ウクライナ紛争アップデート:元スイス陸軍大佐・ジャック・ボー氏に訊く
- 2022年 7月 6日
- 時代をみる
- ウクライナ紛争グローガー理恵
メインストリーム・メディアでは決して取り上げられることのない、ジャック・ボー氏のインタビューを和訳してご紹介させていただく。言うまでもなく、インタビューのテーマはウクライナ戦争である。欧米のメインストリーム・メディアによる感情的かつ偏向的な情報が飛び交う中で、見識のあるジャック・ボー氏が語る、あくまでも事実に基づいた「ウクライナ紛争の分析」は、紛争の真実に迫る、リアリスティックな情報だと思う。
ちなみに、ジャック・ボー氏は、別のインタビューで、こう語っている:
『興味深いのは、この紛争を、ある程度の距離をおいて評価し、すぐさまにウクライナ側につかないと、プーチン理解者 (Putin-Versteher)として断定されることです。これは信じがたいことです。私がプーチンについてどのように考えているのか、これは情勢を判断する上で関係のないことです。これはウクライナ人の問題なのです』と。
なお、訳注として、英訳文に不明瞭な箇所があったため、主に原文のドイツ語版をもとに和訳したことをお伝えさせていただく。
原文(独語)へのリンク:https://zeitgeschehen-im-fokus.ch/de/newspaper-ausgabe/nr-11-vom-29-juni-2022.html#article_1375
英訳文へのリンク:https://www.thepostil.com/the-latest-on-ukraine-from-jacques-baud/
ジャック・ボー (Jacques Baud) 氏について
写真: Jacques Baud 氏 ソース: Youtube
ジャック・ボー(Jacques Baud): スイス人。ジュネーブの国際関係大学院で計量経済学の修士号と国際安全保障の修士号を取得し、スイス陸軍の大佐を務めた。スイス戦略情報局に勤務し、ルワンダ戦争時の東ザイールの難民キャンプの安全確保に関するアドバイザーを務める(UNHCR – ザイール/コンゴ、1995-1996年)。ニューヨークの国連平和維持活動局(DPKO)に勤務し(1997-99年)、ジュネーブの国際人道的地雷除去センター(CIGHD)および地雷対策情報管理システム(IMSMA)を設立した。国連平和活動におけるインテリジェンスの概念導入に貢献し、スーダンで初の統合型国連合同ミッション分析センター(JMAC)を率いた(2005~06年)。ニューヨークの国連平和維持活動局平和政策・教義部(2009~11年)、安全保障セクター改革・法の支配に関する国連専門家グループの責任者を務め、NATOに勤務した。また著述家でもあり、情報、非対称戦争、テロ、偽情報に関する複数の著書がある。
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《スイスの新聞 ” Zeitgeschehen im Fokus (注目の時事問題)”から》
我々は武器を供給し、君たちは死体を供給する! これは不道徳である
ジャック・ボー氏とのインタビュー
〈2022年6月29日》
インタビュアー:Zeitgeschehen im Fokus のトーマス・カイザー(Thomas Kaiser)氏
インタビューされる人:ジャック・ボー(Jacques Baud)氏
写真;ジャック・ボー氏 (Source: Zeitgeschehen im Fokus)
トーマス・カイザー(TK):ここ数週間、メインストリーム・メディアにおける報道が部分的に少し変わってきました。戦争について直接聞くことは少なくなり、ロシア軍の多大な損失やウクライナ軍の軍事的成功については、もう何も聞かなくなりました。どうしてでしょうか?
ジャック・ボー(JB):現実においては何も変わっていないのです。認識が変わったのです。もうすでに数週間前から、ウクライナとその軍隊の状況が破滅的であることは知られていました。ウクライナの人的・物的損失は非常に大きいのです。最初のうち、ウクライナと我々のメディアは、ロシアの敗北とウクライナの勝利というレトリックを展開するために、これらの損失を軽視していました。今、ウクライナは戦争の現実から、これらの損失を認めざるを得なくなっているのです。ゼレンスキーは、欧米から、さらなる援助を得るための言い分として、これらの損失を利用できるものと理解しています。
トーマス・カイザー (TK): ところが、繰り返して問題となっているのが、要求される武器供給です。ドンバスで軍のほとんどが包囲されているときに、いったい誰が武器を操作するのでしょうか?
ジャック・ボー (JB): まず、欧米の武器供与にはいくつかの問題が必然的に伴ってくることを認識しなければなりません。第一に、米国の情報機関でさえ、供給された兵器が目的地に届いたのか否か、どこに到着したのか、分からないのです。インターポール (国際刑事警察機構)のトップは、これらの兵器の一部が犯罪組織の手に渡る可能性がある、と警告しています。すでに、ジャベリン対戦車ミサイルがダークネットで3万ドルで売りに出されているのです。明らかに、これらの武器は、キエフに到着次第、転売されているのです。第二に、武器は先着順で配られることが多く、戦地でもっとも緊急に必要としている人たちに届くとは限らないのです。最終的には、ロシア軍の手に渡ることが多いのです。
トーマス・カイザー (TK): このことは、どのようにして認識できるのでしょうか?
ジャック・ボー (JB): 現在、ドネツク共和国の民兵団は、ジャベリン・ミサイルを装備していますが、これはロシア軍がウクライナから奪取したジャベリン・ミサイルのストックから出たものです。アゾフスタル 〈訳注:マリウポリにあるアゾフスタリ製鉄所〉から戦闘員を脱出させるために送られたウクライナのヘリコプターが、米国によって供給されたスティンガー・ミサイルで撃墜されたことを思い出します。
最後に、欧米から供与された兵器は、ロシア側が破壊した兵器のほんの一部に過ぎないということです。例えば、英国はウクライナに3基のM270多連装ロケットランチャーを送りましたが、ウクライナは戦争が始まった当初、同等のシステムを数百基もっていたのです。 すなわち、別の言葉で言うと:これらの兵器は何も変えることがなく、ただ交渉の時期を遅らせるのみである、ということです。
トーマス・カイザー (TK): これは実際、信じがたい事です。ロシアの損失が大きいという話は常にありましたが。損失を確認することはできるのでしょうか?ウクライナ側の損失はどうなのでしょうか?
ジャック・ボー (JB): 実際には、ロシア側における兵士の死者数も、ウクライナ側における兵士の死者数も、わかっていません。スイスの報道で述べられた数は、ウクライナのプロパガンダによって広められた数なのです。6月の始めに、ゼレンスキー大統領は、ウクライナ軍が一日に60人から100人の兵士を失っている、と言いました。その一週間後には、ゼレンスキー大統領の顧問・ミハイロ・ポドリアク氏が、ウクライナ軍は一日に100人から200人の兵士を失っている、と言明しました。現在、ゼレンスキーの側近で交渉主任のダビッド・アラカミア氏は、一日に200人から500人の死者数があり、一日あたり、計1000人の損失(死者、負傷者、捕虜、脱走兵)がある、と述べています。これらの数値が正しいかどうか、明らかではありません。
トーマス・カイザー(TK):これに対して、リアルな数値を把握できるような見解はあるのでしょうか?
ジャック・ボー(JB): 情報機関に近い専門家たちは、これらの数値は事実をはるかに下回っている、との見解をもっています。一方、ウクライナ側から出た数値は、ロシア軍によって出された推定値よりも上回っています。中には、ウクライナ軍の死者数は6万人で、行方不明者の数は5万人だろう、と言う人もいます。しかし、現時点で、これらの数値を確認することはできないのです。
トーマス・カイザー(TK):なぜウクライナ側は今になって、これほど多くの犠牲者を出したと報告するのでしょうか?
ジャック・ボー(JB):おそらく、ウクライナ側は、欧米が武器供与を増やしてくれるようにと、高い数値を報告しているのでしょう。しかし、これだけでは全てが説明されません。実際の問題は、ウクライナ指導部の作戦の導き方にあるのです。ウクライナ、とりわけゼレンスキーは、ダイナミックにリードし、その動きを利用するのではなく、自国の軍隊に、”戦場を保持する”ことを要求しているのです。これは、第一次世界大戦中にフランスがおかれた状況とちょっと似通っています。これが、ウクライナとロシアとの重大な違いです:ウクライナでは、作戦が政治指導者によって管理される一方、ロシアでは作戦事項はロシア軍参謀本部の管轄にあるのです。ところで、この問題については、米国側でさえもが認識していることなのです。
トーマス・カイザー(TK):どうして、そうなのでしょうか?
ジャック・ボー(JB): アラカミア(ゼレンスキーの側近の交渉主任)によれば、ロシア軍に対して確実な地歩を固めようと試みるのは、後にロシア側と交渉するのに、望ましい開始位置を確保するためである、とのことです。これは、兵士の命を顧みない、純粋に政治的な戦争指揮法です。このやり方は、欧米諸国と我々の(スイスの)外交によって支持されています。これは、非常に由々しいことです。
トーマス・カイザー(TK): 戦争が始まった当初は、ウクライナ人の抵抗の意志が強調されました。これは、もう存在しないのでしょうか?
ジャック・ボー(JB):ウクライナ軍は勇敢に自分たちに課された務めを遂行していると思います。兵士たちはドンバスを包囲するために2014年から掘っていた塹壕の中にいます。しかし残念ながら、大砲と機動力のある敵の前では、成功する可能性は低いのです。軍部は兵士たちをもっと有利な戦闘位置に撤退させたかったようですが、国の政治指導者はそれを拒否しました。ここでは、我々のメディアと政治家が、ウクライナの勝利という幻想と大規模な武器供与の約束を、そっくりそのまま維持することで、倒錯した役割を演じているのです。
トーマス・カイザー(TK): そうすることで、ウクライナ人を含む大衆をごまかしたのですね。
ジャック・ボー(JB): そうです。今は、ウクライナ側と欧米側が、ロシアを困難な状態に追いやるために、互いに嘘をついたことが明らかになっています。今やウクライナ側は、装備も準備も整っていない領土の部隊を国の西部からドンバスに送らなければならないのです。このことが不満を生み、ウクライナ西部やキエフで、ゼレンスキーに対する数多くの抗議デモがありました。そのため、キエフは、政府に反対する人々を抑制するために新しい法律を制定しなければならなかったのです。わが国の外交官は明らかに、何千人ものウクライナ兵士の死に、能動的に寄与してきたのです。今、この紛争に正気をもたらそうとしているのは、西側諸国の軍隊です。
トーマス・カイザー(TK): しかし、ロシアによって占領されている区域に、抵抗運動はないのでしょうか?
ジャック・ボー(JB): 興味深いことに、ロシア軍のプレゼンスに対する民衆の抵抗運動は見られません。ロシアに対する英雄的な民衆の抵抗という欧米のレトリックは、ウクライナ西部の民族主義者の宣言に基づくものです。事実、ウクライナ東部および南部でロシア連合が占領している区域にはロシア語を話す人たちが住んでいるのです。2021年7月始めに採択された”ウクライナの先住民に関する法律”が示しているように、ウクライナ人は、これらの住民を決して本当のウクライナ人としてみなしていないのです。2014年から今日にいたるまで、ウクライナの自軍がドネツクのような都市を定期的に爆撃していることから、南部の住民もロシア軍の駐在に完全に反対していないのです。彼らは、むしろロシア人を解放者としてみているのです。
トーマス・カイザー(TK): この視点から、ロシアがウクライナでさらに何をしようとしているのか、すでに予見できるでしょうか?
ジャック・ボー(JK): ロシア側は、ウクライナ側の交渉意志に目標を合わせているため、自分たちの意図について、きわめて慎重になっています。ウクライナ側が交渉を拒否する限り、ロシアは前進しつづけ、領土を獲得しつづけるでしょう。3月には、ゼレンスキーの提案に基づき、ロシア側は交渉する用意があったのです。しかし、ボリス・ジョンソン英首相の圧力で、ゼレンスキーは彼の提案を取り下げました。それで、ロシアはさらに前進しつづけました。
トーマス・カイザー(TK):それは何を意味するのですか?
ジャック・ボー(JB): ロシア側は、3月にウクライナ側が救い出すことができたかもしれなかったものを、再び交渉のテーブルに戻すことはしないでしょう。今の時点では、おそらく、ロシアは、トランスニストリアとのつながりを確立するために、さらにモルドバ方向に突き進むでしょう。ウクライナ南部でノヴォロシアの”新創造”が起こる可能性も低くはないでしょう。ロシアの行動のもっとも重要な帰結は、ウクライナが海へのアクセスを失うことです。
トーマス・カイザー(TK): 最近、我々のメディアで繰り返し報道されているのが、小麦価格の上昇と、それによる食糧不足災害の原因がロシアにある、というものです。そのことにについて何か情報をおもちですか?
ジャック・ボー(JB):ロシアに対する非難は、ロシアを世界から孤立させ、西側諸国が自らの過ちを免罪するための欧米のレトリックの一部です。まず、穀物価格の上昇は、戦争が直接の原因ではなく、西側諸国が意図的に、劇的に誇張しようとして作り出した状況に起因しているのです。同じ現象は、原油価格においても観察されます。穀物価格の上昇は、いくつかの要因の結果です。第一に:買い手が米国の制裁を恐れてしまうような支払い制限です。第二に:欧米の制裁のために石油市場が縮小しているため、輸送コストが高くなりすぎたことです。第三に:欧米の制裁が、肥料が市場に出回るのを阻止しています;これらの製品は制裁対象外ですが、支払い方法の制限が、買い手を恐れさせているのです。
トーマス・カイザー(TK): ロシアのせいで、ウクライナが穀物を供給できない、という非難がなされています。本当にそうなのでしょうか?
ジャック・ボー(JB):いいえ、それは本当ではありません。これには、二つの主な理由があるのです。第一の理由は:これは当然、我々のメディアが報道していないことなのですが、ウクライナが、黒海からの攻撃を恐れたために、黒海の港(複数)に機雷を設置したことです。しかし、嵐があったため、これらの機雷の多くがアンカーから外れ、解き放されてしまい、自由に動き回っているのです。これらの機雷は、海上航行にとって危険なものとなりました。トルコ海軍は、ボスポラス海峡まで到達していた、いくつかの機雷を処理しなければならなかったのです。
第二の理由は:ロシアはウクライナの港を封鎖しないことです。それどころか、ロシアは、ウクライナの港に船団を送ることを許可し、国際海上無線周波数で定期的に座標が放送される海上回廊を保証しているのです。問題は、ウクライナの機雷のために、これらの通路が使われていないことです。ところで、ダビッド・アラカミア氏( ゼレンスキーの側近の交渉主任)は、ウクライナは黒海から機雷を撤去するつもりはない、と言明しているのです。欧米の決定は充分に熟考されておらず、首尾一貫した戦略に組み込まれていないのですが、そのことをプーチンのせいにするのが、少し流行っているのです。
トーマス・カイザー(TK): 実際に市場に品不足が生じたのでしょうか、それともこれは価格を吊り上げるための人為的なプロセスなのでしょうか?
ジャック・ボー(JB): 私は穀物取引の専門家ではありません。 しかし、一方でウクライナはロシアの攻勢を前に、2021年の収穫穀物を売ることができませんでした。また他方で、ロシアは2022年の異例の収穫を見込んでいるようです。ですから、穀物不足ということではないようです。問題は、穀物が市場に届かないことです。これは、なによりも欧米の対ロシア、対ベラルーシ制裁によるものです。もちろん、こうした状況は、投機筋の関心を呼んでいますが、私はこの要因を評価することはできません。
トーマス・カイザー(TK): ポーランドは、ロシアが近いうちに自国領土に攻めてくるだろうと、かなり心配している様子を幾度も見せています。このシナリオはどの程度、現実的なのでしょうか?
ジャック・ボー(JB): ポーランドは、この紛争で何度も火に油を注いできました。ポーランドは、1930年代にピウスツキ元帥が望んでいた、バルト海と黒海の間の国々を統合するという、かつての”インタマリウム計画”の実現を夢見ているのです。そうして、17世紀のポーランド王国が復活されることになるわけです。なぜなら、ポーランドは、ウクライナと同様に、NATOの助けによって、ついにロシアを敗北させ、自国の昔からの夢を果たすことができる可能性があると信じているからです。ついでに言えば、このことは、ポーランドのヨーロッパへの関心が表面的なものに過ぎないことを示しています。
トーマス・カイザー(TK):なぜヨーロッパ諸国は、ここで、如何に汚いゲームが行われているのか気づかないのでしょうか?
ジャック・ボー(JB): 西側諸国の目的は(もちろんスイスも含まれる)ロシアを何らかの形で不安定にすることです。これらの国々にとっては、目的は手段を正当化するものなのです。だから、 我々には、(我々の国々においても)ロシア人を攻撃し、ウクライナ人を犠牲にすることに、良心の呵責がないのです。
メキシコのアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領は、NATOの対ウクライナ政策について、こう述べました:
「我々は武器を供給し、君たちは死体を供給するのだ。これは不道徳である!」と。
ー 翻訳おわりー
以上
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4922:220706〕
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