攻防続くミャンマー、どう描く出口戦略
- 2021年 4月 6日
- 評論・紹介・意見
- 野上俊明
ビルマ政治犯支援協会(AAPP)によると、4/1の時点で、2/1のクーデタ以来、子ども46人を含む543人の民間人が国軍によって殺害された。3/27の国軍記念日の式典には、中国、ロシア、インド、パキスタン、バングラデシュ、ベトナム、タイ、ラオスの八か国が代表派遣。一方その首都の外では、国連が「最も血塗られた日」と呼んだ大量殺戮―一日で120名以上―が行われた。国軍の残忍さもエスカレート、マンダレーでは露天商の40歳の男性が、突如夜中に自宅に踏み込んだ部隊によって銃撃され、まだ息のあるうちに火の中へ放り込まれ、「母さん、助けて」という最後の言葉を残して、焼き殺されたという。
国軍の弾圧には殺戮だけではなく、金品の略奪、家屋の破壊や放火をともなっている。1962年のクーデタ、1988年の反革命クーデタ、2007年の「サフラン革命」鎮圧、2017年のロヒンギャ迫害と、国軍は過去の黒歴史における成功体験から、弾圧は徹底的であればあるほど、残忍であればあるほど成功の見込みが強くなると踏んでいるのであろう。そして背後に力強い味方である中ロがついている。
3/27、ミャンマー全土は悲しみと怒りのるつぼと化した。 ロイター電
他方、国軍記念日を頂点とする治安弾圧部隊による殺戮をうけて、国連安保理は緊急会議を非公開で開催。そこで国連のミャンマー特使クリスティン・シュラーナー・バーゲナー氏は、このままでは大量虐殺が不可避であり、本格的な内戦に突入しかねないと警告し、「アジアの中心部での大災厄」を防ぐために、あらゆる手段を検討するよう訴えたという。理事会としては国民への弾圧を非難したものの―中国は「殺害」という言葉を認めなかったという―、制裁などの具体的な行動にはまたしても中ロが反対し、効果的な結論を得ないまま終わっている。プラウダや人民日報に「万国の労働者、団結せよ」とあったのは、いつの世のことであったか。
3/27国軍記念日、ロシア国防副大臣アレクサンドル・ヴァシリエビッチ・フォミン。ミグ戦闘機や武装ヘリコプターなどの武器供与、軍事訓練など、国軍への直接的肩入れが目立つ「死の商人」ロシア。ミャンマーのシリア化の危険が迫っていると指摘する識者は少なくない。(photo イラワジ紙)
さて、4/1に首都ネーピードウで、自宅軟禁中のスーチー氏への法廷審問が行われた。氏は、笑止千万なでっち上げのいくつかの罪状で起訴された。許可なく無線機器を所有していたこと、コロナ規制に違反したこと、暴動を扇動したこと、賄賂を受けとったこと等であるが、直近では国家機密法に違反した疑いも加わった。スーチー氏をいかに長く拘留できるか、いかにして政治生命を断つかを考えての策である。なにがどうであれ、氏は交渉という事態になれば、キーパーソンであることはまちがいないことなので、くれぐれも健康に留意して、それ自体がメッセージとなる法廷闘争を闘ってほしいと思う。
<国際社会の支援状況>
大ヒットといってよい、ドイツの総合印刷企業「ギーゼッケ・アンド・デブリエント」(G+D)は3日までに、ミャンマー政府への紙幣の印刷システム技術や原材料の供与を停止したと発表した。ミャンマー通貨チャットの紙幣発行が困難になる見通しで、軍事政権の経済運営への打撃は大きいとみられる(共同通信)。G+D社は、この間軍事政権下の中央銀行への貨幣供給を支えていることに批判が高まっていて、その圧力に抗しきれなかったのであろう。国軍将兵や警察官への給与支払いに困難をきたす事態になれば、国軍の一枚岩的堅牢さにひびが入るかもしれない。
ドイツ・ビジネスのアジア太平洋委員会(APA)は最近、「暴力の終焉」と「人権を保護するプロセスへの復帰」を求めたという。APAの議長で元シーメンスのトップであるジョーケーザー氏は、「平和的なデモ参加者に対する軍による暴力の激化と自由秩序の喪失は、国の発展の後退です」と述べたという。ドイツの与党議会筋も「自国民の大量殺戮に資金を提供する軍事政権の財源を一貫して枯渇させることは国際社会の責任である」(太字筆者)と宣言した。しかしミャンマーの天然ガス事業を行なっている、フランス企業「トタール」は、2019年には2億5700万ドルに達する国内最大の納税者となっており、軍政時代から国際社会からの批判をまったく意に介さなかった。( 3/29 Tageszeitung)
またインドの巨大多国籍企業アダニ・グループの子会社が、ヤンゴン港の軍有地の賃借料として国軍企業MECに3000万ドルを支払っているという事実が、国際司法団体から暴露された(4/1Mizzima)。国連のミャンマーに関する事実調査団も、アダ二・グループはミャンマー国軍の財政能力の向上を助けているとしている。この暴露によって直ちにインドが手を引くとは思われないが、今後活動しにくくなることは確かであろう。
米通商代表部(USTR)は29日、ミャンマーとの間で2013年に締結した貿易・投資枠組み協定(TIFA)に基づく全ての取り決めを即時停止すると発表した。
国軍と関係する日本企業関係について改めて明記すると、JCB、キリン・ホールディングス、オークラニッコーホテルマネジメント、Y Complex、Nisshin(Myanmar)(日新運輸株式会社が所有)、(株)TASAKIの合弁相手であるミャンマー真珠公社(MPE)などである。ほとんどは軍政時代から、ミャンマーで活動していた企業である。
<失望の日本政府>
4/2、先に在日ミャンマー人組織や日本のNGOが政府に共同提出していた公開質問状への回答があった。質問状は、国軍のクーデタとそれにともなうスーチー氏ら政府要人の逮捕・拘束、反対運動への過酷な弾圧に対する態度と、それらへの効果的な具体的措置を糾すものであった。政府側の回答は、「制裁を含む今後の対応については事態の推移や関係国の対応を注視し、何が効果的かという観点から検討する」(毎日新聞)というものであった。みんなの様子を見てから決めるという日和見主義丸出しのもので、欧米諸国のような政治原則(人権、民主主義)に基づく価値合理的な選択や、国軍の暴力抑制に寄与する具体的な対抗措置の提示もなく、政府の外交能力のなさを露呈するかたちになった。総額2兆円にもなろうというこの間の援助に見合った政治的影響力は、確保されていないのである。現実政治の観点から、クーデタ後に国軍が勝ち残る可能性を考慮すれば、いま旗幟鮮明にすることの不利を考えてのことであろうが、こういうところにも単にGDPにかぎらず、政治的リーダーシップにおいても、この国の斜陽劣化を感じざるを得ないのである。
<国内状況とCRPHの動き>
国内では全国津々浦々、街頭での抵抗運動と市民的不服従運動=職場放棄やサボタージュが続けられている。民間の市中銀行はもとより中央銀行や国軍系銀行も業務に支障をきたしていると言われている。運輸・通信部門、スーパー、病院、教育機関(例年3月から5月までは暑季長期休暇中)、省庁、工場などたびたびゼネストも行われている。官舎から追われた鉄道労働者やその家族には、仏教僧院が避難所を提供していると聞く。もともと僧院は駆け込みやアジール(避難所)の役割を果たしている。しかしクーデタから2か月、消耗戦に都市住民はどのくらい耐えうるのか、そろそろ現実問題となってきつつある。
地方では武力衝突も起き始めている。イラワジ紙によれば、ミャンマー北部サガイン州インマビン郡区では3/29から4/2まで村人と治安部隊との戦闘が続いたという。4/2には同郡区で30か村から集まった数百人の村人が増強した治安部隊と衝突し、治安部隊は一時森の中へ退いた。村人側は自家製の武器―パーカションロック銃、カス圧銃、弓矢、パチンコ、火炎瓶など―を使って抵抗、20人ほどの死者が出た模様。
仏教徒ビルマ族が中心のミャンマー中央部の抵抗運動の高揚と国軍の残虐非道な弾圧に触発され、辺境地域の少数民族の武装組織が動き出した。少数民族武装勢力のうち、カレン民族同盟(KNU)はクーデタ翌日から国軍を非難し、南ミャンマー・ダウエイなどの郡部で抗議デモ参加者の一部警備にあたってきた。また、アラカン軍、タアン民族解放軍、ミャンマー民族民主同盟軍の三勢力は3/30日の共同声明で、国軍が市民の殺害をやめなければ、デモ隊に協力すると表明した。国軍は3月27、28日にKNU
の勢力地域を空爆し、住民約3000人がタイ側へ逃れたれる。ロヒンギャ危機が先例となるが、国軍による掃討作戦は、破壊・放火・レイプ・略奪・殺人がセットになっており、空爆と相まって大量の難民が発生する危険性がある。インドではマニプールにある地方政府は逃走警察官や兵士を人道的見地から受け入れてはいるが、中央政府は軍事政権寄りなので大量の難民は国境で押し返される可能性が高い。
さらにスーチー政権との間で全国規模の停戦合意に署名していた10組織は4/3日、オンライン会合を開いて現在の状況について協議し、国軍クーデタへの抗議運動を支持すると表明した。同組織は国軍がデモ参加者に実弾を使用していることを非難したほか、停戦合意について「再検討」する方針も示した。またCRPH(影の政府)が発表した、少数民族の自治権を認めた連邦民主主義憲章、および国軍による2008年憲法の廃止に断固とした支持を与えたとされる(4/5イラワジ紙)。
国軍にとってはCRPHおよび国民的抵抗運動が、少数民族組織との連携を深めていることに神経を尖らせているであろう。少数民族組織が辺境地域で陽動作戦を行なえば、兵力の分散を強いられるであろうし、運動側はアジール(避難所)を確保できることになる。ただ少数民族の武装グループとの同盟を深化させ、ゆくゆくは国軍と対抗する「連邦軍」を結成するつもりだとすれば、それは武装闘争=本格的内戦の選択を意味することになる。そうすると、非暴力的な「市民的不服従運動」の本来の趣意とは齟齬が生じるし、第一、表のスーチーNLD指導部との対立が不可避となる怖れがある。いずれにせよNLDの正副トップが囚われている状況の下で、そこまで踏み込んで決定してしまっていいのか、という疑問がわく。暴力に傾斜する伝統に抗し、CRPHが政治主導をどこまで貫けるのか、踏ん張りどころであろう。
<国際社会は、なにをなすべきか>
効果的な、つまり国軍の経済活動にダメージを与えられる経済制裁のほかに、国連含む国際社会は何ができるのであろうか。これについては先月末、オーストラリアの元首相ケビン・ラッド、元ニュージーランド首相ヘレン・クラーク、南アフリカの前大統領でノーベル賞受賞者のデクラークらが、「グローバルリーダーシップ財団」として、国連安全保障理事会の会合を召集するようグテーレス事務総長を促した。これは「国際的な平和と安全を脅かす」問題については、国連憲章の第99条に基づき一方的に事務総長権限で行使できるものという。そして2005年の世界サミットで国連加盟国によって合意された「保護する責任R2P(responsibility to protect the people)の原則は、国際社会に対し、ジェノサイド、戦争犯罪、民族浄化、人道に対する罪から人々を保護することを義務付けている。ミャンマーの国軍による殺戮は、このR2Pが発動される場合に典型的にあてはまるものだという(英紙ガ―ディアン3/31)。
R2Pの発動が認められれば、たとえば平和維持活動PKOに基づく平和維持軍の派遣・直接介入によって国軍の殺戮行為を止めることができるのであろう。ただR2Pの発動については中ロが安保理で拒否権を行使すれば、それまでということになる。国連のお墨付きなしの「人道的介入」は不可能となれば、あとどんな打つ手があるのであろうか。それにしてもバイデン政権の没イニチアチブ振りはどうであろう。大統領にも国務長官にも国際世論を動かすという気迫も積極性も感じられない。国軍、いやミンアウンラインを国際刑事裁判所や国際司法裁判所に訴追する機運を同盟内で盛り上げようともしない。人道への罪という嫌疑は、ナチ並みの犯罪者ということでプレッシャーがかかるではないか。殺戮が止んで平場の政治闘争になれば、圧倒的に国民の側が強いのだから、勝利の展望がみえてくる。
<資料―脱走大尉の証言>
3/28ニューヨーク・タイムズは、世界中の人々が不思議に思っている「なぜ国軍は自国民に平気で銃口を向けるのか」という疑問に答えようと、「ミャンマー軍の内部:彼らは抗議者を犯罪者と見なしている」という署名入り(Hannah Beech)記事を載せている。
――3月初旬、民間人の虐殺で悪名高い第77軽歩兵師団のトンミャアウン大尉が基地から脱走し、いま潜伏中であるが、彼が証言する。「私はタッマドゥ(国軍)を愛している」と彼は言った。 「しかし、私が仲間の兵士たちに伝えたいメッセージは、国とタッマドゥのどちらかを選択する場合は、国を選択してください」ということ、「彼らは抗議者を犯罪者と見なしている。・・・ほとんどの兵士は、生涯にわたって民主主義を味わったことがありません。 彼らはまだ暗闇の中で生きています」。彼の「国軍を愛している」という言葉の背景には、彼が孤児で早くから国軍で育てられ高等教育を受け、そして将校にまでなったという経歴がある。
筆者は、クーデタ後脱走した二人を含む四人の将校に詳細なインタビューを行なって、その結果判明したとされることを要約する。
●兵士は、新兵訓練キャンプに入った瞬間から、国軍は国の守護者、そして一種の宗教といってもよいが、彼らがいなければ崩壊する国であると叩き込まれる。ムスリムや民主主義者は、外国からの資金で動いており、放置すれば仏教が破壊され、国が乗っ取られると敵愾心を植え付けられる。
●兵舎という一種の国家の中の特権的国家で、彼らを民間人よりはるか高みにおくイデオロギーを吸収しつつ、兵士は他の社会と隔絶して暮らし働き仲間内だけの交際をする。
●兵士は常時上司から監視され、いつも敵に囲まれているという観念を植え付けられる。特にクーデタ後は、15分でも無断不在は不可である。将校とその家族の大多数は軍事施設内に住んでおり、彼らのあらゆる動きが監視されている。
●軍人閨閥の形成―将校の子供たちは、他の将校の子供たち、または彼らの軍事的つながりから利益を得た大物の子孫と結婚することがよくある。多くの場合、歩兵の子どもは次世代の歩兵となる。
●「兵士のほとんどは洗脳されています」と、ミャンマーのウェストポイントに相当する有名な防衛サービスアカデミーDefense Services Academyの卒業生である現役大尉は言う。同じ観念を反復して叩き込まれるので、その累積的効果は大きい。心理戦の訓練を受けた将校は、兵士が好むFacebookグループに民主主義に関する陰謀説を定期的に投稿し、兵士たちの心理操作を行っている。11月の総選挙は不正選挙だという洗脳も行われたであろう。
●「私たちは先輩のあらゆる命令に従わなければなりません。 それが正しかったのか不当だったのか疑問に思うことはできません」――人間を戦闘するロボットに仕立て上げるのが、国軍教育の目的。
トゥンミャットアウン大尉はチン族出身、右の腕章は陸軍、左の腕章は軽歩兵77師団所属を表す。この師団は虐殺者として悪名が高い。
ミャンマー北東部のシャン州で第77軽歩兵師団が戦っていたとき、トゥンミャットアウン大尉はさまざまな民族グループの人々の、国軍への嫌悪感を感じることができたと語った。 別の少数民族であるチン族の一員として、彼はビルマ族の多数派に対する彼らの恐れを理解できたのである。そういう意味で、マイノリティ出身であるがゆえに、国軍の嘘を見破ることができたのであろう。
※筆者Nの経験を一つだけ述べておく。1998年3月、私がヤンゴンに入ったときは、ちょうどマレーシアのマハティール首相が来緬したときと重なった。ヤンゴン空港からホテルにむかう幹線道路には、何キロにもわたって兵士が2メートル間隔でずうっと立っていたことにまず驚いた。そしてホテルには歩兵の小グループがたびたび警備目的で巡回してきた。何度か同じ兵士が来たので、通訳を介して少し話をした。農村出身であることはすぐわかったが、驚いたのはその体格の貧弱なことであった。今の日本人で言えば、せいぜい小学高学年か中学一年生といったところであった。持っている銃もコピーであろう、軽いものであった。貧困、栄養不良、無知無学の少年らを農村から徴募して、盲目的に命令に従う兵士に仕立て上げるのだということがすぐわかった。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion10713:210406〕
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