ロックダウン反対デモの陰で
- 2022年 12月 8日
- 評論・紹介・意見
- 中国阿部治平
――八ヶ岳山麓から(405)――
中国の都市封鎖政策に反対するほとんど全国的なデモの力は地方政府だけでなく中国共産党中央をも動かし、ロックダウン政策は若干緩められる方針が出された。
デモがまず上海中心部のウルムチ中路で起きたのはご存じのとおりである。デモのきっかけは、新疆ウイグル自治区ウルムチ市の火災事故である。12月3日付信濃毎日新聞の「家族5人犠牲、きょうだい訴え」という記事によって、死者はウイグル人だとわかった。
姉弟はトルコに留学、イスタンプールで暮しており、同地で、母と5~13歳のきょうだい4人の訃報を知った。父と兄は収容所に送られており、2人は「ウイグル迫害、沈黙しないで」と訴えている。トルコに暮らす亡命ウイグル人は5万という(信毎、イスタンブール共同2022・12・03)。
新疆ウイグル自治区では2001年の9・11事件以後、江沢民政権によって民族運動がテロとされてから弾圧が強められた。だが、ウイグル1165万のうち100万人の収容所送りなど、新疆の(回族を除く)全ムスリム民族へ網をかけた苛烈な弾圧は、習近平時代になってからである。
きっかけは、2014年4月30日のウルムチ駅「爆破テロ事件」である。習近平氏が国家主席となり、初めて新疆ウイグル自治区を視察した直後のテロだったので、習氏のメンツが丸つぶれとなった。これから習近平氏のウイグルへの激しい憎しみがうまれ、「厳打暴恐活動(断固たるテロ撲滅)」という遠慮会釈ない弾圧が始まったものといわれている。
その結果、ウルムチは中国でもっとも治安の良い都市になった。しかし中国共産党の支配になじもうとしない人々が多数であることは当局も知っている。そこで取られたのが小中学校における漢語(中国語)による教育の徹底であり、とりわけ異民族間の婚姻奨励政策である。学校における漢語強制については、以前本欄で述べたのでくりかえさない(八ヶ岳山麓から<288>)。
亡命ウイグル人組織「ウイグル人権プロジェクト」の11月16日の報告によれば、2018年からウイグル・漢の通婚数は急激に上昇しているが、これは政府の「極端な工作」と民族間の「交流と融合促進政策」によるものと指摘している。
たとえば、新疆且末(チャルチャン)県では、ウイグル・漢の結婚には1万元の奨励金、さらに5年「円満な」結婚生活を維持しているとき、住居や医療、子供の教育などの福利的奨励措置を与えるという。同報告は、カシュガル地区では、「18歳の娘らが(意に反して)漢人に嫁入りするのを承知しなければならなかった。そうしなければ彼らが拘留キャンプに送られる心配があったから」という。
また中国当局が行った「結対認親(結婚促進)」活動の中で、「漢人と親戚になる」ことへの大量の騒動があり、ウイグル女性強姦事件があったと伝えている(以上China Digital Times 2022・11・23)。報告は明らかにしていないが、おそらくは夫は漢人、妻は少数民族の形が断然多いものと思われる。
上記の記事では2018年からウイグル・漢の通婚が増加したと指摘しているが、これには理由がある。それは中共中央政治局員陳全国の存在である。かれは、2011年から5年間チベット自治区党書記であり、2016年に新疆の最高指導者に任命された。
習近平政権は、人権派弁護士を主な対象として民主人士を逮捕、拷問、投獄するという言論弾圧を行っている。東トルキスタン独立を主張せず、中共支配を容認する穏健なウイグル学者イリハム・トフティも国家分裂罪で無期懲役の判決を受けた。
陳全国はチベットで中共中央の強硬策に応え、民族主義的と見なした言動を徹底的に弾圧する一方で、牧畜民の定住政策を強行し、小中学校の教育用語を漢語にした。それと同時に異民族間の婚姻奨励政策を強行した。
陳全国は、チベット・漢の夫婦に対して社会保障、出産、休暇などの優遇、褒章授与のほか、異民族間結婚で生まれた子供への教育、就職、共産党党員資格の取得などの優遇政策をとった。チベット自治区の研究所の調べでは、異民族間結婚は過去5年間にわたり毎年2桁のパーセンテージで急増し、2008年の666組から2013年には4795組に増えた(ワシントンポスト、2014・08・16)。
陳全国はチベット自治区での業績を認められ、2016年に期待されて民族紛争の絶えない新疆ウイグル自治区党委員会書記に就任し、チベット自治区と同じ「漢化」政策を取った。
彼は、大量のムスリム少数民族を矯正収容所に送り、モスクを壊して商店に変え、学校教育言語を強制的に漢語に変えた。これに対しアメリカは、陳全国を新疆のウイグル再教育収容所に関与する人物として「アメリカ国内資産凍結、アメリカ人との取引禁止」という措置を取った。
だが漢人と新疆ムスリム諸民族との結婚は、チベットほどには進まなかった。ムスリムは異教徒との結婚をタブーとするからである。そこで投獄、隔離施設への収容などの恐怖を背景とする強制政策を取らざるを得なかったのである。
2021年12月、中共中央は陳全国を新疆ウイグル自治区党委員会書記・新疆生産建設兵団委員会第一書記兼第一政委から解任して別の職務に異動させると発表し、後任には広東省党委副書記・広東省長の馬興瑞が任命された(Wikipedia)。
2022年7月、習近平氏は新疆を訪問した。習指導部はウイグル弾圧に対する西側の非難を意識して、最近は新疆ウイグルの経済成長路線を打ち出すようになっている。陳全国を下ろしたのも、欧米との緊張緩和の糸口を探ろうとしているからという見方がある(日経・ロイター 2022・07・15)。
いま習近平氏じきじきのロックダウン政策は、各地のデモによって若干の緩和を強いられている。だが、「中華民族の大家庭」という民族同化政策が緩和することはない。
文化大革命後の内モンゴルへの漢人の大量移住によってモンゴル民族は内モンゴル人口の10数%となった。1990年代以後出生のモンゴル人には、モンゴル語を話せないものが多いとのことである。新疆へも漢人の津波のような移住があって、漢人はウイグル人人口に迫る勢いである。
中共の民族政策がこのままだと、ウイグルもカザフもチベットも、あと1世代か2世代でモンゴル同様に漢人の海に飲み込まれる日が確実に来る。わたしはすでに83歳だから見ることはできないが、子供や孫の世代の日本人は、この悲劇を目撃できるかもしれない。
(2022・12・04)
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