「閉塞状況の打破」というけれど 菅首相の所信表明演説を採点する
- 2010年 6月 13日
- 時代をみる
- 各紙の社説安原和雄所信表明日米同盟沖縄菅新首相
菅首相は初の所信表明演説で重要な柱として「閉塞状況の打破」を掲げている。その姿勢は評価したいが、残念ながら肝心要の視点が欠落している。それは日米安保体制(=日米軍事同盟)こそが日本の閉塞状況をつくり出している元凶という視点である。ところが首相は、日米同盟を「国際的な共有財産」という美辞麗句で飾り、「日米同盟の深化」さえ打ち出している。日米同盟の呪縛にからめとられて身動きできない状態ともいえる。
これでは沖縄の米軍基地撤去を求める民意を無視したも同然であり、閉塞状況をむしろ広げる役割を自ら果たしつつあるというほかないだろう。沖縄のメディアは菅政権の行方について早くも「いずれ行き詰まる」と論じており、所信表明演説に合格点を差し上げることはとてもできない。(2010年6月13日掲載)
▽ 新聞社説の読み方(1) ― 首相の所信表明演説をどう論じたか
菅直人首相の初の所信表明演説(6月11日)を受けて新聞メディアの社説はどう論じたか。まず主要紙の社説見出しを紹介する。
*朝日新聞(6月12日付)=7.11参院選へ 否定のパワーを前向きに
*毎日新聞(同)=所信表明演説 指針裏付ける戦略示せ
*読売新聞(同)=所信表明演説 超党派で財政再建に取り組め
*日本経済新聞(同)=首相演説の決意を実行につなげよ
*東京新聞(同)=菅首相所信表明 具体策なき現実主義だ
*沖縄タイムス(同)=[所信表明演説(上)]「対等」を問い直すとき
同上(6月13日付)=[所信表明演説(下)]一にも二にも実行力だ
*琉球新報(6月12日付)=首相所信演説 「感謝」よりも差別解消を 普天間解決の覚悟伝わらず
鳩山前首相退陣の最大の理由は沖縄普天間基地移設問題で民意に背いたことが挙げられる。そこでこの点に絞って主要紙社説がどのように言及しているかをみたい。
*朝日新聞=普天間問題で傷ついた日米関係の立て直しと沖縄の負担軽減をどう両立させるのか。
*毎日新聞=日米関係が揺らぐ外交は「『現実主義』を基調とした外交」を掲げた。普天間飛行場移設問題は辺野古沖に移設する先月末の日米合意を踏襲し、沖縄の基地負担軽減に努める基本を示すにとどめた。「現実主義」を強調したのは、鳩山内閣が沖縄基地問題で迷走した意識からだろう。では、前政権の「緊密かつ対等な日米同盟」の看板は外したのか。日米同盟を「国際的な共有財産」と強調するだけでは、いかにも説明不足だ。
*読売新聞=外交・安保分野では、新首相は「現実主義」の外交を唱え、日米同盟が「外交の基軸」と明言した。23日に沖縄を訪問し、米軍普天間飛行場の移設問題の前進に自ら取り組む決意を示した。
*日本経済新聞=外交政策で首相が、日米同盟を基軸とし、アジア諸国との連携を強める基本方針の堅持を表明したのは当然である。
*東京新聞=(外交・安全保障政策の)現実主義が現状固定の言い訳になってはならない。沖縄県民の基地負担を軽減するため、普天間飛行場の「国外・県外移設」など在沖縄米軍基地を抜本的に見直す、大胆で緻密(ちみつ)なビジョンを打ち出すべきだ。その構想力が現実を動かす力になる。
*沖縄タイムス=以下のように日本政府への批判的姿勢で一貫している。
・期待するほど失望も大きい。それでもなお期待し続けるのは、現実の負担が放置できないほど大きいからだ。
・米軍が「運用上必要だ」と言えば、日本政府は口をつぐむ。
・民主党が公約した「対等」な日米関係を具現化するなら、少なくとも基地管理をすべて米軍に委ねる現状を変えることから着手すべきだ。
(なお琉球新報社説は別途詳しく紹介する)
▽ 新聞社説の読み方(2) ― 「国際的な共有財産」について
以上から分かることは、政府への批判的立場を打ち出しているのは、東京新聞と沖縄タイムスである。読売と日経は、従来通りの「日米同盟」基軸を推進する立場である。
一方、朝日、毎日はどうか。両紙ともに日米同盟そのものへの批判的視点はうかがえない。沖縄の負担軽減に一言触れる程度である。首相の現実主義と同様に「現実主義」的社説なのだろう。ジャーナリズムの原点であるべき「権力批判」の看板はすっかり色あせている。
さて見逃せないのは、毎日が、日米同盟を「国際的な共有財産」と強調するだけでは、いかにも説明不足だ、と指摘している点である。所信表明演説では次のような言い回しになっている。
「日米同盟は、日本の防衛のみならず、アジア・太平洋の安定と繁栄を支える国際的な共有財産といえる。今後も同盟関係を着実に深化させる」と。
世界に関する政治経済論の一つとして「国際公共財」という考え方がある。世界の中での特定の政治経済体制、秩序を指すもので、日米安保体制がその具体例とされる。首相が言及している「国際的な共有財産」は、この国際公共財と同類のものだろう。公共財といえば、例えば道路である。私有財と違って誰でも自由に利用可能で、その恩恵を受けて便宜、豊かさを提供してくれるというイメージがある。
しかし日米安保体制を国際公共財と捉えて美化するのは、企業の粉飾決算と同類で、実態は赤字であるにもかかわらず、黒字と見せかけるようなもので、悪質な手口である。日米安保体制、すなわち日米軍事同盟は、米国主導の覇権主義のための軍事的暴力装置である。沖縄を中心とする在日米軍基地を足場に米軍はベトナム、アフガニスタン、イラクなどへの侵攻作戦を展開したし、米軍が軍事的に敗退したベトナムを除いていまなお続行中である。こういう日米安保体制を「国際的な共有財産」などと詐称するのは、ベテランの詐欺師もびっくりのはずで、いい加減に終止符を打った方が賢明であろう。
最善の策は何か。今の軍事同盟としての日米安保条約を近い将来、非軍事の日米平和友好条約に切り替えて、米軍基地を日本列島から全面撤去すれば、「国際的な共有財産」(=国際公共財)と呼んでも、詐称にはならない。その場合には日米二国間ではなく、中国なども含めて多国間平和友好条約に発展させることができれば、その時こそ、真の「国際的な共有財産」となり得るのではないか。
▽ 琉球新報社説(1) ― 軍事優先の日米同盟を根本から見直せ
琉球新報社説を以下に紹介する。「軍事優先の日米同盟は根本から見直す時期」、「普天間基地の機能を国外に移す選択こそが解決への近道」などと指摘している。このように沖縄の米軍基地問題と日米同盟の本質にずばり切り込んでいるところが、本土の主要紙が日米同盟に賛成あるいは気兼ねしているのと大きな違いである。いずれその正邪をめぐって歴史の厳しい審判を受けることになるが、どちらに軍配が上がるかは自明のことといえよう。
<琉球新報社説>(大要、◆印は文中の小見出し)
菅首相が初の所信表明演説を行った。経済・財政・社会保障の一体的立て直しや、戦後行政の大掃除の本格実施などを根幹に据え、政治的リーダーシップを発揮したい姿勢は感じ取れる。
一方で、外交・安全保障政策については「責任感に立脚」の枕ことばを、裏打ちする明確なビジョンが読み取れない。多用する割には「覚悟」も伝わらず、いささか拍子抜けとなった。
退陣に追い込まれた鳩山前政権の失敗に学ぶなら、少なくとも外交・安保分野で政策転換を鮮明にするのが政権トップの務めであろう。覚悟なくして改革なしと心すべきだ。
◆勇断か、懲戒免職か
首相の演説は、随所に改革の続行、閉塞(へいそく)状況の打破など民主党が看板とする「国民生活が第一」を意識した表現が織り込まれている。
鳩山政権挫折の第一は政治とカネの問題、二つ目が普天間問題である。
政治とカネの問題では、普天間問題への対応も含め「政権への期待が大きく揺らいだ」と指摘した。自身も「前内閣の一員として、こうした状況を防げなかった責任を痛感している」と反省したまではいいが、退陣を「前首相の勇断」と評価するような姿勢はうなずけない。
鳩山氏の退陣は、二つの難題に解決の道筋すら付けられなかったことに対し、国民が「ノー」を突き付けたのであって、懲戒免職にも等しい。これを勇断と意味付けるなら、菅氏が誓う「挫折を乗り越え、信頼回復を回復する」ことなどかなうまい。
首相が掲げた三つの政策課題のうち、問題は、第三の政策課題である「責任感に立脚した外交・安保」だろう。
所信演説で首相は「相手国に受動的に対応するだけでは外交は築かれない」と説きながら、自国のために代償を払う覚悟を国民に求めている。実に分かりづらい。代償とは何か。沖縄の犠牲が念頭にあるなら、筋違いというほかない。世界平和という理想を求めつつ「現実主義」を基調とした外交を推進すべきだとの主張も、歴代政権のスタンスと大筋で変わりなく、新鮮味に乏しい。
◆非現実な「現実外交」
冷戦終結から20年。軍事優先の日米同盟は根本から見直す時期に来ている。にもかかわらず、変革を旗印とする政権が「軍の論理」の呪縛(じゅばく)から抜け出せないでいる。普天間の機能にしても、国外に移す選択こそが解決への近道ではないのか。首相の説く現実外交こそ非現実であろう。
「感謝の念」のくだりも気になる。首相は今月23日の沖縄全戦没者追悼式に参加し「長年の過重な負担に感謝の念を深めることから始めたい」と表明した。謝罪ならまだしも感謝とは理解に苦しむ。感謝の言外に「今後とも負担をよろしく」と聞こえてならない。要警戒だ。
県民が求めているのは感謝の言葉などではない。沖縄に対する差別の解消であり、これ以上犠牲や痛みを出さないという抜本的な政策の立案、実行である。
首相は国民と共に培うリーダーシップを目標に掲げた。それには一地域を切り捨てる形があってはならない。数におごらず、呪縛にひるまず、民意に寄り添って改革を断行し、国民が等しく平和と安定を享受できる社会を築き上げてほしい。
▽ 琉球新報社説(2) ― 首相の思考法を読み解く
言葉は思想を表す、というが、ここではその人の思考法を読みとる手がかりとしてみたい。言葉遣いから観る菅首相寸評とでもいえようか。上述の日米軍事同盟を「国際的な共有財産」と言い直す美辞麗句はその典型的な具体例である。
<その1> 前首相の退陣と「勇断」
琉球新報社説は次のように指摘している。
(鳩山)退陣を「前首相の勇断」と評価するような姿勢はうなずけない。退陣は、二つの難題(政治とカネ、普天間基地問題)に解決の道筋すら付けられなかったことに対し、国民が「ノー」を突き付けたのであって、懲戒免職にも等しい ― と。
事実は「勇断」ではなく、「懲戒免職」であるという指摘がおもしろい。言われてみれば、「なるほど」で、菅首相は「懲戒免職」というマイナスの要素を「勇断」というプラスの要素として評価するという思考法の持ち主ということなのか。政治家に必要な気質ともいえるが、黒を白と言いくるめるような手法が昨今の市民、大衆に果たして効果を発揮できるかどうか。
<その2> 「現実外交」という名の非現実外交
社説の指摘はつぎの通りである。
世界平和という理想を求めつつ「現実主義」を基調とした外交を推進すべきだとの主張も、歴代政権のスタンスと変わりなく、新鮮味に乏しい。冷戦終結から20年。軍事優先の日米同盟は根本から見直す時期に来ている。にもかかわらず、変革を旗印とする政権が「軍の論理」の呪縛(じゅばく)から抜け出せないでいる。普天間の機能にしても、国外に移す選択こそが解決への近道ではないのか。首相の説く現実外交こそ非現実であろう ― と。
ここでは社説の「軍事優先の日米同盟は根本から見直す時期に来ている」と認識するかどうかが焦点となる。私(安原)はこの認識に同意する。平和に反する軍事同盟の終わりが世界の新しい流れとなっている。日米軍事同盟に固執していると、世界の流れから取り残されるだろう。だからこの流れを洞察することが現実主義といえる。
ところが菅首相の認識は逆で、口では変革を唱えながら、「軍の論理」の呪縛から自由になりきれない。これでは「現実外交」を唱えながら、その実、「非現実外交」となるほかない。その出口は遠く霞(かす)んでいる。
<その3> 感謝か謝罪か
首相は所信表明で「今月23日、沖縄全戦没者追悼式に参加し、沖縄を襲った悲惨な過去に思いを致すとともに、長年の過重な負担に対する感謝の念を深めることから始めたい」と述べた。
これに対し、社説は次のように記している。
「感謝の念」も気になる。謝罪ならまだしも感謝とは理解に苦しむ。感謝の言外に「今後とも負担をよろしく」と聞こえてならない。要警戒だ ― と。
たしかに「感謝」と「謝罪」では、その姿勢に天地の開きがある。この「感謝」発言は、失言というよりは本音の表出といえるだろう。
▽ 日米安保(=日米軍事同盟)こそ閉塞状況の元凶
もう一つ、琉球新報社説で注目すべきことは、次の指摘である。
菅政権も国会で圧倒的勢力を誇る巨大政権であればこそ、謙虚であるべきだ。数の力で民意を押し切る政治手法は、いずれ行き詰まる ― と。
菅政権は発足早々に沖縄の民意から引導を渡された形である。なぜ行き詰まるのか、その理由は首相の所信表明演説に発見することができる。
所信表明は、次の3本柱からなっている。
*改革の続行 ― 戦後行政の大掃除の本格実施
*閉塞状況の打破 ― 経済・財政・社会保障の一体的立て直し
*責任感に立脚した外交・安全保障政策
ここで重要な柱として「閉塞状況の打破」を掲げているのは正しいし、理解できる。まさに日本は閉塞状況の最中(さなか)にある。問題はこの「閉塞状況の打破」と外交・安全保障政策とを切り離している点にある。これでは沖縄の民意に反する日米安保体制も含めて、閉塞感が広範囲に及んでいる日本の現実が認識されていない。ほかならぬ日米安保体制こそ閉塞状況をつくり出している元凶である。この点に目が曇って、日米安保(=日米軍事同盟)の呪縛から自由になることができなければ、鳩山政権同様に短期政権に終わる可能性も決して小さくないことを指摘しておきたい。
初出:安原和雄のブログ「仏教経済塾」(10年6月13日掲載)より許可を得て転載
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