教、イスラム教それぞれ特有の智慧を用い、対話と連帯をつくり民主化をすすめている。それは新しいアジア太平洋文明を形成する産みの苦しみでもある。青年たちの鋭い直観と体感による新たな思想的霊的地平線であり、水の如くどこにでも下から連鎖波動する。それはガンジーによるインド民主主義、新疆のイスラム自治運動、チベット仏教自治民主化運動、インドネシアのイスラム民主主義、韓国のキリスト教青年民主化運動にも連鎖波動するだろう。そして台湾、韓国、中国、日本に共通の儒教基盤である孔子・孟子が希求する周の文王の王道・天命理想にも連鎖波動するだろう。これまでのアジア分断の過去を克服する新しい次元のアジア太平洋文明のうねりが、香港学生たちによって既にはじまっている。
日本ができること
今からちょうど百年前の1919年、学生を中心に三・一 朝鮮独立運動、中国五・四運動が起こった。クリスチャンであり民族自決主義を奉ずる吉野作造東大教授は、朝鮮・中国の学生たちを支援した。孫文から日本は王道をいくのか覇道を歩むのかと問われたのに対し、吉野は朝鮮・台湾独自の文化を重んじた緩やかな自治による王道を主張し、日本人同化政策に反対した。日本はそれに反し覇道を選び自滅した。それから百年後の今、かつての日本と同じく覇道を突き進んでいるのが中国政府だ。新疆にチベットに、最後は香港までも一国二制度を破り、同化政策を強権で押し付けている。日本は徹底した自己検証のもと同じ過ちをくりかえさないよう、心底から王道を中国政府に説得すべきだ。トランプにはできないが、日本だけができることがある。日本は過去の検証のもと基本的人権と自由と民主主義を憲法でうたい国是としているではないか。いまこそ日本は経済的利害より国是の原則に立つべきだ。香港学生の多くは逮捕された。他国への入国は困難だ。日本政府、大学、企業は特別措置で受け入れるべきだ。英国や米国より日本がもっと受け入れるとよい。百年前、孫文は日本に亡命した。日本は最初孫文を助けたが、最後まで支えきることができなかった。だから、いまこそ香港学生を支えることで日本が国是を証明する歴史的チャンスだ。彼らを受け入れた大学や企業は間違いなく創造的活性化する。彼らは将来のアジアの新文明を築くリーダーであり、アジアの宝なのだ。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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