戦争で私たちは何を得られるのか
- 2023年 7月 7日
- 評論・紹介・意見
- 松井和子
前田朗氏の「日本植民地主義をいかに把握するか―排除と迫害のヘイト・スピーチ」は、欧州諸国、アメリカにおけるヘイト・クライムに対する規制法の制定の高まり、国連機関の勧告や行動計画採択に照らして日本の現状を分析、そこにある問題を的確に指摘している。
日本における差別・偏見・排除は、被差別部落をはじめ選民思想が根強い。今に至ってもことあるごとに煽られるのが「日本人の素晴らしさ」であり、そのことは前田氏が指摘するように社会やメディアに蔓延している。この日本優越主義がアジア蔑視と固く結びつき、アジアの侵略へ人びとを煽り、重大な罪を犯す歴史となった。
1945年日本は敗戦後、新たな憲法の制定で民主主義国家となったはずだったが、実態はそんなにたやすいものではなかった。日本優越主義がこの国を覆っている。それは在日朝鮮人に対する、国の、国民一人ひとりの認識に良く現れている。
何故、日本の優越主義は侵略の反省で変わらなかったか。
戦後の日本が置かれた状況を見てみたい。
戦直後、すでにその時、アメリカとソビエトの間には冷戦が始まっていた。アメリカが日本を占領した時は日本国憲法に見られるように、日本はアメリカによって民主主義化が進められていて、日本は東洋のスイスとして中立を守るとよいという方針だったという。しかしソビエトの原爆保有声明や中国革命を受け、1949年4月にはソ連を基地で包囲するというNATO (北大西洋条約)ができるなど冷戦は激しくなっていった。日本はアメリカの防衛上戦略上重要な場所となり、それまでのアメリカの方針は変えられた。朝鮮戦争を機に日本人に共産勢力に対する恐怖心を植え付け、アメリカ基地は永続化、日本は軍事力を手にする道を再び歩み始めた。
第二次世界大戦後、東京裁判・ニュルンベルグ裁判・極東裁判で戦争犯罪が問われ裁かれた。
しかし東京裁判では、生物・化学兵器を使い人道に反する罪を犯した731部隊は裁かれなかった。それどころかそのノウハウは秘かにアメリカの手に渡され、関係者は罪を逃れた。その罪に日本政府が向き合うことはなかった。その生物・化学兵器はアメリカアによって朝鮮戦争で使われた。
ニュルンベルク裁判では、ドイツ・ナチスの罪が問われた。ドイツはその罪に向き合い、日本と違って人道に対する罪を国内法で定めた。日本と違う道を歩んだ。
が、ニュルンベルク裁判で見落とされていたことがあったのではないか。意図的かどうかはわからない。ドイツ・ナチスと一緒になって国内のユダヤ人やポーランドのユダヤ人大量虐殺に手を貸したウクライナ軍の罪である。戦後ゲリラ化し、ソビエトから追放されるが、その思想は生き延びたと言われている。彼らを戦直後からアメリカ・イギリスが訓練・支援していたとも言われている。
朝鮮への侵略で日本皇軍に土地や生活の糧を奪われ、また強制されて日本に渡り、過酷な労働を強いられていた朝鮮人たちが日本国内にいた。戦後1946年3月末までに約130万以上の者が本国に帰還したが約60万人が帰ることが叶わず日本に留まった。
1946年11月日本国憲法公布され、1951年9月日本はサンフランシスコ条約で主権を回復し再出発をした。その時、日本にいて「日本人」とされていた朝鮮人は、1947年天皇最後の勅令で「外国人」とされると同時に、日本国憲法から外され、生活する権利を奪われた。そして指紋押捺制度など犯罪者まがいの扱いや教育はじめ年金など福祉政策や公民権からも除外され、今なお多くの問題を抱えている。2020年に始まった高校無償化制度は、今も朝鮮高等学校のみ除外されている。
以上、戦後の歴史に見られるように、77年後の日本は国連の人権に関する条約に沿わないことが多い。とくに在日朝鮮人に対する対応は、国連から何度も勧告を受けている。そうしたことから日本は今も民主主義とは程遠い選民思想の国であり続けていると言えるのではないか。
2000年、拉致問題が起きる少し前から私は地域の仲間たちと朝鮮学校との交流を始め、その実態を知り学んだ。2010年に「ポラムの会」を設立、岐阜朝鮮初中級学校への支援と交流を地域の人たちと続けている。
昨年春、ウクライナへロシアが侵攻した。その時私は、流される情報をそのまま鵜呑みに出来なかった。起きてしまったこのアメリカはじめ西側諸国を後ろ盾とするウクライナとロシアの戦争について再び考えることになった。
ウクライナでクーデターが起きた2014年の前年秋に、私はウクライナの首都キエフとチェルノブイリ原発、ベラルーシを訪ねており、そこで感じていたことが蘇った。ウクライナの歴史、プーチンが繰り返し言っていること、アメリカの映画監督オリバー・ストーンやフランスのアンヌ・ローレ・ボネル監督のドキュメンタリー映画1)、ポーランドのピアニスト・シュピルマン回想録『戦場のピアニスト』2)や野村真理著『ガリツィアのユダヤ人』(人文書院)などに書かれている歴史、地政学者やNATO ・国連で関わってきた人たち、戦争と平和問題に詳しい学者や哲学者たちの言っていること書いていることに目を通し学んだ。
ウクライナで早い時期から起きていたことを知らなかった。
2014年2月クーデターで大統領になったポロシェンコが演説するその言葉を、驚きを持って聞いた。「あの者どもには年金は支給しない。子どもの教育も手当てしない。地下室で暮らせばよいのだ」。
公用語だったウクライナ語とロシア語のうち、ロシア語の使用を禁止した。ロシア語使用や権利を求めて東部で声が上がり、暴動や内戦が始まった。その延長でロシアが侵攻した。
ウクライナは歴史からスラブ系の他民族が暮らす地域である。今はウクライナ人ロシア人が最も多いが、多くの民族が融和して暮らしてきた歴史がある。歴史をたどることは、日本がそうであるように、その地域の人びとの宗教・文化を知る上で大切だ。音楽も文学も東洋に暮らす私たち日本人には親しみがある地域だ。
何故、戦争への道に踏み込んでしまったのか。
メディアは、戦争当事国の歴史や起きている問題に触れない、どこもかしこも「ロシアの侵攻」「ウクライナ善、ロシア悪」だった。その報道の有様が、西側諸国でどこも同じだということがわかった。
第二次世界大戦で大きな罪を犯し、その教訓に立って歩んできた日本やドイツの役割に期待した。が、日本もドイツも、西側諸国も、ウクライナを支援、武器提供だった。
歴史の中で起きた分断。偏見と差別は人びとを感情的にさせ、支配者は利用する。かつての西欧の植民地支配、ドイツのナチス・ヒトラーや日本皇軍のアジア支配もそうだった。ウクライナで起きたことはまたそうしたことを思わせる出来事だった。
戦争は年を越しても続き、仲介の動きがあっても潰され、止みそうにない。
戦争がまもなく一年になろうとしていた2月8日、アメリカの著名なジャーナリスト、セイモア・ハーシュ3)が、自身のブログに「アメリカはどのようにノルドストリーム・パイプラインをぶっ壊したのか」(How America Took Out The Nord Stream Pipeline)を発表、バイデン大統領の命令に基づいて2022年9月ロシアからドイツへのガスパイプライン「ノルドストリーム」1と2をNATO演習(バルチック作戦22)を隠れ蓑に爆破したことをスクープした。しかしこのニュースは西側諸国では報道されず、3月7日になってアメリカ、ドイツは同時に「爆破は新ウクライナ団体による破壊工作」「アメリカ、イギリスは関与していない」と発表した。日本でも同じように報道された。真相は明らかでない。
「二度と戦争を起こしてはならない」その反省から国連ができ、日本は平和憲法を制定、戦争を“起こさなかった”。
だが現実は世界のここかしこで起きてきた。朝鮮戦争4)、ベトナム戦争、ユーゴスラビア紛争、アフガン戦争、イラク戦争・・・。日本にある米軍基地がそれら多くの戦争の補給基地になっていた。また日本の731部隊に端を発する細菌戦や原発から出た核のゴミ・劣化ウラン弾の使用もあった5)。
ロシアとウクライナは、停戦のテーブルにつき、話し合いをすべきだ。
世界の多くの国がそう考えている。ウクライナに武器を提供し、参戦と見なされる行動をしている西側諸国の国民とて、多くはそう思い、反戦のデモが広がっている。
しかしそれを阻んでいるのは、西側の首脳たちではないか。
日本の首脳は、戦争を起こさないことを考えるどころか、ウクライナ戦争に便乗するかのように、安保戦略3文書、敵地攻撃能力や軍備・軍事費拡大を、国会や国民の意見でなく閣議決定で決め進めた。
ドイツも戦車など武器の提供や軍事費の増額、防衛相の「2011年徴兵制を無くしたことは問題だった。防衛費がまだ少なすぎる」発言は戦争を泥沼化し、世界の分断を進めている。“世界大戦”を望むのかのような発言や行動は、ウクライナを救うものではない。
ミサイルで破壊される映像から想像してみたらよい。
多くのいのち、幼子も老いも若きも失われる残虐さ。
戦争や経済制裁で儲ける軍事産業や鉄鋼、エネルギー企業の面々は喜んでいるが、戦争でこの地球に住むほとんどの者たちに与えられるものは、尊いいのちの喪失と破壊、さらに傷つけられた心の痛み・恨みである。愛し合い、子どもたちをいつくしみ生きる営みは破壊されている。
2022年9月26日行われた国連総会・インドネシアのルトノ外相演説内容をジャーナリスト布施裕仁氏の講演で知った。インドネシアはASEAN(東南アジア諸国連合)2023年の議長国であり、「自由外交」を掲げるジョコ大統領の下、ウクライナ問題、ミャンマー問題において、対話による解決を求め進めている。ルトノ外相の演説要旨を下記紹介する。
「第二次世界大戦に至るまでに経験した大恐慌、超国家主義者の大東、資源をめぐる競争。これらは、今日私たちが直面しているものと非常によく似ています。このまま同じ道を進んでいくと、破滅へと向かってしまいます。インドネシアは新しいパラダイムに基づく世界を提案したい。ゼロサムではなくウインウイン、競争ではなく協力、封じ込めではなく関与のパラダイムです。いまこそ平和の精神を再燃させる必要があります。私たちは新たな冷戦の駒になることを拒否します。代わりに、すべての国との対話と協力のパラダイムを積極的に推進しています」
日本は、第二次世界大戦で朝鮮・中国はじめアジア諸国を侵略し、その反省に立って「日本国憲法」を手にした。今こそ「日本国憲法」九条 「①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 ② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」を活かし、東南アジア諸国と一員としてその役割を果たすべきである。一人ひとりが自分の問題として捉え、分断や差別をなくし、世界平和を築こうと声を上げようではないか。
戦争で得られるものは何もない。
日本国憲法第9条は、私たちの宝である。
注:
1)Oliver Stoneオリバー・ストーン監督ドキュメンタリー映画
『Ukuraine on Fire(ウクライナ・オン・ファイヤー)』(2019年)
『Revealing Ukraine 2019(乗っ取られたウクライナ)』(2019年)
Anne-Laure Bonnelアンヌ=ローレ・ボネル監督ドキュメンタリー映画
『Donbass ドンバス』(2016)
2)『戦場のピアニスト』(原題:The Pianist):ポーランド放送のピアニスト・作曲家ウワディスワフ・シュピルマン(Władysław Szpilman)の回想録。ユダヤ系ポーランド人。2000年逝去。2002年フランス・ドイツ・ポーランド・イギリス合作の映画となり、公開された。
回想録にはドイツ軍とともに虐殺に加わったウクライナ軍も出てくる。
3) セイモア・ハーシュ:米国を代表する調査報道家。ベトナム戦争での「ソンミ村虐殺事件」や「ウォーターゲート事件」、イラク戦争下の「アブグレイブ刑務所での拷問」など米国による戦争犯罪や違法行為の報道で、数々のジャーナリスト賞を受賞する。
4)朝鮮戦争:1950年6月勃発、1953年7月国連軍(アメリカ)と中国・朝鮮軍が北緯38度線で休戦協定に調印。現在も休戦状態が続き、朝鮮半島は南北に分断されている。
『資料【細菌戦】(1979年 晩聲社)、編集復刻版『国連軍の犯罪』(2000年 不二出版)は、
朝鮮戦争でアメリカ軍が行った細菌戦を国際法律家、科学者たち、婦人連盟が調査した報告書の出版は朝鮮戦争を知る貴重な資料である。しかし西側諸国では反共・赤狩りの旋風がふきあれ、告発した多くの人びとが厳しい弾圧を被った。
5) 劣化ウラン弾:ウラン238は「燃えないウラン」ともいわれ、原爆や原発に使うウラン235を濃縮する過程で大量に出る「核のゴミ」で、アメリカが開発した兵器。放射性物質であると同時に重金属特有の化学毒性を持つ。イラクやユーゴスラビアで使われ、白血病が多発、先天障害を持った子どもが多く生まれた。
初出:『さよなら!福沢諭吉』第15号(2023.6.30) 機関誌は年2回発行、会費2回で1000円 発行人:安川寿之輔より許可を受け転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion13112:230707〕
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