アウシュヴィッツ平和博物館と朝露館(関谷興仁陶板美術館)を結ぶ
- 2020年 12月 4日
- 評論・紹介・意見
- 小原 紘朝露館
韓国通信番外編
本稿は福島県白河市にあるNPO法人アウシュヴィッツ平和博物館の機関紙『イマジン』に投稿したものを博物館の了解を得て発表したものであることをお断りしておきます。
自宅(千葉県我孫子市)から白河まで車で4時間あまり。最近は往復8時間の運転が体にきつくなり白河にはすっかりご無沙汰している。
<朝露館との出会い>
国道294号線は千葉から茨城、栃木、福島を結ぶ長い国道だ。白河への行き帰りに立ち寄ることの多かった益子町で新たな人たちとの出会いがあった。
10年前になる。「週刊金曜日」の記事で記憶の陶板美術館―「朝露館」の存在を知った。
韓国の民主化運動で歌われた有名な反戦歌「朝露」と同じ名前が気になり訪れた。
探し当てた小さな美術館の館主、関谷興仁氏本人に案内してもらい、話を聞いた。
「原発災害情報センター」※と同じくらいの広さの2階建ての展示室。テーマは韓国済州島事件の詩、映画『ショアー』。ヒロシマ、『チェルノブィリの祈り』、 マレーシアの虐殺事件、尹東柱の詩、石川逸子の詩『千鳥ヶ淵へ行きましたか』など、夥しい数の作品に圧倒された。
幸せに生きたいと願う人たちを突然襲った不条理な死。陶芸作家は、怒りを胸に、哀しみに耐えながら、心を込めて悼む言葉と名前を彫り続けた。記憶せよ! 作品は私に静かに語りかけてきた。
※「原発災害資料センター」 福島原発事故によってアウシュヴィッツ平和博物館そのものの存続が危ぶまれたなか、同敷地内に博物館の付属施設として、情報・資料の収集、反原発の運動拠点として2013年に完成させた。
1988年工房を設け、92年に展示館を建設。非公開同然だった美術館が仲間たちに背中を押されるように一般公開してから5年になる。
白河で陶板作品『ショアー』が展示されたので記憶している方も多いはず。アウシュヴィッツ平和博物館の会員には説明するまでもない。ショアー(SHOAH)はクロード・ランズマン監督の映画の題名。第二次世界大戦中ナチスによるユダヤ人虐殺をホロコーストと呼ぶことが多いが、監督は殺す側の言葉を使わず、ヘブライ語のショアー(大虐殺)を使った。
訳者の仏文学者の高橋武智さんは朝露館をこよなく愛し、亡くなる直前まで一会員として毎回のように機関紙発送の手伝いに来られたことが昨日のことのように思いだされる。
朝露館の公開は春と秋、それも週末だけ。ホームページ※を見て、また口伝で訪れる人も多い。益子で活躍する数多い陶芸家のなかで、「売らない」、「売れない」作家は関谷さんただひとりだ。忘れてはいけない大切なことを作品にして展示し続けている。訪れると今年88才になった関谷さんが笑顔で迎えてくれるかもしれない。※http://chorogan.org
圧巻は『万人抗』と花岡事件を扱った作品群だ。毎年、花岡鉱山事件の中国人犠牲者の家族たちが追悼式典の帰りにここにやって来る。小さな墓標のような陶板の中から自分たちの祖父、父親の名を見つけ衝撃をうける人たち。歴史から抹殺された肉親と再会したかのように故人の名を叫ぶ光景が毎年のように繰り返される。名前に付ける赤いリボンの数が年々増え続ける。
「過去は水に流して未来志向」などという「いかさま」はここでは通用しない。国道294号線を途中下車して出会った朝露館はアウシュヴィッツ平和博物館から約2時間の所にある。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion10337:201204〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。