Global Head Lines:「ディプロで読む世界」第1回「イスラエル・ハマース紛争」
- 2023年 10月 13日
- 時代をみる
- 「イスラエル・ハマース紛争」土田修
※「ル・モンド・ディプロマティーク(ディプロ)」は世界34カ国・23言語で発行されているフランスの国際評論新聞です。「ディプロで読む世界」では、ル・モンド・ディプロマティーク日本語版(https://jp.mondediplo.com)の記事を元に世界各地域の国際情勢を読み解きます。
■繰り返される懲罰的侵攻
パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマースが10月7日、イスラエルへの一斉攻撃を開始した。過去にもハマースがロケット弾を撃ち込んだことはあったが、今回は戦闘員が境界線を突破してイスラエル側に侵入し、イスラエル軍との銃撃戦を続けた。イスラエルのネタニヤフ首相は「我々は戦争状態にある」と宣言し、ガザ地区を激しく空爆する一方、予備役30万人の動員を発表した。だが、これは本当に「戦争」なのだろうか?
フランスの月刊評論紙ル・モンド・ディプロマティーク(略称ディプロ)は、当時の編集責任者セルジュ・アリミ記者の「立ち上がるパレスチナの民衆」(日本語版2021年7月号、土田修訳)という論説記事を掲載し、イスラエルが使う「戦争」という言葉の欺瞞性を問いただしている。すなわち「(パレスチナ側と)イスラエルとの戦力差が明らかなので『戦争』という言葉はふさわしくない。…(イスラエルは)『戦争』と言い募ることで自己正当化を図っている」
実はイスラエルは、「夏の雨作戦」(2006年)、「鋳造鉛作戦」(2008年〜2009年)、「雲の柱作戦」(2012年)、「境界防衛作戦」(2014年)、「壁の守護者作戦」(2021年)と15年間で5回もパレスチナ側への懲罰的侵攻を繰り返してきた。アリミ氏によると、イスラエルが作戦名をつけるのはいかにも自分たちが「包囲されている」という印象を与えるためだという。イスラエル軍は世界有数の戦力を備えており、アメリカからいくらでも軍事支援を受けることができる。
一方のハマースは戦闘員が2万人くらいいるにしても、銃器のほかにはロケット弾とドローンしか所持していない。イスラエル軍のように戦車も戦闘機も艦船も持っていない。重装備の部隊に竹槍で立ち向かうようなものだ。イスラエルとハマースの戦いは、本当に「戦争」という言葉で言い表せるものなのだろうか? フランスの公共テレビ「フランス・アンフォ(FranceInfo)」は発生当日、「ハマースの戦争(guerre)」と表現していたが、翌日から「イスラエル・ハマース紛争(conflit)」と言い換えている(数日後に再び「戦争」に戻した)。
イスラエルは1967年6月の第3次中東戦争の結果、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区、東エルサレムを制圧し占領した。ハマースは、1987年にイスラエルの占領政策に対してパレスチナ人が起こした民衆蜂起(第1次インティファーダ)を契機に武装化した。2000年9月の民衆蜂起(第2次インティファーダ)の敗北で自治政府が弱体化し、2006年のパレスチナ自治評議会選挙でハマースが大勝。パレスチナ自治政府の主流派組織ファタハとの連立政権が発足したが、その後、ハマースとファタハが対立。ヨルダン川西岸地区は自治政府が統治し、ガザ地区はハマースが実効支配してきた。
だが、これらの地区では、イスラエルの占領と植民地政策によってパレスチナ人民の自決権は踏み躙られ続けている。1967年以来、イスラエルは「植民地入植事業」と称し、ヨルダン川西岸地区と東エルサレムに75万人以上のイスラエル人を入植させている。軍隊の威嚇とブルドーザーによって多くのパレスチナ人が立ち退きを迫られ、土地と家を奪われている。そこでは、「キブツ」という平等と共同体の原則に基づく「ユートピア」がつくられているはずなのだが、実際には「入植地」という人種差別に基づく「ディストピア」が出現している。
明らかな国際法違反行為であり、国際刑事裁判所は「戦争犯罪」と勧告しており、国連人権委員会も「無辜で非武装の民間人に対する度を過ぎた武力行使」としてイスラエルを非難し、パレスチナ住民に対するイスラエル軍の態度を「戦争犯罪」と断じている(2000年10月)。アメリカの例外的に寛大な態度と支援に支えられ、イスラエル政府がこれを意に介することはなかった。
フランスでは有名な中東専門家のアラン・グレシュ記者の記事「パレスチナ、繰り返される不正義」(日本語版2017年6月号、嶋谷園加・生野雄一訳)によると、そこでのパレスチナ人の日常生活は「土地の没収、家屋の破壊、逮捕(成人男子の半数以上は刑務所暮らしを経験)、拷問、軍による無差別銃撃、パレスチナ人を囲い込むための壁の建設」なのだ。イスラエルによる封鎖で人やモノの出入りが厳しく制限された「天井のない監獄」、アパルトヘイト時代の南アフリカでさえ考えられない「殺戮と隔離」の形態といえる。
さらにイスラエル議会は2018年7月、イスラエルをユダヤ民族の国家とする決議を採択した(シャルル・アンデルラン記者の「ユダヤ人支配国家をめざすイスラエル」日本語版2018年10月号、生野雄一訳)。「イスラエル国はユダヤ人の民族国家であり、ユダヤ人がその自然、文化、宗教、歴史に関する自決権を行使する。イスラエル国の国家としての自決権はユダヤ民族だけのために行使される」と書かれたネタニヤフ首相の新しい基本法は、イスラエル国以内にいる180万人(人口の約20%)のアラブ人を「劣等市民」とみなす人種差別的な思想に貫かれている。
同法には「ユダヤ人による入植の拡大を国家利益と考え、これを奨励、維持、強化することに努める」とも書かれている。アンデルラン記者によると、さすがの世界ユダヤ人会議のロナルド・ローダー議長も「ユダヤ主義とユダヤ啓蒙主義の結束を打ち壊すものだ」と警告を発し、「(ネタニヤフ政権が)平等という神聖な価値を貶めるとき、ユダヤ人が受け継いできたシオニズムの精神、イスラエルの魂に背を向ける」ことになり、「イスラエルを弱体化し、国際社会での地位を危うくする」と厳しく非難している。
■ 同じ井戸の水を汲むイスラエルとウクライナ
人種差別に基づくイスラエルの「占領政策」は長い年月にわたって、この地区を不安定にし、憎悪と怨嗟を生み出してきた。ハマースは第1次インティファーダの時期に生まれたが、パレスチナ解放戦戦(PLO)の影響力から脱した抵抗組織でもあった。イスラエルはPLOに対抗する勢力となることを期待し、秘密裏に資金援助したこともある。確かにハマースはイスラエルを国家として承認することを拒否し、パレスチナの主権国家の樹立をめざしているが、ガザ地区にはハマースより過激な武装組織が存在することから、イスラエルはそうした武装組織の勢力拡大を抑えるため、ハマースを壊滅させる代わりに「芝刈り」と称する懲罰的な攻撃にとどめてきた。そのハマースが爆発した。「絶望と憎悪」に貫かれた勝ち目のない戦いだ。
アリミ記者は先述の論説記事で、ハマースによるイスラエルへの攻撃が起きることを予言し、こう書いている。「パレスチナに対する5回の“戦争”が証明してきたように、この外交的に演出された防空システム・アイアンドームは、この国の平和を保障することにはならない。…抑圧者の暴力は常に抵抗の暴力を引き起こすからだ。パレスチナの民衆はこれからも立ち上がり続けるだろう」。イスラエルによる占領が続く限り、中東に平和と安定が訪れることはなさそうだ。
ところで、イスラエルもアメリカも今回のハマースによる一斉攻撃を予測できなかったのだろうか? アメリカのサリバン大統領補佐官は9月末に「中東はこの20年間で最も静かな状況にある」と述べていた。バイデン米大統領は大慌てで、「世界とテロリストに対し、この悲劇の瞬間、アメリカはイスラエルの味方だと言いたい」との声明を出したが、時すでに遅しの感がある。これまでアメリカはイスラエルとパレスチナの紛争には沈静化を求める意向を示してきた。今回はネタニヤフ政権支持を強調し、早期の停戦を促す意図はなさそうだ。
ウクライナ戦争は「アメリカの代理戦争」(伊勢崎賢治氏)という指摘もあるが、バイデン大統領はイスラエル軍によるガザ地区への軍事侵攻を容認し、イスラエルへの軍事支援も約束した。英国のスナク首相も「(イスラエルに)いかなる支援も行う」、欧州委員会委員長のフォン・デア・ライエン氏も「イスラエルには防衛の権利がある」と声高にイスラエル支援を表明している。これに呼応するかのように、ネタニヤフ首相は軍事侵攻以外に選択肢はなく、「長く難しい戦争になる」とバイデン大統領に電話で伝えたという(10月11日付朝日新聞)。アメリカと北大西洋条約機構(NATO)による新たな代理戦争の始まりだ。
ロシアのメディアEADailyは「イスラエルとウクライナは同じ井戸の水を汲んでいる」(10月11日付E-wave Tokyo)と書いた。「井戸の水」とは軍事支援と財政援助のことだ。だが、イスラエル軍がガザ地区に突入し、長期戦になった場合、本当にアメリカや欧州連合(EU)は長期間にわたって2つの国を支援できるのであろうか。米議会では共和党がイスラエル支援には積極的だが、ウクライナ支援に否定的な意見が多い。イスラエル支援の必要性から、アメリカがウクライナ支援を大幅に削減したとしたら、ウクライナは崩壊の危機に瀕するであろう。
ハマースやレバノンのシーア派組織ヒズボラを支援してきたイランを、アメリカは今回の攻撃の「黒幕」ではないかという疑念を表明している。だが、シーア派、スンニ派を問わず、イスラム諸国は歴史的にパレスチナ支持で一致している。今後、イスラム諸国が対イスラエルで結束する可能性もある。イスラエル軍によるガザ地区への軍事侵攻とパレスチナ人の無差別虐殺が始まれば、国際社会からの批判が強まり、アラブ人やイスラム教徒による大規模な抗議行動が世界中で起きるのは間違いない。ユダヤ教のシナゴーグやユダヤ人に対する襲撃もあるだろう。ハマースの蜂起はウクライナ戦争の帰趨を決するだけでなく、中東や欧州の火薬庫に飛び火する可能性もある。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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