匿名に隠れて「SNS暴力」を振るう者たちの正体
- 2020年 7月 19日
- 評論・紹介・意見
- 澤藤統一郎表現の自由
(2020年7月18日)
「SNS暴力」が深刻な社会問題となっている。匿名に隠れた無責任で攻撃的な表現が人を傷つけているのだ。特定の人を多数で標的にする「ネットの場での文字による暴力」の集積は、集団によるイジメと構造を同じくしている。ネット上のイジメ・イヤガラセは、匿名だから厄介極まりない。
表現の自由は重要な憲法原則である。匿名による表現の権利も保護に値する。とりわけ、権力者や社会的強者を批判する表現においては、その匿名性を尊重しなければならない。しかし、卑劣な愉快犯的な表現が、他人の名誉や信用を毀損し、あるいは侮辱にあたる場合には、「表現の自由」の保護はない。傷つけられる人の人格権の保護を優先すべき価値としなければならない。
本日の毎日(デジタル)の報道に、「100万回殺害予告受けた弁護士が加害者に面会して目にした『意外な素顔』」という記事。「100万回殺害予告」には驚くばかりだが、当然ひとりがやっていることではない。付和雷同したネット世界の住人が、連鎖的に、次々に加害者に加わって増えていった結果なのだ。まるでウィルスの感染拡大だ。
ネットの上での匿名表現には他者の目による歯止め効かない。被害の防止や回復の手立ても面倒だし、何より金と時間がかかる。表現の自由との兼ね合いが難しいところだが、何らかの制度的な対策を考えざるをえない。「100万回殺害予告」事件は、その具体化の議論に有益である。
この事件の被害者が唐澤貴洋弁護士。被害の実態は、「両親の名前や実家の住所が特定されてネット上にさらされ、実家近くの墓にペンキがかけられたこともありました。弁護士事務所にも「実動部隊」が嫌がらせに来るようになり、郵便ポストに生ゴミを入れたり、鍵穴に接着剤を詰められたり、私の後ろ姿が盗撮されてネットに投稿されたりと、ありとあらゆる実害を受けました。事務所は3回も移転を余儀なくされました。さらに私になりすましてある自治体に爆破予告をする者まで現れました。被害は、最初の炎上から5年ほど続きました。」という、想像を絶する凄まじさ。
その被害をもたらした複数の加害者を特定し面会したところ、「見えてきたのは、攻撃的な投稿とは結びつかない、意外な姿だった」という。全員男性で、10~20代中心の学生やひきこもり。
その人物像が次のように紹介されている。
(1) 最初に会ったのは、20歳ぐらいの大学生。両親も一緒でした。父親はきちんとした会社に勤め、母親は普通の感じの人。大学生はうつむきがちで口数が少なく、理由を聞くと「面白かったのでやっていました。そんなに悪いことだと思っていませんでした」。過激な投稿を称賛する他のユーザーの反応や、度胸試しみたいな雰囲気が面白かったようです。
(2) 30歳過ぎの無職の男性は、年老いた母親と一緒に事務所に来ました。ずっとおどおどして「すみません」と言い続けていました。理由を聞いても、まともに答えなかったです。
(3) 医学部志望の浪人生もいました。2浪中で、父親が医者。両親も一緒に面会しましたが、父親は自分の息子が問題行為に関わったことについて、どこか人ごとのような態度でした。不思議に思った私が「どういう家庭なんですか」と聞くと、浪人生が「父親が怖くて、せきをする音にもおびえて生活している。浪人生で居場所もない。投稿をしているといやなことを忘れられる」と語ったんです。父親から相当のプレッシャーを感じていたのだと思います。
(4) 私の事務所の鍵穴に接着剤を詰めてその場で警察官に取り押さえられた少年と、その母親とも話しました。母親は着古したコートを着て、涙を流して私に謝罪しました。母子家庭で、少年は中学校で勉強についていけなくなり、通信制の高校に通っていました。母親によると、少年は常にインターネットを見ていて、母親がやめさせようとパソコンを取り上げたものの、バス代として渡したお金でネットカフェに行き、掲示板に書き込みを続けていたようです。少年のものとみられる書き込みを見ると、他のユーザーからあおられて、どんどん過激な投稿をしていた様子が分かりました。実家近くの墓を特定して写真を投稿したのもこの少年でした。
(5) 殺害予告で逮捕された20代の元派遣社員からは、「謝罪したい」と手紙をもらいました。怖い気持ちもありましたが、会ってみると、優しそうで繊細な印象の青年で、「投稿に対する反応が面白くてやった。申し訳ない」と言っていました。さらに詳しく聞くと、「友達がいなくて孤独で、掲示板に書き込んでしまった」と明かしました。
(6) 殺害予告を書き込んだ大学生からは、経緯や反省をつづった手紙をもらいました。現実逃避のためにネットに夢中になり、掲示板を利用するように。最初は私への中傷の書き込みを眺めているだけだったのが、人を傷つける凶悪な言葉を繰り返し目にするうちに感覚がまひし、いつしか自分も傷つける側になっていったそうです。殺害予告を「ネットのコミュニケーションの一つ」と表現し、私がどんな気持ちになるかは考えなかったと告白していました。ただ、最後に謝罪とともに「苦しめられる人から目を背けない大人になりたい」と書いてあり、少し救われました。
刑事事件としては、「14年5月に最初の逮捕者が出て、計10人ほどが検挙されました。」という。検挙者の処分や刑の量定は触れられていない。そして、民事の手続をどうしたかについては、触れられていない。
さて、これを教訓にどう対処すべきか。唐沢弁護士の意見は次のとおり。
「政府が法規制の検討を進めていますが、私は以前から、発信者情報の開示をしやすくする、ネット上の権利侵害に対する新たな処罰規定を設ける、ことなどを提案してきました。」「ただそれは対症療法に過ぎません。加害者のバックグラウンドを知ると、「居場所」をネット空間に求めてしまう社会的、構造的な問題にも目を向けるべきではないか、と思うようになりました。」「ネットリテラシーなどの教育や福祉的支援が必要な人は多いと思います。誰もが被害者、加害者になり得ます。法律だけでなく、精神医学などさまざまな専門分野の人が知恵を出し合い、早急に解決していかなければならない問題です。」
終極的には、教育や文化や社会環境の問題になることはそのとおりであろう。しかし、「早急な解決」には間に合わない。現実に生起している問題への対応策が必要である。どの対応策も表現の自由に対する制約の面を有することを考慮すると、まずは刑事よりも民事的に実効的な手続を確立しなければならない。
発信者情報開示手続の簡易化は必要だろう。そして、損害賠償請求訴訟において、慰謝料額を増額することもさることながら、発信者情報開示手続と本訴手続に必要な訴訟追行費用の全額を因果関係のある損害として認定させることが必要だ。
これは、最近の「N国」関係訴訟で裁判所が積極姿勢を見せているところである。N国側がNHKを被告として提起した《10万円請求のスラップ訴訟》に対して、東京地裁は応訴のための弁護士費用54万円満額を損害として認容している。こうした判決こそ、不法行為常習者への適切なペナルティというべきであり、違法行為に対する実効性のある抑止を期待できる。
「ネット上のSNS暴力は民事的にも刑事的にも違法」「民事訴訟で高額の損害賠償を支払わなければならない」「場合によっては、名誉毀損・侮辱・偽計業務妨害・脅迫で逮捕され、有罪にもなる」ことが常識とならねばならない。メディアも、損害賠償判決例や逮捕起訴例を大きく報道すべきである。
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