青山森人の東チモールだより…海外にいる東チモール人の問題
- 2022年 8月 20日
- 評論・紹介・意見
- 東チモール青山森人
イギリスで衝突する東チモール人
先月、新聞『東チモールの声』(2022年7月27日)に、「悲しい、イギリスにいる東チモール人が殺し合い」という見出しの記事が載りました。この記事は、7月26日にFONGTIL(東チモールNGOフォーラム)の代表が、「家族の生活のため仕事を探すという大きな目的のために渡航した東チモール人が酔っぱらって殺し合いをしているのは悲しい」と述べたことを紹介しています。
「殺し合い」とは一大事です。イギリスに働き出ている東チモール人同士が、東チモール国内で格闘技集団の若者たちがしばしば衝突して社会問題となっているように、イギリスでも衝突しているという事態が7月末~8月初旬に新聞紙を賑わせました。
『インデペンデンテ』(2022年7月29日)も「タウル首相、イギリスで若者が襲撃し合うことを悲しむ」と題して、タウル=マタン=ルアク首相による上記と同じ内容の発言を伝えました。
『チモールポスト』(2022年7月29日)では「タウル首相、イギリスでの東チモール人の行動を悲しむ」と見出しをつけ、「わたしは本当に悲しい、東チモール人はかつては独立のため旗を揚げるためそれぞれの土地で闘ったのに、いまは幾人かの東チモール人は外国で旗を降ろしている(辱めている)」とタウル=マタン=ルアク首相の発言(7月28日)を載せました。
この時点で、イギリスにおける東チモール人同士の衝突について、「殺し合い」という表現と「襲い合う」という表現が混ぜこぜに使われ、ほんとうに「殺し合い」の血みどろ抗争が起こったのか、たんなる物理的な衝突なのかは、はっきりしていませんでした。
イギリス当局が大統領に連絡
『インデペンデンテ』(2022年8月2日)、ジョゼ=ラモス=オルタ大統領がイギリス当局から物理的な衝突をしている東チモール人を鎮めるよう協力してほしい旨の連絡を直に受けたと伝えました。この記事のなかにイギリス当局が衝突する東チモール人のなかに死者が出たという内容はありませんでした。「殺し合い」という表現は誇張だったと思われます。
テトゥン語でoho malu(直訳すると「殺し合い」) とは必ずしも死者を出している衝突を意味するわけではなく、この場合は〝殺し合いのような衝突〟という意味合いであると思われます。わたしはイギリスにいる知り合いの東チモール人に、「そっちで東チモール人同士が衝突しているらしいが……」ときくと、かれは「そう、何人かの東チモール人が殺し合っている。これはかれらの文化だ。格闘技集団のかれらが部屋でトレーニングをして、襲撃し合っている。こちらには(東チモール国内のように)かれらを取り締まる法律がない」と返事が来たので、わたしは「けが人が出たの、死者も出たの」ときくと、「けが人だけ」と返事が来ました。この人によると死者は出ていません。東チモールで異なる格闘技集団に属していた東チモール人同士がイギリスでも東チモール国内よろしく喧嘩を始めたということのようです。わたしはまたイギリスにいる別の東チモール人に連絡を取ると、衝突が起こっているのはオックスフォードとのことでした。
なお、衝突して現地当局を困らせている東チモール人はごくごく少数であることは付け加えておかなければなりません。
『東チモールの声』(2022年8月2日)もラモス=オルタ大統領がイギリス当局から直接連絡があったことを報じました。この記事なかでも衝突で死者が出たとイギリス当局が述べたとは伝えていません。体力があり余っている若者が力まかせに衝突すれば、東チモール国内のようにしばしば死者が出ることもあります。イギリスでのこのたびの衝突ではけが人だけで済んだようです。何かと心細くなる環境にいる仲間同士、異国に出稼ぎに出た同郷人同士、助け合って暮らしたいものです。
『東チモールの声』(2022年8月2日)より。
「イギリスでの問題、イギリス警察がオルタと接触」(見出し)。
「ディリ――イギリスで問題を起こしている東チモールの若者たちについて、東チモールの若者が東チモールの名を汚しているので、かれらを鎮めるために、イギリス警察がジョゼ=ラモス=オルタ大統領に直に連絡を取る」。
ポルトガルで路上生活をする東チモール人
イギリスで襲撃し合う東チモール人労働者の次に新聞を賑わせたのが、ポルトガルで路上生活をする東チモール人です。ポルトガルの東チモール人の問題は新しくはありません。去年の年末ごろから問題になっていました。ヨーロッパに出稼ぎに出た東チモール人がポルトガルに渡ったものの仕事に就けつず宿にも泊まれずにいる問題について、5月に東チモールを訪れたポルトガルのマルセロ=レベロ=デ=ソウザ大統領も言及し、早急に何とかしたいとリップサービスをしましたが、その後何の進展もなく放置されたままです。なぜまた8月に入ってこの問題が大きく報道されるようになったのかというと、ポルトガル(たぶんリスボン)の路上で寝る東チモール人の様子がソーシャルネットワークで流れたからだと思われます。
『インデペンデンテ』(2022年8月4日)は「ポルトガルの東チモール人、国のイメージを損ねる」と見出しを付けた記事で、海外で仕事を探さなければならない東チモール人は仕事に就けず路上で寝ることになり、これが東チモールの国としてのイメージを損ねている、工場を建てるなど政府や民間による東チモール国内での投資が必要である、国内で雇用を創出すれば危険を冒して海外に仕事を探しに出なくてもよい、現在ポルトガルで路上生活をする東チモール人の問題については官民共同で解決すべきだ、という識者の意見をはじめ、さまざまな意見を次のように紹介しています。
人権団体AJAR(アジア正義と人権)の代表の意見はこうです――在ポルトガル・東チモール大使はポルトガルと話し合って(ポルトガルで路上生活をする東チモール人が望むように)かれらをイギリスに送るなどして解決を図るべき。東チモール政府はこの問題について責任をとりたくなくても逃げることはできない。国内に雇用創出できないから若者たちがこういうことなったのだから。若者のために農業部門で雇用の創出ができるのではないか――。
FONGTIL(東チモールNGOフォーラム)代表の意見です――かれらは自分の意志で自分の財産を使って海外に出たが、東チモール政府は東チモール人であるかれらのために危険を最小にとどめるために干渉すべきである――。
そして同記事は、(かれらを担当した)旅行代理店が責任を取るべきだ、というジュリアン=ダ=シルバ外務協力副大臣による8月3日の閣議での意見を紹介しています。海外に出ようとするのは個人の権利であり、個人の権利に政府が干渉することができないというのが政府の基本姿勢です。どうやら現時点ではポルトガルで路上生活をする東チモール人について具体的な行動を起こすつもりはなさそうです。
『チモールポスト』(2022年8月4日)は、このジュリアン=ダ=シルバ外務協力副大臣の発言を詳しくとりあげています。
「今日の閣議でわたしは若者たちに航空券を売る旅行代理店に注意をするように促した。旅行代理店がいいかげんに若者たちに航空券を売って、その結果、若者たちが損害を被ることになったからだ」。
「かれらは知っている、東チモールのパスポートで海外に出るとき復路の切符も買わなくてはならないことを。それなのにかれらは往路だけの切符を売って復路の切符はなしだ。そして東チモール人は空港で追放されたり、罰金を支払うなどの制裁を受けることになる。これは好くないことだ」。
「旅行代店が責任を取るべきだ。かれらは違法集団だ。政府はいま調査機関と活動して何をすべきか模索しているところだ。調査報告があがってくれば政府は行動をとることだろう」。
「残念ながら政府は個人の権利である個人の渡航をやめさせる権限をもっていない」。
自己責任か国の責任か
そして『チモールポスト』(2022年8月8日)の表紙に、SNSで流された動画の一部である写真を載りました。それはポルトガルで路上生活する東チモール人の寝床の様子でした。たぶん、この動画・写真は大きな反響を呼んだものと思われます。『東チモールの声』(2022年8月11日)に載ったさまざまな意見を以下、紹介します。
人権団体AJARの代表は、「政府が職を提供しないから東チモール人が海外に出ることになった。かれらの過ちであったとしても、政府は責任から逃げるべきではない。最低限の解決策を探るべきだ」「独立して20年たってもなお若者たちは国からよい扱いを受けておらず、外国の路上で寝る始末だ。国とくに外務協力省の道徳的責任の問題だ。外務協力省が解決策を見つけるべきだ。そして違法な旅行代理店には犯罪の責任を取らせるべきだ」。
ジョゼ=マグノという識者は、いまポルトガルでおこっている東チモール人の問題は政府の責任ではない、違法行為をした東チモール人の過ちなのである、といいます。
外務協力省のアダルジジャ=マグノ大臣は、「何か問題があったら当地の東チモール大使館に来て問題点を登録してほしい。何度もそうお願いしているのに、そうしたくない人もいる」。
ジョゼ=ラモス=オルタ大統領は、「ポルトガルの路上で寝ている東チモール人は、何千とそうしているポルトガル人と同じであり、アメリカのニューヨークでもあることだ。計画をしっかり立てないで運まかせで海外に出て路上で寝る羽目になっても、国には責任はないし、国の過ちとすることはできない。ドイツ・イギリス・中国に行って仕事がなかった、寝る場所がなかった、それは東チモール政府の責任だ、これではまるで子どもだ」とバッサリと切り捨てました。
誰にとっての独立か
同記事は最後に最大与党フレテリン(東チモール独立革命戦線)選出のデビッド=シメネス議員の示唆的な意見を紹介しています。
「国家が独立というが、それは誰にとっての独立か。わたしは混乱している。われわれは若者たちはこの国の将来だと口をそろえて言うが、若者たちに何かを用意しようとするときかれらは国外に出ている。われわれにはたくさんのトマトがあるのにトマトソースを海外から輸入している。飲み水までも輸入されるとはどういうことか。これは恥ずかしい、恥ずかしくないというのなら、そのことにわたしは恥ずかしい」。
ラモス=オルタ大統領とは対照的にシメネス議員は人情味のある意見を述べています。シメネス議員は、何もかも外国に頼って、独立とはいったい何なのだ!と悩みながら自問しています。
『東チモールの声』(2022年8月11日)より。
「ポルトガルの東チモール人、国の責任」(見出し)。
「ディリ――市民団体は、最近ポルトガルで生じている東チモール人の問題について国に責任をとるよう求める。国は、祖国と家族から離れて海外で仕事を探す若者たちを見捨てる理由を提示すべきでない」。
翻って日本の「独立」とは……、「誰にとっての独立」かと自問したとき、この10年間ですさまじく劣化した日本の政治状況を鑑みるに東チモールのほうがよっぽど独立度が高いと想えてなりません。やってはいけない日本の国葬に東チモール政府を巻き込まないでほしい。
青山森人の東チモールだより 第469号(2022年08月18日)より
e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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