「A級戦犯」問題―野田氏は率直に自分の考えをのべよ
- 2011年 8月 20日
- 評論・紹介・意見
- A級戦犯田畑光永野田佳彦
暴論珍説メモ(107)
野田財務相が民主党の代表選への出馬の意思を表明したのにともなって、同氏がかつて2005年、2006年に野党議員として自民党小泉内閣に対して出した「A級戦犯」についての質問趣意書が話題になっている。
さる15日の記者会見で野田氏は、質問趣意書を出した当時の考えに変わりはないかと問われ、「基本的には変わっていない」と答えた。それが「A級戦犯は戦争犯罪人ではない」との立場に立つものとして報道され、韓国の外交通商省は「侵略の歴史を否定しようとする不適切な言動」と批判を加えた。
この韓国の論評は短絡的に過ぎるのだが、それには野田氏自身の立場が不明確であることも原因の一つであると思われるので、野田氏にあらためて氏自身の考えを明確にするよう求めたい。
かつての二度にわたる野田氏と小泉内閣との質問―回答は野田氏のHPに詳しいので、それをなぞることはしないが、とにかく野田氏はこの問題を徹底的に法律の有効性といった視点から論じている。
その眼目は、①まず「A級戦犯(BC級も同じだが)というのは日本の国内法で裁かれた人たちではない。したがって国内では戦争犯罪人ではない」ということ。
次に、②サンフランシスコ平和条約第11条において、わが国は極東国際軍事法廷の「裁判」(Judgement)を受け入れるとしている。しかし、これは裁判全体を受け入れたと解すべきでなく、「判決」を受け入れた、つまり「判決」による「刑の執行」は受け入れたが、判決にいたる裁判全体を受け入れたと解するべきでない、という点。
さらに③昭和31年に「A級戦犯」は赦免され、釈放された。刑罰が終了した時点で受刑者の罪は消滅するのが近代法の理念であり、「A級戦犯」を現在においても、あたかも犯罪人の如くに扱うのは刑に服した人々の人権侵害である、という点、である。
①については、論理的にはその通りである。よく引合いに出されるのは1909年にハルビン駅頭で伊藤博文を射殺した安重根は日本の国内法で死刑となったが、韓国では「義士」である。問題は「A級戦犯」を裁いた論理(平和に対する罪、人道に対する罪など)が、当時の日本人も共感するものであったかどうかである。「そんな後から勝手に作った罪で罰するなどとんでもない」という立場は昔からあるが、それよりも、敗戦後の一般的日本人の気持は、「東条さんたちが処罰されるのは当たり前」というものであった。当時の報道で見る限り、「占領軍がひどいことをする、被告が気の毒」と日本人が地団太を踏むという雰囲気はなかったことは明らかである。
報道統制があったから、というかもしれないが、日本を目茶苦茶にした人たちを占領軍が日本人に代わって懲らしめるのを見て、一般国民はやれやれと安堵するという空気であった。むしろあの裁判があったがゆえに日本人が自ら戦争責任を考え、追及する責務を放擲してしまったという問題が後に残ったくらいである。
したがって、野田氏が国内法では戦争犯罪人ではない、という論理を認めるのにはやぶさかでないが、それでは野田氏はA級戦犯に代表される戦争指導者たちに戦争責任があると考えるのか、ないと考えるのか、という肝心の点を明らかにすべきである。
②も古い論点である。野田氏はこの質問を提起するにあたって、もし「判決」を受け入れるのでなく、「裁判」を受け入れたとするならば、A級戦犯を合祀している靖国神社に首相が参拝することを批判する諸外国の立場に合理性を与えることになる、と述べている。
つまり諸外国の批判をはね返す手段として条約解釈を問うているのである。それならば、首相の靖国参拝が法的にどうだこうだという前に、まさに政治の問題として、首相参拝そのものを自身どう考えるかを明確にすべきである。15日の記者会見で、首相に就任した場合の自らの対応を聞かれた野田氏は「それは仮定の話だ」と明言を避けたということだが、まさに就任前だからこそ、一般論として首相の参拝についての見解を明示すべきである。
③は①②に比べれば、まさに形式論である。なにもつけずに「東条英機氏」と言えばいいのか、あるいは「元A級戦犯」というのか、「元死刑囚」とか「元被告」とかいう呼称も人権侵害となる場合はある。問題は日本人310万、諸外国の犠牲者2000万といわれるあの戦争を発起した人間、先頭に立って指導した人間は確かにいたのだ。それを処罰すべきでないというなら、それも一つの立場であろう。しかし、国内法では戦争犯罪人ではない、などという遠まわしの言い方で、なにがしかの政治的立場を暗示するというのは、政治手法として褒められたことではない。まして、首相としてこの国難を乗り切ろうとするならなおのこと明快な立場の表明が求められる。
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