中国はなぜ日中関係の緊張を緩めようとしているか
- 2022年 9月 6日
- 評論・紹介・意見
- 日中阿部治平
――八ヶ岳山麓から(392)――
習近平中国国家主席は8月22日、新型コロナウイルスに感染した岸田文雄首相に見舞いの電報を送った。習氏は電報で「一日も早い回復を望む」と表明し、「今年は中日国交正常化50周年であり、私はあなたとともに新時代の要求に符合する中日関係の構築を推進したいと考えている」と呼び掛けた。
もともと、政府・自民党の中に9月27日の安倍晋三氏の「国葬」を機に習近平国家主席の訪日を実現させようという動きがあったという。ところが、8月2日にペロシ米連邦議会下院議長が台湾を訪問し、その後岸田首相と親しく会談したことにより、こうした水面下の工作はぶち壊しとなった。
ペロシ氏の訪台に激怒した中国は、台湾海域でのミサイル試射を含む「合同軍事演習」を始めた。8月4日には中国軍の弾道ミサイルが日本の排他的経済水域(EEZ)に5発落下した。
これに対する日本側の抗議に、中国外交部の回答は、「排他的経済水域は日本が勝手に区画したもので中国は関係ない」とにべもないものであった。
8月4日、G7外相会議は、「合同軍事演習」について「不要なエスカレーションを招く危険がある、中国による威嚇的な行動、特に実弾射撃演習及び経済的威圧を懸念する。台湾海峡における攻撃的な軍事活動の口実としてペロシ訪問を利用することは正当化できない」という声明を発表した。
これで日中首脳会談の準備をするはずの日中外相会談は直前に中止となった。
ところが2週間後の8月17日になって、秋葉剛男国家安全保障局長と楊潔篪・中国共産党政治局員が天津で約7時間にわたって会談した。双方が関係改善への動きを強めて、両国首脳間のオンライン会談か電話協議の実現へ水面下の調整が始まっている(朝日2022・08・22)。習近平氏は岸田氏に見舞電を送ってくる。
どのような「魚心あれば水心」なのか。日中関係は、いつになく緊張状態が続いていたが、中国はなぜにわかに「軟化」したのか。
この間の習近平氏をはじめとする中国側の動きを追った記事が台湾の「国防安全研究院ネット」にあった。「中国はなぜ日中関係の緊張を緩めようとしているか」である(2022・08・17)。筆者は同研究所副研究員の王尊彦氏である。
王氏はまず、軍事演習時「中国が弾道ミサイルを日本のEEZに打ち込んだのは、ほかでもなく習近平が自ら指示したもの」と判断している。「中国の軍事演習は日本政府の神経を緊張させただけでなく、日本社会に広く憂慮の情を引き起こした。NHKの8月9日世論調査の結果によると、日本人の40%が、台湾周辺の海空域での中国軍の演習は日本の安全環境に『重大な影響がある』と認め、42%が『ある程度の影響がある』とした」
これを見た孔鉉佑中国大使は、8月12日記者会見で「日本は現在の台湾情勢緊張の当事者ではない。また中国側はアメリカの政治的挑発と『台湾独立』勢力を阻止し、その目標は国家主権と領土の一体性を守るものであって、日本とは関係ない」と弁解したという。
王氏曰く、「中国側が抗日戦勝利記念日(8月15日)の3日前にわざわざ公開の形式で、『軍事演習は日本と関係ない』と弁解したことは、日本に(中国側の)善意を伝える意思があったことを示している」
王氏は、さらに注目すべきは、習近平氏が北戴河会議終了後、8月16日「遼瀋戦役記念館」で「東北解放戦争の歴史と遼瀋戦役勝利の過程の回顧」を参観したことであるという。
「(台湾からみると)抗日戦勝利記念日の翌日、習近平が柳条湖など『抗日戦勝利』の意義ある場所へ行かず、かえって国共内戦で中共軍が『国民党軍を打ち破った』記念施設を訪れたのは、現段階で中国が日本と台湾に対する態度には大きな違いがあることを示したものである」
また、王氏は「共同」の8月15日報道を引用する形で、福建省石獅市・漳州市、および浙江省台州市などの地方政府は、官営ネット上に「敏感な海域への進入禁止」の通知を交付した。さらに漁民には現地政府が口頭で「釣魚台(すなわち尖閣諸島)と台湾近海」へ接近してはならないと指示したという。
「(軍事演習による)休漁期間は8月16日に終わったが、中国はこの海域を敏感な海域として、引き続き釣魚台海域への接近を禁止している。これもまた北京当局が日本と海上での摩擦、衝突を避けようとしているからである」
はなしを8月17日の秋葉・楊の天津会談に戻すと、双方は互いに相手に対する抗議と見解を交換したあと、楊潔篪氏が両国は「平和共存・友好協力」でなければならないといい、双方は国際問題と地域問題の意見交換をし、「一定の有益な共通認識に到達した」また「対話と意思疎通を保持しつづける」という。
これに対する王氏の見解は、「双方が達成した『共通認識』の中身がどんなものかわからないが、『対話と意思疎通』が強調されたことは、岸田内閣に対して、『中国はこれからも日本に対しては、台湾向けに行われたような軍事活動を行うつもりはない』という意思を伝えたことになる」というものだ。
王氏の観察は以上だが、かりに王氏の言う通りだとして、ではなぜ中国は日本のEEZにミサイルを撃ち込んだのか。事情通の友人の観測はこうだ。
「おそらくそれは日本の反応を見るためであり、それをしても抗議を受けるだけで、対話が停止することはないと見越していた。中国はいまアメリカとの意思疎通はほとんど停止しているに等しいから、対米関係の先が見えない中で、日本との関係をこれ以上悪化させたくないのが本音ではないか。トランプ時代に日中関係が安定したのと同じ現象だ」
台湾海域にミサイル打った結果、中国国内向けには強い中国を演出できたけれども、対外的には歓迎されなかった。日本世論を考慮すれば、軍事演習に伴う航行制限海域を日本のEEZをふくむ形に設定し、ミサイルはそこに落ちないように打つという選択肢もあった。結果としてミサイルを打って日本を威嚇したが、直後に「軟化」しても日本世論は中国の思うようには動かない。
これまで、中国は台湾を外交的に孤立させようと努力し、実際に成果もあげてきたが、ペロシ訪台以前も現在も、諸外国の要人が台湾を訪問しており、台湾に有利な国際世論が形成されつつある。太平洋には、カナダ、イギリス、フランス、ドイツが艦船を派遣するなど軍事的に進出している。
これらは習近平氏の戦狼外交がもたらした反作用ではある。だが、いつかは起こるであろう台湾有事を考えたとき、かりに米軍が動いたとしても、日本は米軍に対する燃料補給、弾薬輸送支援にとどめる程度の存在のままでいて欲しい。さらに日本の世論が「台湾有事は日本の有事だ」と思わない、そういう状況が都合がよい。
中国にしてみれば、日本が台湾に傾斜しつつある現状は決して良いことではない。日本を含めた西側諸国が一致して台湾に連帯を示さないよう(中国包囲網を築かないよう)、早めに楔を打ち込みたいのである。
そこで秋葉・楊会談が成立したのだろうとわたしは思う。
(2022・08・27)
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