海外論説紹介――ウクライナ戦争をどうみるのか(2)
- 2022年 10月 14日
- 評論・紹介・意見
- ウクライナ戦争野上俊明
ウクライナ戦争は、報復合戦が続いている。ロシアによるウクライナ東・南部四州の併合に対して、おそらくはクリミア大橋の爆破がなされたのであろうし、またそれに対する報復として、ウクライナ全土への大規模なミサイル攻撃がなされた。この無防備都市への攻撃は、戦場での挽回につながらないという意味では、軍事的にはほとんど無意味であるにしても、ただ核兵器使用の敷居を低くするという効果はもつかもしれない。ウクライナ軍が前進するごとに、かえって核使用の緊張が高まるというパラドックス。世界を独裁者の滅びの道連れにしてはならない以上、このパラドックスを解く知恵を国際社会挙げて絞り出さなければならない。
以下、ウクライナの戦場に近いだけに、より緊張感が感じられるドイツの公共放送「ドイッチェ・ヴェレ」(10/12)より、最新の論説を紹介する。
プーチンと核兵器:彼を思いとどまらせるものはなにか?Putin und die Atomwaffe: Was kann ihn stoppen? von Marina Baranovska
クレムリンは、ウクライナ戦争で核兵器を使用すると繰り返し脅迫している。 ウラジーミル・プーチンは本当にこの一歩を踏み出す用意ができているのだろうか? 彼にとって「レッドライン」になり得るものとは何か? 「ドイッチェ・ヴェレ」 は、専門家に話を聞いた。
9月末以来、ウクライナ軍はハリコフ、ドネツク、ルハンスク、ヘルソン地域で反撃を成功させている。クレムリンでは緊張が高まっており、ロシアのプーチン大統領がウクライナでの戦争開始以来威嚇している核兵器の使用対する懸念が、世界中で高まっている。英国のタイムズ紙は、NATO の情報源を引用して、ロシアが黒海で核兵器実験を準備していると報じた。ウクライナ国境に向けて移動するロシア軍の列車が、同国の核兵器を管轄するロシア国防省第12総局と連絡を取っているとされる動画が、インターネット上に公開された。
小出しにエスカレートしていくクレムリン
インスブルック大学の国際関係学教授であるゲルハルト・マンゴット氏は、ロシアの核兵器使用のリスクを真剣に受け止めている。かの軍事列車と、潜水艦K―329「ベルゴロド」の出港は、核のメッセージかもしれない。「ロシアの指導者は、ウクライナと西側諸国の政府に対して、ロシアは核兵器を使用する能力が十分にあり、またその意思もあることを示している」と、マンゴット氏は述べた。「現時点では、主に抑止力として機能している。ウクライナが攻勢を続けるべきでないこと、欧米が武器でウクライナを支援し続けるべきでないことを示すためだ」これらの脅しでウクライナの反攻が止まらない場合、プーチンは次のステージに進む可能性がある。「攻勢を止めろ」という過激なメッセージとして、ロシアは黒海上空やカムチャッカで戦術核の実験を行う可能性がある。マンゴット氏によれば、無人地域での爆発でさえ効果なく、ウクライナがさらに多くの地域を奪還する場合には、ロシアは戦術核兵器を使用する可能性がある。これは前線ではなく、ウクライナの居住区や都市部の後方で起こることだ」
軍事専門家で元ドイツ連邦軍大佐のラルフ・ティーレ氏は、ロシアの無人地帯への核爆弾が抑止効果を持たない場合、ロシアはウクライナの政治的および経済的標的を攻撃する可能性があると考えている。「それは、電磁パルスを送り出し、自動車、テレビ、人工衛星、コンピューター、発電所など、電気で動くものすべてを数百平方キロメートル以内で破壊する爆発である可能性がある。それもバリエーションのひとつなのだ」
アメリカからの強い言葉
核兵器実験がロシアに壊滅的な影響を与えることは、ほとんどの国際的な専門家が認めるところである。「ロシアが批准した包括的核実験禁止条約に違反する実験を行なっただけでも、厳しい経済・金融制裁を受けることになる」と、マンゴット氏は説明する。米国国家安全保障担当補佐官のジェイク・サリバン氏は、すでに「壊滅的な結果」について警告していた。 9月末のCBSとのインタビューで、彼は、米国の高官が「直接、内密に、最高レベルで」クレムリンにこれを明らかにしたと述べた。
ゲルハルト・マンゴット氏によると、米国とNATOの対応は軍事的である可能性が高い。 例えば、ペトレイアス前CIA長官は、米国とその同盟国は、ウクライナ領内のロシア軍をすべて破壊し、黒海艦隊を沈める用意があると宣言していたのだ。 マンゴット氏は、このような攻撃は非対称的、つまり通常兵器によるものになると考えている。「プーチンには、核爆弾による攻撃に対して西側がどう反応するかだけでなく、その後ロシアが世界的に孤立し、中国やインドもその動きを非難するだろうということも伝えている」
中国の未開拓の潜在能力
これまで中国はウクライナ戦争に中立的な立場をとってきた。同時に、多くの専門家は、北京がプーチンの核攻撃を抑止するのに役立つという意見で一致している。 ラルフ・ティーレ氏は、西側諸国は中国を戦略的な同盟国にするためにもっと努力するべきだと考えている。「プーチンは中国に依存している。世界はここで、中国をより緊密に関与させることにより、第一歩として停戦を実現する機会を得るだろう」
しかし、専門家によれば、西側諸国は中国を対ロシア制裁に参加させるようなことはしないはずだという。これは北京にとって有益なことではない。中国は主に経済的な理由から、ウクライナの戦争を終わらせることに関心を持っている。また、国としても核戦争に発展することは望んでいない。「我が国の政治家は、実は中国をヨーロッパから締め出したいと考えている。なぜなら、世界経済や地政学の観点から、将来的に中国と付き合うのはかなり難しいと考えているからだ。より小さなヒキガエル、つまりここヨーロッパにおける中国の不愉快で強い存在感を飲み込む必要があると思う」と、ティーレ氏は語った。彼によると、それは今ゆっくりと引かなければならない切り札になるだろう.
プーチンの「レッドライン」としてのクリミア
ゲルハルト・マンゴット氏によれば、ワシントンからの警告が抑止効果を持つかどうかは、ウクライナでの戦闘が今後どのように推移するかにかかっているという。 専門家によると、ウクライナ軍のクリミア奪還の試みが、プーチン大統領にとって「レッドライン」になる可能性があるという。「ウクライナがクリミアを奪還するのを彼が傍観するとは思えない。そうなれば、彼の立場はたちまち危うくなり、失脚することになろう。大きな問題は、プーチンが敗北を免れるために、そのような状況で核兵器の使用という極端な行動に出るほどの冷血さと執着心があるかどうかだ」と、マンゴット氏は言う。「プーチンは十分に冷血で執着心が強いのではと、危惧している。しかし、彼の核兵器使用の命令が、それを実行しなければならない人たちによって実現されないという希望は、少なくともなお残っている」しかし、現時点では、ロシアの指導者が核兵器の使用を決定した兆候はない、とゲルハルト・マンゴット氏は強調する。「まだそこまで行っていない。また、ロシアが、この戦争に壊滅的な敗北を喫する危険性がある段階でもない。しかし、ロシアが戦場で敗北し、ロシアが征服した領土をウクライナ軍が奪還するたびに、その可能性は高まっていくかもしれない」
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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