青山森人の東チモールだより…籠一杯の食糧支援
- 2021年 1月 31日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
感染者、一日で11名
今年1月23日、いっきに11名の新型コロナウィルスの陽性者が登録されました。一日の感染者としては過去最大の数字です。幸いなのは、今もなお死者がゼロであり、感染者は外国からの入国者の中からに限られており、市中感染者が出ていないことです。
1月30日の時点で、去年3月からの累積感染者数は70名、現在療養中の人は19名です。
大規模生活支援策、「籠一杯の食糧支援」
去年2020年10月末ごろから今日に至るまで、Cesta Básica[セスタ バジカ]と呼ばれる政府による生活支援策が連日のようにニュース・報道のネタとなって何かと世間を騒がせています。
Cestaはポルトガル語で「枝編み籠」「籠」「バスケット」の意、Básicaはこれもポルトガル語で「基本の」「根本的な」「第一の」の意、英語でいうbasicです。Cesta BázikaあるいはSesta Bázikaなどと、テトゥン語化されています。
その支援策の内容とは、日常生活に欠かせない基本的な食糧を籠(あるいは袋)に入れて住民に配給するというものです。したがって「籠詰め基本食糧の配給計画」「籠に入った基本食糧」などと意訳できましょうか。ここでは、固有名詞として[セスタ バジカ]と記したり、あるいは「籠に入った基本食糧」「籠一杯の食糧支援」などと意訳することにします。
新型コロナウィルス災禍によって生活が窮乏する国民にたいする大掛かりな生活支援策として、この[セスタ バジカ]は第二弾です。第一弾は一世帯当たり生活支援金200ドル(二か月分)の支給でした。生活支援金の給付対象は月収500ドル未満の世帯でしたが、[セスタ バジカ]はなんと全国民です。一人頭一ヶ月25ドル分の食糧を二ヶ月分つまり50ドル分の食糧を全国民に配給する大規模事業です。
[セスタ バジカ]は発表された去年10月末当初、国産の食糧を配給し栄養不足になりがちな人びとに栄養をつけてもらいたいという目的が強調されましたが、いつの間にか経済回復が強調されるようになりました。政府が国内・地方の会社と契約し、その会社が地元農産物を買い入れて住民に配給することで経済の活性化を図ることができるという発想です。国産の食糧を住民に配給するというのが[セスタ バジカ]の柱といえます。
生活支援金(まだ若干の世帯が受け取れなくてもめているようだ)の事業を経験した政府がさらにステップアップした事業に果敢に挑戦するというのは悪い相談ではありません。しかしこの[セスタ バジカ]、すぐに批判の雨あられにさらされました。
批判にさらされる「籠一杯の食糧支援」
去年2020年11月初め、コバリマ地方で[セスタ バジカ]の配給が始まると、さっそく野党CNRT(東チモール再建国民会議)は、配給物質のなかに歯みがきが含まれている/住民が欲しいのは現金か食糧であって歯みがきではないと批判を開始しました。
そして11月中頃になると、[セスタ バジカ]で得をするのは政府と契約した会社だけであって住民ではないという批判が報道されてきました。関係省庁はこの批判を否定しますが、[セスタ バジカ]を効率かつ効果的に実施するために仕組みの改善を検討すると半ば批判を受け止めています。そして「反汚職委員会」が[セスタ バジカ]の事業のなかで汚職が発生しないように監視すしていると報道されました(『テンポチモール』、2020年11月13日)
人口は130万でなく150万
2020年11月17日、タウル=マタン=ルアク首相はルオロ大統領との会談後の記者会見で、前回の生活支援金の対象は世帯(単位)であったが[セスタ バジカ]は対象者は国民全員であるから大変な事業である/人口は150万といわれている/これは小さな数字ではない/政府から多数の人員を動員しなければならないと語りました。またタウル首相は、200ドルの生活支援金をまだ受け取っていない人のことを政府は忘れていないと強調しました(『テンポチモール』、2020年11月18日)。
おやっ? 東チモールの今日の人口は一般に120~130万といわれているのに、150万という大きな数字が出てきました。どうしたことでしょうか。前政権の中心政党CNRTは人口を130万としてきたが、現政権の中心政党フレテリン(東チモール独立革命戦線)はこれは間違いであり実際は150万だと修正すると報じられたのです(『テンポチモール』、2020年11月23日)。
フレテリンの国会担当・フランシスコ=ミランダ=ブランコ議員は、前政権による世帯データについて憂慮する/人口130万という数字に基づいた一人当たり25ドル分の[セスタ バジカ]は15ドル分に下げざるを得ないと語りました。またタウル=マタン=ルアク首相も、約束通りに一人頭25ドル分の配給はできないことを認めました(『テンポチモール』、2020年11月26日)。
人口130万に25ドル(分の食糧)を配ると単純計算で130万×25=3250万ドルとなり、この金額を政府は準備したことになります。この金額を150万人で分けるとなると、一人頭は3250万÷150万=21.6、20ドル以上にはなるのに、なぜ15ドルとなるのでしょうか?
炎上する「籠一杯の食糧支援」
11月下旬になると[セスタ バジカ]にたいする不信感が募ってきたようです。
人権団体「アジア正義と権利」は、[セスタ バジカ]に犯罪の兆候があるとして「反汚職委員会」に調査を求めました(『テンポチモール』、2020年11月27日)。
また、[セスタ バジカ]に動員された政府職員はお祭り気分であるという批判が政権の内外から出てきました。上記の人権団体は食糧の配給は地元の自治体にまかせるべきと提案しました。
12月1日、[セスタ バジカ]の物資を首都デリ(ディリ、Dili)からマナトゥトゥへ運搬中のトラックが事故にあい転倒、大量の食糧が路上に散乱してしまいました。この事故で3人のけが人が出ました。
同日、ビケケ地方で[セスタ バジカ]に不満な住民一名(男性)が広場に積み上げられた段ボール箱の山に火をつけ燃やすという事件が起きました。段ボール箱には[セスタ バジカ]向けの食糧が入っていました。幸い段ボール箱の山は一部燃えただけですみましたが、食糧が炎上する映像は衝撃的です。さらに衝撃的なのは、火をつけた者を取り押さえた3名警官のうち2人がその者を蹴っ飛ばしている姿でした。放火現行犯は立ったまま押さえつけられた状態だったので、明らかにこの”蹴り”は不必要に見え、警官の行為に警官組織の未熟さを感じてしまいます。
かくしてタウル=マタン=ルアク首相が率いるPLP(大衆解放党)内部から[セスタ バジカ]の中止を示唆する意見が出てきました。PLPのサビノ=ソアレス=グントゥール議員は、[セスタ バジカ]は国庫に還元されない/[セスタ バジカ]は差別的であり地域社会に受け入れられていないから配給物資が燃やされるのだ/政府による分析も不十分だ/政府と契約した会社が(西チモールの)アタンブアやクーパンから仕入れた物資を配給しているという話もあるが、もしこれが本当だったら大問題である/地域社会に根差した事業のために投資すべきだと提案したのです(『テンポチモール』、2020年12月1日)。
このサビノ=ソアレス=グントゥール議員は、なんと今年1月23日、国立病院で亡くなってしまいました。原因は糖尿病とのことで肺を患ったとも報道されています。享年45歳です。若い国会議員の死が悼まれます。
「反汚職委員会」、動き出す
「反汚職委員会」がついに動き出しました。配給食糧に腐った食べ物があるとして[セスタ バジカ]にかんして政府と契約した首都にあるスーパーマーケットの経営者と政府職員の取り調べを始めました。同委員会はこのスーパーマーケットによる食糧配給を直ちに中断させました(『テンポチモール』、2020年12月10日)。
不正疑惑の取り調べを始めた「反汚職委員会」ですが、その後、配給される食糧の値段が操作されているという情報が多数寄せられているものの、政府とその契約会社とのやり取りを調査するのは難しいと述べました(GMNニュース、2020年12月23日)。
このような状況にいたっては、住民が現金支給の方がいいと思ったとしてもむべなるかなです。
[セスタ バジカ]で配給される食糧は人に栄養を与えるものではなく、人の健康を害するものだ、とCNRTのアラン=ノエ前国会議長は腐った食べ物の配給を許す政府を非難します(『テンポチモール』、2021年1月13日)。
むらのある「籠一杯の食糧支援」
この[セスタ バジカ]はまったくお話にならないほど住民に拒絶されているのかというとそうでもないようです。[セスタ バジカ]への批判記事が多い『テンポチモール』でも、コバリマ地方の住民は2020年12月31日、[セスタ バジカ]の食糧を受け取る/村の自治体首長は苦情が発生していないと語る、と報じています(2021年1月1日)。
一方、ビケケ地方ウアトラリのマカディケ村の住民が記者会見を開き、配給食糧は50ドルの価値はなく29ドル50セント分の価値しかないとして、反汚職委員会に[セスタ バジカ]にかかわっている会社の調査を求めました。この記者会見で代表は、独立して18年たったのに政府はいまも国民を悲しませていると嘆きました(『テンポチモール』、2021年1月1日)。
食糧が苦情なく受け入れられる地域もあれば、粗末な食糧が配給され住民を嘆かせる地域もある……このようなことが「差別的」という批判につながっていると思われます。
フレテリン、「籠一杯の食糧支援」の批判をやめる
政権内から[セスタ バジカ]を批判をしてきた与党フレテリンですが、今年1月半ばから容認へと転じてきました。
フレテリンの国会議員は,1月14日,首都ディリのビラベルデで[セスタ バジカ]の配給作業の現場を視察したところ、二ヶ月分50ドルに相当する国産の食糧が適切に配給されていると述べました(『テンポチモール』、2021年1月15日)。おやおや、人口が150万であるから一ヶ月分25ドルに達しないという発言はいったい何だったのでしょうか。
そしてフレテリンの首領・マリ=アルカテリ書記長の登場です。1月18日、フレテリンのマリ=アルカテリ書記長は、[セスタ バジカ]のなかの一つや二つの食糧が腐っているからと、国民全体に利益を与える[セスタ バジカ]を政治問題化してはいけない/CNRTは長期政権で何もしてこなく、いま(野党になって)[セスタ バジカ]を批判しているとは少しは恥を知るべきだとCNRTを挑発しました。そしてマリ=アルカテリ元首相は、CNRTは12~13年の政権期間で多額の資金を浪費しただけで結果を出せなかった/フレテリンが参加した現在の第八次立憲政府は、6ヶ月以内でみんなを喜ばせる[セスタ バジカ]を実施している/一人二人は不満をいう者もいるが、実際その人たちも(食糧を)家に持ち帰っている/それだけでなく政治危機も政治的袋小路ももうないのだ/44票の賛成で国家予算案は可決された、とフレテリンが与党となった成果を自画自賛したのです(『テンポチモール』、2021年1月18日)。
実はマリ=アルカテリ書記長はいま、自分にたいする非難発言についてCNRT議員などを裁判に訴えてCNRTと緊張を高めているときです。したがってCNRTへの辛辣な発言は理解できます。しかし[セスタ バジカ]を批判している住民にたいして見下すような言い方はいただけません。それに「政治危機」も「政治的袋小路」はもうないと、その渦中にいる人物がいうのであれば何をかいわんやです。いかにもマリ=アルカテリ書記長らしい物の言い方といえばそれまでですが、これだからフレテリンの支持率は上がらないのだと改めて納得する次第です。
さてさて、今後も[セスタ バジカ]の作業は続けられていくことでしょう。そしてさまざまな批判や問題点がこれからも噴出することでしょう。しかしながら全国民への配給という前代未聞の大掛かりな作業を実践していくなかで、東チモール政府の行政力が向上していくことを期待したいと思います。
青山森人の東チモールだより 第431号(2021年01月30日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.co
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10512:20210131〕
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