元スイス陸軍大佐/戦略アナリスト・ジャック・ボー氏の論評:”ウクライナで平和を探し求める?”
- 2023年 2月 9日
- 評論・紹介・意見
- ウクライナ問題グローガー理恵ジャック・ボー
はじめに
数日前、久しぶりにイギリスのケンブリッジに住む知人とSkypeで話をしたところ、こんなことを言っていた:「ウクライナ紛争について、もうBBCの報道は信じないのでBBCは見ないことにしてるんだ。 見るとしたらAl Jazeeraの報道だけど、それもすべての情報が正確だとは限らないしね。…..」
これには驚いた。 実は、私たちもBBCも含めて、ドイツのニュースチャネルの偏向的かつ好戦的な報道には嫌気がさしていて一切見ないことにしているのだが、そうしているのは私たちぐらいだと思っていたからだ。 われわれと同様に、西側のメディア報道に批判的なイギリス人がいたとは….。 正直言って、少し励まされたような気持ちになった。
ちなみに、最近のメルケル元首相のミンスク合意を巡る衝撃的な告白については、ドイツのマスメディアのほとんどが報道していなかったと聞いている。ということは、ドイツ人のほとんどが、この重要なウクライナ紛争に関する情報について何も知らないということらしい。都合の悪い情報はフィルターして報道しないというのが、ドイツのマスメディアの実態なのだろう。
さて、今回も例によって例のごとく、マスメディアでは決して取り上げられることのない、ウクライナ紛争の見識者・ジャック・ボー氏の論評から簡単に抜粋したものを和訳してご紹介せていただく。なお、論考の中でボー氏はメルケル元首相の告白についても言及している。
原文(独語)へのリンク:
https://zeitgeschehen-im-fokus.ch/de/newspaper-ausgabe/nr-22-vom-2-dezember-2022.html#article_1455
ジャック・ボー氏について
ジャック・ボー(Jacques Baud): スイス人。ジュネーブの国際関係大学院で計量経済学の修士号と国際安全保障の修士号を取得し、スイス陸軍の大佐を務めた。スイス戦略情報局に勤務し、ルワンダ戦争時の東ザイールの難民キャンプの安全確保に関するアドバイザーを務める(UNHCR – ザイール/コンゴ、1995-1996年)。ニューヨークの国連平和維持活動局(DPKO)に勤務し(1997-99年)、ジュネーブの国際人道的地雷除去センター(CIGHD)および地雷対策情報管理システム(IMSMA)を設立した。国連平和活動におけるインテリジェンスの概念導入に貢献し、スーダンで初の統合型国連合同ミッション分析センター(JMAC)を率いた(2005~06年)。ニューヨークの国連平和維持活動局平和政策・教義部(2009~11年)、安全保障セクター改革・法の支配に関する国連専門家グループの責任者を務め、NATOに勤務した。
また著述家・地政学エキスパートでもあり、情報、非対称戦争、テロ、偽情報に関する複数の著書がある。
写真:ジャック・ボー氏 (Youtubeから)
– スイスのメディア “Zeitgeschehen im Fokus (注目の時事問題)”から –
ウクライナで平和を探し求める?《Suche nach Frieden in der Ukraine?》
著者:ジャック・ボー (Jacques Baud)
2022年12月22日
今日、我々のメディアは、寒さと暗闇の中で爆撃から逃れるためにキエフの地下鉄に逃れ込んだ子どもたちや市民の悲劇的な映像を映し出している。 これは悲しいことであるし、彼らは我々の同情に値する。もちろん、ここでロシアを非難するのは簡単である。しかし、これらのウクライナ人も我々のメディアも外交官も政府も、2014年以来、8年間ずっとドンバスで、キエフの軍隊に爆撃され、毎年、同じ状況のもとでクリスマスと冬を過ごしている他のウクライナ人に対しては、同様な同情を示すことはなかった。なぜそうなのか?
事実は、ウクライナのネオナチ民兵にとって、ドンバスの人たちは我々の同情に値しない”人間以下の存在 (Untermenschen) ”でしかないのである。このスタンスは、8年間、我々のメディアによっても共有されたものであり、メディアは決して、このような攻撃に対して声をあげることはなかった。これら(訳注:ドンバスにおける)1万人を超す死者が、国際人道法(IHL)に従うことを非常に重視する我々のメディアや我々の外交官を動かすことはなかった。ーただし、(訳注:我々のメディア・外交官が動くのは)ある特定の人々に対してだけなのである。
もし我々の外交官やメディアが、本当にウクライナで戦争が起こるのを防ぎたかったのだったとしたら:
ー1995年にウクライナがクリミアの地位を侵害したこと【*訳注1】を糺弾したであろう。
ー 2014年のクーデターを強く非難したであろう。
ー 2014年の、選挙で選ばれなかったウクライナ当局によるロシア語、ハンガリー語、ルーマニア語を話す少数民族に対する差別を公然と非難したであろう。
ー 2014年以来、ウクライナにミンスク協定の義務を果たすよう促していただろう。
ー 2014年以来、自国の政府によって武力攻撃されている、ドンバスのロシア語を話すウクライナ市民に対して同情を示していただろう。
ー ドンバスでのネオナチ民兵による市民への攻撃について国際世論に警告していただろう。
ー 2021年3月のウクライナ政権による南ウクライナでの攻撃準備の決定について、国際社会に警告する準備をしていたウクライナ政権反対のメディアの閉鎖を、2021年2月3 、さらに8月に、強く非難していたであろう。
ー 2022年2月半ばのウクライナによるドンバスの市民に対する砲撃を公然と非難したであろう。
ー2022年のウクライナにおける野党の禁止を強く非難したであろう。
ウクライナ危機は、もし我々が、それを理解しようと努め、時を得た、つまり2015年から、問題に取り組むことに尽力していたのだったとしたら、確実に回避することができたであろう。 しかし、我々は、そうしなかったー意図的にである! ドイツ紙 “デア・シュピーゲル” や ”ディ・ツァイト” に掲載されたアンゲラ・メルケル独前首相のインタビューは、ドイツが、NATOの外見上の団結を保つために、ヨーロッパの平和を故意に犠牲にしたことを物語っている。
以上
* * * * * *
【*訳注1】1995年にウクライナがクリミアの地位を侵害したことについて:
ソビエト連邦の崩壊とウクライナの独立により、クリミア半島はクリミア共和国として再編され、クリミア当局はウクライナからの独立とロシアとのより密接な関係を求めて、1991年の住民投票に臨んだ。1995年、ウクライナによって共和国は強制的に廃止され、ウクライナの権威の下にクリミア自治共和国が成立した。 [Source: Wikipedia]
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion12800:230209〕
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