五輪を踏み石にゴールの党大会へ?それともコロナが・・・? ―習近平政権の2022年(1)
- 2022年 1月 17日
- 時代をみる
- 2022中国田畑光永習近平
年頭恒例の各メディアのさまざまな新年の展望や予測の中で、今年の欠かせないテーマは米の中間選挙と中国の共産党大会、そしてそれが絡み合う米中関係の行方であった。世界における両国の「大きさ」からそれは当然であるが、同時に、そのいずれもが茫漠たる霞にさえぎられて、視界は極めて限られている。
とくに中国についてはあの国の言論、報道の状況から、今に始まったことではないにしても、社会の根底でなにがどう動いているかがきわめて分かりにくい。表層を手探りするだけのようなもどかしさとスピーカーががなり立てる大音量の合間にふと耳に入る小さな話し声に耳をそばだてるような頼りなさの中で、なんとか「中国の今」を組み立てるしかない。
そういう限界を承知の上で今年もまたこの場に手探り、立ち聞きの結果を報告するつもりである。忍耐強くお付き合い願えれば幸いである。
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今年の中国がとりわけ注目されるのは、すでに広く知られているように、憲法で2期10年までと決められた任期で、2013年に就任した習近平国家主席が、2018年にこれといった理由の説明もないままに憲法を改正して、国家主席の任期を撤廃してしまい、本来なら彼が辞任して、新主席が誕生するべき来年春の全国人民代表大会を素通りしようとしているからである。
そのためには今年秋の中国共産党第20回党大会においても党のトップである総書記の座に留任しなければならない。憲法で国家主席は中国共産党の推薦を受けた人間が候補者になると決められているからである。共産党総書記にはもともと任期の制限はないが、党大会2回つまり2期10年で交代というのが1990年代以来、内規とされてきた。1989年の天安門事件の後、趙紫陽に途中交代で総書記に就任した江沢民は2002年まで13年間在任したが、その後の胡錦涛は2012年に習近平と交代した。
共産党の内部で総書記がどのように選ばれるかは公開されていないが、よく言われるように太子党グループ(旧幹部の子弟たち)とか共青団グループ(党の青年組織出身者)とかのさまざまな勢力間の談合、妥協の結果であろう。
つまり習近平が国のトップ、国家主席を「前例を破って10年以上続ける」ためには、まず今秋の党大会で「総書記交代」という言葉がどこからも出て来ないようにしておかなければならない。私の見るところ昨年以来の彼の行動はすべてそのためであるし、それは途中で邪魔が入って挫折しなければ、来年3月の全国人民代表大会(全人代)が「国家主席選任」という議題なしで終わるまで続くはずである。
ではどういう状態をつくれば、習近平の望む形が実現できるか。それには、今は中国にとって大変な時期であり、この時代を乗り切れるリーダーは習近平しかいない、というふうに多くの国民に思わせることが必要である。
「農村に最後まで残っていた最貧困層1億人を貧困から脱出させた、これは世界史的な偉業である」とか、「コロナ禍で欧米では多くの死者を出したが、中国の死者は人口比では非常に少ない、これは中国の社会制度が優れているからである」とか、「中国はどこの国よりも多く、何億人分ものコロナ・ワクチンを他国に提供した」とか、「宇宙開発で大きな成果を上げた」とか、自国をほめそやす報道がこれほど多い国はほかにない。すべて「習近平新時代」のたまものと国民に刷り込むためである。
そして正念場の今年、来年が間近に迫ってきた昨年あたりからは、「現在は百年来なかったほどの大変化の時代(「大変局」)である」という言い方が目立ってきた。生半可な指導者では乗り切れない難しい時代だ、と思わせるためである。
同時に習近平をトップにいただく政府は国民が首を傾げるようなことや、困っていることには素早く手を打って、社会を健全なものとするのに力を尽くすというアピールにも余念がない。昨年は、このブログでも取り上げたヘェー!と目を引くような出来事が続いた。
大儲けしているアリババのような企業に独占禁止法違反や脱税などを理由に巨額の罰金を課したり、芸能人のファンクラブが募金の多寡で人気を競うのをやめさせたり、男性タレントの女性まがいの服装、態度をもてはやすのを禁じたり、かと思えば、激しい受験競争の産物である学習塾や予備校を取り締まったり、閉校させたり、学校での試験のやりかたに注文をつけたり、それなら子供はもっと遊ばせろというのかと思えば、家庭でオンライン・ゲームで遊ぶのを認める時間を週日は何時間、習末は何時間と細かく制限したり、とまあ口うるさいこと大変なものがあった。
特に驚かされたのは、日本でもよく見かけるいわゆるテレビ・ショッピング番組で人気の商品プレゼンターの黄薇さん(芸名「薇娅」)というタレントに昨年末、浙江省杭州市の税務当局が脱税でなんと13.41億元(日本円でざっと240億円)という巨額の追徴金やら罰金やらを課したニュースだった。
どんな事情があったのか分からないが、そんなに多額の追徴金やら罰金やらを課すところまで、いったい税務当局は何をぼんやりしていたのかという疑問がわく。なにかからくりが潜んでいるのではないかと勘繰ってしまう。
というのは、ご存知の方も多いだろうが、習近平は昨年8月、これからの新しい時代のスローガンとして、「共同富裕」なる言葉を持ち出した。これはべつに新しいスローガンと言うわけではなく、鄧正平が前世紀の70年代、改革開放政策に乗り出すにあたって、まず豊かになれるものが豊かになり、遅れたものを引き上げる形で皆が豊かになるのを目指すという筋道を示した時にこの「共同富裕」という言葉を使ったのであった。
今、習近平がこの言葉を持ち出したのは、現在の中国で貧富の格差が広がりつつあることに国民の不満が集中するのを前もってなだめようという狙いがあるのは明らかだ。アリババなど大企業が罰金などをとられた後に、なおさまざまな社会事業や低賃金労働者の待遇改善などにかなりの金額を拠出しているのは、時期を失してより多額の負担を強いられるのを防ぐための予防措置であろう。
気の毒なのは、ファンクラブを通じてお金を集めたり、高額の出演料を手にしていた芸能人やテレビ・タレントが税金や罰金などの形で搾り取られていることだが、これも社会の不満が膨らむのを抑えるためのガス抜き作業と言えるだろう。
一方では、政権の意向を忖度して庶民の不都合をないがしろにする事例は相変わらずである。最近ではこんな話が伝えられている。
昨年12月22日の『人民日報』によれば、あの万里の長城の東端の街として有名な河北省秦皇島市山海関区の古城区域内(昔からの城壁内)では、去る2019年から石炭を燃やすことが禁じられているが、それが昨年からは薪を燃やすことも禁じられたという。
報道によれば、冬には正午でも気温は7度以下、朝はせいぜい4~5度というところだが、薪が燃せない。その代わりに暖気を各戸に供給することになっているのだが、栓をひねっても「温かくない」。やむなく薪を燃やせばすぐに見張りの一隊がやってきて、竈に蓋をする。
ところが、山海関区政府は正式には薪を燃やして暖を取ってはいけないと通告したことはなく、あくまで「唱導」(そのように勧めること)なのだそうである。そしてそれは環境基準を達成するため、である。
記事は「現地の管理者は真面目に反省し、具体的な方法を提示して、民衆の現実の困難を解決すべきである」と言うが、この話、いつか聞いたことがあると思われた方も多いだろう。
すでに2017年の秋から冬にかけて、北京で結構な騒ぎになった話の再来である。この年の春、北京のトップ、共産党北京市委員会書記の座についた蔡奇という人物が北京の空をきれいにしようと「煤改気」という改革の音頭をとったのが始まりだ。この人物は浙江省時代から習近平の下僚で北京に呼ばれ、中央委員でもない平党員で北京市のトップに落下傘降下したのであった。
「煤」とは中国語で石炭、「気」とは天然ガスのことで、石炭暖房をやめて天然ガスに切り替えよ、という命令を下した。悪名高い北京の空をきれいにして習近平の期待に応えようとしたのであろう。しかし、石炭ストーブをやめることは簡単だが、天然ガスへの切り替えは簡単には進まない。結局、学校などの工事が遅れ、子供たちが体を温めるために休み時間に校庭を走り回り、その姿が国外のニュースで取り上げられたりして、結構、話題になった。
蔡奇はそれに懲りるどころか、さらに北京の街のビルの看板が見苦しいと看板の撤去命令を出し、今度は看板を急に取り外した跡が見苦しい、看板が亡くなって道が分からなくなった、などと、苦情が殺到し、慌てて命令を取り消す騒ぎを起こした。
さらには、市内の大興区という出稼ぎ労働者が多く住み着いている一帯で違法建築の建物から火事が出て、死者が出ると、今度はそのあたり数平方キロ(正式発表がないので面積は分からない)もの広い範囲から住民を有無を言わせず強制立ち退きさせるという、暴挙と言っていい行動に出た。
蔡奇の例は子飼いの子分の独裁者へのおもねりであったが、ここまで列挙してきた昨年来のさまざまな権力からの指示、命令は党大会を控えてなんとか威信を高めたい習近平に自分の働きを認めてもらおうという役人たちのあがきと言える。
これから3週間後に北京では冬季オリンピックが始まり、3月初めには全国人民代表大会を迎える。そこにコロナのオミクロン株の波が迫る。視界不良のなかでさまざまな動きが錯綜するだろう。手探りを続けながら耳をすませていよう。
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