福島原発事故から10年 IPPNWアレックス・ローゼン小児科医の論評 福島における小児甲状腺がん発生:予測される症例数の20倍に
- 2021年 3月 24日
- 時代をみる
- グローガー理恵
はじめに
3月9日、UNSCEAR (原子放射線の影響に関する国連科学委員会)が「2020年報告 (UNSCEAR 2020 Report)」を発表した。UNSCEARは「放射線関連のがん発生率上昇はみられないと予告される。放射線被ばくが直接原因となる(例えば発がん)が将来的に見られる可能性は低い」と評価した。
さらにUNSCEARは福島における甲状腺がんの発生を下記のように評価している:
「放射線被ばくの推定値から推測されうる甲状腺がんの発生を評価し、子供たちや胎内被ばくした子供を含む、対象としたいずれの年齢層においても甲状腺がんの発生は見られそうにない。公表されているエビデンスを鑑みると、被ばくした子供たちの間で甲状腺がんの検出数が(予測と比較して)大きく増加している原因は放射線被ばくではないと当委員会は判断している。むしろ、非常に感度が高いもしくは精度がいいスクリーニング技法(highly sensitive ultrasound equipment ) がもたらした結果であり、以前は検出されなかった、集団における甲状腺異常の罹患率を明らかとしたに過ぎない。」
簡単に言えば、UNSCEARは「被ばくした子どもたちの間で甲状腺がんが増加している原因は放射線ひばくではない」との判断を下しているのである。
ご紹介させていただく、アレックス・ローゼン医学博士 著の論評「福島における小児甲状腺がん発生の増加:予測される症例数の20倍に」は、そのタイトルがすでに物語っているように、この、UNSCEARの楽観的(?)とも言える ”フクシマ被ばくによる健康影響の評価”を明確に否定したものである。
論評は、主に福島医大によって公表されたデータを分析しながら、福島における小児甲状腺がん症例増加の実態を明らかにしていっている。あくまでもデータ・数値をベースにして展開されるローゼン医師のアーギュメントは論理的であり説得力がある。
私は、小児科医として多忙な日々を過ごされている中、この貴重な論評を作成してくださり、それを翻訳することに快諾してくださったアレックス・ローゼン医師に、心から ”ダンケ・シェン!Danke schön!”と、感謝申し上げたい。
さらに訳注として、和訳は主に英語版をもとにしているが、ドイツ語版を参照した箇所もあるということを付け加えさせていただく。
英語版へのリンク:Thyroid cancer in Fukushima children increased 20-fold
ドイツ語版へのリンク:Schilddrüsenkrebs bei Fukushima-Kindern 20-fach erhöh
福島における小児甲状腺がん発生の増加:予想される症例数の20倍に
著者:アレックス・ローゼン (Alex Rosen)
〈医学博士/ 小児科医 / IPPNWドイツ支部共同会長〉
[日本語訳:グローガー理恵〕
写真: Dr Alex Rosen
2011年、日本の人々は放射性フォールアウトを浴びた。それらの人々の中には、いまだに、放射能汚染された地域で生活している人たちがいる。彼らは日々、高い放射線量にさらされているのである:道ばたや田んぼ、砂場に存在する放射性ホットスポット、放射能汚染されたキノコや藻類、放射能汚染された地下水、(除染されたにもかかわらず)森林火災や洪水によって再び汚染されてしまう地域。
被ばくがもたらす健康障害のひとつして、もっとも恐れられているのが、DNAの変異による 発がんである。小児甲状腺がんは、放射線誘発されるがん種の中でもっとも危険ながんではない。だが、検出するのには、もっとも容易ながん種であると言えるだろう。
一方、小児甲状腺がんは、腫瘍が発生するまでの潜伏期間が比較的短かく、同時に、きわめて希少な疾患であるので、わずかな増加であっても、統計的な有意性を確立することが可能である。
2011年、日本では「長期的な集団スクリーニングを実施して、福島の小児/青少年における甲状腺がん発生の状況を把握する調査をしてほしい」との強い圧力が、当局にかかった。
それから10年間ちかく、福島医大(福島県立医学大学)は定期的に、原子力メルトダウンが発生した当時、18歳以下だった福島県民を対象に、甲状腺検査を実施してきた。
いちばん最初の甲状腺検査で受診対象となったのは、およそ368,000人から成る集団であった。そのうちの約300,000人(約82%)が、最初の数年間に行われた一巡目の先行検査 (2011年~2014年)を受診した。
その後、2年毎に同じ集団を対象にしてフォローアップ検査が実施されている。2巡目の検査はすでに完了し、3巡目は最後の段階にあり、2018年から、すでに4巡目の集団スクリーニングが実施されてきており、2020年からは5巡目のスクリーニングが始まっている。
最初の1巡目検査(先行検査)においては穿刺吸引細胞診で、116人に異常(悪性ないし悪性の疑い)が検出された。そのうち、101人にがん症例がみつかったが、これらすべての症例が悪性度の高い進行性がんであったため手術適応が必要とされた。1巡目検査の穿刺吸引細胞診で、異常(悪性ないし悪性の疑い)が検出された患者の福島原発事故発生当時の年齢は、6歳から18歳であった(平均年齢:14.9歳)。
当時、福島医大は、この予想外に多い症例数はスクリーニング効果の結果であると説明した。スクリーニング効果とは、大規模な集団スクリーニングにおいて、同集団で同時期に有症状でみつかると予想される症例数よりも、多くの症例数を確認する現象である。
1巡目検査(先行検査)において、スクリーニング効果による影響の度合いが正確にどのくらいであったのか、不明である。しかし、1巡目検査の後に実施された2巡目検査以降のフォローアップ検査における、がん発生率の増加がスクリーニング効果の結果であるということは除外できる。なぜなら、前の甲状腺検査で、 これらの子どもたち全員に「がんの疑いなし」ということが、すでに確認されていたからである。ゆえに、これらの子どもたちに、がんが発生したのは、集団検査と集団検査の間の期間であったにちがいないのである。
2巡目検査において穿刺吸引細胞診で71人に異常(悪性ないし悪性の疑い)が検出され、そのうちの54人にがん症例がみつかった(患者の福島原発事故当時の年齢:5歳~18歳、平均年齢:12.6歳)。
3巡目検査においては、さらに穿刺吸引細胞診で31人に異常(悪性ないし悪性の疑い)が検出され、そのうちの27人にがん症例が確認された(患者の福島原発事故当時の年齢:5歳~16歳、平均年齢:9.6歳)。
現在進行中である4巡目検査においては、穿刺吸引細胞診で27人に異常(悪性ないし悪性の疑い)がみつかり、そのうちの16人に、がんの新規診断がなされた(患者の福島原発事故当時の年齢:0歳~12歳、平均年齢:8歳)。
穿刺吸引細胞診で異常(悪性ないし悪性の疑い)がみつかった、計46人の子どもたちは観察経過中の状況にあり、まだ手術を受けていない。
注目すべきことは、甲状腺検査でみつかった、がん疾患者の平均年齢が徐々に下がってきていることである:時が経つにつれて、ますます多くのがん症例が、福島原発事故当時まだ幼少だった患者にみつかっている。中には事故当時5歳以下だった患者もいる。
甲状腺検査対象者の中で、25歳になった青少年たちは、従来の甲状腺検査から外されて、新たに設定された「25歳時節目検査」の集団に移行させられる。この「25歳時節目検査」集団で、穿刺吸引細胞診により7人に異常(悪性ないし悪性の疑い)が検出され、そのうちの4人に甲状腺がん新規症例が確認されたことが登録されている。しかし、報告されていないがん症例数は、もっとはるかに多いものと思われる: なぜなら、25歳時節目検査の受診率は、わずか8%にすぎないからである。この新たにつくりだされた”研究コホート(25歳時節目検査)” は、概して、診断されるがん症例数をさらに減らすための福島医大による手段としてみられている。
さらに、甲状腺検査の受診対象者コホートの中の子どたち11人が甲状腺がんの診断を受けた。しかし、これらのがん診断は正式な甲状腺検査の実施中に下されたものではなかった。11人の患者は、福島医大付属病院で診察されて、がん診断を受けたのだった。これら11例のがん症例は、同一腫瘍を示し、正式な甲状腺検査の受診対象者コホートに含まれる患者において見つかったにもかかわらず、公式な甲状腺検査の集計データには含まれていないのである。この、正式な甲状腺検査の枠外でみつかった11例のがん症例については、2017年の6月、明るみに出された。
それ以来、未報告の甲状腺がんの診断数が、さらにどれだけあるのか、明らかではない。加えて、日本における他の病院からのデータ入手は不可能であり、福島県外の汚染区域からの患者は甲状腺検査をまったく受診していない。したがって、核メルトダウン発生時に汚染区域にいて、当時は子どもだった人たちにおいて見つかった甲状腺がんの未報告症例数は、はるかに多いものと思われる。それにもかかわらず、福島県における甲状腺がんの総症例数は、現時点で、213例(甲状腺検査の公式結果から198例、「25歳時節目検査」から4例、福島医大付属病院から11例)になるのである。
これらの症例数と日本における総体的な発生率とを比較してみると興味深い。日本の25歳未満の人たちにおける甲状腺がんの年間発生率 は、およそ10万人あたり0.59人である (国立がん研究センターのデータ)。ということは、およそ218,000人の甲状腺検査対象者集団からは、年間に約1.3人の新規甲状腺がん症例が予想されることになる。したがって、原子力災害が始まってから10年経った今、同じ(218,000人の)甲状腺検査対象者コホートからは、およそ13人の甲状腺がん症例が予測されたことになるだろう。
しかし、福島における実際の甲状腺がん症例数は213人であり、これは予測数の16倍になる [訳注:213人対13人]。もし、1巡目検査(先行検査)の後に診断された、スクリーニング効果に因していないことが確かな、112人のがん症例のみ [訳注:1巡目検査でがん診断されたのは101人⇒ 213人−101人=112人] を考慮に入れると、確認されたがん症例数は、予測された甲状腺がん症例数の20倍になる (1巡目検査の終わった2014年において予測される新規症例数は5.5人)[訳注:112人 対 5.5人]。
以下のグラフでは、正式に確認された甲状腺がん症例数 (青色)が、甲状腺検査受診者コホートで予測される症例数 (オレンジ色)と比較されている。このグラフは、症例数が、1巡目検査(先行検査)の間に着実に増えており、その後も(2014年~2020年の間)増え続けていることを示している。1巡目検査後の2014年から2020年の間における症例数の増加は、いかなるスクリーニング効果でも説明することのできない現象である。
福島医大の甲状腺スクリーニング・プログラムで検出された甲状腺がん症例
(2012年~2020年)
【青色:確認された症例数 オレンジ色:予測される症例数】
さらに、甲状腺がん発生率の地理的分布は放射能汚染度のレベルと合致する。福島県の東部に位置する、放射能汚染度のレベルがもっとも高い13市町村におけるがん発生率が、県の北部・南部・中央部に位置する放射能汚染度のもっと低い地域における発生率よりもはるかに高かったことが記録された。発生率がもっとも低かったのは県の西部であり、放射性フォールアウトが最少だった地域でもある。
福島の4つに区分された甲状腺検査地域 (ソース:福島医大資料)
黄色(北部):相馬
黄色(南部):いわき
紺色:避難指定された13市町村
空色:中通り
白色:会津
地域別にみた年間の甲状腺がん発見率/100,000人 (2017年6月集計)
【左から:会津、浜通り、中通り、13市町村、 赤い横線は福島県の平均値】
2016年から2021年の間の甲状腺がん症例の予測数が減少しているのは、甲状腺検査の受診率が減少しているためである。甲状腺検査を受診しなくなった人たちのがん疾患が、スクリーニング検査で検出されることは、もうないであろうから、がん症例の予測数も減少することになる。
2011年から2014年に実施された1巡目検査においては計およそ380,000人の検査受診対象者数(事故当時の18歳以下人口)のうち約300,000人が受診した。2014年から2016年に実施された2巡目検査での受診者の総数は、およそ270,000人で10%の減少を示した。2016年から2018年に実施された3巡目検査では、さらに10%の減少が見られ、受診者の総数は218,000人弱であった。4巡目検査において現在までに受診したのは、181,000人だけである。さらに5巡目検査の受診者数は、これまでのところ、41人のみである。
福島の甲状腺検査の受診者数の割合は、相対的に、1巡目検査の82%から2巡目検査の71%、3巡目検査の65%、そして現在進行中の4巡目検査の62% へと下がっている。
甲状腺検査の受診者数 (2011年~2020年)
【青色の棒:受診対象者数、オレンジ色の棒:実際の受診者数 灰色の曲線:受診者数の割合 (%)】
この傾向(受診者数の減少傾向)の裏にはある方策が潜んでいるようである:ここ数年、甲状腺検査を実施している福島医大は代表者を学校に派遣して、出前授業で子どもたちに「検査を受けなくてもよい権利」や「知らなくてもよい権利」を提唱しているのである。そして今や、書式用紙に「甲状腺検査を受診しなくてもよい」という選択肢 ”オプトアウト”が掲載されるようになったのである。福島医大は人々に検査の”オプトアウト”をすすめているようである。また、受診者数の減少は、従来のメイン甲状腺検査から25歳以上の受診対象者を外していることでも説明できる。
福島医大のスタッフは、甲状腺がん症例数が増加するという不安な傾向が続くことを懸念しているのだろうか? 彼らは、原子力災害が始まって以来、広めてきた「核メルトダウンが、がんの過剰発生をもたらすことはないだろう」という彼らの主張に相反するデータに不愉快さを感じているのだろうか?
甲状腺がん疾患だけでなく、電離放射線によって誘発される、もしくは電離放射線の悪影響を受ける、他種の悪性腫瘍や他の非がん疾患が増加することが予測される。福島医大が実施する甲状腺検査は、フクシマ核災害による健康影響に関連する情報を提供できる、唯一の科学的な調査研究である。そして現在、この調査研究が、福島医大と協力するIAEA(国際原子力機関)[*訳注] や、メルトダウンや原子力エネルギーについての全ての懸念を払いのけようと試みている日本政府のような原子力支持者(機関)によって、弱体化される危険に晒されているのである。
日本の人々には、健康への、そして健康な環境で生活するという不可譲の権利(譲るべからざる権利)がある。子どもたちの甲状腺検診は、がん疾患が早期発見され早期治療することができる患者自身にとってだけでなく、放射性フォールアウトによる放射線の影響を被る全ての住民にとっても有益な検査である。したがって、甲状腺検査の適切な続行と科学的モニタリングは公共の利益となり、この調査が政治的または経済的動機によって阻止されるようなことがあってはならない。重要なのは、これらの展開を外部から批判的にモニターし続けていくことである。
以上
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[*訳注] 福島医大と協力するIAEA(国際原子力機関):IAEAは、甲状腺検査を行っている福島県立医科大学への資金援助をしている。 参照:外務省リンクに掲載された資料 – ”人の健康の分野における協力に関する福島県立医科大学と国際原子力機関との間の実施取決め”
参考文献
• Publications of the results of the 40th meeting of the Fukushima Prefectural Health Investigation Review Committee held on January 15, 2021 (in Japanese). https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/kenkocyosa-kentoiinkai-40.html
• Publication of Fukushima Prefectural Radiological Health Management Center on Geographical Distribution of Thyroid Cancer Incidence in Fukushima, Nov. 30, 2017 https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/244313.pdf
• Yokoya S et al. “Investigation of thyroid cancer cases that were not detected in the Thyroid Ultrasound Examination program of the Fukushima Health Management Survey but diagnosed at Fukushima Medical University Hospital.” Fukushima Journal of Medical Science, 2019:65:122-127 www.jstage.jst.go.jp/article/fms/65/3/65_2019-26/_html/-char/ja
National Cancer Incidence Based on Japan Cancer Registries (1975-2013), retrieved 2019-08-13. http://ganjoho.jp/en/professional/statistics/table_download.html
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