ミャンマー、トタル/シェブロン撤退で軍事政権に深刻な打撃 ――ミャンマー国民、民主派勢力、国際世論共同の闘いの成果
- 2022年 1月 24日
- 評論・紹介・意見
- ミャンマー野上俊明
衝撃的に喜ばしいニュースである。1月21日、石油・ガスのメジャーであるトタル(仏)とシェブロン(米)は、軍事政権の人権侵害と法の支配の欠如を理由に、ミャンマーからの事業撤退を宣告した。これはかねてより、当局が税収として手にする年15億米ドルほどの天然ガス収益が軍事政権に流れ込み、国民や民主派勢力への弾圧や軍事作戦の資金源となっているとして、メジャーに対しカネの流れを断つように国際人権・環境団体などから強い圧力がかかっていた。
ロイター電によれば、トタルは昨年来、法的枠組みを守り、電力供給を保証しながら、政権に渡る収入を制限するためにできる限りのことを行なってきた。しかし制裁強化を求める国際世論に配慮して、「トタルエナジーズは、欧米当局によるいかなる制裁決定にも従うだけでなく、そのような標的制裁の実施を支持する」(ヒューマン・ライト・ウオッチへの書簡)として、完全撤退を決定したという。
具体的に事業内容をみると、トタルとシェブロンが撤退するのは、イラワジ・デルタ沖のヤダナ・ガス田を運営する事業からである。ヤダナ・ガス田は、現在稼働しているイエタコン・ガス田、シュエ・ガス田、ゾーティカ・ガス田のうち最大の産出量をもつ。この事業のオペレーターと出資比率は、トタル 31.28%、シェブロン28.3%、タイ石油公社(PPT)25.5%、国軍が支配するミャンマー石油ガス公社(MOGE)15%となっていた。そして天然ガスの輸出先は、タイ(70%)と中国である。ヤンゴンのエネルギー供給の半分もまかなっているが、クーデタ以降はそれも不安定化している。すでにヤンゴンでは停電は連日断続的に起こっており、多くの事業や商売に深刻な影響が出始めているという。
確認埋蔵量5000万バレルの原油(日本1日の消費量380万バレル)、推定2832億立方メートルの天然ガス(中国の1年分消費量3300億立方メートル)(CIAワールド・ファクト・ブック)
前の独裁者タンシュエや今の独裁者ミンアウンラインが住む超豪邸など、高級軍人の致富の元ネタの多くは、天然ガスなどの国庫収入の横領であることに間違いない。もちろん天然ガスだけではない、銅やスズなどの多品目の金属資源、ヒスイ原石やチーク材などに加え、昨年中国への輸出が再開されたと言われるレア・アースもある。専門家らはこれらの鉱物輸出が国軍の資金源になると指摘し、警鐘を鳴らしていた。
ミャンマーは東南アジア有数の天然資源に恵まれた国である。しかし「資源の呪い」という言葉があるように、その豊かさゆえにかえって政治の後進性や経済発展の遅れ、深刻な貧困といった宿痾に悩まされてきた。ミャンマーの場合、植民地支配の歪んだ抑圧構造(差別と分断)や経済的搾取を軍部独裁が引き継ぎ、資源の豊かさがかえって独裁政権の延命に手を貸したともいえる。そうした悪しき伝統を断ち切り、国民主権の近代国家をつくり上げる闘いが、現下の民主主義的市民革命なのである。
国際世論に押されて、クーデタ後ノルウェー通信大手テレノールや独流通大手メトロ、英たばこ大手ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)、ミュンヘンの決済システム会社ジーゼッケ・アンド・デブリエントなどが撤退を表明した。日系企業も天然ガス開発に絡んでいるが、どうするであろうか。キリンビールが、国軍系企業の支配するミャンマー・ビールとの合弁解消に動き出したが紛糾しており、解決の試みは国際的な調停の場へ移されている。トタルは、撤退を発表する直前には、人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチへの書簡で「対象を絞った制裁」を支持する発言までしていたという(ドイツTageszeitung 1/21)。そのうえでトタルは、金銭的補償なしに利益を次の関与者に引き継ぐとしている。この態度と比べれば、キリンビールの対応は未練がましく映る。国軍との「太いパイプを生かして」大挙進出した日本企業群であるが、激しい反軍民主化闘争にいつまでも洞ヶ峠を決め込んでいれば、ひどいしっぺ返しを食う可能性も否定できなくなりつつある。ティラワ経済特区への投資を官民一体で推進してきた日本政府は、ここにきてかえって軍事政権をかばう姿勢を強めている。情勢が全体として民主派勢力側に有利に傾いてきているので、日本政府の立ち位置(二股外交)が不変であれば、相対的に右にずれていく現象かもしれない。国軍の統治能力の分析を正確にできる人材が、もしや外務省、経産省、防衛相や関連のシンクタンクにいないのではないか、そういう疑問すら湧いてくる。
その疑問に絡んでひと言。2021年度税収の30%の落ち込みに加え、最大の資金源だった天然ガス資金の流れが止まれば、軍事作戦にも甚大な影響が出ると予想される。とりわけ巨額の費用を消耗するジェット戦闘機や武装ヘリを使った航空作戦を直撃するであろう。航空作戦はただジェット機や武装ヘリがあればいいというものではない。先端兵器に対応したしっかりした後方支援体制、ロジスティクス体制―弾薬、燃料、整備・部品調達等―が不可欠であるが、内部情報では部品調達がままならず、航空機相互の部品交換で凌いでいるという。
紛争地域での地上戦の劣勢をカバーすべく展開されている航空作戦であるが、これが思うように展開できなければ、軍事情勢が劇的に変化することも考えられる。もともと航空作戦は地上作戦と連携を取った立体作戦を行なってこそ威力を発揮する。地上戦での敗北の挽回というより、報復という意味合いの強い航空作戦である。地上からの迎撃を怖れて高度から地上攻撃をすれば、それだけ目標攻撃の精度が低下し、民間家屋や民間人を巻き込み、反軍感情をいっそうかき立てることにもなる。国軍は作戦上のジレンマ、負のスパイラルに陥りつつあるといえる
マグエ管区での武装ヘリ イラワジ
すでにラカイン州では、アラカン軍(AA)は、2009年に立ち上げてから短期間のうちに州の2/3を支配するようになったと豪語している。アラカン軍の政治部門であるアラカン連合(ULA)は、独自の司法機関、歳入部門、公安部門などの独立行政機関を州内に構築していて、二重権力状況になっている。これに対して国軍は、大部隊を移動させて牽制する余裕すらない。またサガイン管区、チン州、カヤ―州、カレン州などでは、地上戦では損害を出し続けており、兵力補充に予備役・退役軍人を呼びもどしたり、民兵組織を急造したり、挙句の果てには軍人の妻たちを軍事訓練に駆り出している現状である。戦闘集団であると同時に、長く特権的な利益集団として維持拡大されてきた国軍であるだけに、佐官級までに動揺が広がれば瓦解の危機にすら陥るかもしれない。本年に入って、地元の反軍メディアは攻勢的な論調に変わりつつある。日本政府が、ミャンマー内戦を地政学的な危機へと拡大させない方向での解決へ向け何らかの寄与がなしうるのかどうか、われわれ日本国民の監視と行動がますます必要となっている。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion11697:220124〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。