「日本の対中国戦略は峻厳、中国は如何に対処するか」
- 2023年 7月 26日
- 時代をみる
- 日中関係阿部治平
――八ヶ岳山麓から(435)――
本稿は、6月30日に開催された人民日報国際版の「環球時報」研究院のテーマ別フォーラムでの講演記録に基づく。講演者は清華大学国際関係学系教授・劉江永、中国社会科学院日本研究所副所長・呂耀東、中国現代国際関係研究院軍控研究センター主任・郭行兵の3氏である。原載は「環球時報」(2023・07・03)で、その見出しは「日本の対中国戦略は相当峻厳、中国は如何に対処するか」というものである。
ここでは最も網羅的・総合的な劉江永氏の講演の要旨を紹介したい。
日本の安保政策と対中国認識の「質的変化」について
日本の国家安全保障戦略は大幅な調整を経て、昨今極めて異常な軌道に乗りはじめた。これは短期的、一時的な現象ではなく、昨年12月岸田内閣が新しく『国家安全保障戦略』など3文書を採択したことと関連する。そのなかで特に目立つのは、中国を「最大の戦略的挑戦者」とし、台湾は「重要なパートナーであり友人」と位置づけていることだ。
従来日本の対中国政策はアメリカ追随とみられていたが、今日の日本は主体性を持って行動している。たとえばアメリカへの釣魚島(尖閣)防衛要請、「インド太平洋戦略」の構想提起、NATO連絡事務所の設立問題などは日本の発意によるものである。
なかでも軍事費の拡大計画は異様である。経済成長率が楽観的に見ても1.5%程度であるにもかかわらず、防衛費は26%も急増する。今年日本の防衛費がドイツを上回るのは、平時には稀に見るものである。
加えて日本は、「中国脅威論」を創作してこれを誇張し、「一方的な現状変更(をしようとしている)」として中国を誹謗中傷しつづけているが、これらはすべてかつてないほどの勢いである。
戦後数十年間、日本は総じて平和的発展の道を歩み、自国製品の付加価値を高め、海外市場を拡大することで経済発展と国際的地位を獲得してきた。日本経済の現状は、中国との協力を強化し続けてしかるべきものであるが、日本政府は経済界の希望に反して、「経済の安全保障」の名目によってアメリカの中国に対する貿易と科学技術の抑制に同調し、半導体製造装置など23品目の輸出規制を今年7月23日から実施しようとしている。
これらは、日中間の政治的相互信頼に深刻な損害を与えた。両国の政治関係が冷え込めば、経済関係も冷え込み、「政冷経冷」の状態になる可能性がある。
日本の「質的変化」に関しては、呂耀東・郭行兵両氏も劉江永氏とほぼ同意見だが、郭氏はとくに日本の核武装を問題にしてつぎのように述べている。
‐―日本は核兵器の巨大な潜在的可能性をもつ国であり、将来日本の内政・外交における右傾化が強まれば、核武装の可能性は否定できない。日本は、核兵器製造技術のレベル・原料の蓄積・運搬能力はすでに十分である。だが、世論との関係で政権が「非核三原則」を守るか否かがカギとなる。
現在アメリカは日本に対して核の「拡大抑止」の役割をはたしているが、将来アジア太平洋地域での覇権的地位を維持することが困難になれば、日本の核兵器保有を容認するようになるだろう。
日本の軍拡・戦争準備は軍国主義の再現か?
日本の国家戦略が脱線したのは事実だが、現時点では戦前のような軍国主義に回帰するとは考えにくい。 重要な判断基準のひとつは、平和憲法がまだ存在していることである。現在の日本の安全保障戦略は、憲法を事実上空洞化させてきたものとはいえ、(政治制度の)大部分はまだその憲法の下にある。日本の軍拡は、中国その他の国に対してただちに軍事作戦を起こす必要があってのことではない。
日本は自国の抑止力が不十分であると考えれば、アメリカや他の「同志国」と団結し、たとえば日米韓の3ヶ国、日米印豪「クワッド」のさらなる強化にむかうだろう。
今日の世界は2極分解している。ひとつは「暴力的多国間主義」であり、アメリカを中心とする閉鎖的で排他的な軍事ブロックが中国の封じ込めと抑圧に集中しつつある。もう一つは、平和、開放、平等、ウィンウィンの原則を重視する「平和的多国間主義」である。いうまでもなく、日本は前者に属し中国は後者である。
日本の誤った対中国政策にどう対処すべきか
日本の誤った対中国政策に対処するには、アメリカとの対決という主要矛盾を把握するだけでは十分ではない。日本との関係を安定させようとすれば、態度と行動における適切な距離の取り方が重要だ。
中国は欧州諸国や「一帯一路」沿線の国家との投資や経済貿易協力を拡大し続けることが必要である。これによって、執拗な「反中国」キャンペーンを続けることが結局は逆効果になることを日本に知らしめることになる。なぜなら、日本は中国の対外開放の深化と国際的な多国間協力の強化がもたらす新たな利益の配当を見逃すことになるからだ。
さらに日本の社会は均一ではない。例えば歴史問題や釣魚島問題などで右翼の反中国言論に洗脳されているものがいることは事実だが、理性的な国民も相当数いる。我々は 日本軍国主義の時代にも、軍国主義者と普通の日本人を区別した。 今もこの道理は変わらない。
また日本の政治家の間違った判断を、一般の日本人がなぜ支持するのかを適切に考える必要がある。その理由のひとつは、特定の問題について明確な理解を持っていないことだろう。 例えば、釣魚島がなぜ中国領であるか、これを長期的に継続的に、日常的に説明する必要がある。我々はハードパワーとソフトパワーを強化し、中国の良い物語と中国の真実を伝えるべきである。
わたしの感想
劉氏の議論には、国際情勢を「暴力的多国間主義」と「平和的多国間主義」の対立とするなど、部分的には問題がある。だが全体としてみると驚くほど冷静な観察をしている。
末尾の「ハードパワー(原語「硬実力」)という言葉は軍事力の意味であろうが、尖閣問題を論じる際も、長期にわたる説得で日本世論に中国領と認めさせるとし、巡視船を実力で排除せよといった強硬な主張には至らない。
氏は、日本の第二次大戦後をおおむね「対米従属」「軽武装・経済重視」と総括し、平和憲法の存在と護憲世論を重くみて、日本の現状はいまだ軍国主義とはいえないという。そのうえで安倍・岸田政権の「脱線」には自立した独自の動機があるとする。日本の一部にある対米従属を極端に強調する人々より観察は鋭い。
また、日本は今日の反中国路線のままでは巨大な市場を失い、日中関係は「政冷経冷」状態になる可能性があるという指摘は、岸田政権の対中国外交の欠落部分を衝いたもので、妥当なものだと感じる。
(2023・07・19)
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