ショルツ訪中をどうみるか
- 2022年 11月 12日
- 評論・紹介・意見
- ドイツ中国阿部治平
――八ヶ岳山麓から(401)――
11月4日、ドイツのショルツ首相が中国を訪れ、3期目に入ったばかりの中国共産党総書記習近平国家主席と会談した。両首脳はロシアによるウクライナへの軍事侵攻をめぐる対応や、拡大を続けてきた両国の経済協力について意見を交わしたという。
ショルツ訪中にたいしてヨーロッパのメディアは軒並み歓迎しなかった。NHKによるとロイターなど、「ショルツ氏はドイツ企業の首脳らとともに、主要7カ国(G7)首脳としては新型コロナウイルス流行後初の訪中を果たしたが、国内で強い批判の声が上がった」とし、「習氏は両首脳がウクライナ情勢を巡り『核兵器の使用や脅しに共同で反対する』考えに同調したが、ロシアの侵攻を批判したり、ウクライナからの撤退を求めたりすることはしなかった」と批判的である。
ドイツ国内からは、中国国有企業のハンブルク港管理会社の株式24.9%取得をショルツ首相が認めたことに対して批判が出ており、EUも秘密が漏れる恐れを指摘したという。緑の党所属でショルツ内閣のベアボック外相は中国を批判して、ドイツ企業が中国に過度な投資を控えるべきだという考えを示したという(NHK2022・11・5)。
「朝日新聞」もショルツ訪問を「独首相、習氏と会談G7首脳訪中3年ぶり/権威主義化容認批判も」という見出しで、「人権やウクライナ問題で欧州と中国の関係がこじれるなか、改善にかじを切りたい中国と経済関係を維持したいドイツの思惑が一致した。ただ、中国への接近は『権威主義化』を容認しかねないと、ドイツ国内外で批判が出ている」という(2022・11・05)」。
「産経新聞」はショルツ訪中を強く批判した。「独首相の中国訪問 西側の結束を乱す接近だ」として、「ドイツには、中国の覇権主義的な振る舞いを阻む対中戦略を展開する責務があるはずだ。その点を十分に踏まえるよう、日米欧は強く迫らなくてはならない」
「ショルツ氏は記者会見で、台湾の武力統一が望ましくないという考えや、新疆ウイグル自治区など少数民族の人権問題への懸念を中国側に伝えたと説明した」だが、「ショルツ氏の訪中には、自動車大手フォルクスワーゲンなど十数社の独企業幹部が同行した。これでは、中国の巨大な経済力に引き寄せられたと受け止められても仕方あるまい(2022・11・08)」
西側メディアとは対照的に、中国共産党機関紙「人民日報」はショルツ訪中を一面に大きく取り上げたし、その国際版「環球時報」は社説で「ショルツ訪中は象徴的意味に止まらない」と大歓迎である。
この社説は、まず「ショルツ訪中日程は詰まっていたが効果は高かった。双方は友好的に誠実に実務的に交流した」と高くもちあげた。
そして「……この訪問の意義は中国とドイツ、中国とヨーロッパの指導層の相互訪問の『門を開く』ことになり、中国とドイツの信頼関係を深め協力を進めるというにとどまらず、中国とドイツ、中国とヨーロッパ諸国との関係が流動する国際情勢の『安定した錨』の役割を発揮し継続する助けとなるものである」と、ドイツに続いて他のヨーロッパ首脳の中国訪問を誘った。
また会談でウクライナ危機について意見を交換し、習近平氏が「国際社会は共同してウクライナ危機の平和的解決への努力を支持するべきであり、ともに核兵器の使用あるいはそれを脅しに使うことに共同して反対した」と語ったことを強調して、「双方はパートナーであり敵ではない。相手方の発展と実務から協力して利益をかちとる。これが中独、中欧の関係であり、また中国と世界の絶対多数の国家関係の実際の概括である」とウクライナ戦争をめぐって摩擦の大きくなったヨーロッパ諸国との関係改善への期待を表明した。
最後に、中国に対するデカプリング(経済の分離政策)をすすめるアメリカ・バイデン政権を批判して、「(ショルツ訪中を)どこかの勢力が重点攻撃の対象にしている」「ショルツに圧力をかけているのは主にイデオロギー形態をもてあそぶのを職業とする人である。あるいは主観的な優越感に浸って自分からは何もできない古いヨーロッパのエリートたち、それとワシントンの地政学的政治屋である」とアメリカとヨーロッパの間にくさびを打ち込もうとしている。
2021年のドイツの対中国貿易額は2454億ユーロで、前年比15.1%増となり、中国が6年連続で最大の貿易相手国となった。ドイツでは対中貿易の関連企業で働く人がおよそ100万という。ダイムラーなど自動車メーカーの第一の得意先は中国だ。フォルクスワーゲンは販売の4割を中国が占めるというし、有力化学メーカーや電機メーカーにとって中国市場は不可欠の存在だ。だから今回の訪中には大企業の幹部を伴っている。
「産経」がいうように、ショルツ訪中は、ドイツ経済が不況へ転落することへの強い警戒心からであることは明らかである。中国は人権問題や言論統制、民族問題、力ずくの海洋進出などでヨーロッパ諸国の世論の支持を失っている。だからショルツ訪中をこの局面打開の契機にしようとしているのである。いわば「魚心あれば水心」である。
ただ、習近平氏の「核兵器の使用あるいはそれを脅しに使うことに共同して反対する」という発言はおためごかしかもしれないが、ロシア軍指導部がウクライナでの核兵器使用を検討している今日、習近平氏がプーチンの戦争を明確に批判したものとして重要である。
ショルツ首相は与党社会民主党のイベントで「中国経済への過度な依存を継続している」との批判について、「われわれは中国との経済交流を続けていく。しかし、10年後あるいは30年後になるかは分からないが、困難な状況に陥ったときに対処できるような体制を整えておくことも確かだ」と語ったという(NHK2022・11・05)。
ドイツには、ウクライナ戦争勃発と同時に明らかになったロシアの天然ガスへの過度の依存への反省がある。ショルツ首相の発言は、当面は中国市場を重視するとしても、将来は過度の中国依存からの脱却を意識していることを物語っている。
ひるがえって、日本の対中依存度はドイツよりもはるかに高い。日本の対中貿易は長年全体の20%を優に超え2020年には24%であった。携帯電話やパソコンなど1000を超える品目で輸入額に占める中国の割合が5割以上を占めている。
日本と中国の間には、民主主義対専制主義・権威主義というイデオロギー外交原則だけでは解決できない課題がある。国会では、ウクライナ戦争を理由に台湾有事と軍拡が躍っているが、異常ともいえる中国依存の経済から脱却する道が議論されたことはあまりない。与野党ふくめて日本の政治家にはショルツ首相ほどの問題意識、危機感があるだろうか。
(2022・11・09)
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