人権侵害の指摘は内政干渉ではない ー 国連ウイグル報告書への中国反発に思う。
- 2022年 9月 3日
- 評論・紹介・意見
- 中国人権澤藤統一郎
(2022年9月2日)
「鳥のまさに死なんとするや、その鳴くや哀し。人のまさに死なんとするや、その言うや善し」という。名言の一つだろう。人の引き際の言葉は、真実を語るものという意味だが、引き際にならなければ語りにくい真実もある、ということにもなる。
私は何度か、定年間際の裁判官から思い切ったよい判決をもらった経験がある。裁判官が有形無形の圧力に抗してその良心を貫くのは、なかなかの難事なのだ。そしてこのことは、どうやら日本の裁判官に限った特別の事情ということでもなさそうだ。
国連人権高等弁務官バチェレの5年の任期が一昨日8月31日までのことであった。正確にはその任期切れは、ジュネーブ現地時間深夜12時。その10数分前に、バチェレは中国の新疆ウイグル自治区における人権侵害疑惑に関する報告書を公表した。中国の有形の圧力に抗してのこと。事態は、幾重にも深刻といわねばならない。
バチェレは今年5月23~28日に訪中し、滞在中に新疆の刑務所や職業技能教育訓練センターだった施設を視察し、任期中に報告書を発表する方針を示していた。その言は、かろうじて守られた。
報告書は46ページ。中国政府の公式文書や統計、それに衛生画像やウイグル族・カザフ族らの男女40人へのインタビューなどを元に作られているとのこと。
同報告書は、中国政府がテロ対策や「過激派」対策として、新疆ウイグル自治区で深刻な人権侵害を行っていると指摘した。中国政府には「恣意的に自由を奪われた人は直ちに釈放されるべきだ」「深刻な人権侵害の継続、または再発を防止するために迅速な対応が必要」として、13項目にわたる勧告がなされている。
翌9月1日、国連のグテレス事務総長の報道官は定例記者会見で、この国連人権高等弁務官事務所の報告書で示された勧告を「中国政府が受け入れるよう事務総長は強く望んでいる」と明らかにしている。
報告書は、多数のウイグル族らを収容した同自治区の「職業技能教育訓練センター」について、「(収容経験者への調査の結果)自由に退所できたり、一時帰宅できた人は一人もいなかった」と指摘した。ウイグル族らは「恣意(しい)的かつ差別的に拘束されている」とした上で、同センターへの収容は「自由の剝奪だ」と批判。「人道に対する罪に相当する可能性がある」との見解を示した。
報告書では、収容を経験した人たちのインタビューが紹介されている。2ヶ月から2年間に及ぶ期間の間、施設から出ることを禁じられたほか、手足を椅子に縛りつけられて通電した警棒で殴られたり顔に水をかけられながら尋問されたりしたという。さらに共産党を賛美する歌を「毎日、できるだけ大きな声で、顔が真っ赤になり血管が浮き出るまで」歌うよう強要されたという証言もあった。
レイプを含む性的暴行があったと話す人もいた。何が起きたかの説明もないままに集団の前で「婦人科検診」が実施され、「年配の女性は恥じ、若い女子は泣いた」こともあったという。
これに対する中国の反応が凄まじい。「でっちあげ」と「内政干渉」が反発の柱である。中国の張軍・国連大使は「政治的な目的を持って作られた嘘だ。人権高等弁務官は西側諸国の政治圧力に屈するべきではない」などと述べている。
中国外務省の汪文斌副報道局長は1日の定例記者会見で「報告は偽情報のごった煮であり、違法かつ無効だ。OHCHRが一部の国外反中勢力の政治陰謀に基づいてずさんな報告をまとめたことは、改めてOHCHRが発展途上国を圧迫し、虐げる米国や西側勢力の共犯者となっていることを示す」と批判。報告書について「60カ国以上の国家が公表に反対した」と指摘し、「不法で無効」「海外の一部反中勢力の政治的なたくらみに基づくでっち上げの報告」「国連を代表するものではない」と主張した。国連側も、約40カ国から公表に反対する書簡を受け取ったとしている。
なお、中国では同日、報告書について報じたNHK海外放送のニュース番組の放映が中断されたと報じられている。中国メディアはこの件について報道を行っておらず、国内では報告自体を抹殺する構えだという。
中国が人権侵害の指摘に反発することは興味深い、やはり恥ずべきこととは思っているわけだ。だから、反論は「事実無根のデッチ上げ」だということになる。ならば、事実を全て公開すればよいではないか。あの天皇制帝国も、リットン調査団の調査を妨害することはしなかった。バチェレ報告に疑義があるなら、再度の国連調査を積極的に受け入れるべきだろう。
そして、お決まりの「内政干渉批判」だ。国連加盟国である中国が、国連の人権活動に内政干渉というのは恥ずべき発言である。そもそも、人権とは国境を越えた普遍性に支えられた法的価値である。むしろ、国家と対峙し、常に国家による侵害に瀕している。その人権侵害国家が、人権擁護を使命とする国際機関に、介入するなという図式は克服されなければならない。
国際法上は、1993年国連世界人権会議における「ウィーン宣言」が人権の普遍性を確認している。中国の国連に対する「内政干渉批判」は、臆面もなく人権後進国であることを曝け出しているに等しい。中国が世界から、大国にふさわしい敬意を求めたいとするなら、自国民への人権侵害は根絶しなければならない。少なくとも、「内政干渉批判」をあらため、他国のジャーナリストの取材も自由にさせるべきであろう。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.9.2より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=19872
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