スマホのアプリが突然「赤」となって、デモ参加者は隔離され追い払われた。
- 2022年 6月 18日
- 評論・紹介・意見
- 中国人権澤藤統一郎
(2022年6月17日)
これは恐ろしい話である。今のところは中国のエピソードだが、もしかしたら明日の人類全体の様子を物語っているのかも知れない。
ジョージ・オーウェルのデストピア小説「1984年」は、1948年に書かれたものだという。まだその頃は、権力が個人を完全に掌握する技術がなかった。今や、現実は「1984年」をはるかに追い越している。ウィグルだけでなく、中国全体がデストピア化していると言って過言でない。中国共産党の権力が人民一人ひとりの動静を把握し統制しているのだ。その一端を見せつける事件が生じた。
複数の報道を総合するとこんなことである。
中国には「健康コード」というスマホのアプリがあって、事実上全国民にその所持が強制されているという。名目上の目的はコロナ対策で、このアプリにはPCR検査の結果や感染拡大地域への滞在歴などが記録され、その分析結果から各自の感染リスクが《緑、黄、赤》の3段階で表示される。商業施設、レストラン、公共交通機関の出入りの際に提示を求められ、これが「赤」になると強制的に隔離措置となる。
事件は、河南省で起きた。省都・鄭州市の投資会社「河南新財富集団」傘下の複数の地方銀行がデフォルトの状態に陥り、およそ8000億円規模の預金が焦げ付いて取り付け騒ぎが起こっているという。6月11日以後、抗議のデモに参加するため各地から河南省に到着した預金者の「健康コード」に異変が起きた。この預金者たちのアプリが突如隔離措置が必要な「赤色」となり、彼らは次々とホテルや学校に閉じ込められ、あるいは省外に追い返されてしまった。
メディアは、「河南省の地元当局が抗議活動を止めるため、預金者のコードの表示を意図的に変えた疑い」を指摘し、SNSには「地元政府は法律も無視するのか」「国全体を牢屋にする気か」などという怒りの声があふれたと報道されている。
中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は15日付で「健康コードの科学性、厳粛性を絶対に守らなければならない」と題した論評を掲載。この中で「濫用された可能性があるかどうかは、決して小さな問題ではない」とし、地元当局に早急な調査を求めたという。
しかし、である。このアプリの管理者は、河南省内の人物のみならず省外の人物の行動を把握できる立場にあった。そして、預金引出を主張する人々を拘束する権限を行使できるのだ。さらに、銀行のデフォルトに抗議する人々を蹴散らそうとする意図をもっている。こんなことができるのは、共産党以外にはない。しかも、限りなく中央に近い党組織。
どれだけの人が、どのようなタイミングで、どのように強制隔離されたか。党が事件の張本人であるかぎり、全体像はつかみようがない。天安門事件がよく物語っている。
中国では全ての人の行動経路がビッグデータとして管理されていると言われてきた。全ての人の経済活動歴、交友歴、政治的思想的な行動歴も把握されているということである。当該銀行に対する債権者を把握し、その中の河南省来訪者を選択して、そのアプリを「赤色」にする。その上で嫌も応もなく強制隔離してしまう。権力が国民を管理している社会では雑作もないことなのだ。
反党・反体制の傾向をもつ、党の覚えめでたくない人物を365日・24時間監視することは、今やいとたやすいこと。どんな本を読み、誰と会い、どんな集会に出て、 どんな発言をしてきたか、その情報を蓄積するだけではない。場合によっては、特定のターゲットをあぶり出して、監禁することも追い払うこともできるのだ。瞬時にデモ参加者を特定し、これに警告を発し、あるいは強制隔離もできる。今回の事件は、そのことを明らかにした。
人類の未来は明るいだろうか。はたして、地球環境はどこまでもつだろうか。また、戦争が人類を滅亡させることはないだろうか。そして、強大な権力とIT技術の発達は、徹底して人民の自由を剥奪してしまうのではないだろうか。私には、鄭州市でのデモ参加者のアプリの「赤」は、人類の未来に対する赤信号のように見える。心底、恐ろしい。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.6.17より許可を得て転載
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