連続鋳造機メーカに押しかけたら
- 2020年 9月 9日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
「いざ新居浜へ」の続きです。
住重の正門は開いた。紹介セミナーもうまくいった。何かニュースでもあれば、それをダシに押しかけて関係さえ保っていれば、そのうちプロジェクトの話が転がり込んでくる。
連続鋳造機のドライブ・システムともなれば、ストランド数(鋳造が何連か)にもよるが、棒材(ビレット)用でも二億や三億にはなる。板材(スラブ)用なら七億ぐらいには膨らむ。受注すれば、一部隊が二年やそこら現場に貼り付けになる。引き合いにしても年に数回あればいいほうで、引き合いがくるまでのんびり構えているしかない。
日鉄のエンジニアリング部隊や住重と競合するメーカとして落とせないのは、日立造船に川崎重工と三菱重工の三社しかない。もう飛び込みには慣れていた。会社四季報で大代表の電話番号を調べて、社名しか知らないのに、なんの躊躇もなく日立造船(日造)に電話した。手短に要点を伝えて、関係部署に回してもらって、そこでまた要件を言って担当者に回してもらった。
ざっと社名と要件を伝えて訪問のアポをとった。社名も要件の内容もいつもの通りで、あらためて何をというものもない。飛び込みの電話では、自信がないから、ついああだのこうだのとゴタクを並べかねない。言葉が多くなればなるほど要点がぼけて、聞いてもらえなくなる。
「トヨタと日鉄」に「海外プロジェクトでコストダウンのお手伝い」と言えば、よほどのことでもなければ、話しぐらいは聞いておいた方がいいんじゃないかと思ってもらえる。思ってもらえれば、後は簡単で、「電話では限界があるんで、一度資料を持って紹介に」と言えばいい。そうだなと思っているところに「追って、都合のいい日をご連絡いただければ」と言って話を終える。
今までのままでは戦いきれない、これから先どうしたものかと思っているところに、まき餌を撒いて、無視しえない美味しそうな餌をつけて待ってれば、食いつくのは時間の問題。言ってみれば、釣りの要領なのだが、魚によって癖もあるし餌も違う。ときにはお腹がいっぱいで目の前にぶら下がった餌に見向きもしないこともある。一つひとつ状況を確かめながら工夫をこらして、あれかもしれないこれかもしれないとやっていけば、大勝しないまでもメシぐらい食っていけるようにはなる。
市場開拓は生態学の応用のようなところがある。アマゾンの熱帯雨林で咲き誇る綺麗な花にあこがれて、モンゴルの砂漠に持ち込んでも育たない。逆に中央アジアの砂漠に適応してきたラクダをアマゾンに連れて行っても手に余るだけだろう。環境があわなければ、いくらやってもうまくいかない。逆にいえば、環境さえあっていれば、あとは工夫次第でどうにでもなる。
無理に無理を重ねて環境に合わせてではコストが合わない。子会社でもなければ、非営利の特殊請負稼業でもない。すべての条件がぴったり合うことはない。確立された仕事の仕方も含めて相手の状況に合わせられるものがあれば、そしてお互い多少手間をかけて微調整してゆくことに利点を見いだせれば、実ビジネスにもちこめる。こことここは妥協できない、変更のしようがないという譲れない条件がそこそこあっていれば、妥協可能なあるいは変更可能な副次的条件のすり合わせになる。時間とコストをかけてすり合わせしてでも協業したほうが得策だと思えば、仕事になる。散々手間暇かけて検討していっても、技術的にもコストの面でも折り合いがつかずに、将来なんらかの条件が変わったときにはまた考えましょうとホールドにしておくしかないこともある。
ときには条件はここまで合っているのにと思っても、今までのままで何も困っていない相手もいる。新しいものをとり入れる必要がないところにいくら紹介にと思っても、たとえ紹介できたとしても成果はついてこない。
客である機械装置メーカの置かれた状況、そしてその先にあるエンドユーザが置かれた状況と意向が将来を決めていく。狭い業界でしのぎを削るようにして生き残ってきた会社が次の社会への生き残りをかけて戦い続けている。誰もが余裕で勝ち戦を続けられるような甘い世界じゃない。常に困っている会社、困っている組織、そして会社も組織も困ってはいないが、このままでは日のあたることのない立場に落ち込んでいる困った人たちがいる。変わり続ける市場のなかで、困っている会社か組織や人さえ見つけられば、そこから市場を切り開ける。
今まで通りじゃすまない困った人たちをどうやってみつけるのか、どこかに手引き書があるわけじゃない。あっちこちから得られた取るに足りない情報から、こういう環境で、こういう状態にいるはずだから、こういう物やサービスの提供をちらつかせれば、多少時間はかかっても食いついてくるだろうという、試行錯誤というのか工夫の繰り返ししかない。
誰もすべての情報をもっているわけじゃない。ありとあらゆる情報をコンピュータで処理して、そこから何をするのか、すべきなのかが決まってくるという理路整然とした市場開拓の手法なんてものは、ビジネススクールか巷のコンサルどもの、よくて後知恵、多くはゴタクにすぎない。もし同業がそんなゴタクを指針として動いているのなら、願ってもない、相手にする必要のない競合ということになる。
「トヨタと日鉄」というお飾りに「海外プロジェクトでコストダウンのお手伝い」というエサを放りなげれば、気になって、無視しつづけることなんかできやしない。何日もしないうちに電話がかかってくる。半月経っても来なければ、つとめて軽く電話をいれて、うっとうしがられないように注意しながら、予定を立ててもらえるようお願いする。あとは待つだけ。中にはいくら待っても、何の音さたもないこともある。
相手あってのことで、無理な押しかけはしない。なにかニュースでもあれば、相手が気にするであろう海外の情報を混ぜ込んだ話をいれて、忘れられないように心がける。機を熟すのは市場と市場における客で、こっちがどうできることでもない。機が熟せば、勝ってにエサに食らいついてくる。そこまでいくと相手はこっち以上に困ってる。請けようのない要求がでてきたところで、どうにでも躱していける。
事業部まで巻き込んでかなりの時間とコストをかけてるのに、ちっともビジネスにならないじゃないかという批難めいたことを耳にすることがある。噂にしろ聞こえてくると気持ちも荒れるが、結論を下したときには、驚くほどすっきりしている自分を見つけて驚くことが多い。なにが問題なのか、何を改善すれば間違いなく仕事になるというところまで突き詰めていくと、そこに至る過程で知り得たことが次の市場開発の最も有効な武器になる。自分の頭のなかで思いついた机上の武器じゃない。一緒に作業してきた相手には申し訳ないが、得られた情報やデータはご同業の門を突き破る最新兵器に生かさせてもらう。批難も噂も、ときには罵声すら参考になる。いい話は聞いてもしょうがないが、悪い話しは、あらゆる手を使ってでも聞きにいった。悪い話から明日が始まる。
円高ドル安の強い追い風のおかげで、どこもここもが海外プロジェクトで苦戦していた。もっといいものをと改善に改善を重ねてきたはいいが、中国をはじめとした新興工業国には豪華すぎるソリューションになってしまって、価格が折り合わなくなっていた。自社のコストダウンだけでなく、国産のドライブ・システムのコストも下げなければと叩いてきたが、日本メーカでは限界がある。そこで海外メーカと思ってもドイツの融通の利かない重電メーカは使いたくない。堅すぎて仕事がしにくいし、価格交渉は難しい。そこに市場荒らしでもしかねない勢いででてきた新参のアメリカのメーカがおいしいことを言ってくる。頭から無下にするのももったいない。
飽和した国内市場から海外にと思っても、カメラや家電製品でもあるまいし、現地に入って何年にもわたるプロジェクトを遂行しなければならない。日本の最大手といっても、カナダのプロジェクトにブラジル、そして中国やタイやマレーシアにベトナムの掛け持ちはできない。
相手は連続鋳造機では国内最大手、何度か訪問したところでドアが開くかどうか分からない。細かな質問でもれでてくればめっけものと出ていった。最初の面通しのような訪問なのに、課長を二人連れて部長が出てきた。何も知らないだけに、そこまでされると腰が引ける。細かなことを聞かれたらどうしようと焦ってはいても、自信ありげな姿勢はくずせない。
ざっと会社の紹介をしていたら、
「だいたいわかってるから」
なにが分かってるのか分からない。まさかバーコードリーダ屋なんていいださないよな、って思っていたら、
「アーカンソーの話は聞いてるし、インランドのことも聞いているから」
なんだそこまで知ってるなら、余計なことは言わない方が得策だと思って黙って聞いていた。
「ほら、うちは車関係もかなりやってて、トヨタでは御社があちこち蹴散らしてるじゃないですか」
「いえ、蹴散らしてるって、尻蹴飛ばされてるのはうちなんですけど。なんせ細かなことに煩い人たちですから」
「まあな、日鉄もめちゃくちゃいってくるけど、それは世界の製鉄技術のためってのが分かるから、しょうがないってのもあるんだけど」
肯定的な相槌にすべきなのか否定的なほうがいいのか分からない。どっちにでも取れるようにと、努めてあいまいに、
「そうですよね」
「あそこはさあ、自分たちの利益のために、俺たちベンダーを叩いて叩いてだからなー、みんなできれば付き合いたくないんだけど、断るわけにもいかないし……」
顔を歪めてまで言わなくても思いながらも、辛いのは日本の会社も同じなんだと、ほっとした。
その気持ち、よーくわかりますよって顔はしても口にはだせない。その会社のお陰で、あそこで評価されてるんなら、間違いないだろうって門戸を開いてくれるところが多い。トヨタは市場開拓の最大のツールだった。
部長の口調から、ここは初めからドアのカギ外れていたことに気がついた。どうも入れ食いのような気がしてきた。話がちょっと具体的になってきた。
「中国はどうなんだろう。支社はあるよね。エンジニアリング部隊どのくらいいるんかな」
「そうですね、上海に支社がありますけど、まだ何年でもないですから、そこそこのエンジニアリングまでしか期待できないと思ってます。連鋳機ともなれば、本社からキーメンバーがでてきて、現地を使って、使いながらオン・ザ・ジョブでトレーニングしかないと考えてます。仕事もないのに、五人も十人も遊ばせておく余裕はないですから」
開設して十五年にはなる日本支社だって部品売りしかないのに、中国の支社が製鉄に関係するような大きなプロジェクト? 「もしかして」が幾つか並んだところであるわけがない。やったこがあるのないの話ではない。やることを考えたこともなかったことを始めているのだから、不備や不安を言いだしたらきりがない。できる準備はするが、最後は泥縄でいくしかない。分かっていての泥縄は考えてもみなかった泥縄とは違う。市場開拓に泥縄はつきもの、泥縄で転がしていく算段はついている。
実績がないのが不安なのだろう、ちょっと間が空いた。
「そうだな、今度上海まで来てもらえるかな」
えっ、いきなりそこまでいくか。ついしたり顔になるのを抑えながら、
「そうですね。上海には遠からず行ってこなけりゃと思ってましたんで、いつでもお供させて頂きます」
上海にといえば、宝山鉄鋼のことになる。そんなところ、とてもじゃないが自力で行けるところじゃない。それにしても、話が早すぎる。困ってるのは分かるが、どれだけ助けになれるのか心配になってきた。
こんど主要製品を持ち込んで製品紹介でもしましょうと言って、帰ってきた。
驚いたことに、翌週には電話がかかってきた。
「見積依頼を郵送しておいたから、出来るだけ早く見積もり……」
いくらせかされても、厚さ一センチはある和文の見積依頼をそのまま送るわけにはいかない。必須のところだけ英訳して、事業部にファックスで送った。送っている途中で向こうのファックス機の用紙が切れたのだろう、止まってし
まった。そこから事業部の別のファックス機宛てに送り続けていたら、また用紙切れでとまった。三台目のファックス機でやっと送り終えた。
夜、いつものように事業部に電話を入れたら、
「朝出てきたら、お前のファックスのせいで、事務所のあっちこちで紙が溢れてたぞ」
よくやってるな、お前という言葉の後ろに、どことなく冷ややかな響きがあった。スラブの連続鋳造機でドライブ・システムは少なく見積もっても七億円はくだらない。それはもう見積というよりソリューションの提案書で、大きなバインダー一冊にもなる。それだけの資料となると、ざっと作るにしてもかなりのコストがかかる。事業部としては、動き出したばかりの日本支社が見積依頼を持ってくるまでになったはいいが、提案書つくりに工数がさかれる。初めての引き合いで受注にこぎつけることはないだろうから、タダ働きになる。
タダ働きの小手調べで終わってしまうことも多いから、OEM側に付き合わなければならないという必然のないところに手間暇かけたくない。そうはいっても出された見積依頼を断る勇気は事業部にもない。ただ受注の可能性は聞かれる。聞かれたところで、やっと見積依頼をもらえるようになったばかりで、客先に言われたことを伝えることしかできない。
いつになったら受注にこぎつけるのか分からないまま、二度目の見積依頼がでてきた。先に出した見積がどう評価され、実ビジネスの可能性がどれほどあるのか聞いても、今商談が進んでいるというだけで、どうなっているのか知る手立てがないまま、見積依頼だけは出てくる。
見積依頼が出てくるということは、ドライブ・システムのベンダーとして認めれていることだと思おうとして、そういうことだろうと事業部に話して、ほんとうかよと思いながらも日造に引きずられていった。
見積を手に応札状況を聞きにいった。もう何度目になるか。聞いたところで意味のある返事を聞いたことがない。事業部への報告もあるし、聞いてもしょうもないことと分かっていても、聞かざるをえない。
挨拶をし終わらないうちに言われた。
「来月、一緒に宝山鉄鋼に行ってもらえるかな」
見積先が宝山鉄鋼だとは知っていたし、前にも、今度上海までと言われたのは覚えているが、まさかと思っていた。
急な話に言葉につまった。
なにをビビってるんだという顔で言われた。
「いや、技術検討会なんだけど、初回だから二日間でしかないし、突っ込んだ話にはならないと思うけど、最初から出ていたほうが印象もいいだろうし。忙しだろうけど、ちょっと日程開けてくんないかな」
断るわけにはいかないが事業部を引き出すとなる自信がない。なんと答えたものかと探りを入れるように、
「どうしましょうか。愚生だけでしたら、簡単なんですけど、事業部から呼ぶとなると、色々とあると思うんで」
「あ、いやー、最初だから細かなことには入らないし、アメリカから来てもらうまでのことはないから。藤澤さんが一緒に来てくれればいいから」
2020/9/9
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion10097:200909〕
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