プーチン「習近平を待っている」・・・しかし、習はモスクワへ行けるか ― ウクライナ戦争1年、両者になにが起こったか?
- 2023年 3月 3日
- 時代をみる
- ロシア中国田畑光永
昨2022年2月4日、北京での中ロ首脳会談は歴史に残る会談であった。終了後、同席した中国のベテラン外交官が記者団に「中ロ関係に上限はない」と叫んだほどに、両国関係の密接ぶり、明るい未来を出席者が共有した時間であった。
話の中身はロシアのウクライナへの武力侵攻計画であり、それに続く大ロシア帝国復活への展望であり、そしてそれはまた中国の台湾併合への道を照らし出したものでもあったはずだ。この会談ではウクライナ侵攻の話は出なかったという関係者の発言もあるが、出ていても出なかったと当事者は言い張るのが通例のテーマであるから、そこを詮索してもあまり意味はない。いずれにしろ両首脳がバラ色の近未来を共有したことはあの雰囲気からして間違いない。
しかし、それから半年後、米ペロシ下院議長が台湾を訪問した際に、中国軍が台湾周辺の海域にミサイルを雨あられと撃ち込んだのは、プーチンのセールス・トークを信じた習近平の自分へのうっぷん晴らしであったとしか思えない。
そしてさらに半年が過ぎて、侵攻は2年目に入った。戦況は局地的には激戦が続いているようであるが、ロシア軍に開戦当初の勢いはすでになく、今や何を目的に戦っているのか、はっきりしない状況に陥っているように見える。
一方、ウクライナ軍も西側諸国の武器援助を受けつつ必死に反抗を試みてはいるものの、ロシア軍を領域外に一気に追い出すまでの力はなさそうである。
そこで、手詰まり打開のチャンスと見たのかどうか、突然、中国が「自国の立場」なるものを打ち出してきた。と言っても、しかるべき責任者が国際会議や記者会見で発表するといった公式の形ではなく、「ウクライナ危機の政治解決に関する中國の立場」と題する文書を外交部のウエブサイトに掲載するといった珍しい形での発表であった。2月24日のことである。
この文書には前書きもなければ、発信者の名前も部署名もなく、いきなり「一」から始まって「十二」まで、A4判なら一枚紙で終わるという、はなはだ味もそっけもない事務的な文書である。
しかし、同時にその12項目にはそれぞれ漢字数文字の見出しがついているので、内容は分かりやすい。とりあえずその見出しを紹介するとー
1、各国の主権尊重 2、冷戦思考の放棄 3、停戦 4、交渉開始 5、人道危機の解決 6、一般国民と捕虜の保護 7、原子力発電所の安全維持 8、戦略的危機の減少(核兵器不使用、核戦争起こさず)
9、食糧の海外輸送の保障 10、一方的制裁の停止 11、産業チェーン・供給チェーンの安定確保
12、戦後再建の確保―である。
一見する限りでは紛争を解決するための討議項目として、ごく普通の項目が並んでいる。とくに第5項以下の各項は紛争解決のためには一般的に必要な項目であり、細目は別にしてとくに討議事項としては異論を呼ぶものではなさそうである。
しかし、冒頭の4項は、今回のロシア軍によるウクライナに対する宣戦布告もなしの一方的攻撃開始という事態の特殊性にまったく触れることなしに一般原則を列挙したとの見せかけの上で、加害者と被害者の区別をことさらに曖昧にしようとする非常識きわまりないものである。
たとえば第1項の締めくくりの一節には「国際法は平等、統一的に適用すべきであって、ダブル・スタンダードは採用すべきでない」とある。一般論としてはその通りであるが、一方的に攻撃を加えているものとそれから身を守っているだけのものに向かって、ことさらこんな理屈を述べ立てるのは、一般論に隠れて加害者と被害者を同列に並べる、つまり加害者の加害部分を消去しようとの下心と見られても仕方がないだろう。
第2項の「冷戦思考の放棄」を見よう。この項目の後半は極めて難解である。こういう文章だ。
「複雑な問題に簡単な解決方法はない。共同、綜合、協力、持続可能な安全観を堅持して、世界の長期平和に目を向け、均衡、有効、持続的なヨーロッパの安全構想の構築を進め、自国の安全を他国の不安全の基礎の上に建てることに反対し、陣営間の対抗を形成することを防いで、アジア・ヨーロッパ大陸の平和、安定を共同で守る」
大国ロシアが小国ウクライナを武力で跪かせ、うまくいけば併合しようと攻め込んだ、としか見えない今度の戦火を、ことさらに「複雑な問題」と定義して「簡単な解決方法はない」と決めつける。
そしてこれでもかと形容詞を羅列して、あげく「自国の安全を他国の不安全の基礎の上に建てることに反対して、陣営間の対抗を形成することを防ぐ」と話は広がる。よく読めば「ウクライナ(自国)の安全をロシア(他国)の不安全な基礎の上に建てることに反対し」と、「NATOの東への拡大に反対」するプーチンの言い分の肩を持ち、どっちがどっちを攻めているのかという火種を隠して、ことはロシアの侵略ではなく、「陣営間の対抗である」と、まさに「冷戦思考」そのものに話をつなげていく。
くどくなるので、3、4項は省略するが、要するに今回の戦火について、加害・被害の別、道理・非道理の別を曖昧にして、国家間の衝突一般に還元し、それを言葉とは裏腹にかつての冷戦構造の再現に強引に結び付けて、プーチンを被告席に立たせることなく、事態をあいまいの闇に葬ろうという下心が丸見えの作文である。
なるほどこれではさすがの出たがり屋の習近平、王毅両氏も自分の署名で世界に出すことを逃げ、それ以下の署名では国際的に相手にされないということで、結局、無署名の性格不明の文書としてウエブサイトに載せたものであろう。
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それにしても、なぜこんな形で中國はウクライナ戦争への態度表明をしたのであろうか。昨秋の20回共産党大会で前代未聞の総書記3期留任を実現した習近平にとっては、来月5日からの第14期全国人民代表大会(全人代)が国務院の新体制とともに新しい「施政の方向」を明らかにする正念場である。
と同時に、昨秋の第20回共産党大会では総書記3選ははたしたものの、その後の「コロナ」の処理では大きく躓いて、白紙デモのような街頭での大衆運動さえ各地に発生した。それは大事にならずに済んだとはいえ、今度の全人代を体制の新スタートのやりなおしとしたい。そのためにはウクライナ戦争の解決に向けて、イニシアティブを握りたいという気持が動いたことが考えられる。
この1年、思えば習近平にとってはすべてがこと志と違う方に転がってしまった。総書記3選という大目標こそ達成したが、コロナ対策の迷走による民心の離反、不動産不況に象徴される経済の活力消滅、対外的にはなんとかミサイルの脅しでペロシ氏の訪台を阻止しようとしたのが無視されて、1人で拳を振り回すピエロを演じてしまったこと等々、とくにウクライナ戦争については、ロシアを制裁する決議案が出されるたびに、「棄権」票を投ずるという安保理常任理事国とも見えない不甲斐無い態度に終始した。
したがって、開戦2年目に入ったこのあたりでなんとか存在感を示したい、という焦りが、この文書を生んだとも考えられる。しかし、ことはそれだけであろうか。
じつはこの文書が中国外交部のウエブサイトに登場する2日前、中国共産党の外交担当の政治局員、王毅前外相が22日、モスクワでプーチン大統領と会った。しかし、この会談を伝えたニュースはプーチンが「習近平の訪ロを待っている」と王毅に伝えたということしか報じていない。
プーチンの発言として伝えられたのは「ロシアと中国の関係は計画通りに発展している。国連だけでなく、BRICKSや上海協力機構などでも協力している。中國で政治的な議題(全国人民代表大会)があることを理解している。(習氏の)ロシアへの訪問を待っている」という、あたりさわりのない言葉であった。
王毅は中国外交の最高責任者である。しかし、発表はウクライナについても、ほかの外交問題についても(2人が)「意見を交換した」とは言っていない。つまり、プーチンは王毅と国際情勢について意見を交換する気などなかった、ということになる。それでいて「習のロシア訪問を待っている」とはどういう意味か。
私見を述べれば、プーチンはウクライナ戦争についての、中国の、あえて言えば習近平の態度には不満がいっぱいなのだ。一言で言えば「去年と約束が違うではないか」ということだ。去年の2月4日、「中ロ関係には上限はない」というほどに盛り上がった会談で、おそらく習はウクライナで精一杯の協力をプーチンに約束したのではなかったか。
そう仮定すれば、これまでの中国の煮え切らない態度はすべて合点がいく。中國にすれば、「もっと素早くけりをつけると言ったではないか」と言いたいだろうし、ロシアにすれば「協力するといったではないか。武器を寄越すなどもっと協力しろ」と怒鳴りたい心境であろう。
だから王毅の顔を見ても、国際情勢の話などする気にならず、なにより習近平に直接会うことが大事だった。「習が来るのを待っている」という言葉は聞きようによっては怖い脅しではないか。
プーチン・王のモスクワ会談のあたりから、中国からロシアへの武器援助の話が取りざたされるようになったのは、火のないところに煙は立たず、というところだろう。そしてまた紹介した24日の無署名の外交部文書もそれへの布石(プーチンの反応を見るための)と考えれば、分かりやすい。
中国の全国人民代表大会は5日から1週間くらいだから、その後、3月中旬以降、ウクライナの戦況と絡んで中ロ間でどのような駆け引きが演じられるか、注目に値する。(230227)
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