ヨーロッパを覆う ”グリーンウォッシング“ の暗雲
- 2021年 12月 14日
- 時代をみる
- グローガー理恵原子力グリーンウォッシングの出現
- 一つ以上の「環境目標 〔*注〕」に貢献しているか
- その他の「環境目標〔*注〕」に対して著しい害を及ぼしていないか
- 環境(E)に加えて社会(S)に関する最低限の基準を満たしているか
- 欧州委員会が指定した一定の技術水準に準拠しているか
はじめに
今、ヨーロッパは憂鬱さと不安に満ちた暗雲で覆われている。いつまで経っても終息の見えないコロナ感染の蔓延。ウクライナをめぐる、NATOとロシアの対立は差し迫った危険な状況にある。
プラス、 2050年までに気候中立を達成することを目標とする「欧州グリーンディール」を打ち出したEUが、”二酸化炭素を排出しないと謳われている原子力【*注1】”を「グリーン投資の対象」として認める可能性が高まっている。
現在、EU圏内では、加盟国・27ヶ国のうち13ヶ国において、106基の原子炉が稼働中である。フランスだけでも56基の原子炉が稼働している。その一方、ドイツでは、2022年に、現在稼働中である最後の原発が閉鎖され、脱原発を完了することになっている。
しかし、ヨーロッパでは、原子力大国フランスを先頭に、「うまく行けば、EUから『グリーン投資対象の産業』としての『お墨付き』を頂いて、原子力を推進しようではないか」との動きが出ている。”クリーンエネルギー”の看板を掲げた、原子力グリーンウォッシングの出現である。
グリーンウォッシング (Greenwashing)
グリーンウォッシングとは : 環境配慮をしているように装いごまかすこと。上辺だけの欺瞞的な環境訴求。
《 COP26の場合》
2021年10月31日から11月13日にかけて、英国スコットランドのグラスゴーで開催された第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)には、原子力産業から141人の代表者が参加した: 国際原子力機関(IAEA)のパネルでは、二酸化炭素排出量の少ないクリーンエネルギー源として、小型モジュール原子炉(SMR)の売り込みがあった。
”欧州原子力学会(European Nuclear Society)” は、「原子力は安全で確か、24時間年中稼働しているので、いつでも利用できる。原子力と再生可能エネルギーを組み合わせれば、2050年までにネットゼロ・ターゲットを達成できる”完璧なエネルギー・ミックス”である」と、原子力産業のCOP26参加を正当化した。
欧州連合(EU)の場合:その背景
《欧州グリーンディール (European Green Deal)》
2019年12月11日、欧州委員会 (European Commission)は、「欧州グリーンディール」を公表した。「欧州グリーンディール」とは、EUの気候変動防止対策として打ち出された一連の政策指針で、ヨーロッパにおいて産業競争力を強化しながら、2050年までに、すべての人為的な温室効果ガスの排出を実質ゼロにすること(気候中立-Climate Neutrality【*注2】)を目指している。
欧州委員会が2020年1月14日に発表した「持続可能な欧州投資計画」によると、気候中立を達成するために、EUは、今後10年の間に少なくとも1兆ユーロ(約120兆円)を用意する予定である、という。予算は、EU予算と関連機関の予算から捻出する、とのこと。
《 EU タクソノミー (EU Taxonomy)》
気候中立を達成するためには、莫大な資金を要する。
2020年7月、欧州委員会は、欧州グリーン・ディール投資計画の基盤対策として、”EUタクソノミー”を施行した。
EUタクソノミーとは、グリーンディールの目標を達成するために、どの投資対象が環境上、持続可能であるかを明確にする分類システムである。タクソノミーの役割は、どの産業/企業の経済活動が地球環境にとって持続可能であるかを判定し、その情報を投資者に提供して、グリーンな投資を促すことにある。
すなわち、「EUタクソノミー規則の基準 【*注3】」を満たし、EUによって「持続可能な経済活動に携わっている」と判定された産業/企業は、 ”EUタクソノミー” にリストされ「投資の対象として相応しい」との”お墨付き”をEUから得ることができるわけである。
[*注 ] ”欧州グリーンディール”および”EUタクソノミー”については、”IDEAS FOR GOOD“サイトを参照および引用
〈リンク: 欧州グリーンディールとは EUタクソノミーとは〉
〈写真:すでに”EUタクソノミー”に含まれている再生可能エネルギー〉
ドイツ北海に設置された洋上風力発電所 CC BY-SA 3.0 de Martina Nolte 撮影
タクソノミーの施行を受けて、原子力支持国がEUへの働きかけを開始
EUタクソノミーの施行を受けて、資金を得られるチャンスを嗅ぎ出した、原子力支持国は、「原子力は ”クリーンエネルギー” であるから、”タクソノミー”に含められるべきである」と、EUに働きかけるようになった。
《その1:EU 7ヶ国のリーダーが欧州委員会に合同書簡を提出》
まず、2021年3月19日、フランスを先頭に、チェコ、フィンランド、ハンガリー、ポーランド、スロヴェニア、スロヴァキアのEU7ヶ国の首脳が欧州委員会に、「EUは原子力を援助すべきである」と要請する、合同書簡を提出した:
合同書簡は、「欧州グリーンディールを達成するために、すべてのゼロエミッション・低エミッションのテクノロジーはEUによって積極的に援助されるべきである。とくに、原子力がEUの援助を受けるのは正当なことである。なぜなら、「(1957年3月25日に署名された)欧州原子力共同体を設立する条約 (ユーラトム条約)」の主要目的は原子力の開発にあるからだ」と言明している。
《その2:EU 10ヶ国が 原子力の必要性を訴える記事を新聞に掲載》
さらに、2021年10月10日、EUの加盟国・10ヶ国 (ブルガリア、クロアチア、チェコ、フィンランド、フランス、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア、スロヴァキア、スロヴェニア) のエネルギー大臣および経済大臣が、原子力の必要性を訴える合同論評をヨーロッパの数紙の新聞に公表した:
「ヨーロッパの経済活動を脱炭素化させるには、二酸化炭素の排出量を削減し、ヨーロッパにおけるエネルギー生産法と消費パターンを直ちに変換しなければならない。そのためには、(二酸化炭素排出量ゼロの)原子力をEUタクソノミーの構成に含めることが必要である」と、論評は述べている。
欧州委員会がJRC(共同研究センター)に ”原子力の技術評価調査”を委託
2021年3月、欧州委員会によって調査を委託されていた、ドイツのJRC(共同研究センター - Joint Research Centre) が、「原子力のテクニカル・アセスメント (技術評価)」を公表した。この報告書は、「原子力が、著しい害を及ぼしていないか」 を主題として作成されたものである。「著しい害を及ぼしていないか」とは、グリーン投資の対象となる企業/産業がクリアしなければならない「EUタクソノミー規則の基準 【*注3】」の一つである。
報告書は、「(JRCの)分析は、『原子力が、ほかの、すでに、『気候変動の緩和に役立つ経済活動』として 『EUタクソノミー』に含まれている『電力生産テクノロジー(*訳注:再生可能エネルギーなど)』よりも、もっと、人の健康または環境に害を及ぼす、という論には、科学に基づいた証拠がない』ということを明らかにした」と述べ、「原子力は持続可能なエネルギーシステムである」と評価している。
注目すべきことは、この報告書を作成したJRCの部門が、EUの運営下にある欧州原子力共同体 (EURATOM)から財政援助を受けているということである。欧州原子力共同体と利害関係にあるJRCのアセスメントが、偏りのない公平な評価に基づいたものであるのか、大いに疑問である。
JRCの報告書に対する専門家の反応
JRCの報告書は専門家たちによって厳しく批判された。
★ その1:欧州委員会の “ 健康、環境リスクおよび現れるリスクに関する科学委員会[仮訳]- Scientific Committee on Health, Environmental and Emerging Risks (SCHEER) “ は「JRC報告書の批判 [仮訳]- SCHEER review of the JRC report 」を作成し、次のように結論している:
…JRCの報告書は、「原子力がもっと害を及ぼすという証拠はない」というJRCの総体的結論を支える充分なインフォメーションを提供していない。
… 原子力が、他の発電テクノロジーよりも、もっと多量の廃棄物を出すことは明らかである。 われわれ(SCHEER)は、「高度に汚染された放射性廃棄物の処理法は、まだ未解決のままの研究課題である」とみなしている。
★ その2:ドイツ政府は、”核廃棄物処理の安全のためのドイツ連邦上級官庁 [仮訳]ーDas Bundesamt für die Sicherheit der nuklearen Entsorgung [BASE])”に、JRC報告書の評価を委託した。核廃棄物処理の安全のためのドイツ連邦上級官庁 (BASE)は、「欧州委員会のJRC報告書に対する専門家のフィードバック[仮訳]」を公表し、JRCの報告書を下記のように評価している:
…われわれ 原子力専門家は、「JRCが、多くの点において、演繹することが困難な結論を出していて、環境にきわめて関連性のある課題分野が、かなり手短かに、または無視された形で呈されている」と判断する。
…「放射性廃棄物の処理問題は前世代から現世代へと後回しにされてきており、将来の幾世代にもわたる問題として未解決のままの状態にある。したがって、「将来世代にとって過度な負担とならない」という原則が、すでに、(改変不可に)犯されている上、その一方では「著しい害を及ぼさない」というタクソノミー規則の基準も満たされていない。」
★[Source(参考文献):原子力産業現状報告書 2021年版 (The World Nuclear Industry Status Report 2021) ]
「原子力が”EUタクソノミー”に含まれるのを阻止したい」原子力反対国の動き
《その1: EU 5ヶ国の環境/エネルギー大臣が 欧州委員会に書簡を提出》
2021年6月、ドイツ、オーストリア、デンマーク、ルクセンブルグ、スペインの環境/エネルギー大臣が合同で、「原子力をEUタクソノミーに含めないように」と要請する合同書簡を欧州委員会に提出した:
書簡は「原子力は安全である」との結論を出したJRC報告書の欠点を指摘している。
5ヶ国の環境/エネルギー大臣は、「原子力は、『著しい害を及ぼさない』というタクソノミー規則の原則に適合しない。われわれは、原子力をEUタクソノミーに含めることは、タクソノミーの適正さ、信用性を傷つけることであり、したがって、その有益性を害することになるであろう、と懸念している」と述べている。
さらに書簡は、欧州委員会に、「チェルノブイリおよびフクシマの原子力大災害に注意を喚起せよ」と促している。
《その2:COP26にて、EU国代表者が「原子力は気候危機の解決策ではない」と宣言
2021年11月11日、COP26に出席していた、ドイツ、ルクセンブルグ、ポルトガル、デンマーク、オーストリアからの代表者たちは、「EUが原子力を”環境的に持続可能な活動”と評価し、”EUタクソノミー”にリストすることに反対する」と、宣言した。さらに彼らは「原子力をEUタクソノミーに含めることで、EUの資金が、再生可能エネルギーから原子力に転換されてしまうリスクがある」と警告した。
ドイツのスヴェンハ・シュルツェ(前)環境大臣は、「原子力は気候危機の解決策ではない。危険すぎるし、この十年間は気候変動と闘うための決定的な期間であるのに、原発を建設するまでには余りにも年月がかかりすぎるし、コストも余りにも莫大すぎる」と述べた。
《その3:原子力がタクソノミーに含まれた場合、オーストリアは訴訟を起こす》
オーストリアのエネルギー/気候大臣であるレオノーレ・ゲヴェッスラー氏は、EURACTIVとのインタビューで、「もしEUが原子力をEUタクソノミーに含めることを決定したのなら、オーストリアは法的根拠から訴訟を起こす準備がある」と述べた。
さらにゲヴェッスラー氏は「原子力によってもたらされた甚大な被害は、歴史上きちんと記録されている。原子力の危険性は、チェルノブイリやフクシマ大災害によって実証されている」と、付け加えた。
フォン・デアライン欧州委員会委員長が原子力支持を表明 ウルズラ・フォン・デアライン欧州委員会委員長 CC BY 2.0
2021年10月、ウルズラ・フォン・デアライン欧州委員会委員長 (ドイツ人) は、「ヨーロッパはもっとたくさんの再生可能エネルギーが必要である。再生可能エネルギーは安いし、カーボンニュートラルだし、地元産でもある」とヨーロッパにおける再生可能エネルギーの普及拡大を促した。
ところが、ここで、フォン・デアライン氏は「しかし (However)」と付け加え:
「われわれは、安定したエネルギー源として、原子力も必要であり、エネルギー源シフトの移行段階においては、(安定したエネルギー源として)ガスも必要である」と述べた。彼女は、気候中立を達成させるためには、再生可能エネルギーだけでなく、安定した確実なエネルギー源として、原子力も必要である、と述べたのである。
彼女のコメントは、欧州委員会のチームが原子力をクリーンエネルギーとしてEUタクソノミーに含める可能性が強いことを仄めかしているようである。
現実
「原子力は持続可能な経済活動として、EUタクソノミーに含められべきか否か?」
ー ”Yes or No?”
今、EUは分離している。「原子力はタクソノミーに含まれてはならない」と訴える原発反対国と、「原子力はタクソノミーに含まれるべきだ」と主張する原発支持国との分離である。EU諸国の中で原子力に反対するは国は少数であり、多数の国が原子力を支持している。これが現実である。
EUによって、いずれの判断が下されるにせよ、すべてのEU諸国のスタンスを統一することは不可能である。なぜなら、EU諸国には、それぞれ、異なったアジェンダとプライオリティーがあるからだ。これも現実である。
EU諸国がお互いに団結して「2050年までに気候中立を達成しようではないか!」との謳い文句で、欧州委員会が打ち出した「欧州グリーンディール」。確かに、聞こえはよい。
しかし、フォン・デアライン欧州委員会委員長の ”プロ・ニュークリア”のコメントからも聞き取れるように、EUは、おそらく『グリーン投資に値する産業』として原子力産業を ”EUタクソノミー”に含めるであろう、という可能性が強いのである。
そして、もし、そうなるのだとしたら、「グリーンウォッシングの阻止」を目標の一つとしているはずの ”EUタクソノミー”が「グリーンウォッシングに加担している」ことになるのだ。
近いうちにEUは、原子力を”EUタクソノミー”に含めるか否かを公表することになっている。”EUタクソノミー”が欺瞞的なグリーンウォッシングで汚染された投資計画対策となるのか、今の時点では、まだわからない。
以上
* * * * * * * * * * * * *
【*注1】”二酸化炭素を排出しないと謳われている原子力”:
オーストラリア・シドニー大学のマンフレッド・レンツェン教授 (持続性の研究、物理学)は「核分裂反応そのものは温室効果ガスを排出しない。しかし、原子力サイクルの段階 である [①ウラン採掘、②ウラン粗精錬、③ウラン鉱から六フッ化ウランへの転換、④ウラン濃縮、⑤燃料製造、⑥原子炉建設、⑦原子炉の廃炉、⑧核燃料再処理、⑨核廃棄物処理、⑩採鉱地の修復、⑪原子力サイクル段階に関わるすべての輸送プロセス ]においては、温室効果ガスが排出される」と、論評している。
〈ソース:https://theconversation.com/is-nuclear-power-zero-emission-no-but-it-isnt-high-emission-either-41615〉
【*注2】気候中立:人、企業、団体などが、日常生活や製造工程などの活動により排出する温室効果ガスを、その吸収量やその他の削減量を差し引いて総排出量を算出し、実質(ネット)ゼロにするという取り組み。温室効果ガスの排出量をゼロにすることが難しい分野や活動においては、残りの排出分を代替措置やその他の活動で削減・吸収することにより相殺することで、その排出量の全てを実質(ネット)ゼロにすることを目指す。
〈ソース:https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&ecoword=%B5%A4%B8%F5%C3%E6%CE%A9〉
【*注3】EUタクソノミー規則の基準:
「持続可能な経済活動」と判定されるには、以下の基準をクリアする必要がある:
〔*注〕環境目標とは:①気候変動の緩和、②気候変動への適応、③水および海洋資源の持続可能な利用および保全、④循環経済への移行、⑤環境汚染・公害の防止および抑制、⑥生物多様性および生態系の保護および回復
〈ソース:IDEAS FOR GOOD ウェブサイト〉
参考記事/文献
https://eu.boell.org/en/2021/04/26/nuclear-power-european-union
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0
https://www.energiezukunft.eu/politik/gilt-atomkraft-bald-als-nachhaltiges-investment/
https://snetp.eu/2021/04/07/jrc-concludes-nuclear-does-not-cause-significant-harm/
https://www.worldnuclearreport.org/IMG/pdf/wnisr2021-lr.pdf
https://www.euractiv.com/section/energy-environment/news/germany-leads-call-to-keep-nuclear-out-of-eu-green-finance-taxonomy/
https://www.dw.com/en/eu-states-split-on-classifying-nuclear-energy-as-green/a-59792406
https://www.euractiv.com/section/energy-environment/news/austria-ready-to-sue-eu-over-nuclears-inclusion-in-green-finance-taxonomy/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4875:211214〕
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